新作 倉田洋子 建築課構造審査員<後編>

インターネットの接続ができなくなり、遠くの電気屋さんまで、
行ってきました。さっきやっとつながりました。
すごく、疲れました。読んでくださるとうれしいです。

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倉田洋子 建築課構造審査員 <後編>


「建築の業者は、図より数字重視です。数字がどんなに間違っていると思っても、
表記の通りのものを造りますよね。
ビルが出来てみたら玄関右は幅1mの柱、左は幅9cmの柱になっています。」
と洋子は言った。
「いや、これは、恥ずかしい間違いだ。申し訳ない。
 では、ほんとにあなたのおっしゃった126も間違いがあるのですか。」
田村は、青くなった。
「はい。構造計算のCDの方は、惨憺たるものです。

 ある計算の第1式に代入する数字が、間違えているので、
 それに関わる式が、ごっそり間違えています。
 それを1群とすると、17群間違いがあります。」
「それを、あなたは、あのスピードで、画面を見て、
 わかったのですか。」
「それは、田村さんより、読むのが速いと言う意味ですか。」
「そうです。私には、とてもあの速さでは、読むことができません。」
田村は、うつむいて、汗をかいていた。
そして、目の前の小娘のような女性に、ある種の脅威すら抱きはじめていた。
一日で審査を済まそうと、揚々とやって来たが、
最後の最後に、途方もなく巨大な壁にぶちあたった思いであった。

「これは、早速、設計図を持ち帰り、スタッフ全員で検討します。」
田村は、そう言って、設計図を丸めようとした。

「あのう。」と洋子は言った。
「何か他に。」田村。
「間違いのない、設計図ができたとしても、あの土地に27階のビルは建ちません。」
洋子はそう言った。
「どういうことです。」
「CDの計算では、風速50mの風を想定して、
 そのときのビルのしなりは、屋上部で片側4mとあります。
 そして、風速70mでのしなり6mまでは、耐えうると。
 しかし、その風は、50mの連続風であって、
 断続風の場合は、事情がことなります。」
「断続風…、はじめて聞きますが。」と田村は洋子を見た。

「この一帯は、断続風が吹くのです。
 ある規則性をもって、吹いたり止んだりする風です。
 例えば、風速30mで吹き、ビルは、2mしなったとしましょう。
 ところが、そこで、風が止まるのです。
 すると、ビルは元に戻ろうとしますが、2mだけでなく、1m余分に戻ってしまう。
 この1mが戻ろうとするとき、止んでいた30mの風がまた来る
 1m戻ろうとする力と、風の30mが加わり、
 今度、ビルは、3mしなります。

 これを、くり返していく内、30mの風でも、風速50mを越える威力となります。
 はじめから、風速40mの断続風が吹けば、
ビルは、想定外の風速70m以上の威力を受け、
 恐らくは、45秒後に、途中から、ぽっきりと折れます。
 この土地は、過去3年の台風で、断続風・風速40メートルを、4回記録しています。

 海外で、大した風速ではなかったのに、高層ビルが崩壊した例が多発しました。
 それは、断続風のためだったのです。」洋子は言った。
「私は、マサチューセッツ工科大学の建築構造科でドクターをとりました。
 この私が、断続風を知らなかった。」田村は言った。
「最近の論文ですから。月刊「アーキテクト」は、世界でもっとも権威ある建築雑誌ですよね。2010年、6月号。68ページです。」
洋子は、棚を開け、英文で書かれた、その雑誌を開いて見せた。
田村はそこを、むさぼるように読んだ。

「素晴らしい論文です!私が、師事した、ドクター・マカフィーが、絶賛していますね。
 構造の世界的権威だ。」
「はい。お電話をいただきました。」と洋子。
「え?と言いますと・・?」
「私の論文です。」洋子はにこりとした。
「ああ、ほんとだ。By Yoko Kurata とあります。」
田村は、驚いて洋子を見つめた。
そして、うなずいた。
「Ms.Yoko Kurata のお名前は、過去に何度も目にしました。
 ただ目の前の倉田洋子さんと結びつかなかった。
 倉田さんは、マンハッタンのような、『高層ビル街における風の脅威』についても、
 お書きになった。高層ビル街に1つのビルを建てたがために、
周りのビルが風で次々崩壊してしまうこともあると述べられていました。
私は、読んで感銘を受けました。さらに、筆者が同じ日本人であることがうれしかった。そのMs.Yoko Kurata が私の目の前にいらっしゃるのですね。
 設計図を見る速さ、CDの数式を読む速さ、これでうなずけます。
 Ms.Yoko Kurataにお会いできて、光栄です。

 わかりました。高層ビルはあきらめます。」田村は頭を垂れてそう言った。

「せ、先生。俺はどうなちゃうんだ?せっかく更地まで用意したのによ。」植木は言った。
「市に買ってもらえばいいじゃないですか。」
「だったら、地上最高のパチンコ屋作れないでしょう。」
「え?パチンコなんか聞いてないですよ。
文化的な街づくりに貢献するからと聞きましたよ。
だから、私は乗ったんです。」
「いやあ、そのさ。」
「ちょっと悪いですが、先に帰ってくれませんか。
 私は、倉田さんともう少し話したいんです。」
田村に言われ、植木は、しぶしぶ腰を上げ、出て行った。

「田村さんに、極秘のお話ですが。」と洋子は身を乗り出し、
「今、市は、この古い建物を改築しようとしています。
 それで、世界に誇れる、市民のニーズに応えた市役所づくりを考えています。
 しかし、今、設計の方が、見つからずにいます。
 田村さんに、もしそのお気持ちがおありなら、是非やってごらんになりませんか。
 高層は無理でも、12階2つならどうでしょう。
 それなら、構造上なんの問題もありません。
市は、今お金けっこうあるようです。
 それから、植木氏は、私にお任せください。」と言った。
「そうですか。やる気があります。市民の暮らしに本当に役立つものを、
 考えてみたいと思います。」田村は、にこやかに言った。
二人は、互いに手を差出し、両手で握手をした。

田村が帰ったあと、洋子は、植木のような人間に一番にらみがきく人物に電話をした。
「あ、番長、あたし。」
「洋子か。めずらしいな。」
「ちょっと頼みがあってさ。パチンコ王子の植木って知ってる。」
「ああ、舎弟の舎弟だ。」
「植木が手に入れた更地、市に売って欲しいの。
 植木がちょっともうかる位でね。」
「わかった。素直に売らせりゃあいいんだな。」
「うん、そう。いい?」
「あいよ。たまには電話しろよ。」
「うん。そうする。」

これで、植木の問題は、終わった。

洋子は、その後、開発課へ行った。
田村幸三設計による市役所。
話しを聞き、開発課は、飛び上がって喜び、市長始め、方々へ飛んで行った。
緊急会議が開かれ、即決した。
田村幸三の事務所へ依頼の電話が即日に入った。

ここは、田村家。夕食時である。
「あなた、今日は、表情がいいわ。何かあったの。」妻の小百合が行った。
「ほんとだ。お父さん、にこにこしてる。」高校生の怜奈も言った。
「ああ、あったよ。俺は、もう少しで、汚い仕事をするところだった。
 借金をどうにかしようと焦っていたんだな。
 ところが、救いの神に出会った。
 その人は、俺の心をリセットしてくれた。

 素晴らしい論文を見て、俺は、学生時代の情熱を思い出したんだ。
 これから俺は、焦らず、謙虚に1からやっていくつもりだ。
そうすれば、借金はいつの間にかなくなるさ。」幸三は言った。
「それは、よかったわ。」と小百合はうれしそうに言った。
「ね、その人どんな人?男?女?」と怜奈が乗り出して来た。
「怜奈くらいの高校生みたいな人だ。
 しかし、俺の50倍くらいすごい人だ。」
「お父さんの50倍!わあ、会ってみたい。」怜奈は目を輝かせた。
幸三は、洋子の高校生のような可愛い顔を思い出していた。

翌朝、市役所前で、また、シュプレヒコールが行われていた。
洋子はやってきて、
「みなさん、高層ビルは中止になりましたよ。
 安心して帰ってください。」と言った。
「あなたが、中止にしてくれたの?」
「まさか、みなさんの力ですよ。」と洋子。
「そうかい。やった。俺たちの勝ちだ!」
と一人がいい、みんなは、抱き合って喜んだ。

「さあ、今日もがんばるか。」と洋子は背伸びをした。
「今日は、泉中学の垣根直し。それから、第2小のカメの池の修理かあ。」
業者に頼もうか、自分で直しちゃおうかと、いつも迷う。
そういうのも、建築課構造審査員洋子の大事な仕事なのであった。


<おわり>


■次回予告■

まだ、アイデアがありません。
何か思い浮かぶといいのですが。
ちょっとのぞいてくださるとうれしいです。



1票くださると、うれしいです。
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新作 倉田洋子 建築課構造審査員(2話完結・前編)

この物語は、理論や知識が出てきますが、
物語として架空のものですので、ご了承ください。
スーパー洋子のことですが、漢字ばかりの題もかっこいいと思って、
倉田洋子としました。
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倉田洋子 建築課構造審査員


茶畑が一面に広がる一帯の歩道を、
倉田洋子は、出勤の足を運んでいた。
紺のスカート、紺の丈の短い上着。少女のようなおかっぱの髪。
ぱっと見ると高校生のようだ。

やがて、洋子は、二階建ての古い市役所に来た。
すると、その朝は、役所の玄関の前で、
茶畑を営む人々50名ほどが、シュプレヒコールをやっている。
「高層ビル建設、はんたーい!」
「はんたーい!」
と、くり返し声を上げている。

「ねえねえ、高層ビルって、それなんのこと?」
洋子は聞いた。
「あそこの広い土地に、27階建てのビルが出来るらしいんですよ。」
「そんなビルができちまったら、茶畑は、終わりだ。
 風が変わり、霜が降りて、葉っぱは全滅だよ。」

洋子は、ふーんと考えた。
『あそこの更地に、27階のビルねえ・・・・。』
やがて洋子は、
「ねえ、皆さん。ここに27階のビルなんて、無理。
 あたしが、保証する。あたしが建てさせない。」
と洋子は、大声で言った。
「あなたに、そんなことできるんですか。」
「はい、あたしは、『建築課構造審査員』ですからね。
 あたしが、ハンコウを押さなければ、誰もビル建てられません!」
洋子は、胸を叩いた。
「ほんとですか。お願いします。私等の畑を守ってください。」
みんなは、洋子に寄りすがって、言った。
「はい。まっかせてちょーだい!」
と、洋子は、Vサインを決めた。

その日、午後の2時ごろ、一人のキリリとした40歳代の背広の男と、
その後ろに、背を丸めてついて回っている、やや品に欠ける50歳代の男が、
市役所開発課に入って行った。

開発課の課長は、満面の笑みで男を迎えた。
「これは、これは、日本一の建築家、田村幸三先生。
 どうぞ、中のソファーへ。」

奥の間のソファーで、田村幸三は言った。
「日本一なんて、止めてください。
 日本には、私などより優れた方は大勢いる。
 ただ、田村と言ってくださればいいです。」
課長の安村は、隣の殖産興業の植木一郎には、目もくれなかった。

「あの、日本一の巨大タワーを設計なさった田村先生が、
 わが市のような郊外に、ビルを建ててくださるとは、全くの驚きでした。」
課長は、手をもみながら言った。
「それは、都心ばかりではなく、郊外の発展にも興味が生まれましてね。
 1つの高層ビルで、街がどのように活性化していくか。
 そんなことを、見たいと思っているんですよ。」
田村幸三は言った。

全く相手にされない殖産興業の植木は、心の中で、ぶーたれていた。
『なんでえ。えらそうに。
 田村の50億の借金をうちが、埋め合わせてやろってんだ。
 うちが声かけてやんなきゃ、あんたは、ドボンだぜ。
 俺の紹介くらいしろい。』

市役所の開発課にとっては、高層ビルが市にできることは、
夢のような話なのである。
しかも、設計が、田村幸三となれば、それだけで、宣伝効果抜群である。

だが、その隣にある「環境課」の感情は、正反対である。
開発課は、お金を使う立場で、常に羽振りが良く、オフィスも広く、職員も多い。
「環境課」は、自然を守る立場で、小さなオフィスで、3人ほどで、細々やっている。

田村と植木は、次は「環境課」に回って来る。
環境課トップの藤崎は、高層ビルから、茶畑を守る立場だ。

幸三と植木が来たとき、藤崎は、茶畑の件を質問したが、
ビルによる風の影響とされる図面を見せられ、
扇風機を各畑に10台増設することで解決すると言われ、
その費用は、施工主である殖産興業が負担すると言われた。

藤崎ほか2名の職員は、図面もよくわからず、
最後は、承諾してしまった。

残るは、いよいよ建築課である。
設計意匠(デザイン)、設計、最後に構造(力学)であった。

設計課には、設計図が、前もって送られていた。
しかし、設計家の職員は、高層ビルなど初めてであり、
図面を完全には読めなかったのである。
田村が来る前の日、
「参ったな。俺たちでは、ミスを探せない。
 設計ミスがあった場合、俺たちの責任だ。
 責任を取らされるのはいいが、これが、人命に関わったりすると、
 取り返しがつかない。」
「ああ、自分にもっと力があったらな。」
と皆で悔しい思いをしたのであった。

だが、一人が言った。
「まだ、倉田さんがいる。
 彼女なら、俺たちの見逃したミスも見つけてくれる。」
「そうだな。彼女なら、構造だけでなく、設計も見てくれる。」
「彼女は、俺たちの守護神だからな。」

こんなことで、設計課の皆は、洋子にすべてを託し、
田村の設計を通したのであった。

「あと、1つだな。」と田村は植木に言った。
「もう終わったも同然ですね。
 こんな市の役所に、高層ビルの構造がわかる人間がいるはずありませんもんねえ。」
と植木は、手を擦りながら言った。

田村は、「構造審査」とほんの小さな札のあるドアを叩いた。
「はい、どうぞ。」
と若い女性の声だ。
田村と植木は中に入った。
『なんだ、小娘じゃないか。一人か?初任者か。』
そして、こうも思った。
『ここにも、前もって設計図を送るべきだったか。
ここで、審査のために、1週間預かるなどと言われちゃたまらない。』

洋子のデスクは、同じデスクが4つ合わさっていた。
田村は、洋子の前、植木は、洋子から見て、田村の左に立った。
「田村幸三です。」
と田村は、名刺を渡した。
(小娘でも、礼儀は踏まねばならない。)
洋子も立って名刺を渡した。
植木は渡さなかった。

一同は座った。
田村は、大きな製図用紙、50枚からなる設計図を渡した。
洋子は受け取って、下唇を出して、ふーと前髪を飛ばした。

洋子は、その大きな紙を、パッパ、パッパとめくっていった。
そして、最終ページをめくり終るのに20秒もかからなかった。

「構造計算を記したCDをお持ちですか。」と洋子は言った。
田村は、持っていた。
だが、これまで提出させられるとは、思っていなかった。
(つまり、これを見てわかる人間がいるとは思わなかった。)
洋子は、CDを受け取ると、PCにかけ、
何千行とある計算画面を、すごいスピードで、スクロールアップしていった。
これに、20秒。
洋子は、CDを返した。
「もう、いいんですか。」と田村は思わず言った。
「はい、拝見しました。」と洋子は言って、田村を見て、にこっとした。
(『にこ』の意味がわからんと、田村は思った。)

「えーと、些末なことを先に言います。
 設計図の方ですが、126か所、数字の間違いがあります。」洋子は言った。
「何を!」と田村は叫んだ。
「あなたは、設計図を、ろくに見てはいなかったじゃないか。」
田村は、ついかっとなって語気を強くした。
「それは、田村さんより、見るのが速かったという意味ですか。」と洋子。
「そうだが。信じられない。どこにミスがあるのか、聞きたいものだ。」
田村はかなり立腹の体であった。
「では、最大のミスから言いましょう。
 5枚めの設計図は、1階の平面図ですが、
 客が来る第1玄関の方形の柱です。右の柱の幅は、1090mmで妥当と思えますが、
 対になるはずの左の柱は、0090mmとなっていませんか。」
田村は、試しにページをめくった。
そして、「あ。」と声を上げた。
確かに、左は、0090mmとなっている。柱の幅が、わずか9cmである。
田村は、顔から火の出る思いであった。


■次回予告■

洋子がある理論を持ち出します。
これが、切り札となります。



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エッセイ「物語をこんなふうに書いています」

エッセイ「物語をこんなふうに書いています」


物語を、書いてみたいが、どうやって書けばいいのか…、
というご質問をときどきいただきます。
この私が、「物語の書き方」など語るのは、20年早いことです。
でも、自分がこうやって書いているということは、語れます。

〇オムニバスもの
 あるヒーローを作ります。(例えば、ウルトラ美容師)。
 そのヒーローに、次々客が来て、頼みます。
 それを、1話ずつ書いて行く。
 これ、けっこう書きやすいです。

〇スワップもの
 ある日、男女が入れかわる…というものです。
 男女それぞれの弱点、特技をはっきりさせといて、
 スワップして、自分の弱点を補っていくことで、物語ができます。

〇魔法もの
 女の子になりたい…という願いを魔法で叶えてくれる存在がいます。
 魔法使いと本人の関わりを考え、必然的な関係を考えれば、
 物語になります。

〇スーパーヒーロー・ヒロインもの。
 「スーパー洋子」のように、スーパーウーマンが、
 弱い子を助けて行く物語。
 敵をいくつか作って、どうやってやっつけて行くかを考えます。

〇SF
未来社会は、なんでもOKですので、未来に行くことで願いを叶えます。
魔法ものと、似た感じで書くことができます。
どうリアリティを出すかが問題です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
自叙伝は、過去の事実を書きますので、ストーリーを考える必要がなく、
面白そうな体験があれば、大変書きやすいです。
読むほうも、「実際そうだったんだからね。」と、
ストーリーがさほど面白くなくても納得してくれます。
ただ、自叙伝は、過去の記憶をたどるのが、大変です。

