実話「感じの悪さ最悪のインタビューを受けた」(後編)

実話「感じの悪さ最悪のインタビューを受けた」(後編)


腹立たしくて、腸が煮えくり返るようでした。
私は、次の日新聞社に行くと言いましたが、
その足で、新聞社へ行きました。
今日か翌日の1番に大森氏が必ず、自己防衛の手回しをすると思ったからです。

電車に乗り、途中からタクシーで行きました。
(費用は、社に請求するつもりで、領収書をもらいました。)
社に入ると、「お客様案内」と書かれた部屋がありましたので、
事情を話し、大森氏の上司に当たる人に来てもらいました。
遠藤という人で、とても紳士的でした。

「まず、大森さんは、私に敬語を使いませんでした。
 これは、社の気風ですか。」
「とんでもないです。相手が、いくら年少の方でも、敬語です。
 残念なことに、年配の記者の中には、
 まだ、マスコミ風を吹かす者がいるのです。
『取材させていただく』なのに、
『取材してやる。新聞に記事を載せてやる』風な考えの者です。
申し訳ないことです。
これは、社の気風ではないことを、どうぞお分かりください。
丁寧な対応をする記者が、ほとんどなのです。
申し訳ありませんでした。」遠藤氏は言いました。

それから、私は、大森氏のひどいところをいくつか話しました。
・取材の約束もせず、内容も告げず、夜の7時という夕食時に、
 突然、電話をよこし、場所を指定して、「来てくれ」と言われたこと。
・喫茶店では、常時背を壁にもたせ、斜めを向いていたこと。
・取材する私の詩集を1冊も買って読んでいなかったこと。
・無理に自分のイメージに、私を当てはめようとしていたこと。
・町で売っている詩売りを侮辱的に見ていたこと。
・取材される私を「小娘」と呼び、私の性別さえ、把握していなかったこと。

「インタビューの謝礼は、出さないのが社の方針ですか。」と私。
「とんでもありません。あなたの場合、5000円です。」遠藤。
「大森さんは、『新聞のコラムに、載るんだよ。
 その宣伝効果を考えてみろ。それを思えば、
 謝礼など君に払う必要などない』とおっしゃいました。」私。
 
遠藤氏は、苦い顔をしました。
「あとで、厳しく大森に問い正します。
 あなたへの謝礼を着服したなら、重い罰が科されます。
 大森が、あなたへ渡さなかった5000円を、
 社にきちんと返すか、観察します。」

「私が一番悲しく思うのは、
 大森さんは、私の詩集を1度も手に取って見なかったと思えることです。
 大森さんは、私の詩を持っていた人に表紙を見せてもらい、
 私のペンネームをメモし、
 裏表紙の私の電話番号だけ、多分その人に読ませたのです。
 だから、大森さんは、私の住所も本名も見なかったのです。
 はじめの電話のとき、最寄りの駅はどこかと聞かれました。
 私の住所は、駅名と同じです。それが、住所を知らない証拠です。
 常識的な取材の手順を踏んでいれば、当然わかる私の性別すら、
 ご存知ありませんでした。

 私は女に見えるかもしれません。
 ふつう、そう言う人は、心に大きな劣等感を抱いています。
 もちろん全員ではありません。
 小さいときから、「女」と似た言葉で、からかわれ続けて来るのです。
 そいう人を、よりによって『小娘』と罵倒することは、
 その人を深く傷つけ、劣等感にギリギリと穴を開けるようなものです。 
 大きな、人権侵害にも当たると思います。」と私。

「おっしゃる通りです。お詫びの言葉もありません。
 今日、大森がやった、最も大きな罪です。
 わが社としては、あなたに、大きな慰謝をしなければなりません。
 近々、正式にお詫びにうかがいます。」
遠藤氏は、深く頭を下げました。

私は、そんなところで、一応の気が済みました。
今日の取材謝礼の5000円と行きと帰りのタクシー代を、もらいました。

次の日の夜、8時ごろです、前もって電話があり、
大森康夫氏と上司の遠藤幸吉氏は、きちんと背広を着て、我が家にやって来ました。
和室に上がってもらい、父にも同席してもらいました。
大森氏と遠藤氏は、座布団から降り、両手を付き深々と頭をさげて、
まずは、遠藤氏が言いました。

