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倉田洋子 建築課構造審査員<後編>

倉田洋子 建築課構造審査員 <後編>


「建築の業者は、図より数字重視です。数字がどんなに間違っていると思っても、
表記の通りのものを造りますよね。
ビルが出来てみたら玄関右は幅1mの柱、左は幅9cmの柱になっています。」
と洋子は言った。
「いや、これは、恥ずかしい間違いだ。申し訳ない。
 では、ほんとにあなたのおっしゃった126も間違いがあるのですか。」
田村は、青くなった。

「はい。構造計算のCDの方は、惨憺たるものです。
 ある計算の第1式に代入する数字が、間違えていますので、
 それに関わる式が、ごっそり間違えています。
 それを1群とすると、全部で17群間違いがあります。」
「それを、あなたは、あのスピードで、画面を見て、
 わかったのですか。」
「それは、田村さんより、読むのが速いと言う意味ですか。」
洋子は、小首を傾けてニコッとした。
「そうです。私には、とてもあの速さでは、読むことができません。」
田村は、うつむいて、冷や汗をかいていた。
そして、目の前の小娘のような女性に、ある種の脅威すら抱きはじめていた。
一日で審査を済まそうと、意気揚々とやって来たが、
最後の最後に、途方もなく巨大な壁にぶちあたった思いであった。

「これは、早速、設計図を持ち帰り、スタッフ全員で検討します。」
田村は、そう言って、設計図を丸めようとした。

「あのう。」と洋子は言った。
「何か他に。」田村。
「間違いのない、設計図ができたとしても、あの土地に27階のビルは建ちません。」
洋子はそう言った。
「どういうことです。」
「CDの計算では、風速50mの風を想定して、
 そのときのビルのしなりは、屋上部で片側4mとあります。
 そして、風速70mでのしなり6mまでは、耐えうると。
 しかし、その風は、50mの連続風であって、
 断続風の場合は、事情が異なります。」
「断続風…、はじめて聞きますが。」と田村は洋子を見た。

「この一帯は、断続風が吹くのです。
 ある規則性をもって、吹いたり止んだりする風です。
 例えば、風速30mで吹き、ビルは、2mしなったとしましょう。
 ところが、そこで、風が止まるのです。
 すると、ビルは元に戻ろうとしますが、2mだけでなく、1m余分に戻ってしまう。
 この1mが戻ろうとするとき、止んでいた30mの風がまた吹く。
 1m戻ろうとする力と、風の30mが加わり、
 今度、ビルは、3mしなります。

 これを、くり返していく内、30mの風でも、風速50mを越える威力となります。
 はじめから、風速40mの断続風が吹けば、
ビルは、想定外の風速70m以上の威力を受け、
 恐らくは、45秒後に、途中から、ぽっきりと折れます。
 この土地は、過去3年の台風で、断続風・風速40メートルを、4回記録しています。

 海外で、大した風速ではなかったのに、高層ビルが崩壊した例が多発しました。
 それは、断続風のためだったのです。」洋子は言った。
「私は、マサチューセッツ工科大学の建築構造科でドクターをとりました。
 この私が、断続風を知らなかった。」田村は言った。
「最近の論文ですから。月刊「アーキテクト」は、世界でもっとも権威ある建築雑誌ですよね。
2010年、6月号。68ページです。」
洋子は、棚を開け、英文で書かれた、その雑誌を開いて見せた。
田村はそこを、むさぼるように読んだ。

「素晴らしい論文です!私が、師事した、ドクター・マカフィーが、絶賛していますね。
 構造の世界的権威だ。」
「はい。お電話をいただきました。」と洋子。
「え?と言いますと・・?」
「私の論文です。」洋子はにこりとした。
「ああ、ほんとだ。By Yoko Kurata とあります。」
田村は、驚いて洋子を見つめた。
そして、うなずいた。

「Ms.Yoko Kurata のお名前は、過去に何度も目にしました。
 ただ目の前の倉田洋子さんと結びつかなかった。
 倉田さんは、マンハッタンのような、『高層ビル街における風の脅威』についても、
 お書きになった。高層ビル街に1つのビルを建てたがために、
周りのビルが風で次々崩壊してしまうこともあると述べられていました。
私は、読んで感銘を受けました。さらに、筆者が同じ日本人であることがうれしかった。
そのMs.Yoko Kurata が私の目の前にいらっしゃるのですね。
 設計図を見る速さ、CDの数式を読む速さ、これでうなずけます。
 Ms.Yoko Kurataにお会いできて、光栄です。

 わかりました。高層ビルはあきらめます。」田村は頭を垂れてそう言った。

「せ、先生。俺はどうなちゃうんだ?せっかく更地まで用意したのによ。」植木は言った。
「市に買ってもらえばいいじゃないですか。」
「だったら、地上最高のパチンコ屋作れないでしょう。」
「え?パチンコなんか聞いてないですよ。
文化的な街づくりに貢献するからと聞きましたよ。
だから、私は乗ったんです。」
「いやあ、そのさ。」
「ちょっと悪いですが、先に帰ってくれませんか。
 私は、倉田さんともう少し話したいんです。」
田村に言われ、植木は、しぶしぶ腰を上げ、出て行った。

「田村さんに、極秘のお話ですが。」と洋子は身を乗り出し、
「今、市は、この古い建物を改築しようとしています。
 それで、世界に誇れる、市民のニーズに応えた市役所づくりを考えています。
 しかし、今、設計の方が、見つからずにいます。
 田村さんに、もしそのお気持ちがおありなら、是非やってごらんになりませんか。
 高層は無理でも、15階2つならどうでしょう。
 それなら、構造上なんの問題もありません。茶畑への影響もありません。
市は、今お金けっこうあるようです。
 それから、植木氏は、私にお任せください。」と言った。
田村は、目を輝かせた。
「そうですか。願ってもないことです。市民の暮らしに本当に役立つものを、
 今度こそ、全力で考えてみたいと思います。」田村は、言った。
二人は、互いに手を差出し、両手で握手をした。

田村が帰ったあと、洋子は、植木のような人間に一番にらみがきく人物に電話をした。
「あ、番長、あたし。」
「洋子か。めずらしいな。」
「ちょっと頼みがあってさ。パチンコ王子の植木って知ってる。」
「ああ、舎弟の舎弟だ。」
「植木が手に入れた更地、市に売って欲しいの。
 植木がちょっともうかる位でね。」
「わかった。素直に売らせりゃあいいんだな。」
「うん、そう。いい?」
「あいよ。たまには電話しろよ。」
「うん。そうする。」

これで、植木の問題は、終わった。

洋子は、その後、開発課へ行った。
田村幸三設計による市役所。
話しを聞き、開発課は、飛び上がって喜び、市長始め、方々へ飛んで行った。
緊急会議が開かれ、即決した。
田村幸三の事務所へ依頼の電話が即日に入った。

ここは、田村家。夕食時である。
「あなた、今日は、表情がいいわ。何かあったの。」妻の小百合が行った。
「ほんとだ。お父さん、にこにこしてる。」高校生の怜奈も言った。
「ああ、あったよ。俺は、もう少しで、汚い仕事をするところだった。
 借金をどうにかしようと焦っていたんだな。
 ところが、救いの神に出会った。
 その人は、俺の心をリセットしてくれた。
 素晴らしい論文を見て、俺は、学生時代の情熱を取り戻したんだ。
 これから俺は、焦らず、謙虚に1からやっていくつもりだ。
そうすれば、借金はいつの間にかなくなるさ。」幸三は言った。

「それは、よかったわ。」と小百合はうれしそうに言った。
「ね、その人どんな人?男?女?」と怜奈が乗り出して来た。
「怜奈くらいの高校生みたいな人だ。
 しかし、俺の50倍くらいすごい人だ。」
「お父さんの50倍!わあ、会ってみたい。」怜奈は目を輝かせた。
幸三は、洋子の高校生のような可愛い顔を思い出していた。

翌朝、市役所前で、また、シュプレヒコールが行われていた。
洋子はやってきて、
「みなさん、高層ビルは中止になりましたよ。
 安心して帰ってください。」と言った。
「あなたが、中止にしてくれたの?」
「まさか、みなさんの力ですよ。」と洋子。
「そうかい。やった。俺たちの勝ちだ!」
と一人がいい、みんなは、抱き合って喜んだ。

「さあ、今日もがんばるか。」と洋子は背伸びをした。
「今日は、泉中学の垣根直し。それから、第2小のカメの池の修理かあ。」
業者に頼もうか、自分で直しちゃおうかと、いつも迷う。
そういうのも、建築課構造審査員洋子の大事な仕事なのであった。


<おわり>


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プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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