エッセイ「物語作りについての思い出」

エッセイ「物語作りについての思い出」

気が付いてみると、私は、「怜奈と美春」「有紀と夕月の恋」と、
2つとも5話までの物語を連続で書いていました。
最近、物語を連続で書けたことは、珍しいのです。
その前の「目の見えないルル」の後は8日間エッセイや再投稿で、
凌いでいます。

かつてのように、ストーリー性のある物語が書けなくなっていますが、
それでも、何かしら書いて行けば、また波が来て、
エネルギッシュなお話が書けると期待しています。

ブログを初めて4年になりますが、よく続いたなと思っています。
昔書いた物語を見て、こんなの書いたっけというのがあるくらい、
たくさん書いているようです。

私は、学生のとき、漫画は描けないけれど、原作なら書けると思い、
原稿用紙50枚くらいに物語を書いて、
「少女フレ○ド」(講○社)の編集長のところへ持って行きました。
編集長は、びっくりするほどの速さで、原稿を読み、
「次は、コメディ・タッチのを書いて持って来てください。」と言いました。
私は、半徹夜で物語を書き、次の日に持って行きました。

編集長は、「コーヒーでも飲みに行きましょう。」と言ってくれて、
外の喫茶店に誘ってくれました。で、おっしゃるのです。
「今、原作をしている方々は、若干お年を召している方が多くてね、
 あなたくらいの同世代の人にがんばって欲しいのです。
 で、次ですが、『お涙ちょうだい』物を書いて来てほしいんです。
 慌てないで、じっくり考えた物を。」

私は、喫茶店で、話をしてくれて、これはいいぞと思い、
意気揚々と家に帰って来たのですが、
いざ「お涙ちょうだい」物と思うと、書けないのです。
お気楽物なら、いくらでもごまかしがきくのですが、
シリアス物、泣かせ物が、どれだけ難しいか認識しました。
そして、とうとう書くことができず、編集長の元へ行けませんでした。

あれほど物書きになりたいと思っていた血気盛んな頃に書けず、
40年も後になり、エネルギーが風前の灯になっている今、
何とか書けているというのは、皮肉なことでしょうか。
それとも、今だからこそ、書けるのでしょうか。
若いときの自分に足りなかったものは何でしょうか。
経験でしょうか。いや、そんなはずはありません。
若くても、書く人は、書いています。

こんなことを思いながら、
私は、若く何かもがいていた頃の自分を、愛おしく思っています。


大川夕月のイメージを描きました。
夕月のイメージ
by ラック



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プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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