エッセイ「私の女装成長記」

「私の女装成長記」


●5、6歳の頃、私はすでに女装願望がありました。
 夜寝るときに、赤いスカートを履きたいなと思っていました。
 私にとって、女の子になるとは、スカートを履くことが全てでした。
 髪の毛は、その頃から、長くしていたので、髪は気になりませんでした。
 この頃、すでに、女装の妄想をすると、性的興奮がありました。

●小学校の1、2年になると、三つ編みをした女の子や、
 ツインテールにした女の子がいて、長い髪の女の子になりたいと
 思うようになりました。

●小学校の4年生になったとき、臨海学校がありました。
 そのとき、風呂上がりの女の子は、髪をアップにして浴衣を着ていました。
 それが、女の子らしくて、自分もアップにしたいなあと思いました。
 そして、女らしい所作にも、思いが及ぶようになりました。

●5年生の時、女の子達が、寄ってたかって、私に女の子の服を着せてくれました。
 頭にカチューシャをして、私は、生まれて初めて、全身女の子になったと思うことができ、
 幸せでした。

●中学2年のとき、私は好きな女の子がいました。
 好きな女の子に対して、男らしくなりたいと思う自分と、女装願望の自分とがいて、
 葛藤がありました。筋トレとか、ダッシュとかやったりしました。
 でも、私に筋肉は付きませんでした。
 私は男らしい自分をあきらめました。その女の子はずっと好きでしたが。
 胸が膨らむということが、女の子の象徴に思えて来て、
 ブラをして中に物を詰めると、すごく興奮するようになりました。
 私は、夏用のセーラー服と、体育のブルマー姿が、
 女装の原点と思えるようになりました。

●高校のとき、ずっと好きだった女の子がいましたが、片想いでした。
 その頃、保健体育の授業で、男女の体の違いを習いました。
 そのとき、私は、初めて知りました。
 女子の方がお尻が大きく、このために、ウエストラインが、
 男子より、5~7cm高い位置にあることなど。
 顔も、男子の額は絶壁ですが、女の子は丸い。
 アゴの骨格の違い。首が細い。
 そんなことをならって、
『女装は、服だけじゃいけないんだなあ。』と思いました。

私は、ISで、男女の体の違いを知るほどに、
自分の体は、女性体型であることがわかりました。
声ですが、中学の時は、変声期が遅い・・で何とか通っていましたが、
高校になると、その言い訳が、さすがに効きませんでした。
いつまで、たっても女声でした。よく、からかわれました。
電話をかけると、ほぼ100%、女の子に間違われました。

女装には、全てが有利でした。
しかし、思春期の若者としては、これはかなり悩みが深刻でした。
好きだった女の子は、どうやら男らしいタイプが好きらしく、
生れて初めて、男らしい男子へのジェラシーに苦しみました。
(それまでは、幸運にも、ジェラシーを知りませんでした。)
私は、この悩みを克服するために、勉強と合気道に没頭しました。
高校になると、母や姉の下着や服をこっそりとは、着られなくなりました。
サイズの問題ではなく、例え家族のものでも、異性のものを身に付けることに、
罪悪感を感じたからです。

私は、女の子に見えましたので、洋服店で、ふつうに女性の下着や服を買えたのですが、
若さゆえの正義感で、それができませんでした。

こうして、学生になりますが、それは、「自叙伝」に多く書きましたので、
ここでは、省きます。

以上、こんな風に、成長しました。


バナーをこちらではまだ貼れずにいます。
アメブロの方で押してくださると、幸いです。



スポンサーサイト
プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

リンク
最新記事
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧

自己女性化愛好症

御中根 蕗菜 です

女装子動画 Japanese crossdresser porn

enma’s blog

瞳のセルフヌード

毎日が日曜日

女装子&ニューハーフのペニクリ&アナルマンコ

MadameM【秘密の手帳】

川*´v`*川し

復讐の芽 ***藤林長門守***

橙の電車
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム