いろいろなおしゃべり
いろいろなおしゃべり
再び、自分のことで、恐縮です。
昨日、「FTMだけど女装子」を、やっと書きあげました。
「あとがき」を書きましたので、気が済んでいるのですが、
もう少し書きます。
主人公ですが、FtM の性別違和で、心は男子です。そして、女装子。
モデルですが、何を隠しましょう、私です。
私は、KF症候群というIS(DSD)です。
それを、知ったのは、24歳のとき、アメリカのジェンダー・クリニックです。
これは、男子の証しは、ちゃんと備わっているのですが、
体格は、限りなく女でした。(乳房は、出ませんでした。)
思い出してみると、小学校の1年生の頃は、お尻がプリンと出ていて、
お腹が、ぽこんと出ていました。
声も女声でした。
小学校高学年のとき、後ろから、男子によく抱き付かれました。
「どうして、そんなこと、するの?」と聞くと、
「ジュンの体は、柔らかくて、女みてーだから。」だと。
家庭科の料理の時間、私はエプロンを着て、頭にバンダナをしていました。
すると、男子も女子も、
「わあ、びっくりした、女の子かと思った。ジュンだったのか。」
と言いました。
私は、「女みてー。」と言われることが、嫌では、ありませんでした。
それは、一重に私が女装子だったからだと思います。
女装子でなければ、屈辱を感じて、やりきれなかったと思います。
私の体が、女の子的だとすると、性自認は男で、女装願望がある。
これは、物語の米倉百合子に、似てはいないでしょうか。
そうだとすると、あのお話は、
私から、必然的に出て来るものだった気がします。
*
私は、今、女装が出来る環境に全くありませんので、
物語を書くことだけが、私の女装です。
1年ほど前、女装用品を減らしました。
でも全部処分するのは、悲しいので、1セットだけ、残してあります。
ワンピースは、薄手のもので、たためば、小さい袋に入ってしまいます。
それから、スリップ、最低限の化粧道具、ウィッグ、靴です。
これは、いざバレタときに言い訳がきくように、「宴会用」と書いています。
ですから、宴会で使わないような、ブラ、ショーツ、パンストなどは、
中に入れていません。
身に付けることはできませんが、それらのものを見るだけで、
うれしいです。
そして、女装ができない気持ちを、物語を書くことで、癒します。
一つ、物語が終わりましたので、今朝は、エッセイにしようと、
昨晩は、書きものをやめて、好き勝手なことをしました。
「あとがき」に書きました歌手の新山詩織さんの歌をたくさん聞きました。
うれしいことに昔の歌を歌ってくれていて、
「悲しくてやりきれない」「もしも、ピアノがあったなら」
「デイドリーム・ビリーバー」などを、何度も聞きました。
心に沁みる、とてもいい声の人だと思いました。
恥ずかしながら、自分で歌った歌も聞きました。
プロと比べて、自分は、なんと歌が下手なんだろうと思いました。
私は、15年ほど前、ボニー・ピンクというシンガー・ソング・ライターが好きで、
5年ほどファンをやり、次につじあやのさんのファンを5年ほどしました。
その間、B’z や、ZARD 、aikoも好きで、一つの曲を、何度も聞きました。
ライブもたくさん行きました。
ライブは好きです。
ですから、「お父さんは大ヒットメーカー」で、ライブのシーンを書きましたが、
書きながら、うれしくてたまりませんでした。
最後に、ランキングについて。
私は日本ブログ村に、アメブロを登録しています。
しかし、書いているのは、FC2 のブログです。
アメブロからFC2に飛び、記事を読んでくださり、
また、アメブロに戻りバナーを押してくださっている方がいらっしゃると思います。
これ、ほんとに面倒ですよね。
申し訳なく、頭がさがります。ほんとに、ありがとうございます。
でも、私は、アメブロが好きなので、登録サイトをアメブロにしています。
大変面倒だと思いますが、バナーを押してくださるとうれしいです。
では、今日は、この辺に致します。
今後とも、よろしくお願いいたします。
(次回は、未定です。)
バナーをこちらではまだ貼れずにいます。
→アメブロの方で押してくださると、幸いです。
