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則子になった浩一⑥「梅子、涙の反省」

今日で、いじめ問題が解決される回でしたので
思い切り長くなってしまいました。
そこで、今日と明日に分けて投稿することにしました。
最後まで、お付き合いくだされば、うれしいです。
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則子になった浩一⑥「梅子、涙の反省」


その日の、7時に、加害の3人、その両親と、3人の担任。
則子と母恵子と、則子の担任の佐野、校長、副校長、教務主任、
生活指導主任が集まり、報告と話し合いがもたれた。

吉井梅子が、そのとき一番恐かったのは、校長でも、担任でも、親でもなく、
則子だった。
廊下でにらみ付けられたときの恐さを忘れることができなかった。
則子のいる前で、梅子は、到底ウソはつけないと思っていた。

校長から、「いじめられ記録」に基づき説明があり、
その通りかと問われたとき、梅子は、すべてその通りだと答えた。
あとの二人も同様だった。

校長は、警察に指紋の照合を頼んだ結果、指紋は則子のものであり、
3人が脅し取ったことは、明白であると述べた。
そして、その過程を記録するボイスレコーダーの内容も全員が聞いた。
加害の親にとっては、耳を塞ぎたい内容だった。

3人の親達は、反論の余地もなく、ただ黙って首を垂れていた。

吉井梅子の父親が、恐る恐る手を挙げた。
「あのう、被害者の君島則子さんが、万が一『許す』と言ってくださった場合、
 警察に行かないで済む可能性はあるのでしょうか。」

「そんな場合があるとお考えですか。」と校長はきつく言い、続けた。
「もしも、梅子さんが、いじめられた被害者だったとき、
加害者を許すことがあると、お思いですか。
いじめられ、勉強は一切するなと脅され、梅子さんは、不良になり、
一生を台無しにしてしまうかも知れない。さらに22万円の恐喝です。
そのとき、お父さんは、加害者を許せますか。」校長は、ビシッと言った。
「いえ。到底許せません。」吉井の父は、うつむいて言った。

「一応、お答えしておきます。被害者の則子さんが、もし、許すとおっしゃるなら、
被害届を出さないのですから、警察は何も知りません。
 しかし、校長の私を代表として、学校は、この犯行を知っているのですから、
 学校としての処分はします。重くは退学、軽くは、停学、などです。
この処分を受けたとき、それは一生ついて回ります。
履歴書に、『賞罰』と言う欄が必ずあります。
賞は書き忘れてもいいのですが、罰は、書かねばなりません。
進学のときの調査書、就職のときの履歴書に書かないと、
履歴詐称になります。保護観察だけは、書かなくても許されます。」校長は言った。

梅子の父は、蚊の鳴くような声で、さらに聞いた。
「警察に行くことになれば、その先はどうなるのでしょうか。」
校長が答えた。
「警察の尋問のあと、書類送検され、
 家庭裁判所が、措置を決めます。
 犯行の内容により、少年院送り、または、
 自立支援施設(今は、学校と呼んでいます。)、昔の教護院です、そこに送られる。
 また、家庭にいながら指導を受ける保護観察というケースもあると思います。

 しかし、主犯の梅子さんが、保護観察という線は、考えられません。
 初めに12万円の恐喝を行い、度重なる暴力、それに相当する行為を幾度も行っています。
 それで、終わればまだしもです。不良にしてしまった則子さんを1年半も見ながら、
 なんの反省もなく、3年生になり則子さんが真面目になると、怖くないと思ったのか、
また、恐喝をして、10万円を奪い取り、さらに、勉強をするなと脅しています。
 悪質極まりない。どこに救いようがあるとお考えですか。」

「そうですね。救いようがありません。」
梅子の父は、それだけ言って、絶望的な顔をして、うつむいてしまった。

校長は、さらに言った。
「何とか、停学程度に収めたかったのですが、
 そうもいかなくなりました。吉井梅子さん、説明してくれますか?」

梅子は立った。
「則子さんを脅して、10万円を取りました。
 その10万円を佐野先生と河本先生に、取りあげられました。
 せっかく奪った10万円だったのにと悔しい気持ちで3階にきました。
 そこに則子さんがいました。

 あたしは、すれ違うとき、「へん、お前のせいで。」と則子さんに言ったのです。
 則子さんが、先生に言い付けなかったら、
 お金は、先生に取られなかったという意味でした。

 信じ難いほどの自分本位の言葉でした。
 あたしが脅してあたしが奪ったというのに、
「お前のせいで」というのはとんでもない言葉です。

 そのあたしの言葉に、則子さんは、火のように怒りました。
 則子さんは、私の胸をつかみ、にらみました。
 その則子さんが恐くて、あたしは、今までした悪いことを、白状しました。

 それを、3年生の人達が、ほとんど集まってきていて、全部聞かれてしまいました。
 私のオシッコを、則子さんに飲ませたことまで、聞かれてしまいました。

 則子さんは、あたしが、みんなからの攻撃に遭わないよう、3年生みんなに、
 裁きが終わるまで3人には何もしないで、と言ってくれました。
 だから、今日だけは、何もされませんでした。
 でも、明日からは、もう学校へ行けません。
 停学にしていただいても、その先も学校へ行けません。

 1年生のとき学年で成績が1番で、すごくやさしかった則子さんを、
 あたしは、妬んで、いじめをし勉強をさせませんでした。
 その結果、ある日則子さんは、
 眉をそり、髪を金髪にして、完全な不良になって登校するようになりました。
 全部、あたしのせいです。
 それから、1年半の間、則子さんは、いつもたった一人で、学校にいました。
 人生に一度の高校生活の半分を、わたしは則子さんから奪ってしまいました。
 下手をすると、則子さんの一生を台無しにしたかも知れません。
 お金なら返せるかも知れませんが、則子さんの1年半は返ってきません。

 3年生になって、則子さんは、不良を止め、大変な努力をして、勉強を取り返し、
 髪も黒くして、やっと真面目になろうとして、ついに、学年で3番と言う成績をとりました。
 それなのに、あたしには、反省の欠片もありませんでした。
 そんな則子さんを、勉強はするなと、また脅し、おまけに10万円を脅しとったのです。

 私は、救いようのないワルです。悪魔です。
 学校にいさせてもらおうなんて、とんでもありません。
 ただ一つ、鮎川さんや神戸さんを道連れにしてしまったことが、悔やまれます。

 この2人は、ほとんど悪くないのです。
 あたしが恐くて、手先になっていただけなのです。
 1年生のときにせしめた12万円も、あたし一人がもらって、
 二人には、たまにアイスクリームをおごってあげる程度でした。

 今度の10万円も、私一人のものにするつもりでした。
 だから、鮎川さんや神戸さんまで、私と同罪になってしまったら、
 私は、二人の将来もめちゃくちゃにしたことになります。
 則子さんと合わせて、取り返しのつかないことをしました。
 
 則子さん、ごめんなさい。鮎川さん、ごめんなさい、神戸さんごめんなさい。」

梅子は、そこまで言ってデスクの上につっぷして、泣き始めた。

それを聞いて、梅子の母親も、デスクに泣き伏した。
その泣き声は、号泣にかわり、やがて慟哭とも言える声となった。
梅子は、母親の背の上に重なるようにして泣いた。
父親も、片手で顔を覆って、声を出し男泣きに泣いた。

鮎川道子、神戸美佐も泣いた。その両親も泣いた。


■次回予告■
「則子、奇跡の提案」です。


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プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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