「この度は、隣におります大森が、そちらの加納純一様に、
 無礼千万な取材をし、純一様に大きな不快感を与えました。
 おまけに、純一様を女子と間違え『小娘』とののしり罵倒しました。
 ふつう、考えられない、ひどい行いです。
 そのお詫びと、慰謝としてのものをお持ちしました。
 これで、お心の傷を少しでも、癒してくださいますよう、
 お納め願いたく、参上いたしました。
 本当にすみませんでした。心から、お詫び申し上げます。」

続けて大森氏が言いました。
「私には、古いマスコミ人の悪癖が身に付いてしまっており、
 なんの反省もなく、今までやってまいりました。
 その結果、純一様に無礼を働くだけでなく、
 お心を深く傷つけてしまいました。
 昨日の純一様の訴えで、上司よりきつく叱られ、そして、諭され、
 わが身を深く反省いたしました。
 これからは、生まれ変わったつもりで、よい仕事ができますよう、
 努力いたします。
 この度のこと、どうぞお許しくださいますよう、
 お願い申し上げます。」

テーブルの上に、菓子箱と、お金が入っていそうな封筒がありました。
父が私を見ました。
私は、言いました。
「ご丁寧なごあいさつ、ありがとうございます。
 私は、これで、気が済みましたので、どうぞご安心ください。
 せっかくのもの、ご厚意と受け止め、頂戴いたします。
 お騒がせし、こちらこそ、申し訳ありませんでした。」

遠藤氏がさらに、
「純一様の取材は、記者を変えまして、礼儀を踏まえ、
 1から行わせていただきたく思います。よろしく、お願いいたします。
 なお、大森は、他の部署に移し、記者の仕事をさせる見込みはありません。

 これは、わが社の恥になることですが、お詫びの印に
 正直にお話いたします。
 
 大森は、取材の後、即日に純一様が見えたことを知らず、
 明くる日1番に私のところに来ました。
 そして、純一様が、詩人気取りの、とんでもなく生意気な学生だったとののしり、
 謝礼の5000円を叩きつけて、取材途中で出て来たと申しました。
 そして、今日来るかも知れないが、一切耳を貸さないでくれと言いました。

 そこで、私は、大森を編集部長の部屋に連れて行きました。
 まず、純一様の本名と住所を言わせたところ、どちらも言えませんでした。
 詩集を1冊でいいから、見せるように言いますと、
 1冊も持っていませんでした。
 ここで、大森は観念し、全てを正直に話しました。
 純一さんへの謝礼の5000円も、着服していました。
 着服に加え、大森の言動は悪質であり、
 社の信用を著しく傷つけました。重い処分が下ります。」
遠藤氏は、そう言いました。

大森氏は、頭を畳につけるようにし、「すいませんでした。」
とうめくように言いました。

「そうですか、わかりました。」と私は言いました。

2人は、帰りました。
私は、封筒の中を見ました。
すると、10万円も入っていました。(40年前の10万円です。)
「どうしようお父さん。」と私は言いました。
「いいんだよ。もらっておけ。
 社のマイナス・イメージを挽回するのは、プラス・イメージを上げるのより、
 何倍も大変だからね。当然の額だよ。」と父は言いました。
「大森さん、気の毒かなあ・・。」と私が言うと、
「態度が悪かったのは、反省し再スタートもあるかも知れない。
だが、着服したら、お仕舞いだよ。過去のことも、みんな調べられる。
多分、1度や2度では、ないだろうからね。」
と、父が言いました。

後日、新しい若い記者が来て、NHKがやったように、詩集を全部買ってくれ、
丁重に行われ、私の記事は、詩入りで、コラムになりました。
私にとっては、めでたし、めでたしです。

<おわり>

※ここでの私の名前は、性別が分かる名前として、「純一」としました。
 私の本名は、もっと性別がわかります。


バナーをこちらではまだ貼れずにいます。
アメブロの方で押してくださると、幸いです。




スポンサーサイト
プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

リンク
最新記事
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧

自己女性化愛好症

御中根 蕗菜 です

女装子動画 Japanese crossdresser porn

enma’s blog

瞳のセルフヌード

毎日が日曜日

女装子&ニューハーフのペニクリ&アナルマンコ

MadameM【秘密の手帳】

川*´v`*川し

復讐の芽 ***藤林長門守***

橙の電車
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム