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鷺の院 洋之助の妻・知恵⑤「夕月の剣」最終回

やっと最終回です。途中で書けなくなりそうでしたが、
なんとか、最終回になりました。長いです。すみません。
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鷺の院 洋之助の妻・知恵⑤「夕月の剣」最終回


氷室神社は、古く太く高い樫の木に覆われていた。
4人が木の陰に隠れると、すっぽりと見えなくなる。
場所は、隣の剣道場である。
10人の武士が、周りを囲み、
正面に若である実幸が小椅子に座り、その横に巫女の雀宮(スズメ)がいた。

やがて、夕月が来て、武士たちの中心に座し、礼をした。
若が言った。
「夕月、よう来てくれた。
 今、城には一つの憂いがあるが、
 夕月の剣こそ、それを救うものだと、巫女が言うのだ。
 そこで、足労を願った。
 10人の武士は、皆高段者である。
 寸止めを心得ているが、夕月には、本気でかかるように言ってある。
 よって、夕月も遠慮なく本気でかかって欲しい。
 では、はじめよ。」

10人の武士が立ち上がった。皆、真剣な顔をしていた。
夕月も木刀を持ち、立った。
やがて、1人が、「せーい!」と全力で、夕月の面を取りに来た。
夕月は、紙一重に交わし、武士とのすれ違い様、
「突き!」と次の者が、突いて来た。
夕月は、くるりと周り、左右に待っていた武士二人の剣を、
宙で払った。
武士が次々とやってくる中、
夕月は、姿勢を崩さず、蝶が舞うように、皆の中を泳いで行った。

それを木陰で見ていた4人は、それぞれに小声で言っていた。
「夕月母さん、強いね。」と百々。
「そうね。素敵だね。」と紗枝。

「夕月殿は、見事でござるな。」と坂本。
「ああ、これ程美しい剣は、めったに拝めぬ。」と知恵。

道場の中は、木刀のぶつかる音が、カンカンと鳴っていた。
だがその内、音が変わった。
カンカンという音が止み、かといって、夕月は、皆の間を打って回っている。
打たれた武士は、打たれたところに掌を当て、痛みを耐えているようであった。
だが、やがて、掌を降ろし、その場に正座をして、うつむき始めた。
それが、1人、2人と増えていき、やがて、10人全員が正座をした。

夕月は、それを見て、中央に座して、木刀を置いた。

若・実幸と雀宮は、何事かと見回した。
実幸は、道場頭の大葉源三に聞いた。

「源三。皆はどうしたのじゃ。なぜ、木刀を修めるのじゃ。」
顔を上げた源三は、目を潤ませていた。
「今、感動して、とても木刀を振るえないのです。」
「何があった。詳しく、教えてくれ。」
「はい。夕月殿から受けました2打目でございます。
 私の額に見事に入りました。
 痛みはもちろん、衝撃を感じ、私はこのまま死ぬると思うたのです。
 家族の顔が一人一人思い浮かびました。
 死んだ父母の顔が思い浮かびました。
 私は、これまで、十分に生きて来ただろうかと問いました。

 そのときでございます。死んだと思ったわが身に生気が湧いてきたのです。
 自分は、まだ生きていると気が付きました。
 ありがたや。我は、生きている。家族にも会える。
 私は、今、生きていることに感動し、このように、
 立っていられなかったのです。」

そのとき、道場に同じ声があふれた。
「我も同じでございます。一度死に、生き返ったのでございます。」
「生き返ったことの感激で、立っておられませんでした。」
10人が10人同じことを言い、目に涙を浮かべていた。」

若・実幸はこの不思議なことを目の前にして、
巫女の雀宮と顔を見合わせていた。そのとき、
「夕月、余にも、1本、そなたの剣をくれぬか。」
実幸の横のスダレの向うから、声がした。
実幸は、いそいで、スダレをあげた。
すると、そこに城主実篤が小椅子に座っていた。