ストーリーでは、主人公を真っ先に決めます。
そして、主人公の友達、敵などを考えて行きます。

私はこんなふうに書いています。
物語が、できないときは、全くできません。
今、それと格闘しています。

では、また。


■次回予告■

「倉田洋子 建築課構造審査員」です。



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エッセイ 「作品のこと」

エッセイ <作品のこと>


長編「ウルトラ美容師・高杉修」をやっと書き終えました。
今までで、一番長いものになりました。
読んでくださり、本当にありがとうございました。

私は、未だ、母のいるマンションに一人います。
いろいろ次から次と、用事のようなものが出来て、
帰れないでいます。

この慣れないマンションで、物語を作ることは、難しいのではと心配でした。
始め「介護日誌」をずっと書いて行こうと思っていたのですが、
母が、急きょ他界してしまい、どうしようかと思ってしまいました。

「ウルトラ美容師」は、初め、もっとえっちな話で、
リカと有香の絡みをたくさん書こうと思っていました。
ところが、第1話の、同級会へ行く斉藤美香のお話を書いた後、
気持ちが、なんだか清らかになってしまい、えっちな話が1回だけになってしまいました。
(えっちが、清らかでないという意味ではありません。)

同級会に行く斉藤美香に対して、ウルトラ美容師にどんな美容をさせようかと考えました。
ただ、美人にしたのでは、あまりにもありきたりです。
すごく、考えました。
このとき、ウルトラ美容師のポリシーが決まりました。
美人でなくても、本人が幸せな気持ちになることができれば、解決すると思いました。
靴から始めるという修の流儀も、このときに、決まりました。

次のもうすぐ死に行く淑子を妻に持つ高倉洋二ですが、
高齢の淑子を、車椅子のまま着て美しく見えるウエディングドレスってあるかなあと悩みました。そういう、アイデアが浮かべば最高です。
でも、死に行く人の場合は、特別だと思い、
安易かも知れませんが、二人とも若くなって、
死の間際まで、幸せに過ごせることにしました。
ある意味、妥協なのですが、私は、今でもこうしてよかったと思っています。

この「ウルトラ美容師・高杉修」は、数字的には、好評とは言えませんでした。
いただいたコメントの数、アクセス数、「いいね!」の数とかです。
しかし、私は、この作品を気に入っています。
「うつけの姫君」や「幕末を生きたIS 大川雪之丸」と同じくらいにです。
書いていると、自分の気持ちがなごんできて、
とても安らかな気持で書くことができました。
イメージとして、「うつけ・・」や「雪之丸」は、昼の感じですが、
「ウルトラ美容師」は、夜のイメージでした。
物語を書いたのが、夜で、近所が静かなときだったからかもしれません。

さてさて、次の作品のアイデアが浮かべばいいのですが。
もうだめだ、もう枯れ果てた…と思いながら書いてきました。

少し休めば、きっと元気が出てくるだろうと、
ポジティブに考えています。




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日本カリスマ美容師チャンピオン大会(その4・完結編)

長らく、お読みくださり、ありがとうございました。
今までで、最長の物語になりました。
おしまいに<エピローグ>を置きました。
これもお読みくださると、うれしいです。

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日本カリスマ美容師チャンピオン大会(完結編)


美容の時間は終わり、5人のモデルが並んだ。
沙織の他の4人は、高い靴を履き、一般的な女の子が、
ファッションショーに出るモデルのように、
奇抜な衣装、奇抜はヘアー、そして、メイクがなされ、
誰もが、1流のモデルのように変身していた。
さすが、カリスマ美容師と言えた。

だが、その中で、修チームの沙織だけは、明け方に咲く朝顔のように、靴から帽子まで、
淡く、清らで、唇とまぶたの紅が、全体にほんのりと灯を点していた。
他の4人のモデルは、自分の姿に戸惑っているようであったが、
沙織だけが、うれしくて、いっぱいの笑顔でいた。

審査が始まったが、すぐに結果が出た。

「では、審査発表です。」と司会が言った。

審査委員長の藤村奈津子が、舞台に上がった。
3位、北九州の中居雄一チーム。副賞 100万円が渡された。
2位、大阪の佐伯忠チーム、300万円が渡された。
1位、高杉修チーム。1000万円と書かれた、大きなお札の看板が、渡された。
満場、割れるような拍手だった。 

次は、審査委員長の藤村奈津子の講評であったが、藤村はこう言った。
「えー、私なんかが申し上げますより、若くこれからの人達である
 カリスマ美容師の方々から、感想を聞いてみたいと思います。」

藤村は、第3位の北九州代表の中居雄一にマイクを向けた。
中居は言った。
「今日、高杉修さんと、同じ舞台に立ち、
 高杉さんの美容を見ることができたことは、私の一生の財産です。
 私なりに、高杉さんの美容への考え方を学べたと思います。
 本当にいい機会を与えてくださり、ありがとうございました。」
拍手が起こった。

次に、第2位の大阪の佐伯忠にマイクが向けられた。
(藤村は、佐伯の耳元で、『少し長めに。』とそっと言った。)

佐伯はマイクをもらった。
「私は、初めウルトラ美容師など、何ほどのものぞと、心で見下し、
 打ち負かしいてやろうと闘志満々で来ました。
 それが、いざ始まると、持ち場の隅に座って、
一心に靴を作ってらっしゃる高杉さんのお姿を見ました。
そのとき、私の胸の奥から熱いものが何度も何度もこみ上げて来て、
目が潤み、涙が出ました。

ウルトラ美容師とは、派手な振る舞いのキザな人物と思っていましたが、
全く、違いました。
ひたむきで、ご自分のすべてを投入して、
どんな小さな手間も惜しまず、一筋に相手につくす方でした。
私は、自分の美容のあり方を、深く考え直し、
高杉さんの精神を手本に、明日からの自分を築いて行こうと思います。
高杉さん、ありがとうございました。
また、こんな機会をあたえてくださったTTBの方々に深く感謝申し上げます。」
佐伯の言葉に大きな拍手があった。

藤村は、あとの2人にも聞いた後、
最後に、修にマイクを持って来た。
「優勝のご感想をどうぞ。」と言われた。
修は、マイクをとった。
「時間制限のある仕事というのは、やったことがないんです。
 ですから、みな様、冷や冷やなさったことと思います。
応援をしてくださいましたこと、
 ほんとにありがとうございました。

今日、時間内でできましたのは、すべて、
ここにいる相棒…身内なので敬称を省きます、白金有香のおかげです。
モデルの沙織さんを見て、「朝顔」と即座に言いました。
「色は?」と聞いたら、「あけぼの色」と即座に有香は言います。
私、実は、「あけぼの色」ってわからなかったんですね。
(会場、笑い。)
だから、「同感!」と言ってごまかし、
彼女に、その色の皮を持って来てもらいました。

そして、受け取り、ああ、これが、あけぼの色なのかと私はやっとわかりました。
(会場、また笑い。)
ドレスの布選びも、有香にしてもらいました。
今日の大事な決定は、みんな彼女がしました。
本当に、有香には、感謝をしています。
(有香を見て、修は頭を下げた。有香は、照れながら頭を下げた。)

 時間が、最後なくなってきて、ハサミを両手に持ったりして、
 曲芸まがいなことをしましたが、これは、時間制限のないときには、
 まったく無用の技能です。
 あくまで、時間をかけ、丁寧にすることがベストです。

 私は、靴が好きなので、靴から入りますが、
 帽子からでもよく、服からでもよく、
 メイクからでも、もちろんいいと思います。

モデルさんやお客さんににっこりしてもらえることが、
私達のいちばんの喜びです。
どうも、ありがとうございました。」

会場からすごい拍手があった。

「すばらしいお言葉の数々をいただきました。
今日のチャンピオン大会は、お茶の間のみなさまも、
大きな感動を持たれたことと思います。
では、これで、講評といたします。」

司会の言葉で、番組は終わった。

ディレクター大森は、ディレクター室で、ボーとしていた。
「大森さん。どうしたんですか?
 最終の10分間、視聴率50%突破ですよ。
 平均視聴率38%。これは、お祝いですよ。」
遠藤が言った。
「俺は、今自己嫌悪と戦っているんだよ。」
「どんなですか。」
「自分の傲慢さに、嫌気がさしてるんだ。
俺は、TTBのディレクターだと、ずい分、人を見下して来た。
あの高杉修のような大人物を前に、横柄な口を利いた。
番組に出てくれたのは、上役2人の力で、俺の力ではない。
俺は、つくづく最低な人間だ。」

「4人の美容師さんたちは、めげてなかったじゃないですか。
大畠さんは、再起不能になるとおっしゃってましたけど、
今日の4人の人は、敗北をバネにして、闘志を燃やしていたじゃないですか。」
遠藤は言った。

「そうか、そうだな。俺も、反省すればいいのか。明日から、いい人間になろう。」
「もう、立ち直ったんですか。」
「ああ、立ち直ったとも。」
遠藤は、『簡単な人だ。』とくすりと笑った。

有香は、バッグを大事そうに下げて、家に帰って来た。
「あ、お姉ちゃんだ!」と中3の妹の裕美が、玄関に飛んで来た。
「お姉ちゃん。見た見た!もう、家族で感動だよ!」
「ありがとう。とってもうれしい。」
中に入って行くと、キッチンでみんなは宴会中だった。
「有香、先にやっててごめんね。
有香、がんばったわね。大興奮して見てたわ。」と母の悦子。
「高杉さんは、大天才だな。
そんな人の役に立てるって、有香も大したもんだ。
嬉しくって、たまらまかった。」父の浩介が言った。

「見せたいものがあるの。」
有香はそう言って、バッグの中から、ある包みを出した。
そして、その包みを解いた。
すると、それは、1000万円のお札だった。
「有香、何これ?」と悦子。
「今日の大会の出演料1000万円の半分。
それに、今日の賞金1000万円の半分。
 修さんが、有香は弟子ではなく相棒だから、半分半分だって。
 そんな1000万円なの。
 あたしにそんな値打全然ないんだけどね、
 修さんは、今日の半分の仕事はしてくれたからって。
 そして、あたしの色のセンスは、本物だって言ってくれた。」と有香。

家族は、みんな涙ぐみながら、有香を見た。
「先生は、有香に色選びを、完全に任せてくれたのよね。」と悦子。
「今日も、優勝者の言葉で、有香のことばかり言ってくれていた。
 全国ネットだし、先生は、有香がどれだけ優れた子か、
 日本中に知らせてくれたんだよ。」父の浩介が言った。
「先生、お姉ちゃんのこと、すごく気に入っているんだよ。」と裕美は言った。

悦子は、涙を流しながら、うなずいた。

「よかった。有香、そのお金もらっていいと思う。
 有香の将来の姿が、今まで見えなかったけど、
 やっと光が見えて来た気がする。
 あたし、うれしい。」
悦子は、目にハンカチを当てた。
「とうさんも、うれしいよ。
 有香は、絵も上手いし、きっとやっていける。」父も泣いた。
「お姉ちゃん、きっと一流になれるよ。」裕美も泣きながら言った。
「ありがとう。」有香は、両手で顔を覆って泣いた。

その頃、高杉修は、即席ラーメンをすすりながら、考えていた。
『有香と早く結婚したいけど、何年待てばいいかなあ・・。
 今、高1だから、卒業まで3年間かあ。
 高校生が、通学しながら、結婚して、
 毎夜、夫とセックスしてる。
 これ、まずいだろうなあ・・。

 いや、待てよ、結婚した奥様が、勉強をしたくなり、
 奥様でいながら、高校に通っている。

 これどう?向学心に富んだ奥様。
 これ、賞賛ものじゃないかな。
 明日、有香に言ってみよう・・。

 あ、いけない。こんなこと考えてたら、
 ラーメン味わうの、おろそかになっちゃったよ。
 ああ、もう半分しかない。
考えるの中止。ラーメンに集中!』

さて、どうなりますか。続きは、またの機会に。
これにて、ウルトラ美容師・高杉修・ひとまずのおしまい。


<おわり>

==============================④

<エピローグ>

早朝の4時半である。まだ、薄暗い。
リカと有香は、港のそばの倉庫街に来た。
「今日はね、メキシコからいい布が入ったそうなのよ。」とリカ。
「わあ、楽しみ。」有香は言った。
有香にとっては、初めての買い物だ。
相変わらず、有香の服装のセンスは、抜群である。

大きな倉庫に挟まれたところに小屋がある。
そこに、元気なおばちゃんがいる。
中に入ると、すでに10人くらいの客がいる。
洋服デザイナーには、見えない、「おじさん」という感じの人達だ。
2人は、中に入った。

おばちゃんは、50反ほどの布を並べている。
「おばちゃん、紹介する。有香って子なの。」とリカは言った。
「新人です。どうぞよろしく。」有香は言った。
周りのおじさん達は、有香が可愛いので、上機嫌になった。
「おばちゃん、有香は、私より凄腕なの。
 有香に一番に選ばせてあげて。その代わりあたしは、ビリでいい。」
リカは言った。
リカは、過去の実績で、1番に選べる権利を持っていた。

おばちゃんは、にっこりし、
「ほお、素人っぽいのに、リカよりも凄腕かい。
 おもしろい。試そうじゃないの。
 よし、ここに1番から50番まで番号のついた布がある。
 もし、有香が、あたしの気に入った3反を見事選んだら、半値にしてあげるよ。

 ほら、おっちゃんたち、賭けだよ賭け。」
そう言うと、おじさん達は、
「有香が、選ぶに2万。」
「俺は、選べないに3万だ。」
「選べないに、2万。」
「選べないに4万。」
とおじさん達は、ほぼ全員が賭けに乗った。」

「じゃあ、ごまかしが出来ないように、あたしの気に入った3つを、
 紙に書いておくからね。」
そう言って、おばちゃんは、小さな紙に、布の番号を書いた。
有香は、緊張するどころか、嬉々としていた。

全員が、有香に注目した。
有香は、布をさーと、1回触った。
そして、即座に言った。
「私は、7番、26番、48番を買います。」

おばちゃんは、有香の顔を上目で見て、むふっと笑った。
そして、持っていた紙を、隣のおじさんに見せた。
おじさんは、読んだ。
「7、26、48!おお、すげえ、やった!」
賭けに負けた人も、有香を見て、にこにこと拍手を送った。
有香は、大喜び。
「有香ー!この天才少女なんだから。」
とリカは有香を抱きしめた。
「うれしい!」と有香はリカに抱き付いた。

「はい。3反。締めて30万のところ、15万だよ。
 あたしゃ、賭けで儲けたからね、損はないのさ。」
とおばちゃんは言った。

「有香ちゃん、外で売ったら、1反30万はする。
 手織りだからね。
 あんた、これだけで、商売できるよ。」
と、おばちゃんは、にっこりした。

布を抱きながら、リカと有香は、小屋を出た。
「おばちゃんの言ったこと、嘘じゃないよ。
 有香が、チャンピオン大会のお金でさ、
 いい布だけ買い集めて、部屋に貯めておく。
 店なんかいらないの。
 で、ほんとにいい布だけ探している人に売るのよ。
 1週間に2人お客が来たら、やっていけるよ。
 で、設けたお金で、またいい布買えばいい。」

「わあ、そう出来たら、すごいなあ。」と有香。
「でね。おばちゃんに気に入られたら、
 今度は、船から、下されたばかりの布選びをさせてくれる。
 そして、おばちゃんは、小屋の店に出す前に、
 有香に真っ先に売ってくれる。」
「そうなったら、夢みたい。」と有香。
「『有香の布の店』ってだけで、お客は来るわよ。
 あたしが、全国放送で、前宣伝したでしょ。」
「やっぱり、だから、あたしの名前何度も言ってくれたの?」
「もちろん。だって、有香とあたし、近い将来結婚するの。」

「え?初めて聞いた。リカと?修さんと?」
「外向けには、修と。ニャンニャンのときは、あたしと。」
「ニャンニャンのときも、ときどき修さんがいい。」
「いいわよ。あたしが、リカでも修でも、相手は同じ有香なんだし。
 とにかく、早く卒業するの。あたし、3分以上待てない人間なのよ。」
「あたし、もしかして、プロポーズされたの?」と有香。
「ピンポーン!そうなの。いい?
 結婚したら、二人で、海外へ布や皮選びの旅をするの。
 シルクロード、南米、アフリカ、みんな回るの。」
「うん。うれしい。夢みたい。」
有香はにっこりしながら、涙を拭いた。

「あ。」とリカが、東の空を見た。
「あけぼの色。」と有香が言った。
二人は、たたずみ、明けていく空を見ていた。



<完> 


■次回予告■

まだ、アイデアが湧きません。
何か浮かんだら、投稿します。




1票お願いできれば、うれしいです。

日本カリスマ美容師チャンピオン大会<最終話・その3>

予告で少しまぎらわしい書き方をしました。
今回が、クライマックス。次回が、最終回です。

=============================

<その3>


バックスクリーンを見て、会場中の人がざわざわしはじめた。
カリスマ美容師達も同じである。
「バカな、靴を1時間で作れるものか。」佐伯は言った。
「でも、作るのが、驚くほど速いです。」助手は言った。
どの美容師も、大スクリーンの修の靴作りを見ていた。
隣にいる佐伯忠は、その後我を忘れたように、修の靴作りを直接に見ていた。

修は、分厚いエプロンをして、
先の丸い靴を、一心に作っていた。

審査員の大畠賢三は、隣の美容学校の校長藤村奈津子に聞いた。
「ファッションとは、靴から決めるのですか。」
「それが出来れば最高です。ただ自分に合う靴をさがせません。
 だから、ああして、作ってもらえることは、この上ない幸せです。」
大畠は、大きくうなずいた。
靴作りを50年続けて来た、今野隆夫は、感動していた。
「すばらしい。靴から作ってくれるとは。私の生涯の主張でした。
ああ、あの人の腕なら、出来上がりが分かります。感動です。」
そう、隣の局の上役に言った。

ディレクター室の遠藤は、ついつい修のカメラばかり、放映してしまっていた。
会場の誰もが、修の靴作りを見ていたからだ。
これはまずいと、5人を同時に画面表示した。

1時間のなんと半分の30分を使い、修は靴を作った。
「よし。できた。沙織さん履いてみて。」
「はい。」と言って、沙織は履いて立った。
かかとの低い、歩きやすい靴だ。
「わあ、ぴったりで、軽いです。こんな素敵な靴初めてです。」
と沙織は、感激の声を上げ、飛び上がった。
その声を、マイクが拾った。

会場中が、すごい拍手を送った。
お茶の間でも、見ている人は興奮した。
「30分で、靴ができたわ。魔法みたい。」
「ああ、でも、時間を使い過ぎじゃないかな。」
「そうね。」

これが、多くの家庭で話されたことだった。

4人の美容師は、ウルトラ美容師を見ていたくてたまらなかったが、
我慢をして、自分の作業に向かった。

「有香、朝顔の3段スカート、七分袖、袖口も朝顔、胸はシンプル。
 短めのポンチョに朝顔の帽子。どう?スカートは、4枚はぎ。
袖は、2枚はぎで口をラッパにする。」と修。
「いいです。ステキ。」
「布選んで。」
「はい。」
有香は、初めから選んでいたので、すぐに持った来た。
明るい藤色にもっと色の薄い模様が重なっている。
「いいね。さすが、有香。」
有香はそう言われ、うれしくて天にも昇る気持ちになった。

あと30分。
洋服まで、作ろうというのか。
メイクや、髪のカットはどうなるのか。
みんなが、冷や冷やしていた。

だが、しばらくして、観客は安心した。
修の素晴らしいテクニックを見たからだ。
修は、正方形に裁断した布の真ん中をつまみ、それをねじって、
上にあげて手をはなした。
すると、布が宙に水平になって回転した。
回転に逆らってハサミを当てると、布はするすると切れて、
円形になってテーブルに落ちた。

会場から、大きな感嘆の声があがった。
円をドーナツにくり抜き、4分の1にして、対面の布を入れ替え、つないだ。
ミシンの速さが、驚くほど速い。
ほとんど立ってミシンを使う。
3つのドーナツの縁に少し色の濃い布で、縁取りをする。
すべるようにミシンを布が抜ける。
3つをつなげて、白い裏地を合わせ、スカートの完成。これを4分。
2枚はぎの七分の袖を作り、袖口は縁を入れて朝顔に開く。
胸部を縫い、スカートと袖を連結。
ポンチョを2分で作り、色の濃い紐を作って結ぶ。
完成。

モデルの沙織が、更衣の場所で着替えている間に、帽子を作る。
スカートと同じ色で、4枚はぎ、縁取りも同じ。
ツバの縁は、朝顔のように揺れていて、頭の部分は、4枚はぎの、
浅い円形。

モデルさんが、服を着て出て来て、
短めなポンチョを着て、帽子をかぶったとき、
会場から、割れんばかりの拍手が起こった。
たった、25分で、凝った服とポンチョ、帽子までできた。

「ああ、あの帽子は、たまらんですな。
 なんともステキな色合いと形だ。2分足らずで作るとは。」
帽子狂の例の上役が言った。

残り時間あと5分である。
1秒でも、超過してはならない。

4人の美容師は、すでに自分の美容が終わり、
ただただ、修に見とれていた。
4人は、すでに感動し、ウルトラ美容師が時間切れで失格することなど、
誰も望んでいなかった。
大阪の佐伯でさえ、応援して、時間と修を見てハラハラとしていた。

修は、リップの色の並んだパレットを開き、
少しずつゴム版にとり、それをへらでこね始めた。
モデルの沙織のためだけのリップなのだ。
美容師たちは、素晴らしいと感嘆した。
リップの色を選ぶことはあっても、
調合して、作ることなど、考えたこともなかったからである。

リップがこね上がり、修は、ゴム版から、モデル沙織の唇と、
目蓋から目尻の上にポンポンと色を付けた。
それだけで、沙織の顔は、花が咲いたようになった。

あと3分。
有香が、帽子を取り、沙織の首から、白い布を掛けて、留めた。
ここで、修は、やっと美容師らしく、ハサミを手にした。
しかも、両手にハサミである。
「有香。沙織さんの髪を全部てっぺんで束ねて、パラパラっと落として。」
修は言った。
有香は、沙織の髪を頭頂でまとめ、パラパラと髪を落とした。
その落ちてくる髪を、修は、両手のハサミで切り、
髪が落ちたときは、すでに、髪型ができていたのであった。

神業とも言える修のハサミに、
会場は、わああああ…と声を上げ、
美容師達は、競技を忘れて、思わず、大きな拍手を送った。

前髪を、5:5に分け、少し斜めにハサミを髪の方向に左右に入れる。
最後に、髪の下部を外巻きに指に絡め、
修は、「むっ。」と念を入れ、離した。
すると、まるで朝顔のような外開きの可愛いヘアスタイルができていた。
時間は、あと2秒。
沙織の白い布を取って、再度帽子を被せて終わった。

終了の声がかかった。

息することも忘れて見入っていた観客、スタッフ、美容師、助手、
そして、審査員。
総立ちになって大きな歓声と拍手を送った。
その拍手が鳴りやまなかった。

修と有香は、観客に礼をして、互いに手を差し出し両手で握手をした。
有香は、泣いていた。
「有香がいなかったら、1時間でできなかった。」修は言った。
「うれしい、あたし、うれしい。」有香はただそう言って、修の胸で泣いた。


■次回予告■

最終回です。審査結果の発表。
美容師達は、感想を述べます。
エピローグ付きです。
読んでくださると、うれしいです。




1票をくだされば、うれしいです。





日本カリスマ美容師チャンピオン大会<最終話・その2>

日本カリスマ美容師チャンピオン大会<その2>

   =1時間という制限時間の中で、修は、なんと靴から作り始めます=


「はい、250万円。」
と修は、500万円の半分を有香に渡した。
有香は、目を丸くした。
「だって、修さんにくれたお金じゃない。」
「相棒と山分けだよ。」
「そんな。いけないわ。私の力じゃないもの。」
「じゃあ、聞いてね。
 このお金で、有香は、有香で、気に入った布や、皮を買う。
 それを、自分だけのコレクションにする。
 有香に技術がついたとき、有香はそれを使う。
 有香がいいと思った素材は、きっとすごく高いからね。
 有香は、それを見分ける目を、すでに持っている。
 250万なんて、すぐなくなっちゃうよ。」
「修さん・・・。」
有香は、修を見つめて、目を潤ませた。

当日となった。
渋谷にある2000人収容の大ホールは、満員だった。
夜、7時からの開演だ。
お茶の間では、とくに若い人が家族を説得し、
カリスマ美容師チャンピオン大会のチャンネル権を得ていた。

4人のカリスマ美容師と修。
修は、1番人気であるので、中央にいた。
美容師たちは、それぞれ、モデルの服を選ぶため、
20着ほどのドレスをならべ、靴も20足ほど。
その真ん中で、修は、まるで工房がそのまま引っ越して来たような設備だ。
布が、300反ほど。靴の皮も300枚ほど。
そして、靴の作業場と、使い込んだ服の作業台。
一般の美容室のような客用の作業椅子はなく、丸椅子が1つ。
そして、有香。有香は、自分の好きなスタイルにエプロンをしていた。
有香の服のセンスがよく、美少女であり、それだけで、観衆の目を引いた。

美容師たちは、皆、スタイリッシュな服に身を包んでいたが、
修だけは、いつもの白い作業着にエプロンをしていた。

「なんだ、あの真ん中の人。一人だけ場所とってるよ。」
「まさか、服を作ったりする気じゃないだろうな。」
「カリスマの上をいくウルトラ美容師よ。」
「へえ、あれが。なんか、こけおどしって感じだな。」
と、そんな声が多い。

美容師の背面には、それぞれ、大きなスクリーンがあり、
美容師それぞれの動きを、5台のカメラで、会場のみんなが見られるようになっている。

北九州の中居雄一は、修のコーナーを見て、助手の女の子に言った。
「服をここで、作る気かな。」
「そうですよね。ドレスの棚がありません。」
「1時間だよ。不可能だ。メイクやヘアは、どうするんだ。」
「そうですね・・。」

北九州、名古屋、仙台の美容師たちも、ほぼ同じ会話をしていた。
優勝候補である大阪の佐伯忠は、
修に闘志をむき出しにして、助手の女性に言った。
「見て見ろ。ウルトラさんよ。がっかりさせんなよ。
あんな、こけおどしで、注目を集める気だろうが、
 10分もすれば、馬脚をあらわすさ。
 全国放送だ。これで、ウルトラもおしまいだな。」

やがて、7時になり、司会の年配の男性、若い女性が舞台に来た。
会場、待ってましたのすごい拍手である。

「え~皆様、お待ちどうさま。
 本日は、カリスマ美容師と言われる方々がどれだけすごいか。
 女性が、どれだけ美容によって、美しくなれるか。
 それを、見ていただくことが、我々の願いです。
 
 では、日本の各地で、カリスマ美容師ナンバー1と言われる方々を
 お招きしましたので、ご紹介します。」

 一人ずつ、北九州から順に、美容師が紹介された。

「それから、本日は、特別参加の美容師さんがいます。
 カリスマ美容師の上をいくというウルトラ美容師・高杉修さんをお招きしました。
 若い方で、ウルトラ美容師の名を聞かぬ方は、恐らくおられぬことでしょう。
 ここにいらっしゃるのが、正真正銘ご本人です。
(会場はすごい拍手だった。) 
さあ、一体、ウルトラ美容師さんは、どんな美容をなさるのでしょう。
 今日の2つめの、お楽しみです。」

そのあと、審査員の紹介があった。
東京の大畠賢三は、審査員になっていた。

舞台に、5人のモデルが出て、横に並んだ。
みんなプロではない。一般から募集した女の子だ。
全員、背が160cmほどで、白のシンプルなワンピースを着ていた。
髪は全員、肩までのストレートで、もちろんノーメイクできている。
あえてか、可愛いとは言えない、標準的な顔立ちの女の子が選ばれている。

「この審査は、美容師があらかじめモデルを選ぶことができません。
 これから、モデルさん達に、美容師さんのお名前のある札を引いてもらいます。
 それが、各美容師さんのモデルさんになります。」
司会は言った。

「はい。決まりましたね。モデルさんは、美容師さんのところへ行ってください。
 では、今から開始いたします。時間は、1時間です。1秒でも越えたら、
 失格になります。
 では、スタート。」

観客は、期待に胸を膨らませていた。

「参ったな。」と北九州の中居雄一は、助手の女の子に言った。
「一般の女の子が来るとは思わなかった。
 プロが来ると思って、服はLとLLしか持ってこなかった。」
「Mが、一つだけありますが。」と助手。
「どれ。ああ、参ったなあ。これ、紛れ込んだ奴で、
 俺が、選んだものじゃない。
 だか、これで行くしかないな。」
「そうですね。」

「足は、いくつ?」とモデルに聞いた。
「23.5です。」とモデルの子は言った。
「うへー。24までしかないよ。」

これと同じことが、名古屋、仙台の美容師のところで起こっていた。
大阪の佐伯忠だけが、Mサイズも想定していた。
「あはは、他のところは焦っているぞ。
 これで、優勝は、いただきだな。
 ぶかぶかの靴と服では、話にならん。
 ウルトラは、どうだ。」佐伯は言った。
「それが、靴を作っているようです。」
「なにー!」と佐伯は叫んだ。

修は、モデルを、いつもの丸椅子に座らせた。
「えー、お名前は?」と修は、モデルに聞いた。
「吉田沙織です。」
「そう。有香。沙織さんを花に例えるなら何?」
「清々しい方なので、朝顔かな。」有香は言った。
「同感。じゃあ、朝顔で行こうね。
 色は、有香?」
「あけぼの色なんてどう?」
「同感。それで行こう。
 有香、皮を選んで。
 沙織さん、脚は、23.5だね。」
「はい。わかるのですか。」
「うん、わかるんだよ。」修は、沙織ににこっとした。

有香は、明るい薄紫の皮を選んできた。
その皮を見て、修は、有香に、にこっとした。
(有香は、わあ~と心で飛び上がった。)
修は、靴作りのコーナーに座り、靴を作り始めたのである。


■次回予告■

チャンピオン大会のクライマックスです。




1票をくだされば、うれしいです。

日本カリスマ美容師チャンピオン大会(最終話・その1)

「ウルトラ美容師」の最終エピソードです。
4回に分けて掲載いたします。
最後までお付き合いくだされば、うれしいです。

==========================

日本カリスマ美容師チャンピオン大会



TTB大森ディレクターの助手遠藤勉は、大森から聞かれた。
「で、どうだった。ウルトラは。」
「え?ウルトラ何です?」
「とぼけるな。ウルトラ美容師だよ。」
「あ。全然。どこがウルトラなんだか、さっぱりでしたよ。」
遠藤は言った。
こんな大森みたいな視聴率狙いに、
あの高杉修が利用されてたまるかと思った。

だか、大森の反応は、遠藤の裏目に出た。
「ようし、これで決まりだ。
 あのイカサマ師をなんとしてでも引きずり出して、
 全国放送で、化けの皮をはがしてみせる。
 あの大畠は出ないだろうが、
 ウルトラを絶賛したことで、いっしょにドボンだ。」
大森は、息巻いた。

『うわー、この人から早く離れたい。』と、遠藤は思った。

途中まではできていた企画だ。
それが、大畠の言葉で、足踏みしていた。
「ことは、早いぞ。」と、大森は遠藤に命じ、早速、修の美容室へ連絡した。
その夜の7時に約束をした。

その時刻に、高杉修美容室に、二人はやってきた。
この頃、有香は、入りびたりだ。
「いやあ、お二人ですか。
 じゃあ、丸椅子とミシンの椅子に掛けてください。
 有香は、靴のとこね。
 ぼくは、立って聞くから。」修は言った。

大森は、慇懃無礼とも言う調子で、深々と頭を下げ、
「大森です。」と名刺を出した。
修は、名刺を見て、ポケットにしまった。
大森は、企画書を修に渡した。
修は、さっと目を通した。
「そういう趣旨で、ご参加願いただきたくやってまいった次第です。」

「そうですか。1位になったときの賞品はいくらですか?」と修。
「はい、1000万円です。」と大森。
「気前いいですね。」と修。
「まあ、全国ネットですから。」大森。
「出演料としていくらいただけます?」修。
「それが、先生の場合は、20万円です。」
「はあ~?」と修は、口を開けた。

「助手が一人いてもいいとあります。
 私とあそこの相棒と、10万ずつですか?」
「ご不足ですか。1時間で20万ですよ。
 実際、毎日1時間に20万も稼いでいないでしょう。」
「大森さんは、私の仕事の相場をご存知ですか。」
「詳しくは・・・。」
「私が、帽子を作って、ある国の女王陛下に送るなら、
 1000万円の値をつけるでしょう。
 その私に、テレビに出て、人目にさらされると言う屈辱に1時間も耐え、
 仕事をして、彼女と分けて10万ずつですか。
 大森さん、人を訪ねるときは、それなりの情報を集め、来るものです。
 話になりません。お帰りください。」

大森は、かなり憤慨している様だった。
「では、いくらなら出てくれるのかね。」
「女王陛下の帽子の値段です。
 あそこの相棒と分けて、500万ずつ、計1000万です。」
大森は、鼻から息を吹き、
「ふん!自分を何様だと思っているんだ。
 こんな小きたない美容室で、1つの帽子が、1000万。
 気がおかしいのじゃないかね。
 もう用はない。2度と来ないだろう。」
大森は、遠藤を連れて、ドアをバタンと閉めて行った。

「わあ、修さん。胸がすっとした。来たときから嫌な奴だと思ってたの。」
「そうだね。でも、その嫌な奴、また来るよ。
上役を2人くらい連れて。平謝りしてね。」
「じゃあ、女王陛下の帽子の1000万円ってほんとなの?」有香は言った。
「あはは。帽子を送れば…って言ったんだよ。送ったとは言ってない。
 ぼくは、1000万の値をつけますよって言ったつもり。
 女王陛下が買ったとは言ってない。
 まず、買わないよね。」と修は笑った。
「なあ~んだ。確かに売ったとは言わなかったわ。」
二人で、あははと笑った。

一方、鼻息荒く、ブリブリ帰る大森の後ろで、
遠藤は、腹の中で、「あはははは。」と笑っていた。
同時に、1000万円の帽子の話は、本当だろうと確信していた。

局のトップ達を交えた、第2企画会議で、大森はこてんぱんにやられた。
「このチャンピオン大会は、ウルトラ美容師が出てなんぼだろう。
 ウルトラが本物でも偽者でも、どうでもいいんだ。
 ウルトラなしのチャンピオン大会で、どれだけの視聴率が稼げると思う!」
かなり、トップクラスの上役が言った。

「本物なら、それでよし。みんな観るだろう。
 そして、大畠賢三が言うほどの美容師ならば、視聴者は、感動するだろう。
 その方がよいが、たとえ偽者でも、ウルトラ美容師を名乗る男が出るだけで、
 話題を呼び、人は観る。
 ウルトラ美容師は、出演料1000万の値打はあるのだよ。
 ウルトラ美容師を呼べなければ、大森君の企画は、没だ。
 当然、君の降格は、あるだろう。
 どうだい?呼べるのかね。」

大森は、真っ青になった。
「それが、初めの訪問で、ウルトラ氏に大変侮辱的な言葉を浴びせてしまいまして、
 2度目の訪問は、私一人では、無理かと思われます。」
大森は言った。

「なんとまあ。では、わかった。われわれが、二人くらいついて行ってやろう。
 ウルトラ美容師の名声は高い。くどき落とせれば、視聴率40%は行くだろう。」
大森は、ははあと頭を下げた。

2日後、夜の7時。
修と有香は、美容室で布の整理をしていた。
そのとき、ドアをノックする音がした。
「ほら、来た。」
修は、有香に目配せをした。
「ほんとに?」と有香は言った。

有香がドアを開けると、大森、遠藤の後ろに、2人えらそうな人がいた。
大森は、入るなり、床に手を付いて言った。
「先日は、失礼しました。無礼千万なことを口にし、
 深くお詫びいたします。
 私の失言暴言を、どうか白紙に戻し、
 番組出演へご再考願いたくやってまいりました。
 出演料は、おおせの額を、お支払いいたします。
 どうぞ、どうぞお願いいたします。」

上役の一人が、上等な布で包んだお金を、作業机に置いて、
布を開いた。
「これは、前金でございます。500万円あります。
 番組が終わりましたとき、もう500万円お支払いいたします。
 部下の無礼をお許しくださり、何卒ご出演くださいますように。」
そう言って頭を下げた。

「わかりました。出演しましょう。
 こちらの希望の額を用意してくださった以上、
 お断りする理由もありません。
 ただ、2つお願いがあります。

 私は、ご覧のように、モデルさんを見て、靴から作り、
 服、帽子を作ります。
 そして、最後に、ヘアカット、メイクをします。
 ここにある道具がないと、それができません。
 もちろん、棚に並んでいる材料もです。
 この部屋の一式、舞台に運んでいただき、
 終わったとき、また、ここに戻して欲しいのです。
 
 当日、モデルさんは、くじで割り当てられ、
 あらかじめ選べないと企画書にありました。
 だから、どんなモデルさんが来てもいいように、
 材料を揃えます。

 もう一つのお願いですが、美容は、メイク、ヘアカットはもちろんですが、
靴から帽子まで、トータルなものです。
私は、靴作りが一番好きなのです。
だから、私の靴も評価していただきたい。
そこで、審査員に、靴に造詣の深い方を、お一人加えていただきたいのです。」
修は、言った。

上役の一人が、
「コンテストの時間は、1時間ですが、そこまで、なされるのですか。」と言った。
「時間制限の中でやったことがありません。間に合わないかも知れません。」と修。
「わかりました。靴に詳しい方を探し、審査員にします。」
上役は言った。

「では、出場させていただきます。」修は言って頭を下げた。
4人は、出て行った。
大森は、腸が煮えくり返っていた。
『あのペテン師が。口一つで500万を手に入れやがった。
 俺の給料の1年分だぞ。』
そう、心で言って、悔しさを噛みしめていた。

遠藤はうきうきしていた。
『修さんの美容を、全国の人が見る。ああ、たまらない。』
上役2人は、さらっとした顔をしている。
「どうですかね。本物ですかね。」上役の一人が聞いた。
「あの美容室に飾ってあった、婦人用の帽子を見ましたか。
 私は、帽子マニア、帽子狂でしてね。
 もし、自分にお金があるなら、1000万円出しても、欲しいと思いました。」
もう一人の上役が、そう言った。


■次回予告■

いよいよチャンピオン大会が始まります。
靴から作り始める修に、
他のカリスマ美容師達は、驚きます。



1票をくだされば、うれしいです。

カリスマ美容師<第4話・後編>「高杉・入魂のウエディング・ドレス」

カリスマ美容師・高杉修<第4話・後編>「高杉・入魂のウエディング・ドレス」


これで、仕事ができる。
修は、依頼者をはっきりさせ、依頼者の願いをしっかりと確かめたかったのだ。

帰り道、有香が言った。
「修さんは、どんな服を作るのかな。」
「ステキなステキな、ウェディングドレスさ。」
「何か、特別な?」
「うん。特別も特別。命がけで作る。」修は言った。

修は、ウェディングドレスと新郎の正装を、その日のうちに作った。
針金だけのマネキンがドレスを着ていた。
有香は、そのウェディングドレスを見て、あまりにステキで、ため息をついた。
修は有香に言った。
「ぼくは、これから、3日3晩、断食の業に入るから、
 そっとしておいてくれる?」
「うん。わかる。あたしの声を治してくれたようなことでしょう。」
「その通り。」修は、にこっと笑った。

外で、遠藤は、首を傾げていた。
『何のための断食の業だ。ドレスはできているのに。
あんなに素晴らしいドレスなのに・・。』

修は、作業台にドレスと男子の正装を置いて、
それを前に、禅を組むようにして、断食の業に入った。

3日が経ち、結婚式の当日である。
今まで、目をつぶっていた修は、パチリと目を開けた。
顔を洗って、白衣を来た。
有香がやって来た。
「ああ、有香、助かる。有香は、ドレスを頼む。ぼく男だから。
 淑子さんへの着せ方を、タクシーの中で言うからね。」
「わあ、あたし、役に立ってる?」
「何言ってるんだよ。有香がいないとやっていけないよ。」
「わあ~。」と有香は、修に抱き付いた。

教会の新婦の更衣室に、新婦淑子が、ベッドに寝ていた。
有香がやって来た。
「さあ、これから、ウエディング・ドレスを着ますよ。」
有香は、修に言われた通り、寝ている淑子の服の上から、ドレスをかけた。
そして、3分待つ。
(即席ラーメンみたいにね。と修は言った。)
3分が近づいてくると、淑子にみるみる変化が訪れた。
曲がっていた体が伸び、指が伸び、脚が伸び、
そして、淑子の顔がどんどん若返り、頬に赤みが差して行った。
そばにいた2人の係りの女性は、目を見張っていた。
「あの、係りの方、あたし、すごく元気になった気がします。
 起き上がれます。」
と淑子は言った。その声が、若かった。

「お鏡を見てください。」と有香は、淑子に鏡を出した。
淑子は鏡を見た。
「まあ、これは、夢なの。きっと夢だわ。」淑子は言った。
「夢でも、いいじゃないですか。」
と修が顔を出して、淑子の髪とメイクを素早くやって消えた。
淑子の長い黒髪が復活していた。

一方、修に正装をしてもらった洋二も、驚いていた。
「昔の私です。妻に出会った頃の私です。こんな奇跡が起こるのですか。」
洋二は言った。
「はい、たまには、奇跡だって起こります。」修はにこりとした。

式の準備は進んだ。
教会には、数少ない親戚がいた。
神父が登場し、その横に、洋二がいた。
やがて、新婦が来る。

「新婦の入場です。」と声がかかった。
同時に、ウェディングの音楽がなった。
バージンロードにブーケを持った淑子が姿を見せた。

「淑子・・。」洋二は目を見張った。
初めて会ったときの美しい淑子のままに、その淑子が自分で歩いて来る。
美しい姿だった。
そして、最高のウエディング・ドレスだった。

呼ばれた親族も、みんな感激して涙を流していた。
淑子は、二人の子供に、ウェディングベールの端をもたれ、
ゆっくり歩いてくる。
洋二は、顔中涙でいっぱいにしていた。

淑子は、洋二を見て、にっこり笑った。
やがて、二人は、牧師の誓いの言葉を聞き、
「はい。」と一人ずつ答えた。
指輪の交換をした。
口づけのためにベールを上げ、見つめ合ったとき、
淑子は、ほほ笑みながら、頬に幾筋もの涙を流した。
やがて、口づけが交わされた。

外から窓越しに見ていた遠藤は、感涙にまみれていた。
『よかった、よかった、よかった。』
と心でくり返し、その内、声を上げて泣いた。

修と有香は、教会の入り口で見守っていた。
「お二人とも、若くなった分、長く生きられないの?」と有香が聞いた。
「うん。寿命は変えられない。でも、寿命の終わる最後まで、
 二人は、若い姿でいられるよ。健康な体で、1泊の旅行ができる。」
「よかった。」有香が言った。

5日が過ぎた。
有香がいるときに、修のところへ大倉洋二が訪ねて来た。
「淑子は、3日前に亡くなり、葬儀も無事終わりました。
 そこで、お礼に参りました。
 淑子と私は、あの結婚式と、1泊の旅行で、
 結婚生活のフィナーレを、若いまま、この上なく幸せな気持ちで、
 終えることができました。
 二人で、初めての愛を交わすこともできました。
 最後が幸せなら、その一生が全て幸せなものに思えると聞きました。
 ありがとうございました。
 淑子は、喜びいっぱいに他界しました。」

「ほんの少しでも、お役に立てたのなら、こんなにうれしいことはありません。」
修は言った。
「神様の贈り物と等しい贈り物をいただきました。」と洋二は言った。

「それで、あの、衣装とメイクその他の経費をご請求ください。
 おいくらであっても、お支払いたします。」
「それでは、3万円いただきます。」修は言った。
洋二は300万円を用意していた。
「それは、桁が違います。本当の経費をおっしゃってください。」
「奥様のウエディング・ドレスについては、奥様のご依頼です。
 他界された方へは、請求することができません。
 ですから、私が請求できるのは、新郎の服だけです。
 ウエディング・ドレスが主役でしたので、新郎の服は、
 実は、やや手抜きをさせていただきました。
 ですから、3万円は、正直な値段です。」

洋二は、惚れ惚れと修を見た。
「あなたは、なんと欲のない。
 わざわざ、私の家に見えて、淑子から「お願いします。」の言葉を
 聞かれたのは、ドレスの代金を無くするためだったのですね。」
「いえ違います。あれは、ご本人が本当にドレスを希望されているかを、
確かめるためでした。
 奥様の強い願いがなければ、あのドレスは、作れなかったのです。」

「わかりました。では、3万円をお支払いいたします。
あなたのご厚意は、一生忘れません。
 では、高杉様と、そちらのお嬢様と、本当にありがとうございました。」
洋二は、深々と頭を下げて、出て行った。

「そうだったんだ。だから、淑子さんの『お願いします。』を、
 聞きに行ったんですね。修さん、ステキ。」と有香が言って来た。
「違うよ。淑子さんのドレスを着たいという強い気持ちがあって初めて、
 ぼくの念が完成したんだ。淑子さんは、洋二さんに、ウエディングドレスを、
 どんなことがあっても見せたいと、強く強く思ってらしたんだよ。」
「そうか、愛があの奇跡を起こしたのね。」
「そういうこと。じゃあ、ぼく達も、上に行って、ニャンニャンしよう。」
「わあ、男性と!ちゃんと指圧してくださいね。」
「何倍も、強力なのしてあげるよ。」
「キャー!」

遠藤は、美容室の外壁にもたれながら、考えた。
「これで、美しい一つの物語のおわり。
 大杉修は、美容の考え方が違うと、あの大畠賢三は言った。
 その通りだよ。次元が全く違う。
 金儲け主義なんて、とんでもない。自分が損してるよ。
 どうしよう。大森ディレクターには。
あんなディレクターには、もったいなくて聞かせたくない話だ。
まあ、いいか。適当に言っておこう。

遠藤は、立って、ヤキトリでも食べに行こうと、
駅への道を歩いて行った。


<おわり>

■次回予告■

カリスマ美容師チャンピオン大会に、
修・有香コンビで出ることになります。
4話からなる、最終エピソードです。


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ウルトラ美容師<第4話・前編>「ウエディング・ドレスをあなたに」

前、後編の2話完結です。読んでくださると、うれしいです。

===============================

<第4話> 「ウェディング・ドレスをあなたに」


テレビ放送局TTBのディレクター森本敦が、
助手の遠藤勉を連れて、赤坂のある美容室を訪れた。
そこは、世界に誇るカリスマ美容師、大畠賢三の美容室だ。
忙しそうな店内であったが、奥の間に通された。

やがて、大畠賢三が現れた。
背は、175cm位で、年は40歳代後半だが、
若々しく、30歳代にも見える。
黒いズボン、黒いシャツの上に、光沢のあるオシャレなベストを着ていた。
森本と遠藤は立った。
「どうも、大畠先生、お忙しいところすみません。
 TTBの森本です。」
そう言って、森本は名刺を出した。
一同座ったところに、茶が出た。

森本が言うには、こうである。
この度、日本のカリスマ美容師6人を集め、「全国カリスマ美容師チャンピオン大会」を開き、全国放映したい。
北九州、大阪、名古屋、東京、仙台から、ナンバー1の美容師を集める。

大畠は、うなずきながら聞いていた。
まんざら悪い顔をしていない。
「で、一人足りませんな。さっき6人とおっしゃった。街は、5つですね。」
大畠は聞いた。

「もう一人、ある人物に来てもらうつもりです。
 その美容師は、世にカリスマを越える『ウルトラ美容師』などと呼ばれていまして、
 しかし、どうもいかがわしい。薄汚い美容室で何をしているかわからない。
 客をその気にさせる術が巧みで、大金を稼いでいるらしいのです。
 我々は、日本はおろか、世界五指に入るといわれている大畠先生に、
 ウルトラなんとやらの化けの皮をはがしてもらいたいというのが、
 番組のもう一つのねらいのなんです。
 大きなホールの舞台で、6人の美容師が並んで、腕を振るっていただく。
 ごまかし様がありません。そんな、企画でおります。」
森本は、そう言って、大畠の顔色をうかがった。

「結果は、目に見えていますな。」大畠は言った。
大森は、やった!という表情で、
「そうですとも。先生にかかっては、ひとたまりもありません。」
と、目を輝かせた。
「勘違いされておられますな。」
と、大畠は、大森を見た。
「私を入れた5人の美容師たちは、己の未熟を嫌と言うほど見せつけられ、
 もう立ち直れず、自滅をしますよ。
 自分が恥ずかしくて、最後まで、競技に参加できず、
途中でハサミの手が動かなくなるでしょう。
 
 私を世界の五指に入ると言ってくださったが、高杉修さんの右に出る人は、
 世界にいない。世界どころが、100年に一人出るか、出ないかの、
 不世出の天才です。
 技能はもちろんのこと、美容に対する考えが、まるで違う。
 その真似は、私達には到底できない。
 私が、憧れ、尊敬して止まない方を、
 よく調べもしないで、放送局ともあろうものが、何を考えているのです。
 それとも、5人の美容師が、圧倒され、己を恥じ、
再起不能になるのを、見たいのですか!」
大畠は、怒り、テーブルをドンと激しくたたいた。

森本敦と助手の遠藤勉は、けんもほろろに追い返された。
外に出た二人。
「大畠先生がああまで、おっしゃるからには、ほんとにすごい人なんでしょうかね。」
遠藤が言った。
「大阪の佐伯忠は、そうは言わなかったぞ。
 売名の上手い怪しい奴だと言っていたじゃないか。」
と森本。
「そうですね。」遠藤は腕を組んだ。
「遠藤君。ウルトラ美容師高杉修に1週間、張り付いてくれないか。
 奴のイカサマを暴き、裏をとってくれ。
 写真は撮らんでいい。もし、ウルトラがほんとに大天才なら、
 局は、大やけどをするからな。」
「はい。わかりました。」



その日の、7時ごろ、有香は、修の美容室に入り、2階に上がって行った。
すると、白衣の修が狭いところでラーメンを食べている。
有香は、修を見るのが初めてであった。
「あ、あ、あ、あ。」と有香は指を差し、「修さんですか。」と言った。
「ああ、びっくりした。今、即席ラーメンに全神経を集中してたんだよ。
 なんで、有香が、ここにいるの?」修は言った。
『あたしのこと知っていてくれてる。やっぱり、修さんだ。』
「わあ~、超イケメン。ああん。あたし一目惚れー。」
「もうすぐ、お客がくるからね。うがいして、歯を磨かないと。
 ああ、後半、ラーメンに集中できなかった。」
「ごめんなさい。あたしが洗うわ。」有香は言った。

しばらくして、ドアのベルが鳴った。
「あたしもついて行っていい。」と有香。
「いっしょに聞いて。相棒だから。」
相棒と呼ばれ、有香は、キャーと喜んだ。
遠藤勉は、ビルの壁に、ピタリと耳を付けていた。

入って来たのは、78歳くらいの白髪の男性だった。
修は、丸椅子を勧めた。
自分は、作業台の椅子を出してすわり、有香は、靴コーナーの椅子に座った。

「高倉洋二といいます。」
「私は、高杉修といいます。あそこにいますのが、相棒の白金有香です。」
「丸椅子におかけください。」
修は、勧めた。

高倉氏は語った。
「私の妻は、難病で、出会ったとき、妻はすでに車椅子でした。
 しかし、私は、妻の淑子に恋をし、周囲の反対を押し切って結婚しました。
 美しい妻でした。
 結婚式を挙げたかったのですが、計画をした日、妻の容体が悪くなり、
 私はとうとう、妻のウェディングドレスを見ることが出来ませんでした。

 妻は、結婚後も、ずっと車椅子でしたが、この45年幸せでした。
 しかし、2か月ほど前から、妻の容体が悪化し、あと5日ほどの命と言われました。
 そこで、私は、妻の最後に、ウエディングドレスを着せてやりたいのです。
 病気のせいで、妻の体のあちこちが曲がっています。
 話もろくにできません。
 もちろん昔のように美しくありません。
 しかし、そんな妻に似合うウェディングドレスを着せてやりたいのです。
 そして、少しでも、綺麗に見えるメイクと、ヘアーをお願いします。
 そして、車椅子でもいい、バージンロードを歩かせてやりたいのです。

 式が終わったら、1泊の旅行をし、妻の最期を看取ってやりたいと思います。
 妻でも着られる、ウエディングドレスと、
私の正装を作ってくださいますでしょうか。」

「わかりました。お引き受けいたします。
 一つ。お相手を見ないと、私は服が作れません。
 そして、奥様から、直接ご依頼を受けたく思います。」
「それなら、明日、我が家に来てくだされば、叶います。」
「では、夜の7時に参ります。」

高倉が帰っていった。
有香が泣いていた。
「どうして、泣いてるの?」修は聞いた。
「だって、おじいちゃんの心が、優しくて。」
「そうだね。だから、最高の結婚式にするんだ。」
修は、上を見上げた。

美容室の外で、遠藤も泣いていた。
そして、自分の張り込みの目的の反対のことを願っていた。
『ウルトラ美容師さん。どうか、その名に劣らず、
 素晴らしい美容をしてください。』

次の日、有香と一緒に、修は、大倉淑江に会いに行った。
斜めになった介護ベッドに、淑江はいた。
昔、美しかったという面影はあった。
「淑江さん。私にウエディングドレスを作って欲しいと願われますか。」
修は言った。
淑江は、うなずきながら、やっとの声で『お願いします。』と言った。
そして、修の方へ、手を差し伸べた。
修は、その手を両手で取り、しっかりと淑子を見た。


■次回予告■

ドレスも仕上がり、結婚式です。
高杉修、入魂のウエディング・ドレスです。


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ウルトラ美容師<第3話>「聡美のブログ」(1話完結)

ウルトラ美容師・高杉修③(一話完結)「聡美のブログ」


高杉修は、約束の5時に階下へ降りて行った。
次のお客は、50歳くらいの小柄な男性だった。
背広にネクタイを締めている。

立っていた。
「どうぞ、丸椅子におかけください。」
「はい。私は白井幹夫と申します。」
「私は、高杉修です。どうぞよろしく。」
と修は言い、自分は、ミシンの椅子を持って来て座った。
「あのう、美容室とは思えない内装ですね。」
幹夫は、興味津々で訪ねた。
「はい。こういう職人部屋みたいなところが好きなんですよ。」
と修は、にっこりと言った。