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再び、自分のことで、恐縮です。
昨日、「FTMだけど女装子」を、やっと書きあげました。
「あとがき」を書きましたので、気が済んでいるのですが、
もう少し書きます。
主人公ですが、FtM の性別違和で、心は男子です。そして、女装子。
モデルですが、何を隠しましょう、私です。
私は、KF症候群というIS(DSD)です。
それを、知ったのは、24歳のとき、アメリカのジェンダー・クリニックです。
これは、男子の証しは、ちゃんと備わっているのですが、
体格は、限りなく女でした。(乳房は、出ませんでした。)
思い出してみると、小学校の1年生の頃は、お尻がプリンと出ていて、
お腹が、ぽこんと出ていました。
声も女声でした。
小学校高学年のとき、後ろから、男子によく抱き付かれました。
「どうして、そんなこと、するの?」と聞くと、
「ジュンの体は、柔らかくて、女みてーだから。」だと。
家庭科の料理の時間、私はエプロンを着て、頭にバンダナをしていました。
すると、男子も女子も、
「わあ、びっくりした、女の子かと思った。ジュンだったのか。」
と言いました。
私は、「女みてー。」と言われることが、嫌では、ありませんでした。
それは、一重に私が女装子だったからだと思います。
女装子でなければ、屈辱を感じて、やりきれなかったと思います。
私の体が、女の子的だとすると、性自認は男で、女装願望がある。
これは、物語の米倉百合子に、似てはいないでしょうか。
そうだとすると、あのお話は、
私から、必然的に出て来るものだった気がします。
*
私は、今、女装が出来る環境に全くありませんので、
物語を書くことだけが、私の女装です。
1年ほど前、女装用品を減らしました。
でも全部処分するのは、悲しいので、1セットだけ、残してあります。
ワンピースは、薄手のもので、たためば、小さい袋に入ってしまいます。
それから、スリップ、最低限の化粧道具、ウィッグ、靴です。
これは、いざバレタときに言い訳がきくように、「宴会用」と書いています。
ですから、宴会で使わないような、ブラ、ショーツ、パンストなどは、
中に入れていません。
身に付けることはできませんが、それらのものを見るだけで、
うれしいです。
そして、女装ができない気持ちを、物語を書くことで、癒します。
一つ、物語が終わりましたので、今朝は、エッセイにしようと、
昨晩は、書きものをやめて、好き勝手なことをしました。
「あとがき」に書きました歌手の新山詩織さんの歌をたくさん聞きました。
うれしいことに昔の歌を歌ってくれていて、
「悲しくてやりきれない」「もしも、ピアノがあったなら」
「デイドリーム・ビリーバー」などを、何度も聞きました。
心に沁みる、とてもいい声の人だと思いました。
恥ずかしながら、自分で歌った歌も聞きました。
プロと比べて、自分は、なんと歌が下手なんだろうと思いました。
私は、15年ほど前、ボニー・ピンクというシンガー・ソング・ライターが好きで、
5年ほどファンをやり、次につじあやのさんのファンを5年ほどしました。
その間、B’z や、ZARD 、aikoも好きで、一つの曲を、何度も聞きました。
ライブもたくさん行きました。
ライブは好きです。
ですから、「お父さんは大ヒットメーカー」で、ライブのシーンを書きましたが、
書きながら、うれしくてたまりませんでした。
最後に、ランキングについて。
私は日本ブログ村に、アメブロを登録しています。
しかし、書いているのは、FC2 のブログです。
アメブロからFC2に飛び、記事を読んでくださり、
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これ、ほんとに面倒ですよね。
申し訳なく、頭がさがります。ほんとに、ありがとうございます。
でも、私は、アメブロが好きなので、登録サイトをアメブロにしています。
大変面倒だと思いますが、バナーを押してくださるとうれしいです。
では、今日は、この辺に致します。
今後とも、よろしくお願いいたします。
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