「殿様。」皆はそう言って平伏した。
実篤は、病の床にあってか、顔は青白く、頬がこけていた。 
実幸は、夕月に目でうながした。
「はい。」夕月はいい、実篤の前に、進み出た。
夕月は、礼をし、実篤を見つめた。
実篤は、じっと夕月の顔を見ていた。
しばらくして、実篤の顔に、驚きの色が走った。
実篤は、目を見開き、「そ、そなたは・・」
夕月は、人差し指を唇に当てた。
実篤はうなずいた。
実篤は、心の中で、語っていた。
『小次郎、生きておったのか。
 そなたには、済まぬことをした。
 床の中で、何度そなたに詫びたか知れぬ。
 しかし、何度詫びても、余の罪は消えることがなかった。
 小次郎。そちは、ここへ余を許しに来てくれたのか。」
殿の心の声が、夕月に分かった。
実篤の心に、語り掛けた。

『殿さまには、もとより、罪などございません。
 小次郎をいつも、大切に思うてくださいました。
 1日も早く、ご回復くださいますように。』
『そうか。余を、許してくれるというのか。』
『許すも何も、わたくしは生きております。』
『そうか。では、1打ち余に打ち込んでくれるか。』

「はい。」
夕月は、木刀を持って立ち上がった。
そして、実篤の肩に、「えい!」と一振りした。
実篤は、目をつぶり、肩を抑えた。
やがて、そうっと目を開け、手を降ろした。
実篤の顔にみるみる生気が蘇った。

実篤は、家来たちを見回した。
「皆の者、夕月のおかげをもって、余は、生き返ったようじゃ。
 体にも、力があふれて来る。」
「殿、殿様!」
と皆は、涙に暮れ平伏した。
夕月は、下がった。

実篤は、すだれから出て来て、若が差し出す小椅子に座った。
そして涙に暮れている実幸を見た。
「実幸。この長い間、余を見捨てることなく、よう尽くしてくれた。
 世の中には、城主を見限り、城をわがものにせんとする若がいると聞く。
 それにくらべ、実幸のなんと孝行なことであろう。
 余は、実幸を孝行な若として、自慢に思い、誇りに思うぞ。
 実幸、礼を言う。」
「うれしゅうございます。ご回復がうれしゅうございます。」
実幸は、両手をつき涙に暮れた。

その横で、涙にくれている巫女雀宮に言った。
「雀宮よ。そちには、どれだけ礼を言うても、足りぬ。
 13年もの間、辛抱強く、余を生かしてくれるものを探してくれた。
 病魔を退治するなら、剛の者と思えるが、
 雀宮は、女である夕月との説を曲げなかった。
 お蔭をもって、余は助かった。
 余の雀宮への願いは、長生きをして欲しいと思うことじゃ。
 余の代はむろんのこと、若の代も、若を助けてくれよ。」
ははあ・・と雀宮は、平伏した。
「殿様のお言葉、感無量でございます。」

「そして、皆の者。よう働いてくれた。
 余の救い人を探し、方々を訪ね、さぞ、苦労をしたであろう。
 礼を言うぞ。お蔭で余は回復した。
 これからは、若の腹心の部下として、若を支えて欲しい。
 今日は、この道場で宴を開くとよい。
 余は、病み上がり故、遠慮をするがな。」
「殿さまのご回復、うれしゅうございます。」
武士たちは、頭を下げた。

「さて、最後になるが、夕月じゃ。余の前に来てくれぬか。」
夕月は、殿の前に行って礼をした。
「13年前のことじゃ。佐々木小次郎という天下一の剣豪が、この城におった。
 それを余は、家臣の計略にかかり、小次郎を死なせてしもうたのじゃ。
 余は、途中計略に気付き、その決闘を止めることもできた。
 だが、一方で、世紀の決闘を見たく思い、
 その気持ちに勝てず、止めなかったのじゃ。
 そして、小次郎を死なせてしもうた。
 余は、小次郎への罪を思い、悩みに悩んだ。
 どうすれば、許されるかと、夜ごと眠れぬ夜を過ごした。
 やがて、心が病魔に侵され、床から出られぬようになった。