「さて、いただいたメールによりますと、
 今日、ブログのオフ会があり、
ブログのプロフィールに貼ってある写真の女性にしてほしいということですね。」
修は聞いた。
「はい。私は、5年前に、精神的な病に倒れました。
 そして、その辛い気持ちを、毎日綴ろうと思い、
 ブログをはじめました。
 そのとき、プロフィールに自分の顔を載せるのは、
 なにぶん、精神的な病であるし、
 知人にばれたときまずいと思いまして、
私が若い頃女装をした時の写真を貼りました。

 その若い25歳の女性に「聡美」という名をつけまして、
 私は、聡美になりきって、ブログを書きました。
 そのうち、私の記事を読んでくださる方が多くなり、
 ぜひ、オフ会を開いて、会いたい、直接お話が聞きたいと、
何人かの方が、企画をしてくださいました。

しかし、現実の私は、50歳を過ぎたオヤジです。
「聡美」という若い女性ではありません。
だから、出席は、できません。
私は、企画を立ててくださる度に断わってきました。
欠席の理由を聞かれても、はっきりと言えませんでした。

そのうち、「聡美」などという女性はいないのではないか。
誰かの成り切りではないかとのうわさがたちました。
それは、違うと、私を信じてくれる人も多くいて、
私は、心の痛い思いをしました。
そして、私は、今日のオフ会には出ると言ってしまいました。
ドタキャンするか、
それとも、私の真実をカムアウトするかです。
しかし、私を若い女性だと思って、がんばって来られた人もいることでしょう。
そんな方への、カムアウトは辛いことです。
裏切られたと、傷つけてしまいます。

そこで、美容の魔術師と言われる、高杉修さんにお願いに来ました。
私を若い頃の「聡美」にしていただけないでしょうか。

本来の自分のプロフィールを偽り、
昔の女装した自分の写真を出したことが罪であるとおっしゃるなら、
それに、従いあきらめます。」
幹夫は、そう言った。

「聡美さんも、幹夫さんも、同一人物ではありませんか。」
修は言った。
「いえ、年を偽っています。女性と偽っています。」幹夫は言った。

「さとみさんのブログを、過去5年間分、拝見しました。
 辛い病気を抱えながら、必死に働き、生きている姿が描かれ、感銘を受けました。
 そして、同じ病の方々の、どれだけの励み、勇気の元となっているか、
 それも、よくわかりました。
 お写真の聡美さんは、空を仰いで、何かを願っているようでした。
 その姿が美しく、聡美さんを心の支えにしている人のお気持ちがわかります。
 そして、聡美さんは、実に魅力的な方です。
 許されない偽りもあれば、許される偽りもあると思います。」修は言った。

「では、私を『聡美』にしてくださいますか。」と幹夫。
「はい。全力を尽くします。」修は言った。

「では、あのプロフィールと同じ服を作りましょう。」と修は言った。
「え?服からですか?」
「はい、その方がみなさん、聡美さんと信じますでしょう。」
修はそう言って、厚手の紺の生地を取り、ジャケットを縫い始めた。
「寸法が分かるのですか?」
「はい。今の幹夫さんと背が同じ、160cm。
 あとは、あのお写真を見ればわかります。」

修は、見る見るうちに、ジャケットを縫い上げた。
幹夫は、魔法を見るように、見とれていた。

「中は、エンジ色のブラウス。下は、ベージュのタイトスカートに見えるキュロット。
 厚めの記事で作ります。」
幹夫は驚いていた。写真は、上半身で、キュロットまではわからないのに。
「どうして、キュロットだとおわかりなのですか?」幹夫は聞いた。
「小さな全身写真がありましたよ。お忘れですか。」
「ああ、そうです。記事の中に1度載せました。」

「黒のロングソックス、黒のショートブーツですね。」
幹夫は、修が、靴を作り始めたことに、さらに驚いた。
「はい。できましたよ。こんなブーツではありませんでしたか。」
「そうです!裏皮の黒いブーツです。」

「では、体形はほとんど変わっておられないですが、
 少しだけ。そして、25歳になりましょう。
 上着を脱いでくださいませんか。」

修は、後ろから幹夫のウエストに腕を回し、
「気」を入れた。
「息を吐いてください。」
幹夫は息を吐いた。
すると、幹夫のおへその5センチ上あたりに女性のウエストができた。
「幹夫さんは、女装をなさっていたそうですから、着られますね。
 あのカーテンの奥で、下着と今できた服と靴を履いてきてください。
 ブラには、詰め物をしてあります。
 またヒップは、ジャケットのウエストが締まっていますので、
カバーできると思います。」

幹夫は自分の体を見た。ラインが女性の体になっている。
服を着た。懐かしい。当時の服と同じだ。
黒いソックスを履き、ブーツを履いた。
ああ、懐かしい。女装を楽しんだ日々が蘇る。

「なかなかお似合いですね。」
と幹夫を見た修は、にっこりした。
「仕上げです。髪とお顔です。」

幹夫はもう一度、丸椅子に座った。
修は、「気」を入れて、幹夫の顔を何度か撫でた。
すると、顔の皮膚に張りと柔らかさが出て、どんどん若くなっていくのだった。
足も腕も、出ているところは何度も撫でた。
撫でられたところが、みるみる若返って行く。

「次は、かつらです。当時のさとみさんの髪型に作っておきました。
このかつらは軽くて、ぴったりとフィットして、寝ても大丈夫ですよ。」
修はかつらを被せた。
手で、少し型を整えた。
「最後に、メイクです。」
修は、薄い円筒のケースを開けて桃色を指につけ、
目蓋の上に薄くつけた。
小さなハサミで、マユを整えた。
最後に、ベージュとピンクの口紅を、ゴム版の上で調合し、
それを、唇に指で叩くように紅をつけた。
「できました。25歳の聡美さんです。」
修はそう言って、姿見を近づけた。

幹夫は、夢かと思った。
当時の自分が鏡の前にいる。若い。
「そうだ。」と修は言った。

「声を忘れていました。」
修は、後ろから、幹夫の喉仏のところに2本指を当てた。
「あたしは聡美、あたしは聡美・・と言い続けて、
 自分で好きだなという声になったら、止めてください。」

幹夫は、「あたしは聡美」とくり返し言った。
声が女性の声になっていく。ああ、不思議だ。
あ、ここ、イメージの中の少し知的な聡美の声だ。
幹夫は声を止めた。

「あーあーあー、声まで変えていただけるなんて。」
幹夫は、感激の瞳で、修を見た。
修の目に映っているのは、もはや幹夫ではなく聡美だった。
「最後に、こんなバッグを、聡美さんはかけていましたよ。」
修は、馬皮の大き目なショルダーバッグを、聡美(以後・聡美)の肩にかけた。

聡美は目を潤ませて、修を見つめた。
「なんとお礼を申し上げてよいか。
ありがとうございます。
今からなら、オフ会に間に合います。
 動いて話す聡美を見てもらえます。」
「すべて、24時間長持ちするようにしておきました。
かつらや服の一式は、差し上げます。」

「お礼をしなければなりません。
おいくらでもお支払い致します。」聡美は言った。
「もういただいています。」と修は言った。
「え?それは・・。」と聡美は聞いた。
「実は、私も精神的な病を持っています。
この5年間、聡美さんのブログを毎日拝見してきました。
どれだけの勇気と励ましをいただいたことでしょう。」
「ほんとうですか!」聡美は明るい声で言った。
「はい。オフ会には、行けませんが、聡美さんにお会いできて、光栄です。
 それから、聡美さんのブログに、
 『即席ラーメン』というハンドル名でコメントをしていたのが私です。」
「え、あ、あの『ラーメンちゃん』ですよね。
 みなさん、女の子だと思っていますよ。」
「はい。内緒にしてくださいね。」
「はい。」
二人で、くすくすと笑った。

聡美は、何度も振り返り、頭を下げながら、歩いて行った。

修は、うつむき、オフ会での様子を思い描きながら、にこりとして、
そっとドアを閉めた。


<おわり>


■次回予告■

「1度だけ、ウエディングドレスを!」です。

ウルトラ美容師・高杉修<第2話・後編>「有香とニャンニャン」

ウルトラ美容師・高杉修②<後編>「有香とニャンニャン」


「リカさんは、魔女っ子なの?」と有香が聞いた。
「魔法じゃないの。ある修業を積んだの。」
「ここに入るとき、小さな札を見たの。
 高杉修 美容室ってあった。
 高杉修って、あの有名なウルトラ美容師でしょう。
 ここは、高杉修の美容室なの?」
「うん。そう。」
「リカさんは、先生の助手とか弟子とかなの?」
「ううん。高杉修本人よ。」

「ええ?うそー!高杉修って男の人だと思ってた。」
「男よ。言ったじゃない。あたし女装子だって。
 男だけど、昼間は女の子のリカでいるの。」
「わあ、じゃあ、あたしは、あの天才高杉修さんに声を治してもらったんだ。
 だったら納得。高杉修は魔法使いだって言われているもの。
 ああ、あたし、なんて幸運なんだろう。」

「幸運なのは、有香じゃなくてあたしよ。
 有香の洋服のセンス、抜群だわ。
 めったにいない子だと思ったの。
 有香は、学校へ行ってない・・。
 いえ、女の子の声になったから、もう学校いけるよね。」
「うん。中1のときGIDの診断もらって、
女子として学校いけることになったけど、
あんな声だったから、中学は男子として通ったの。
高校は、初日だけ女子生徒として通ったけど、
声が恥ずかしくて、ずっと不登校してるの。
喉の病気だってことにしてあるの。もう1年以上になる。」
有香はそう言った。

「でも、もう行けるでしょう?」
「うん。年齢的に2年生だけど、1年生に入れてもらう。」
「そうっか、平日は無理ね。じゃあ土日。
 有香、土日だけ、ここにお手伝いに来ない?
 有香は、GIDでしょう。
 将来一人でも食べていけるように、服飾の勉強するといいと思う。
 あたしといっしょに、いろんな生地や皮製品の市場にいくの。
 有香は、いい目をしてる。
 いいものをたくさん見るのよ。」
「わあ~、それ最高にうれしい。あの高杉修の弟子になれるの?」
「弟子じゃないわ。お友達になるの。」
「それ、もっとうれしい。」
有香は、リカに抱き付いて来た。

「有香、あたし女装子だから、抱かれたりすると、萌えちゃう。」
「あたし、半分女装子なの。だから、女装子も好き。」
「ほんと?」
「うん。だけど、5年もホル打ってるから、アレはできないかも。
 性欲が起こらなくなってるの。アソコだって、どんどん短くなって、
 すでに、陥没しているの。あたし、去勢してるし、
 ショーツを普通に履いて、女の子に見えるの。
「心配しないでいいわ。インド5000年の技があるの。」
「ほんと?」
「じゃあ、2階に行こう。この1階よりステキよ。」リカは言った。

2階に来て、有香は感激した。
部屋中、洋服だらけだった。
床にも置かれている。
靴やかつらも並んでいる。
「わあ、すごい。どの服もステキ。見たことがない生地ばかり。」
有香は、目を輝かせて言った。
「そんなことより、ニャンニャンしよう。」リカは言った。

部屋のわずかに空いているところに、二人は向かい合った。
「じゃあ、有香がセックスが出来るようにするわよ。」
リカはそう言って、バッグのなかから、細くて短い鉄の棒を出した。
それを、有香の背中の背骨が終わるところに、押した。
インド5000年のツボである。
すると有香の表情がみるみる変わった。

「ああ、いや~ん。あたしのアソコ出て来る。
ああん、どんどんショーツを押してる。
でかいわ。長いわ。
ああ、あたしの頭インランになってくる。
あたし、リカをしゃがませて、
リカのお口にあたしのを、ぶっこんで、ぼすぼす気が狂うほど突いて、
リカをなぎ倒して、リカの足おっぴろげて、
リカのAの中に、クリームたっぷり塗って、あたしの大っきいのぶっこみたい。」
 
「有香、その調子よ。いいわあ~。」とリカ
有香は、言った後固まった。
「あの、今あたし、すごいこと言わなかった?」
「ううん。何にも。あたしとキスしたいって言ったの。」
「そう。」有香は首をかしげた。

リカと有香は、肩のバッグを下し、そっと抱き合って、唇を重ねた。
キスをしながら、リカは、有香のボレロを取り、
肩見せのワンピースの背中のファスナーを下した。
そして、自分のワンピースのファスナーも下した。
互いにワンピースを脱がせ、畳んで、ソファーに置いた。

有香は、可愛いスリップを着ていた。
リカはそれが嬉しかった。リカは、スリップ党だ。
二人ともスリップ姿で、互いの体中を撫で合った。
「リカ、あたし、ホルモンで皮膚の感度、女の子並なの。」
「そう。じゃあ、思い切り女の子させてあげるわ。」
リカはそう言って、有香のブラのホックを外して、
スリップの隙間から、抜き出した。
リカは、有香の首すじ、耳、頬にキスをした。
「有香、髪をアップにして。」リカは言った。
有香は、髪を束ねて、腕を上げた。
有香の脇の下が、露わになった。
リカは、脇の下フェチである。

有香の綺麗な脇の下にキスをして、そっと舐めた。
「ああん、感じちゃう。ここも性感帯だったの?」
「そうよ。強力な性感帯よ。」
有香は、息を弾ませていった。


スリップにつつまれたボディを撫でると、
有香は、すでに微動を始めた。

「ああん、ああん。こんなに女の子の気分になったの初めて。
今まで、自分の声を聞くたび、何もかも幻滅してしまったの。
リカ、あたしうれしい。世界でいちばん幸せ。」有香は言った。
「もっと幸せにしてあげるわ。」
リカはそう言って、有香の背中に回った。
有香の乳房を、たっぷりともんで、
乳首に爪を立てて刺激した。
「いや~ん。感じ過ぎちゃう。ああああああ。」
有香はもだえた。

そんな有香が、リカは可愛くてたまらなかった。
「リカ、ショーツとるわよ。」
「やん。アソコ、もうカチンカチンになってるの。はずかしい。」
「だめ。とるの。あたしにもあるのよ。ほら。」
リカは、自分のアソコをリカのお尻に撫でつけた。
「いや~ん。リカは女の子なのに。ああん、興奮しちゃう。」
「だから、恥ずかしくないでしょ。」
リカはそういって、有香のショーツを下し、脚からはずした。
そして、自分のショーツもとった。
リカも、大きく固くなっていた。
ツボの効果で、有香のも最高に大きく固くなっていて、
スリップの1点が突き出ていた。

リカは、有香のスリップの裾を持ち合あげて、
有香の大きなものを露わにした。
そして、後ろから抱きしめた。
「や~ん、恥ずかしい。あたし、ダメ、お願い許して。」有香は叫んだ。
「こうしてあげる。」
リカは有香の前に回って、しゃがんだ。
有香の太ももを何度も撫でて、有香の大きなものを口に含んだ。
「はあ~。」と有香はアゴを上げて、天井を見た。
体が震えている。

その内、有香は快感に耐えられず、自分でさっき言った通り、
リカの頭を持ち、口の中へ、突いて来た。
「ああん、ああん、ああん・・・・。」と叫び、
髪を振り乱しながら、激しく突いて来た。
「ああん、あたし、リカのお口を犯してる。
 男の子みたいで恥ずかしい。でも、やめられない。
 あたし、燃えちゃう、あたし、気が狂う。」
やがて、体をぶるぶるいわせ、断末魔の声をあげた。
「ああん、あたしイっちゃう、イっちゃう、イっちゃう
お姉様、あたし、イっちゃう・・・。」
有香は、激しく体を震わせて、リカの口の中に放出した。

有香は、がっくりと力が抜けて、
ジュータンの上にくずれた。
そして、横になった。
その横に、リカは寝た。

有香はすぐに元気になって、
「今度は、あたしが、お姉様を、天国へ行かせてあげる。」
そう言い、リカの上に絡み、猫のように愛撫し始めた。

有香は、上手で、リカは瞬く間にイかされてしまった。

セーラー服に着替えて、髪型を変えて、もう一回した。
ベビードールに着替えて、さらに髪型を変え、もう一回。
そこで、有香のアソコはやっと小さくなり、体内に収まっていった。

有香は、ショーツを履き、
「ねえ、見て。普段は、何もしなくても、女の子みたいにフラットでしょう。
 だから、水着もOKなの。」
と、リカに見せた。
「ほんとだ、うらやましいな。」
「立ちションは、できないけどね。」
そういって、有香は笑った。

■次回予告■

1話完結のお話を書きます。

ウルトラ美容師・高杉修<第2部・前編>女装子美少女・有香登場

<第2部>前編 「美少女・有香登場」


高杉修は、一日の多くを、17歳の娘リカとして過ごしている。
少女から男の体になるときは、鼻をつまんで口を閉じ、
むっと自分の息を吐けばいいが、その逆は大変だ。
体の中から、息(=気)を追い出すために、
掃除機を使っている。

掃除機をONにして、口にくわえるのである。
ちょうどいいところで止める。
修は、毎回、この作業はカッコ悪いなと思っている。
座禅を組んで、息を吐いて行くこともできるが、
それは、とても時間がかかるのだ。
掃除機が早い。

日中、修はリカとして、買い出しに行く。
皮製品の作製所に、
問屋より早く、掘り出し物を見に行く。
布類も、マニアだけのマーケットがあり、問屋より早く
よい生地を先に買う。

「おばちゃん、これと、これと、これ。」と一反単位で買う。
「リカちゃん、若いのに、いつもながら目がいいね。」
と、おばさんは言う。
「ほんと。あたし、当たってる?」とリカ。
「ああ、真っ先にいいの買ってくよ。」とおばちゃんは笑う。



日曜日である。
リカは、10時に家を出た。
ミディスカートに袖なしのブラウス。
上着に、凝った網目の草色のカーディガンを着ていた。

すると、向こうから、驚くほどセンスのいい女の子が来る。
春色のワンピースに白いメッシュのボレロを着ている。
大変な美少女だ。歩く姿もいい。背も年も、リカと同じくらい。
リカは女装子だ。
リカは、その子が10メートルに近づいたとき、
その子も女装子だと気が付いた。
話しかけない手はない。
めったにいないパス度の高い子だ。

近づいたとき、
「あの。」とリカはその子を止めた。
そして、その子の耳元に、
「あたし、女装子です。」と小さい声で言った。
そして、その子の前に立った。
その子は、パチンと両目を大きく開けて、リカを上から下まで見た。
それから、会釈をして、すれ違おうとする。

リカは、追いかけた。
そして、また、その子の耳元に、
「あなたも、女装子だと思うんだけど。」と言った。
その子は、また、立ち止まって、目を大きく開けて、リカを見た。
そして、大きくうなずいた。

一言もしゃべらない。
聾の子ではない。
耳元でささやいた声が通じた。
場面緘黙(こだわりがあって、ある場面では、しゃべろうとしない)の子だろうかと思った。
なんだろうなあと、リカは考えていた。
すると、「ごめんね。」とその子はほんの小さな声で言って、リカのそばを通り過ぎようとした。
そのとき、リカは、すべてがわかった。
声だ。その子の声は、女の子としては、気の毒なほど低い。
男子の中でも低い声だ。

喉仏はない。手術したのだろうか。
しかし、喉仏の切除では、低い声は治らない。
「待って。」とリカは、その子の手首をつかんだ。
「あたし、治せるかも。あなたの声。あなたが望むなら。」
と言った。
その子は、足を止めた。
「ほんと?」と言った。
「うん。多分。」
「あたし、有香っていうの。」
「あたしは、リカ」
「いくら、ボイストレーニングしても、ダメだったの。
 中1から、ホルモン打ったけど、
 声変りに追いつかなかった。
 声帯の手術でも、限界があるって言われたの。」
「あたしがやってみる。ダメ元じゃない。」
リカは、そう言って、有香を美容室に連れて行った。
有香は、美容室の小さな札を見ていた。

丸椅子に座らせた。
有香は、変わった室内をキョロキョロと見回していた。

「あの、一生女の子の声になってもいいの?」リカは聞いた。
「うん。あたし、男に戻れないから。」と有香は言った。
リカは、有香の後ろに立って、喉に手を当てた。
「気」を入れて、声帯の組成を変える。
「あ~~~~~~って声を出し続けて。」
「あ~~~~~~」と有香は、声を出し続けた。
リカが有香の喉に「気」を入れるにしたがい、有香の声が変わっていった。
有香は驚いて、目を丸くした。
有香の声はどんどん高くなり、やがて女の子の領域の声になった。
「もう少し、可愛い声にしようか。」
「う、うん。」
リカは、ここが可愛いと思うところで止めた。

「何か話してみて。」リカは言った。
「あたしは、有香、あたしは、有香。
 ああ、女の子の可愛い声になってる。
 ね、リカさん。ほんと?この声ずっとあたしの声になるの?」
有香は、今にも泣きそうな顔をして言った。
「うん、年齢と共に大人の女性の声になるけど、
 声帯の組成を変えたから、ずっとこの声よ。」
「ああ、うれしい。リカさん、ありがとう。」
有香は、両手を顔に当てて泣き出した。
「あたし、あの声のために、学校いけなくなったの。
 外に出て、一言も口を利けなかった。
 辛くて、辛くて、死んじゃおうかと思ってたの。」
有香は、泣きながら言い、やがて肩を揺らして泣いた。
泣き声が女の子だった。

しばらくして、有香は、顔を上げた。
「家族に知らせたい。」と言った。
「そうね。」リカは、にっこりと言った。
有香は、ケータイをバッグから出した。
「もしもし。」とケータイの声。
「もしもし、あたし。」
「あたしって、誰?」
「有香。」
「有香?女の子の声よ。有香なの?」
「あたし。声を治してもらったの。」
「まあ、ほんとなの?ほんとに有香なの?」
「女の子の声に聞こえる?」
「ええ、聞こえるわ。可愛い声よ。」
「そうお?うれしい。あたし、これで、学校にいける。」
「そうね?」
受話器の向こうで、お母さんの泣いている声がした。
「くわしいことは、帰ったら話すね。」
「そう。おめでとう、有香。夢のようだわ。」
「うん。じゃあ。」
有香は、ケータイを収めた。

有香は、丸椅子から立って、顔中涙でいっぱいにして、
リカに、抱き付いた。


■次回予告■

次は、二人のニャンニャンです。

ウルトラ美容師・高杉修①-2<後編>「美香の願い」

ウルトラ美容師・高杉修<第1話>後編「美香の願い」(メルヘン)


「わかりました。
 私はあなたに、靴を作りましょう。
 そして、服と帽子を。
 そして、リップです。
 髪を少しだけ、カットしましょう。
 これらは、あなたが彼に話しかける勇気を与えてくれるはずです。
 さあ、では、靴から作りましょう。一緒に見ていてください。」

修は立ち上がって、靴作りのコーナーへ行った。
美香は、ついて行った。
やっぱり、天才は変わっていると思った。
「靴のサイズは、24.5ですね。」
「わかるんですか?」
「もちろん。」
修は、驚く速さで、皮を切り、靴の形に、特殊なミシンで縫い、
形ができると、不思議な模様でできたインド綿のような布を皮に縫い付けていった。
かかとは1cmくらいの高さ。
靴の甲に、蝶々の形のアクセントを付けた。
それが、見事にステキだった。

見る間に、左右1足の靴が出来た。
修は、嬉しそうに美香に渡して、
「どうですか。世界に1足しかない、あなただけの靴です。
 履き心地は満点ですよ。今、履いてみてください。」と言った。

美香は、そうっと靴に足を入れた。
靴はこれ以上ないほど、足にぴったりだった。
「わあ~、ステキです。羽のように軽くて、幸せな気持ちになります。」
美香は、感激した。
「次は、その靴に合うような、ワンピースとボレロを作りましょう。」
修はそう言って、ずらりと並んだ布の棚から、1つを取り出した。
「わあ~そんな柄の布、見たことありません。」美香は言った。
「でしょう。これ、シルクロードを渡って来た布です。」
修はにっこり笑うと、美香の採寸もせず瞬く間に、
スカート部にフレアのたっぷりある肩見せのワンピースを縫い上げた。
そして、薄地の布で、ボレロを作り、同じ布で、ツバ広の帽子を作った。
帽子のところどころに、黒いメッシュの芯が入っていた。

美香は、作られるもの、作られるもの、あまりにもステキで、
夢を見ているようだった。

修は、美香を丸椅子にかけさせて、白い布を首に巻き、
チョチョンとハサミを入れた。
ショートであった美香の髪が、そのチョチョンで、
一気にスタイリッシュになった。

「じゃあ、あそこで、服を着替えて来てください。」
修は言った。
美香は、服の肌触りの良さに驚いた。
たっぷりのフレア。薄地のボレロ、そして、ハット。

更衣所から降りて来た美香に、修はリップを一引きした。
「この色のリップは、この服の色に合わせて、今、私が作ったものです。
 世界で、あなたしか持っていません。」
修の言葉に、美香は、感激した。
「では、姿見で見てみましょうか。」
鏡を見た美香は、まるで別人を見るように思った。
スリムになったわけではない。
鼻が高くなったわけでもない。
メイクは、リップだけ。
だのに、心の中に幸せな気持ちがあふれ、
喜びで、目が潤んで来るのだった。

美香は言った。
「ありがとうございます。
 どんな私の劣等感も、今のこの幸せな気持ちには勝てません。」
「よかった。彼に話しかける勇気が出そう?」と修。
「はい。大事なことがわかりました。
 世の中は、乗り越えられないことがたくさんあるけれど、
 乗り越えられることもたくさんあるっていうことです。」
「そう。」と修はにっこり笑った。

美香は、料金を払おうとした。
「貯金を全部持ってきました。」
「うちは、後払いなんですよ。
 私のしたことで、役に立ったと思える額だけ、
 後で、郵便ポストに入れておいてください。
 それは、5年後でもいいし、10年後でもいいんです。」
「そんな、靴や服は、お返しするんですよね。」
「いえいえ、リップを含め、全部あなたのものです。」
「そんな、金額に変えられません。」
「じゃあ、こうしましょう。
 あなたと、彼が、結ばれたとき、1万円いただきます。」
「まあ、修さんは、サンタクロースですか。」
「そう呼ばれることが、一番うれしいです。」
修は、にっこりした。



3日後の夜。
修の美容室のドアをノックする音があった。
修がドアを開けると、美香ともう一人男性がいる。
美香と同じ、少し太めで、背は同じくらい。
修は、一目で、それがだれだかわかった。
いかにも優しそうな青年だった。
「おかげ様で、私達お付き合いすることになりました。」
美香が言った。
「茂樹さんです。」
「そうですか。いい感じの方ですね。」と修。
「はじめまして。修さんは、ぼくたちのキューピッドです。」
と茂樹は、言った。
「あら、サンタクロースさんとお呼びする方がいいのよ。」
と、美香が言い、3人で笑った。

挨拶だけして、帰りに美香と茂樹の二人は、お店のポストに1万円を入れた。
「将来、ぼく達がお金持ちになったら、もっとお支払いに来ようね。」
と茂樹が言った。
「そうね。でも、お金持ちにならなくても、幸せになれば、
 修さんは、それで喜んでくれそう。」
「そうか、そんな人だったね。」

二人が寄り添って歩いているとき、
修は、即席ラーメンのお楽しみタイムにいた。


<第1部 おわり>

■次回予告■

第2部を今考え中です。
何か書けるといいのですが。

新作・ウルトラ美容師・高杉修<第1話>「美香の願い」前編

メルヘン・ウルトラ美容師・高杉修<第1話>「美香の願い」前編

夜の7時の少し前、線路に沿った道を、
17歳くらいの私服の女の子が、洋服の入った袋を山と抱えて、
ある、白い2階建ての小さなビルの裏階段を上って行った。

部屋の灯りをつけると、そこは洋服だらけの部屋である。
少女の背は162cmくらい。
茶の髪を長く伸ばし、ドキッとするほどの美少女だ。
ウエストを絞った花柄のスリム・ジャケットを着て、
下は、薄地のロングワンピース。
上着によくマッチしたパープル。

少女は、部屋の灯りを点け、大きなドレッサーの前に座った。
髪の毛の額の生え際に、手をやり、そっとロングの髪をはずした。
髪は、ウィッグである。
下は、ベリーショートと言える短髪だった。
ウィッグを丁寧に梳かし、ウィッグスタンドにかぶせた。

それから、少女は、額の上に手をやり、
まるで、薄い布をはがすように、顔の表面の膜をそっとはずした。
すると、バッチリとメイクされた顔の薄皮がはがれ、素顔が現れた。
素顔は、端正な顔立ちの男性である。
彼は、だぶだぶの白い作業着に着替えた。
まだ、ピエロのような姿である。

彼は、鏡に向かって、鼻をつまみ、口を固く閉じて、
『ムッ!』と息を吐き、バルン人形を膨らませるように、体の中に吹き込んだ。
すると、肩が張り、手足が伸び、身長175cmほどの背になって、
だぶだぶの作業着にぴったりと体が収まった。
彼の名は、高杉修。
インドの山奥で、特別な修業をして、
「気」によって体形を変えられる術を会得した。
知る人には、「ウルトラ美容師」と呼ばれている。
1日に、事情のある客1人しか見ない。

「7時10分か。」と彼は時計を見て、
「カップラーメンを食べる時間はあるな。」
そう独り言をいって、狭いキッチンに入って行った。

彼は、お気に入りの即席ラーメンを食べるのが、何よりの楽しみだ。
毎日何回食べても飽きない。
即席ラーメンは、カヤクも具もなく、ただ湯を注ぐだけのもの。
3分待つところ、1分にし、半分固いところをお菓子のように食べるのが好きだ。
まるで、ベ○ー・スターのように。
いろいろ食べたが、これ以上のものはないと思っている。

斉藤美香・25歳は、線路沿いの道をキョロキョロとしながら歩いていた。
この辺であるのに、美容室らしきものはない。
ただ、白い2階建ての箱のような建物が、一番それらしい。
窓は、小さい窓1つで、そこに、「美容サロン」とネオンがある。
ここしかない。
だが、カリスマ美容師を遥かに超える天才ウルトラ美容師の美容室にしては、
心配なほど、飾り気のないところだ。
予約を7時30分にした。
あと10分。

偽者かも知れないと思った。
ケータイのサイトで調べたが、「ウルトラ美容師」の名声を利用し、
偽者がはびこっている。
本物は、高杉修という。
美香は、ドアにある小さな札を見た。
「高杉修 美容室」とあった。
間違いない。

美香は、そうっと中に入った。
なんだここは。
一見職人の作業場だ。
プロ用のミシンがある。
靴を作るための作業コーナーがある。
背もたれのない丸椅子が1つ。
これが、客用だろうか。
壁に姿見が1つ斜めに立てかけられている。
怪しい。
美香は、今のうちに帰ろうかと思ったが、思い返した。
天才というのは、えてしてこんなものだ。
変人が多い。
自分がここに来たのも運命。
それに賭けることにした。
美香は、丸椅子に腰かけて待った。

約束の7時半になった。
白い作業着を来た人物が階段から降りて来て、
美香はやっと安心した。
とても清潔な感じの、ステキな人だった。

「ああ、ごめんなさい。待ちましたか?
 声かけてくれればよかったのに。」
と修は、無邪気な声で言った。
美香は、椅子から立ち、
「斉藤美香です。高杉先生ですか。」と言った。
「『先生』なんて止めてください。そうだなあ、『修さん』とでも呼んで。」
「あ、はい。修さん。」
と美香は言い、『間違いない。この人こそ、天才ウルトラ美容師だ。』と確信した。

修は、美香に丸椅子を勧め、自分は、ミシンの椅子を出してきて座った。
「えーと、子供の時、容姿でさんざんに侮辱され、
来たるクラス会に、もうからかわれない姿で行きたい。そういうことでしたね。」
修はそう言った。
「はい。悪い言い方だと、見返してやりたいのです。」
「男子を?女子を?」
「男子です。女子は、やさしかったです。」
「自分の容姿のどこが一番嫌いですか。」
「太っていますが、嫌いじゃありません。
 鼻が低いですが、嫌いじゃありません。
 自分自身では、自分の容姿は嫌いじゃありません。
 ただ、周りの人たちが、そうは見てくれません。」

修は、少し間をおいて、美香を見つめた。
「周りの人がではなく、『彼が』なのではありませんか。」
修は、ゆっくりと言った。
修の言葉に、美香は、修を見て、頬を染めた。
美香は、うつむいた。
「はい。好きな男の子がいました。
 彼に、もう一度会いたいんです。
 そして、綺麗になったねと、言って欲しいんです。」
「その彼も、子供の時、あなたを侮辱しましたか。」
「いいえ。彼だけはそんなことしませんでした。
 バカにされる私を見て、辛そうにしていました。」

修は、嬉しそうにうなずいた。


■次回予告■

第一部・後編です。
高杉修は、美香に対して美容を行います。
はたして、どんな美容でしょう。

自叙伝・大好きだったN子さん(後編)『別れ』

大好きだったN子さん(後編)「別れ」

夏が過ぎて、私にカラオケ友達ができました。
とても気の合う同年代のUさん。
N子さん。
N子さんと親しくなったK子さん。

4人でよくカラオケに行きました。
グループ交際なので、誰にも何も言われませんでしたが、
私は、Nさんが、どんどん好きになってしまいました。
あるとき、これは恋愛感情だなとはっきり自覚しました。

私は、日ごろ、テレビドラマなどで、不倫や浮気の場面があると、
『好きになるのは、しかたない、
 しかし、行動は、理性で押さえるべきだ、
 それが、できないでどうする。』
と、不倫、浮気に怒りを覚えていました。
ところが、N子さんを好きになってみて、
初めて、不倫をする人達の気持ちが分かった思いでした。
家族を捨てて、彼女と駆け落ちする。
あり得るなあと、N子さんのことを思い浮かべながら、思いました。

N子さんへの恋愛感情に気が付いてから、
私の苦しい日々が始まりました。
しかし、私は、N子さんにも、周囲にも、
N子さんへの気持ちを、少しも悟られないように気を配りました。

N子さんは、派遣社員で、1年間の契約でした。
優秀で、人柄がいいので、課長や部長は、
N子さんの1年間の延長を申し出ましたが、
許されず、1年で、お別れとなりました。

N子さんは、3月31日まで。
職場で、前日に、オフィスで送別会をしました。
その後、例の4人でカラオケにいきました。
3時間歌い、12時を過ぎました。
どうする?ということになり、
私が、N子さんを家まで車で送るということで、
1時間、延長をしました。
終わったのは、夜中の1時を過ぎていました。

N子さんの家は遠く、車でも1時間半かかります。
でも、遠ければ遠い程、私にとっては、幸せでした。

前の座席に2人並んで、お話をしました。
英語研修で一緒だったことや、
私が、女装した時のことや、
あれこれと、思い出話をしました。

悲しいことに、1時間半が、あっという間に過ぎました。
N子さんのアパートまで、50メートルほど手前に来たとき、
N子さんは、車を止めて欲しいと言うのです。
辺りは、街灯もないような、木と草原の寂しいところでした。
私は、N子さんとのお別れが悲しく、胸がいっぱいになっていました。
今にも、N子さんを抱きしめたくなる気持ちを、
必死に押さえていました。

N子さんは、うつむいて何か言おうとしていました。
そのうち、
「私は、加納さんに恋愛感情を持っていました。」
とN子さんは言いました。
私は、胸がドキンとし、
「ぼくは、50歳を過ぎている男だよ。
 どうして、ぼくなの?」と聞きました。
「加納さんは、とても50歳代に見えません。
 30歳代に見えます。
 女装のときは、20代に見えました。」
「ぼくも、N子さんが、好きだよ。はっきり恋愛感情だよ。
 でも、家庭を壊すわけにはいかないから、
 N子さんへの思いを必死にこらえてきた。」

「私も、加納さんのご家庭を壊すわけにいかないから、
 この1年、ずっと我慢してきました。
 1年我慢しました。だから、最後に一度だけ、
 一度だけ、抱きしめてくださいませんか?」
N子さんは、私を見つめて言いました。
迷うまでもありません。
私は、彼女を抱きしめました。
そして、唇を重ねました。

唇を解いたとき、彼女の目は潤んでいました。
彼女は、車のドアを開けて、外に出ようとしました。
「アパートの前まで、行くのに。」
「いえ、妹と同居なので、少し歩いてから、家に入りたいです。
 たくさんのことありがとうございました。」
N子さんは、頭を下げて、足早に少し行き、後はゆっくり歩いていました。
私は、N子さんが、アパートに入るまで、見ていました。
そして、発車しました。

彼女を抱いた喜びと、別れの辛さと、家族への背徳感と。
その3つが、心の中で渦巻いていました。



職場に30年いて、たった1度の恋でした。



<おわり>

大好きだったN子さん

「大好きだったN子さん」


なんだか、この頃のエッセイは、私の「職場編」のようになってしまっています。
私の52歳くらいのときです。
私は、ネクタイ・背広のいらないフリーな部署にいました。
ネクタイ・背広は、自分を男に見せる大事なアイテムだったのですが、
服装フリーの方が、遥かに楽です。

私は、ISでしたが、幸いヒップは女性並みに大きくはなく(それでも、少し大きい)、
胸は、全くありませんでしたので、どうにかこうにか男に見られていました。
男に見られる第1のトレーニングは、声でした。
男声を懸命に練習しました。
女装のときも、女声を出せる人は、多少男に見えても、声を出せば、
「あ、女性か。」と思ってもらえます。
その反対に、男声が出せれば、男で通るのです。

4月になり、私の部署に、N子さんという若い女性が、派遣社員としてやってきました。
背は、163cmくらい、美人で、笑顔がステキで、
人柄の良さを100%表しているようでした。

私は、彼女のデスクの後ろ側にいましたので、
彼女の後姿を、好きなだけ見ることが出来、
見る度、癒されていました。

7月に、3日間の英語研修に私は、N子さんと二人、出ることになりました。
N子さんは、車を持っていませんでしたので、
毎日、私の車でいっしょに行くことになりました。
私としては、天にも昇る気持ちです。

私は、彼女が好きですから、話は弾みます。
すっかり仲良しになりました。
彼女は、ふと真顔で言うのです。
「加納さんは、女装をすると、すごくお似合いだと思います。」
私は、ドキンとしました。
「どうして?」
「初め、一瞬、女の方だと思ったくらいです。
 あの、失礼だったらごめんなさい。」
「全然、失礼じゃないよ。」
「今度、皆さんでカラオケに行ったりしたとき、
 加納さんの女装をご披露したら、盛り上がると思います。
 私が、全部お手伝いします。」
彼女は、真顔で言った後、例の100万ドルの笑顔を見せます。
私は、N子さんにメイクをしてもらうことを考えただけでも、
胸が、ときめきました。

それから、女装の話がつづき、私は、
「最近流行ってる、グロスって何?」と聞きました。
「ああ、リップを濡れた感じに見せるものです。
 後で、お見せします。」

英語研修では、彼女と並んでいました。
10分の休憩のとき、彼女は、ほんとに見せてくれました。
バッグをごそごそし、メイクポーチを出し、
口を開けて、グロスを見せてくれました。
手の甲に塗ってみせてくれました。
それから、彼女は、他の化粧品も机に出して、
一つ一つ解説してくれるのです。

私は、こんなにサービスのいい女性がいるのかと、感激しました。
ふつう、ポーチの中を、男に見せるでしょうか。
それとも、彼女は、あの大杉課長のように、私を「女性」と、
心のどこかで、認識しているのでしょうか。

N子さんといっしょで、夢のようだった研修も終わったとき、
カラオケで、私が女装…というのを、N子さんは、本当に実行しました。

N子さんが、私を女装させるとのふれこみで、当日、10人くらいの参加者がありました。
N子さんと私は、別の小さな部屋を借り、私は女装させられました。
下着は、新しいのを買ってきてくれていました。
つけ睫毛もバッチリつけて、最後にN子さんの私物であるロングのウィッグを被りました。
かかと10センチの黒いサンダル。黒のロングドレス。黒いボレロ。
リップを引き、グロスを塗ったとき、N子さんは、私を見て、
「わあ~。」と喜びました。

私は、自分の出来上がりよりも、
下着以外、N子さんの服を着ていて、
N子さんの化粧品をつけていることに、興奮していました。

みんなの部屋に入ったとき、みんなは、「ぎゃお~。」と驚き、
ケータイカメラのフラッシュのアラシでした。
いろんなところから、お声がかかりましたが、
皆さん、私の女装を一目見れば、それでいいのでした。
ですから、私は、後は、N子さんと並んで、仲良くお話をしていました。

このとき、みなさんには、私は「女」と映っていたようで、
N子さんと仲良く話していても、「浮気」などとは、思わなかったそうです。
N子さんも、同様でした。
私までもが、女になった気分で、N子さんを同性と感じていたのでした。
(ただ、男の声、仕草などは、絶対キープでした。)


つづく(N子さんとのお別れまでを書きます。)

新入社員の日々「ちょっと、彼女!」

「ちょっと、彼女!」(新入社員の日々)


これは、ウソのような実話です。

私は、アメリカから帰国し、4年半もの間、
ある塾で、女性として働かせてもらえる幸運を得ました。
しかし、やがて、定職につく決断に迫られ、
悩みに悩んだ末、男として生きることにします。
自分の性自認が男であること、自分が愛するのは女性であること。
この2つのことが、男として生きよう、という決定的なことでした。
そして、約2年半をかけて、男となるための準備をしました。

そして、髪を短くして、ある会社に、見事就職が決まりました。
しかし、わずか3年足らずの治療では、男にはなりきれません。
私は、背広にネクタイをしていても、さぞ女性的に見えたことでしょう。
しかし、私を女みたいだとからかう同僚はいませんでした。
みんな、ウソのようにいい人でした。

私達の課長は、大杉という人でした。
この大杉課長は、私にとって困った人でした。
大杉課長は、部下を名前で呼ばず、
その部下を見て、
「ちょっと、彼。来て。」
とか、前を通る女子社員に、
「ちょっと彼女。待って。」
と、部下を、「彼」「彼女」と呼ぶのです。

それが、私と目が合うと、課長は、
「ちょうどよかった。ちょっと彼女、来て。」
と、私のことを「彼女」と言うのです。
同僚たちは、私が女性的だと知っていますから、
何も言っちゃいけないと、眼を伏せます。
しかし、うつむいて、くすっと笑っていることは、確かです。
(課長のことを笑っているのです。)

グループで話し合いをしているとき、
大杉課長が司会をしています。
いつものように、課長は、名を呼びません。
もし、名を呼ばないなら、
「君、どう思う?」
と、「君」と言うのが、普通です。
そこを、大杉課長は、
「彼、どう思う?」とその人を見て「彼」と呼ぶのです。
案の定、私には、
「彼女、どう思う?」です。
(みんなの、うつむいてのくすっは、必定です。)

私は、もう参ってしまいました。
大杉課長にとって、私は、「女」として、脳に刷り込まれているのでしょうか。

新入社員歓迎会です。
課長は、私(=加納)の名を呼んでくれることもあるのです。
興が盛り上がり、課長の声は大きくなり、
「あの、加納君のあれ。彼女の歌をもう一度聞きたい。」
などと言うのです。

私にとって、課長は理解不能でした。
そして、課長の私への「彼女」に関し、
一言も私をからかわない同僚の人柄のよさも、奇跡でした。

課長の私への女性視は、エスカレートしました。
課長は、男性は、(もし名を呼ぶとしたら)○○君。
女性は、○○さんと呼び、女性の部下を「君」と呼びません。

そして、とうとうある日から、
「加納さん、ちょっと来て。彼女どう思う(=君どう思う)、これ?」
となりました。

1か月、課長の私への「彼女」は、続きました。
「彼女、ちょうどよかった。」と課長は私を呼び止めました。
そこで、私は、とうとう言いました。
「課長。言いにくいのですが、私は、男子なので、『彼』ですが。」
と。
課長は、え?と私を見て、
「知っているとも。私は、君を『彼』と呼んでいただろう?
 ・・え?・・あ!ひょっとすると、加納君のことを『彼女』と呼んでいたかな?」

そのとき、課の社員は、笑いをこらえきれず、
「課長。1か月、『彼女』と呼び続けていましたよ。」
と男子社員言いました。
他の社員も、おかしそうに、うんうんとうなずいていました。
課長は、認識しました。

「加納君。いやあ~、これは、失礼。申し訳ない。許してくれたまえ。」
と課長は、汗をかき、机に両手をついて頭を下げました。
みなが、爆笑しました。
課長は、皆に言いました。
「君達は、気が付いていたなら、何で私に一言言ってくれない。」
「私たち、面白いから、いつ課長が気づくか、楽しみにしていたんですよ。」
と誰か。
「私は、よっぽどどうかしていたなあ。」と腕を組む課長。
「はい。珍しいことでした。」
みんなは、そう言って、再度爆笑しました。
私一人が、笑っていいかわからずに、
ただ、なんか、照れていました。


<おしまい>

これが今の私です(写真)

スクリーンを立てて見てくださると、より「若く」ご覧いただけます。
歯磨き (3)

前回は、「人生最後の女装」などと、大袈裟に言って、
恥ずかしい限りです。
「最後なら、写真を撮っておけばよかったのに。」
「宴会用と大きくダンボールに書いておけばいいのでは。」
「なぜ、今なの?」
とたくさんコメントやメッセージをいただいて、考えを変えました。
私のいちばんお気に入りの服を2着、ウィッグを1つ。
そして、化粧品少々。
それだけは、袋に入れて、持って帰ることにしました。
どれも、「宴会用」で通るものです。
そして、元気なときは、カラオケにでも行って、
女装をしてみることにしました。

昨日、女装をしました。
このマンションは、鏡が風呂の脱衣所にしかないので、
そこで、メイクをして、その部屋の中で写真を撮りました。
シワが隠れるように、電気スタンドを追加して撮りました。
撮っても、撮っても、目で見た自分と違うんです。
多分、写真の方が正しくて、
目で見る方は、自分の頭で修正しているのでしょうね。

昨日は、手振れがないように、洗濯機の上に置き、タイマーで撮りました。
だから、ピンとは合っています。
ピントが外れている方が、シワが隠れて都合がいいのですが。
写真を掲載しましたが、これ以上小さくすると、
すごく変になるんです。
ですから、恥ずかしながら、でかでかと載せます。
これが、現在の私(63歳)です。
(昔の私の写真と比べないでくださいね。)

話しは変わります。
昨日、ベッドに寝て、新作を考えていました。
どうも浮かびません。
そこで、昔書いたものを読んでいました。
昔は、小品でも、よく書いているなと、我ながら感心しました。
私は、今までで「うつけの雪姫」をいちばん何度も読んでいます。
気に入っているんだと思います。
次に、「幕末を生きたIS大川雪之丸」です。
次は、スーパー洋子の暴走族のリーダーと戦う場面です。
こういう物語をまた書きたいなあと思っています。

でも、今も、葬儀の忙しい中、「友夫とおばあさん」の話を書いています。
がんばれば、できそうだなと思っています。

では、その内、新作を出したいです。
気長に待ってくださると、うれしいです。

エッセイ 「人生最後の女装?」

エッセイ 『人生最後の女装?』


母のマンションに来て、40日になります。
部屋の片づけも、ほとんど終わりました。
私は、母が寝たときにこっそり女装をしようと思って、
女装の一式を持ってきました。

ところが、考えが甘く、介護のときは、
24時間、そんな時間はありませんでした。
母が、亡くなり、マンションに一人になり、
じゃあ、女装でも…とはなりませんでした。
なんだか、不謹慎な気がして、出来ませんでした。

それから、10日して、
これを最後にと、1回だけ女装をしました。
「お母さん、許してね。」
と遺骨の前で手を合わしました。

黒いミニのスーツを着ました。
でも、この年で女装をすると、疲れるのなんのって。
(10年前とは、元気さが全然違います。)
カメラに撮りましたが、手が震えてしまい、
1枚もいい写真が撮れませんでした。
目で鏡を見る分には、まあまあなのですが、
写真を見ると、全然なのです。
「目で見たまま撮れる」というカメラはないものでしょうか。

写真を撮ったら、すぐメイクを落としました。

私は、実は、自分の女装道具、
女装関係の本、ビデオを全部、ここに持ってきました。
家族から離れたところで、みんな捨てようと思ったのです。
我が家で捨てようとすれば、
「あなた、何捨てに行くの?」とすぐ怪しまれてしまいます。
そして、後で、チェックなどされたらお仕舞いです。
(信用がないんです。)

さて、この前が、人生最後の女装と思いましたが、
あと1回して、捨てようかな・・。
ああ、未練ですね。
捨てます。
捨てます。

これからは、女装はしないで、
女装の物語を書いて行きます。
それで、自分を満たしたいと思います。
けっこう、物語に自分の願望を書けば、それで、気が済むんですよ。

さあ、決心が鈍らないうちに、
ビニール袋に一式を入れましょう。
悲しい・・。

エッセイ

エッセイ

徒然に、いろいろなことを書きます。
昨日、メルヘン「トミーおばあさんの贈り物」を投稿し終えました。
トミーおばあさんは、100歳になり、あるところへ行きます。
お気づきの方も多いかと思いますが、
私の中では、トミーおばあさんは、母のことであり、友夫は、私です。
母は、92歳まで生きましたので、100歳とは、少しの違いです。

書きながら、母を思い出し、おばあさんを不思議な鏡で若くしたり、
私の記憶の中の、若い母を思い出したりしました。
人は、人生の最後で幸せならば、「幸せな人生だった。」と思えるそうです。
トミーおばあさんは、そう思って、遠くに行きました。
トモの体を女の子にできることを確信していました。

私は、おとぎ話や、メルヘンを愛しながら育ちました。
私が、10歳頃、テレビで「おとぎの国」という1時間のドラマシリーズがありました。
それは、私の1週間で1番のお楽しみでした。
その中で、いちばん心に残っているのは、「ラプンツェル」のお話でした。
ラプンツェルとは、野菜のチシャのことです。

魔女の森の中に生えているのですが、森のそばに住んでいた夫婦が、
魔女の森に入り、そのおいしいチシャの葉を食べてしまいます。
それを知った魔女は、怒り、その夫婦から、生まれたばかりの女の子を
奪ってしまいます。
魔女は、階段のない、高い塔の上で、女の子を育て、女の子は美しい娘になります。
その塔への上り方はただ一つ。
魔女は塔の下で言います。
「ラプンツェル、髪を垂らしておくれ。」
すると、ラプンツェルは、生まれてから切ったことのない、長い髪を垂らします。
魔女は、それを上って、塔の上に行きます。

このお話は、もちろんハッピーエンドで、王子様が、塔への上がり方を盗み見て、
ラプンツェルを助けます。そして、父母に会わせ、
お城の中で、みんなで幸せにくらします。

最近、ディズニーのアニメであったのでしょうか、まだでしょうか。

「ラプンツェル、髪を垂らしておくれ。」
という言葉が、子供だった私の心に、深く残っていて、
今も、忘れることができません。

あれあれ、お話のストーリーを書いてしまいました。
私が、書いたのは、子供の頃見た、テレビでのお話です。
大幅にアレンジされたものですので、ネタバレにはならないかと思いますが、
そうなってしまっていましたら、ごめんなさい。

メルヘン「トミーおばあさんの贈り物」(完結編)

<第1話>前編をまだお読みではない方は、
そちらを先に読んでくださると、うれしいです。

=============================== 

<第2話>「トミーおばあさんの贈り物」(完結編)


「その鏡はね。」とトミーは言った。
「その人の、心がそのまま映るの。」
「どういうこと。」トモは、聞いた。
「トモが、女の子に映ったのなら、トモは、本当は女の子だということ。
 外見は、男の子だけど、心は、女の子よ。」
「ぼくも、自分のことそう思ってた。ぼく、本当は女の子だって。」
「きっと、そうよ。」トミーは、やさしげに笑った。
若いトミーの笑顔は、特別にステキだと、トモは思った。

「そうだ、あたしが、一番魔法使いらしいものを見せてあげる。」
トミーは、小屋の奥に、トモを連れて行った。
そこには、いかにも魔法使いらしいものがあった。
大きなカメがあり、下から、火が燃えている。
カメの中に、どす黒い液体が、ぐつぐつ煮えている。

「これ、なあに。」トモは聞いた。
「何にでも効く、薬よ。
 カエルの干したのや、蜘蛛や蛇、
 コウモリの羽、ミミズ、いろんなものが入っているの。
 あたしは、童話作家であり、医者でもあるの。
 この薬、何でも治せるけど、この国では、使わせてくれない。」
「ぼくが、女の子に成れたりする?」
「トモは、病気じゃないから、治せないよ。」
「そう、残念だな。」

「ぼく、まだ、学校帰り。
 このままじゃ帰れない。どうしよう。」
トモは言った。
「あの鏡の裏を返せば、黒い鏡になるの。
 それに映せば、元に戻るわ。」
「もう、帰らなくちゃいけないから、元に戻るね。」
「ええ、それが、いいわね。」若いトミーは言った。

トミーに案内されて、友夫は、あのバス停に来た。
そして、トミーにさよならを言った。

その日から、バス停近くの椅子に、トミーがいなくなった。
それでも、友夫は、毎日のように、バス停のある道を通った。
しかし、トミーの姿はなく、トモは、その内バス停に行かなくなった。

それから、3年が経った。
友夫は、中学1年生になった。
友夫は、3年ぶりに、トミーおばあさんを見つけたのだった。
「トミーおばあさん。どこに行っていたの。」
友夫は声をかけた。

トミーおばあさんが、友夫を見た。
おばあさんが、そこに見たのは、セーラー服を着た、髪の長い女の子だった。

「あら、トモなの?女の子だわ。」
トミーは驚いた顔をした。
「お医者さんにいって、私の心が女の子だって、診断してもらったの。
 その診断で、学校へは、女の子として、通えるようになったの。
 女の子になるための治療もしているの。」
トモは、瞳を輝かせて言った。

