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広報委員長・沢田美津子④「奥様気分満喫」最終回

やっと、最終回です。読んでくださり、ありがとうございました。
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広報委員長・沢田美津子④「奥様気分満喫」最終回


ゴールデンウィーク前に、早々と、親睦の飲み会を開いた。
場所は、居酒屋で、三方壁に囲まれて、障子で出入りする、
掘りコタツ式の細長い部屋。
12人にピッタリの広さ。

出席は、なんと全員だった。
奥様達は、日ごろ羽を伸ばせる場がないので、
こういう機会は逃さないようだ。
美津子は、名前の書いたカードを胸に貼るように用意した。
これで、互いの名前がわかる。

席は決まっていないが、なんとなく1~3年の6人、
4~6年の6人が、塊になった。
美津子は、高学年部ループにいた。

つまみを食しながら、酒が進むと、皆さんはだんだん多弁になった。
美津子は、レディース・トークを楽しんで見ていたが、発見した。
若い頃の仕草の癖は、皆同じ。
「いや~だ。」と言いながら、隣の人の肩をたたく。
「ねえねえ。」と言いながら、隣の人の手に手を重ねる。
美津子もそうしたかったが、恥ずかしいのだった。
やっぱり、自分は、男子なのだろうか。

45歳くらいのお話しのリーダー格の野崎が言った。
「ねえねえ、沢田さんが委員長になって、あたし達すごく楽になったけど、
 委員長さんは、実は、陰で大変なんじゃない。」
「そうよ、そうよ。」と皆さんが言う。
美津子は、バッグから1枚のCDを出した。
「広報くん」とある。
「このソフト1つで、私は全く苦労知らずなのよ。
 写真を入れたいところが、後から出て来たとするでしょう。
 そのとき、窓を作り、写真をコピー%ペイストできる。
 文字列は保たれる。
 写真を三角にしたり、花模様にしたりは、自由自在。
 縦書き、横書きの混在も自由自在。
 みなさんからの、記事を、コピペすれば、
 新聞の形式で、ぱっと入ってくれる。
 これで、紙面が埋まったら、メモリーにいれて、
 印刷屋さんに渡して終わり。」

「まあ、」とBさん。
「それすごいわ。あたし、子供の剣道クラブの広報なんだけど、
 それ使わせてもらえる?」
「どうぞ、どうぞ。」と美津子。

「ところでさ。」と43歳の野坂良美が乗り出して小声で言った。
「あたし達、向うの6人より、やっぱり年増よね。」
「そりゃそうよ。学年が、3年上なんだもの。」Aさん。
「1年生のお母さんなんて、まだ、娘さんみたいよ。」
「そうよね。」
「でも、小林さんは、5年生のお母さんよね。
 どうして、そんなに若いの?」
小林百合子は、ボブヘアで、まるで、学生ほど若く見える。
「あたし、18歳で結婚したから。」
「じゃあ、18+11・・。まだ、20代なの?」
「次の誕生日で、30だけど。」と小林。

「わあ、いいなあ。20代になりたいわ。」とみんなが言った。

「委員長さんも、若いわよ。」Cさん。
「あたし、38ですよ。」と美津子。
「ま、ほんと!30歳くらいに見えたわ。
 お若いのに、お出来になる方だわと驚いていたの。」
「8歳も若く見られてうれしいわ。」と美津子。

お酒が徐々に回ってきている。
ついに、野坂良美は、話を下に落とした。
「みなさん、夜の営み、週に何回くらい?」
「だめよ。小林さんみたいな若い人もいるのに。」Cさん。
「もう30だから、平気ですよ。」と小林。

みんな、野崎に聞かれた。

「足りなくありません?」と野崎。
「もちろん、足りないわよ。」とBさん。
「足りない分、ご自分で補ってらっしゃるのよね。」と野崎。
「まあ、そうねえ。」と皆さんが言う中、
「そんなこと、できませんよ。
 主人が寝てる横でなんかできないわ。」と小林が言った。
「昼間、するに決まっているじゃない。」とD子が言った。
「だめよ。あたしなんか共働きだから、昼もだめよ。」
「あ、そうか。そう言う場合、どうすればいいかしら。」
「そうねえ。」とみんなが考え始めた。

