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実話『オーナーからの届け物』

これは、実話です。読んでくださるとうれしいです。
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オーナーからの届け物


私は、30歳で、資格浪人をしていました。
女装クラブには、長いご無沙汰をしていました。
そんな時、女装クラブのオーナーKさんから電話がありました。
私は、Kさんに何年も会っていませんでした。

指定された喫茶店に行きました。(男の格好です。)
やがて、オーナーが杖を突いてやってきました。
私が、クラブに入ったときは、75歳の高齢でしたが、
背が高く、がっちりしていて、精悍な感じの人でした。
それが、喫茶店に来たときのKさんは、ずいぶん痩せていて、
別の人のようでした。

「お痩せになりましたね。」と私が言うと、
「俺も、85歳になったからな。」とKさんは言いました。

「今日、ジュンを呼んだのは、頼みがあってのことなんだ。」
「はい。」
「俺は、ここのところジュンの友達であるA子の面倒を見て来た。
 だが、俺は、若い頃気に入ってずっと付き合って来た女がいる。
 女と言っても、もちろん、これだぞ。」
とKさんは、親指を出しました。
「よし江という女だ。今は、ちょっと遠いところで、小料理屋をしている。
 遠いので、頻繁に会うことができなかった。
 今でも、俺一筋に尽くしてくれている健気な女だ。
 もう、45になろうとしているが、どう見ても、30歳くらいにしか見えない。
 小柄で、可愛い女だ。」

「そうだったんですか。知りませんでした。」私は言った。
「そこで、ジュンに頼みがある。」
Kさんは、カバンから大き目の茶封筒を出して、
私の前に置きました。
「俺は、もう、そう長くはない。
 俺が死んだら、その茶封筒を、よし江に届けて欲しいんだ。
 小料理屋の住所と電話番号と簡単な地図はこれだ。
 中に、簡単な手紙と、郵便貯金とよし江の名前のハンコウがある。
 25年間、税金のかからない範囲で、あいつのために貯めた金だ。
 よし江が困っていたら、役に立つはずだ。」
私は、カバンの中に、しっかりと入れました。

「25年もですか。」と私。
「ああ、俺はこう見えても、律儀な方なんだ。
 俺が死んだとき、知らせは、管理人のOhさんと、
 ジュンにだけ、知らせる。他の会員には知らせない。
 ジュンに知らせるのは、この茶封筒を届けて欲しいからだ。
 
 よし江にあったら、俺が死んだことも伝えて欲しい。

 よし江のところには、A子とB子と3人で行くといい。」

Kさんは、長い外出はダメらしく、用が済んだらすぐに返りました。

そう長くないとは、どのくらいなのだろう。
20歳のころから、ずっとお世話になったオーナーのことを思って、
私は、涙が出ました。



2か月後に、10月に、オーナーは他界しました。
私に、電話がかかって来ました。私は泣きました。
仲の良いA子とB子に知らせました。
二人共、社会人になっています。
私は、事情を話し、よし江さんのお店がある駅で落ち合うことにしました。
訪問する前の日に、よし江さんに、電話をしました。
Kさんが、なくなったことは、伝えませんでした。

午後の4時に、駅で、3人は集まりました。
A子も、B子も、バッチリとスーツを決めていました。
私だけが、ラフな格好をしていました。
「なんだ、見違えちゃったよ。もう女には見えないよ。」と2人に言いました。
「もう、スーツに慣れるの、大変だったよ。」とA子は言いました。
「髪を短くするのが、一番、悲しかったかな。」とB子は言いました。

私達は、軽くコーヒーを飲んで、よし江さんの店に向かいまし。
静かな通りに、よし江さんの店だけがポツンと灯りがついていました。
5時ごろでした。暖簾は、外に出ていませんでした。
そして、「本日休業」となっていました。
「ぼく達のためにかな。」A子は言いました。
私は、「こんばんは。」と言って、ガラス戸を開けました。
すると、30代に見える小柄な女性がいます。
和服で割烹着を着ていました。
可愛い人でした。

「お電話をくださった方ね。」とよし江さんは、言い、
「お座りになって。」と言いました。
おでんが煮込まれていました。
私達は、自己紹介をし、いよいよ、本題に入らねばなりませんでした。
「あの、1つ目のお知らせですが、大変悲しいことです。
 Kさんが、他界されました。」
それを聞いて、
「まあ。」と言い、よし江さんは涙を流し、両手を顔に当て、
泣き崩れてしまいました。

私達は、よし江さんが、泣き止むのをじっと待っていました。

やがて、私は、茶封筒をよし江さんに渡しました。
「何かしら。」とよし江さんは、ハンコウと通帳を出しました。
そして、通帳を開き、それを見ました。
そして、同封の手紙を開きました。

<こんな内容でした>

よし江がこの手紙を見るとき、俺は、あの世へ行っているはずだ。
よし江には、ずいぶん世話になった。よし江は、この25年間、
ひとときも忘れ得なかった女だ。俺の生涯ただ1人の女だ。
小料理屋は、遠いので、頻繁にいけなく、
よし江に淋しい思いをさせたと思う。
その償いではないが、俺は、よし江名義で毎月、小額だが、貯金をした。
25年間したから、ちょっとは、ましな額になっているかもしれん。
どうか、これで、かんべんしてくれ。

俺は、先に逝くが、よし江は長生きしてほしい。
好きな男ができたら、共に暮らすといい。
天国にいる俺は、やきもちなんか焼かない。安心してくれ。

これを持って来た、3人は、絶対に信用のおける3人だ。

では。そろそろ手紙を閉じるか。
書きたいことがあり過ぎて、切りがない。
よし江が、幸せになることを、いつでも祈っている。

K



よし江さんは、泣いて泣いて、泣きくれました。
その内、やっと、
「あの、大切な物なので、しまってきます。」と言いました。

よし江さんは、泣き止んで帰って来ました。

「今日は、閉店にしてあります。ゆっくりなさってくださいね。」とよし江さん。
Kさんに結ばれて、私達は話が付きませんでした。

「あの、馴れ初めは、どうだったんですか。」と私。
「ちっともロマンチックじゃなのよ。
 私は、早くから、水商売にいました。
20歳になっても髭もなく、ほんとに女だったの。
 私を男と見破る人は、まずいなかったの。
 それが、新宿駅の通路を和装で歩いていたら、
 向うからくるKさんと目と目があったの。
 男らしくてあたしのタイプだった。

 すると、Kさんは、親指を上に向けて、『こっちかい?』っていうの。
 あたしが、『はい。』というと、Kさんは、そのまま、あたしの手を引いて、
 ラブホテルに直行。これが、すべて。
 『こっちかい?』『はい。』それでけだったの。
 後で聞いたら、Kさんは、会議と会議の間の1時間だったらしいの。」
「わかります、わかります。Kさんは、30分でも無駄にしません。」とA子。

こんな風に盛り上がり、私達は、新幹線のぎりぎりまでいました。
泊まってくださいと言われましたが、みんな次の日に会社があり、
帰りました。

この日のことは、忘れ得ません。
Kさんがいなくなったクラブは、自然消滅しました。
大きな太陽が沈んでしまいました。

(次回は、未定です。)


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プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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