 だが、本日、夕月が来てくれた。
 夕月は、小次郎と瓜二つなのじゃ。
 そして、夕月を通して、小次郎の声が聞こえたのじゃ。
 小次郎は、余には罪がないと言い、余は、小次郎を大事にしたと。
 そう言うてくれた。ありがたや。
 それを聞いたとき、余の心の病は、半分治っていた。

 そして、夕月から、活人剣ともいうべき、1打をもろうた。
 余は全快した。
 それが、いきさつじゃ。

 長い話をして、済まぬことをした。
 夕月に褒美を遣わしたいのじゃ。」
「そんな、ご褒美など。殿さまのご回復が、私にとり何よりのご褒美です。」
「そういうと思うてな、考えたのじゃ。金銀ではつまらぬ。
 夕月は、毎日道場で、貧しい子等に、握り飯を振舞っておろう。
 子等は、道場がないと、水を飲んで昼を過ごさねばならぬ。
 そこでの。明日、夕月道場に、米俵3俵を届ける。
 なくなった頃、また届ける。
 余の隣で、若が聞いておる。これは、若の代も続くぞ。
 どうじゃ、夕月。これなら、受け取れるであろう。」
「はい。うれしゅうございます。ありがたく頂戴いたします。」
夕月は、頭を下げた。

「帰りの籠は、いらぬようだ。あの木の陰に、
 夕月の味方が、夕月を見守っている。強そうな者もいるぞ。
 手柄話に花を咲かせ、わいわいと帰るのもまたよかろう。
 では、ここまでとしよう。」

やってきた夕月に、百々が飛びついた。
「夕月かあさん。素敵だった。あんなに強いなんて、知らなかった。」
「それは、小次郎様の御守りがあったから。」夕月。
皆は、通りに出た。
「活人剣とは、なんですろ。何か、見ちょって感動的でした。
 知恵様もできますか。」竜太。
「何をいいます。あたしは、天狗様の妻じゃぞ。
 武道では、旦那様の上じゃ。」
「仕組みを教えてください。」竜太。
「相手に、打たれて死んだと思わせる。自然回復する程度にな。
 その相手は、自然に回復するが、自分は生き返ったと思い感激する。」
「なるほど。理屈ではわかりました。
 だが、理屈でわかるのと、できるのとでは、大違いですな。」竜太。
「その通り。木の箱の底打ち、6打と7打の違いだな。」知恵はにっこりした。

「夕月、明日から、お米代いらないわね。」と紗枝はにっこり。
「はい。今まで、ありがとうございました。」夕月。
「道場に、お結びだけを目当てに来てる子いるよ。」百々。
「そんなの全然かまわないじゃない。」と夕月。
「やっぱりね。夕月かあさんは、お人好しなんだから。」百々。
「あなたも、毎日ただ飯を食べてるんだから、えらそうに言わないの。」と紗枝。
「あ、そうだった。」と百々が舌を出した。
みんなが、笑う。

翌日、夕月道場の前に、米俵が3俵届けられた。
みんなで、バンザイをした。

その日が、竜太と百々の出立の日であった。
二人は、客船に乗り、江戸へたった。
百々は、嬉々としていた。
知恵は、二人を見送った後、東に旅立っていった。

見送った後の紗枝と夕月。
「急に、寂しくなったね。」と夕月。
「夕月には、子供たちがいるじゃない。」と紗枝。
「紗枝だって、店の人がいるじゃない。」と夕月。
「そうっか。私達には守る人がいるね。」と紗枝。
「うん。」
二人は遠ざかる船を見つめた。
海の向こうに、また町があることを、不思議に思った。


<おわり>
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プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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