「みなさん、何のお話しですか?」と、28歳独身の日下部芳子が来た。
みなさん、一瞬、心で『わあ~。』と思った。
「ああ、その、体にいいことしてますかっていうことをね。」
と野崎は、とっさに言った。
日下部の登場で、話題は健全なものに代わり、
美津子は、胸をなでおろした。

楽しい時間はどんどん過ぎた。
美津子は、レディース・トークを堪能した。
奥様の中にいると、自分も奥様であるという気がして、
美津子の心は、とても満たされた。



2月の末。後期の広報が完成した。
後期の委員は、出来上がった広報の最終稿を見て、何度も笑みを浮かべた。
「ほんとに、メールだけでできたのね。」
と、皆は、同じことを言った。
「みなさん、締め切りをきっちり守ってくださったからですよ。」
と美津子は言った。
そして、みんなに「広報くん」を紹介した。
「これが、あったからできたの。じゃなきゃ、大変すぎるわ。」
と、美津子は言った。
「これ、すごいソフトね。来年の方に引き継ぐといいわ。」とAさん。
「もちろん、引き継ぐわ。」と、美津子。

3月の初旬に、広報は、子供を通じて配布された。
隆が持って帰ってきた広報を、佐和子は、しみじみと見た。

佐和子は、クリニックで、もう薬は、要らないでしょうと言われ、
もしもの時ように、少し薬をもらい、もう通院はいらないと言われた。
佐和子は、うれしかった。
美津子の頼もしく、やさしい顔が目に浮かんだ。

次の日、佐和子の家で、完治のお祝いをすることにした。
美津子と紀子を呼んだ。
(美津子の夫は、単身赴任ということになっていた。)
テーブルの上に、飯台が乗せられ、豪華なちらし寿司があった。
その他、オードブルの数々。

それを見て、美津子と紀子は、「わあ~、すごい。」と言った。
佐和子は、にこにこしていた。
ビールで乾杯の前に、佐和子の夫の靖男は、言葉を述べた。
これから、何か言おうとする靖男の目から涙があふれた。
佐和子も、涙を浮かべていた。

靖男は、やっと口を開いた。
「約一年前、佐和子の様子がおかしくなり、
 隆と私二人は、辛い思いをしました。
 佐和子は、もっとつらい気持ちでいたと思います。
 10日あまりのことでしたが、耐えがたい時間でした。
 私は、佐和子の原因は、
広報委員長になったことのストレスだと思いましたので、
佐和子には内緒で、学校長のところへ、行きました。
そして、広報委員を降りるわけにはいかないかと、願い出ました。
しかし、校長からは、活動が始まるのは、4月からで、
まだ、1か月時間があるから、様子を見て欲しいと言われました。

しかし、もしあと1か月も佐和子が、つらい気持ちをかかえていたら、
状態が悪化し、一体佐和子はどうなってしまうかと、
それこそ、地獄にいる思いでした。

ところが、美津子さんが、救世主のように来てくださいました。
その日のうちに、原因を聞き、すぐにクリニックをさがし、
連れて行ってくださり、その場でお薬を呑ませてくださいました。
そして、広報委員長を引き受けてくださるという、
信じがたい好意をくださいました。
そのありがたさを思う度、胸が熱くなります。

それから、紀子さんとお二人で、佐和子が片時も一人にならないように、
守ってくださいました。
そのお蔭で、今日、やっと、完全に佐和子は治癒しました。
ありがとうございます。」
靖男は、涙ながらに頭を下げ、座った。

佐和子が立ち言った。
「主人が全部言ってくれました。
 付け加えます。
 美津子さんと紀子さんが救ってくださったのは、
 私だけでなく、夫の靖男と隆の二人もです。
 私のあの暗い状態が、毎日続いていたら、主人はどうなったことでしょう。
 隆はどうなっていたことでしょう。
 それを、考えますと、お二人に、いくら感謝しても足りません。
 本当に、ありがとうございました。」
佐和子は、涙をいっぱい浮かべて、席に座った。

隆が言った。
「おばさん達に、ぼくからも、ありがとうって言います。
 ありがとうございました。
 そして、早く乾杯をして、食べよう。」
みんな、にっこり笑って、グラスを差し出した。
「かんぱーい!」


<おわり>

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プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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