「性別違和のK子さん」

「性別違和のK子さん」


私が、女装サロンに通っていたころ、
女の子の仕草、歩き方、表情などができることに、
とても憧れていたときがありました。
2人の友達がいて、3人で、観察しあっては、
「まだ、全然だめね。」などと嘆いていました。

私は、女の子は女の子の仕草、男の子は、男の子の仕草をすることが、
不思議でなりませんでした。
誰が教えるのでしょう。
小学校のとき、ドッジボールをすると、
女の子は、女投げです。
それは、どうしても真似ができませんでした。
走るのもそうです。紅白リレーに出るような速い女の子は、別にして、
他の女の子は、みんな女走りなのです。
男兄弟の中で育っても、女の子は女走りでしょう。
私は、運動は得意ではありませんでしたが、一応男なので、
男投げ、男走りをしていました。

その内、女装クラブに、私より年下のK子ちゃんという子が入ってきました。
小柄で、女の子のような子でした。
K子は、自分でも「性別違和(当時の女性願望)」だと言っていました。
そのK子は、すること、なすこと、見事に「女の子」でした。
聞いて見ました。「その女の子の仕草なんか、練習したの?」
「普通にすれば、こうなっちゃう。
 学校で、男風にするのが、すごく大変。」
「ボール投げは?」
「男風になげられない。」
「走るのは?」
「男の子みたいに走れない。」
「じゃあ、学校で苦労するでしょう。」
「うん。完全に女がばれてる。」
「からかわれてない?」
「あいつは、ああなんだと思われているだけみたい。」


私は、そのとき、「性別違和」と言われる人の「女度」の深さと、
「どうしても、男になれない。」という困難を思いました。

サロンからの帰り、K子と一緒のときがありました。
喫茶店に行き、向かって話していると、まるで女の子で、
男の子と話している気が全くしませんでした。
笑うとき、人差し指を曲げて、鼻の下にもっていったり、
小さいハンカチをいつも手に持っていて、それを当てていました。
そんなK子を見て、私は、密かに萌えていました。

K子と、セッ○スをしたことがあります。

「Pを触られるとどう?」私は、聞きました。
「気持ちがいいけど、男を触られているようで恥ずかしい。」とK子はいいました。
「後ろを綺麗にしてあるから、入れて。」と言われて、
私は、その通りにしました。
K子は、女の子のように体が、ぽやぽやしていて、
私は、まるで女の子と変わらないK子の声を聞いて、すぐにイってしまいました。
(当時、女の子は、未経験でしたが。)

「将来、水商売に行くの?」と聞きました。
「あたしは、しゃべるのがすごく苦手だからだめ。
 どっか田舎でスナックをもって、静かに暮らしたい。」と言いました。
「K子は、男で生きて行くの、むずかしいものね。」
「うん。それだけは、言えてる。」K子は言いました。

K子は、スナックのオーナーにはなりませんでしたが、
商店街に小さな鯛焼きの店を持ちました。

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プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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