「それは、よかったこと。
 どこのステキなお嬢さんかと思ったわ。」とトミーは言った。
「ありがとう。あたしが、4年生のとき、
 トミーさんが、あたしの心は女の子だって言ってくれなかったら、
 決心つかなかったと思う。
 あの時はありがとう。」
「そうなの。あたしも役にたったのね。」
おばあさんは、嬉しそうに笑った。

それから、おばあさんは、またいなくなった。
5年が経った。
トモは、高校2年になり、綺麗な娘になった。
そして、コウジというボーイフレンドが出来た。

「ね、そのおばあさんが、まだいたら信じる?」とトモは言った。
「ああ、ほんとにいたらね。」コウジは言った。
日曜日の午後、トモは、おばあさんのことを思い出し言った。
高校になって、通学路が変わり、
トモは、おばあさんのことを忘れていた。
あれは、夢だったのかも知れないと思うようになっていた。
しかし、ふとおばあさんのことを確かめたくなり、
バス停まで、何度か見に行った。

今日もコウジと見に来た。
しかし、バス停のところに、椅子はあったが、おばあさんはいなかった。
「やっぱり、夢だったのかなあ。」
トモは言った。
すると、今まで、信じようとしなかった、コウジが言った。
「トモは、おばあさんの小屋まで行ったんだろう。
 トモの心は女の子だと、初めて言ってくれた人だろう。
 小屋で、一人死んでいたりしたら、あまりにも気の毒だ。
 小屋を探そう。」
コウジの意外な言葉に、トモは、驚きながらうなずいた。

神社の森、お寺の森、森というところを、みんな捜し歩いた。
そして、とうとう見つけたのだった。
煙突から煙の出ていない小さな小屋。

「あそこ。煙突から煙が出ていないわ。」
「だったら、余計行ってみなくちゃ。」

二人は、小屋の前にやってきた。
トモは、心臓がドキドキした。
コウジが、そっと玄関の木のドアをあけた。
中に、人の気配はなかった。
ごちゃごちゃあったものが、すっかり片付いていた。
妖しいぐつぐつ煮えているカメもなかった。
鏡もなかった。
あるのは、おばあさんが書き物をしていたテーブルとイス。

テーブルの上に封筒に入った手紙があった。
「親愛なるトモへ」
封筒にそう書かれてあった。
それを見て、トモは、涙をこぼした。
トモは、コウジに見せた。
「わあ、ほんとだ。おばあさんは、いたんだね。読んでごらんよ。」
「うん。」

親愛なるトモへ。

若い人はいいね。いろんなものに興味を持って、
成長していく。
それなのに、私のような年寄りは、同じことにばかりに興味を持つのさ。
トモは、私の全てだったのよ。
トモを毎日見ることが、私の楽しみだった。
日に日に大きくなる。それを、どんなにうれしいと思ったことか。
こんな私に、生きる楽しみを与えてくれたトモには、
大きな、感謝をしています。

トモが4年生のとき、私に話しかけてくれた。
あんなに嬉しかったことは、なかったの。
だから、私は、魔女なら絶対教えてはいけない私の小屋を、
トモに見せてしまった。
トモが、本当に女の子の心を持っているのか、知りたかったの。
トモは、女の子の心を持っていた。

私は、魔女の劣等生でね、何にも魔法を使えない魔法使いだった。
ただ一つ、魔法の鏡を作ったことが、私の全て。
私は、今日で100歳になるの。
それまでに、もう一つ、魔法を作りたかった。
だから、バス停の椅子に座らない日が増えた。

心が女の子である子の、体も女の子にする魔法。
出来たかどうかわからないの。
(だって、試すことができないから。)
100歳になった私は、遠いところへ行かなければならない。
トモ。あなたが、いつこの小屋を見つけて、
この手紙を読んでくれるかわからない。
でも、できれば、あなたが若くて、一番きれいなときに、
見つけて読んでほしいと思っています。

今度の魔法は、あの気持ちの悪いお薬ではありません。
あなたが、この手紙を開いたときに魔法が始まり、
あなたが、この手紙を読み終わったときに、私の魔法は終わります。

では、私に生き甲斐をくれたトモ。
心から愛したトモ。
ありがとう。

頼りない私の魔法が効きますように。

トミー。


トモは涙で瞳をいっぱいにして、読み終えた。
「トモ、おばあちゃんの魔法がかかったように思う?」コウジは聞いた。
「思わない。おばあちゃん、できたかどうかわからないって書いてあった。
 でも、おばあちゃんの心が嬉しい。」
トモは、両手で顔を覆って、泣き始めた。

「トモ。トモの声が、違って聞こえるよ。」コウジは言った。
「ほんと?」
トモは、そう言って、そっと胸に手を当てた。
そして、はっと顔を上げた。
体を触った。
体のラインが違う。
トモは立った。
「コウジ、少し後ろを向いていて。」
トモは、下半身を触って、びっくりした。
思わず、スカートの中を確かめた。

「コウジ、あたし、体も女の子になってる。
 おばあちゃんの魔法が効いたんだわ。」
「ほんと!すごい。わあ~!ほんと?」
「うん。後で、ちゃんとお医者さんに行くけど、間違いない。
 あたしに男の子のものがなくなっていて、女の子のものがある。」
「わあ、それはすごいや。」
コウジは、トモを抱いて、くるくる回した。
「あたし、うれしい。」
トモは、涙ながらに言った。

トモは、椅子に座って、おばあちゃんの手紙を封筒に入れた。
それを、胸に抱き、
小屋の小さな窓から差して来る陽射しを見た。
そして、しみじみと言った。

「おばあちゃん。ありがとう。」



<おわり>

新作・メルヘン「トミーおばあさんの贈り物」(2話完結)

メルヘンチックなお話を書きました。2話完結の短いものです。
読んでくださると、とてもうれしいです。

============================== 

トミーおばあさんの贈り物


大原友夫は、小学1年生。
大きなランドセルを背負って、
大きな黄色い帽子をかぶって歩いていた。
帽子が大きく見えるのは、友夫が髪の毛を伸ばしているからで、
顔は、小さい方だった。

友夫は、時々通学路を遠回りして、
バス通りの道を行く。
そこに、友夫の大好きな洋服屋さんがあり、
そこのウィンドウに飾られている服を見るのが好きだった。
そこには、春らしいピンクの子供用のワンピースがある。
スカートにたくさんフリルがついた、可愛い服だ。

友夫は、その服が好きだった。
自分が女の子だったら、あの服が着られるのに。
あの服を着るために、女の子になりたいと思った。
友夫が、女の子になりたいと思ったのは、このときからだった。

洋服屋さんに来るのは、楽しいことだったが、
友夫は、通り向かいのバス停から少し離れた背もたれのある木の椅子にいる
おばあさんが恐くてならなかった。
すごく年をとったおばあさんで、顔は縦にも横にもシワがある。
鼻が高くて堀が深くて、ツバ広の黒い帽子をかぶっている。
そこから、肩までの白い髪を垂らしている。
杖を前に立てて、そこに両手を置いている。
たいていは、黒か灰色の薄汚れたマントを着、マフラーをしていて、
通りを通る人を見ている。

友夫は、そのおばあさんが魔女だと思って、恐くてしかたがなかった。
しかし、恐いもの見たさというのだろうか、
何度も何度も見てしまうのだった。

友夫は、ピンクのドレスを見に来て、うっとりと眺め、
おばあさんを見て、「ひー。」と逃げるように去って行くのだった。
おばあさんは、毎日いた。

友夫は、4年生になった。
やっぱり、あの洋服屋さんが好きだった。
今度は、ショーウィンドウではなく、お店の中に入って行った。
ほとんどは、女の子の服のコーナーを見て回った。
店の中は、たくさんの服があってうれしかった。
この頃、友夫は、はっきりと、自分は女の子になりたいと思っていた。
というより、女の子なのに、間違って男の子に生れて来たのだと思っていた。

バス停のそばのおばあさんは、今も変わらずにいた。
だが、4年生の友夫は、おばあさんを、もう魔女だなどと思わなかった。
サンタクロースの正体を知ったときだった。
この世に、魔女なんかいるわけはない、
そう思って、おばあさんを、恐く思わなくなっていた。

それよりも、1年生のときから、
ずっと顔を見て来たおばあさんに親しみを覚えていた。
そこに、おばあさんがいることが、うれしく思えていた。
いつか、お話をしたいと思うようにさえなった。

4年生が終わるころ、友夫は、とうとう実行した。
洋服屋さんを出て、友夫は、初めて通りを渡った。
そして、おばあさんの椅子の横に立った。
「おばあさんは、ここで何をしてるの?」と友夫は聞いた。
「通りの人を見ているのさ。」
友夫は、初めておばあさんの声を聞いた。
思ったより、ずっと綺麗な声だった。

「通りの人を見て、おもしろいの?」
「ああ、おもしろいとも。」
「そうなの?」
「例えば、ぼくちゃんが、1年生のとき、
 向かいのショーウインドウのピンクのワンピースを見ていた。
 可愛い子だなあと思った。
 その子が、毎日少しずつ大きくなった。そして、今は4年生。
 ずいぶん大きくなったなあって、それだけでも幸せな気持ちになるんだよ。」

「おばあさん、ぼくが、女の子の洋服をずっと見ていたのを知ってるんだ。」
「ああ、知ってるよ。」
「変な子だとは、思わなかった。」
「思わなかったよ。」
「どうして?ぼく、あの服着たかったの。」
「そうだろうね。その気持ちは、ようくわかるよ。」
「どうして、わかるの?」
「私を、おばあさんって呼んでくれたね。」
「うん。」
「私は、本当は、おじいさんなんだよ。
 子供のときから、女の子になって、女の子の服を着たかった。
 大人になったら、治ると思ってた。
 でも、こんな年になっても、まだ、女になりたいという気持ちは変わらない。」

「おばあさん。ぼくも、女の子になりたい。」
「わかるよ。4年間も、ぼくちゃんを見て来たからね。」
「ぼく、おばあさんのこと、魔女だと思ってたんだよ。」
「あら、あたしは、魔女だよ。」
「あは、残念だけど、信じない。
ぼく、サンタクロースだって、正体を知ったもの。」
「そうかい。不思議なものを信じなくなったのかい。
 それは、残念なことだね。」
「不思議なことってあるの?」
「あるさ。じゃあ、あたしの家に来てみるかい?
 あたしが、魔女だって思うから。」
「ほんと!ぼく行く。」
友夫は、目を輝かせた。

おばあさんと友夫は、神社の森を抜け、お寺の森を抜け。
幾つか知らない森を抜け、やっと人のいない森に着いた。
そこに、煙突から煙を出した、小さな小屋があった。
「ここが、あたしの家だよ。」
友夫は、興味津々中へ入った。
すると、小さな黒猫が、おばあさんに飛びついて来た。
「ちょっと待っておくれ。」
おばあさんは、友夫にそう言うと、
小さな机を前に座った。
子猫は、机の上に乗って、おばあさんにニャゴニャゴ言っていた。
「ああ、そうかい。そうだったの。それで、ああ、なるほどね。」
などと言いながら、髪に羽ペンを走らせている。

「おばあさん、それなあに。」
友夫は聞いた。字は、外国語のようだった。
「子猫のミミの言うことを聞きながら、物語を作っているのさ。
 あたしは、童話作家なんだよ。」
「魔女ではないの?」
「童話を書いて暮らしているんだよ。
 魔女だけでは、暮らしていけないからね。」

「そうだ、ぼくちゃんに、魔女の証拠を見せる約束だね。」
「うん、そう。」
「そこの大きな鏡を見てごらん。」
そう言われて、友夫は、鏡を見た。
そして、はっとした。
そこには、女の子の服を着た自分が映っていた。
服だけではなく、髪は長く、上から下まで女の子だった。
「わあ、すごい、おばあさん、ぼく、女の子に映ってる。」
「映っているだけじゃないよ、自分を見てごらん。」
友夫は自分を見た。
すると、自分は、鏡の通りの女の子になっていた。
「1時間だけだけどね。自分のなりたい子になれる。」
「それでも、すごい!」
友夫はうれしくて、飛び上がったり、くるくる回ったりした。

「おばあさん、やっぱり魔女なんだね。
 おばあさんも、自分を映して。何かになって。」
友夫は息を弾ませて言った。
「じゃあ、あたしは、若いときの自分になろうかね。」
おばあさんは、自分を映した。
友夫は見た。おばあさんは、20歳くらいに若い、とても綺麗な人になった。
黒いシャツ、黒い長いスカート。
前髪のあるショートの髪。
鏡を離れても、おばあさんは、娘になった。
友夫は、綺麗なおばあさんをみて、胸をときめかせた。
「若い娘さんをおばあさんなんて呼べない。
 なんて呼べばいいの?」
「あたしの名は、トミーなの。そう呼んで。」
「ぼくは、友夫。どうしようかな。」
「トモって呼ぶわ。」
「うん。そうして。」
友夫はすっかり興奮した。

二人は、夢中でいろんなお話をした。


■次回予告■

次で「完結」です。
最後はどうなるか。
みな様のご想像の通りです。

再投稿「2つの恋の物語」

今日も新作が書けませんでした。
そこで、昨日のように、比較的身近いお話を再投稿いたします。
全3話のものを、一挙投稿いたします。
長いですが、読んでくださるとうれしいです。

============================ 

「2つの恋の物語」


江口彩花は、街の花屋さんで働く16歳の看板娘だった。
いつもバンダナのスカーフをしている。
背は、160cm、セミショートの髪をボブにしていて、
可愛いので、いかにも花屋さんにぴったりだった。

中学を出て、すぐ働く子は、やや少数派である。
彩花は、中学で、勉強がトップクラスによかったのに、
もう学校は嫌だった。
学校で、辛い目にたくさんあった。

店は、40歳代の主人岩井五郎が、毎朝花を仕入れにいき、
2歳年下のお上さんの佳子が、会計をしている。
そして、彩花が、店番をしている。

6月の末になって、彩花は店で2ヵ月半、
やっと、花を上手に束ねて、客に渡せるようになってきた。

彩花は、男の子として生まれたが、自分の性を嫌い、
中学校時代は、家にいるときは、すべて、女の子の格好をし、暮らしてきた。
彩花は、父の理解を得て、ジェンダークリニックに行き、
中1のときから、ホルモン治療を行って来た。
彩花に母は、いなかった。

もともとの女性的な外見も手伝い、
彩花を見て、男の子と見る人はいなかった。
店の岩井夫妻は、子供がいなく、
彩花を自分達の娘のように可愛がった。
彩花は、夫妻にだけは、GIDを打ち明けていた。

「彩花ちゃん、また彼よ。」と店の佳子が、少し含みのある笑顔でいった。
「いらっしゃいませ。」と彩花がいうと、
高校生の制服を着たその男の子は、
「花を200円くらいでいいんです。お願いします。」
と言った。
これは、彼の決まり文句だった。

「はい。かしこまりました。」と彩花はいい、
値段の安めな花を組み合わせ、形よく生けて、セロファンに包んで渡す。
「これで、よろしいですか。」と聞く。
「ああ、はい。すごくいいです。」
そう言って男の子は、200円を渡し去って行く。

「彩花ちゃん、あの男の子、ジャニーズ系でかっこいいわね。
 花を買いに来てるっていうより、彩花ちゃんに会いにきてるのよ。」
と佳子は言う。
「佳子さん、そんなあ。あたし、『彼』ができる体じゃないから。」
「そんなことないわよ。自分をそんな卑下しちゃだめ。
 人の好き嫌いなんて、いろいろなんだから。初めからあきらめちゃだめよ。」
佳子は、美人で、実際の年寄り若く見える。
しかし、言うことは、はっきりしていて、彩花は、人生の先輩だと思っている。
「あたしを理解してくれる男の子なんて、この世にいるのかな。」
彩花は言った。
「きっと、いるわよ。その彼を見つけるためにも、決していじけてはだめよ。」
佳子はそう言った。

5時に店を終えて、彩花は、3LDKのマンションに帰り、
それから、家事の一切をする。
洗濯物を取りいれ、畳み、それから、夕食の用意をする。
彩花は、料理が上手だった。
父の、孝雄は、いつも正確に7時半に帰ってくる。
役所の建築の仕事で、忙しいが、最低7時には役所を出るようにしている。
孝雄が帰ったときには、キッチンのテーブルに、いつも温かい料理が並んでいる。

「彩花が料理上手で、俺は、本当に幸せだよ。母さんも料理上手だったからね。」
「母さんから教わったのも、ずいぶんあるのよ。
 でも、私も研究してるの。」
「うん。わかるよ。」
父がうまいうまいと食べる。

彩花は、毎日花を買いに来る男の子のことを、父に話してみた。
「それは、彩花に惚れてるな。」孝雄は言った。
「お店の佳子さんは、いじけちゃダメだっていうの。」
「俺もそう思う。だって、友達だって思えばいいじゃないか。
 セッ・クスまで行かなけりゃ、なんの問題もないんだし。」
「好きになっちゃって、自分のこと打ち明けるのが、恐い。」

「彩花のその気持ちは、ようくわかる。
 だったら、初デートのときに言っちゃうといいよ。
 そういうのがダメな子はもう誘ってこない。
 気にしないって子は、また誘ってくれる。
 まだ、彩花の気持ちが深まっていないときなら、
 もう、来なくっても、別にいいだろう。」

「そうっか。初めに言っちゃえばいいんだ。
 お父さん。たまに、いいこというね。」
「しょっちゅうだろう。」と父と二人で笑った。



涼は、母衿子との二人暮らしだ。
8時に涼の母衿子は帰ってくる。
マンションの扉を開けるなり、靴箱の上を見て、
「また、違った花。こんなことできる男の子、めったにいないわ。」
と衿子は言った。
衿子は、工業デザインをしている。
「元の女の子が残ってるんじゃないかな。」と涼は言った。
「女の子だって、できないわよ。」

テーブルには、すでにお料理が並んでいた。
すべて涼が作ったものだ。
「毎日、ごめんね。でも、涼のお料理おいしいから、
 あたし、ほんとうに幸せ。」
食べながら、涼はぽつんと言った。
「俺さ、花を毎日買ってるのに、理由があるんだ。」
「なあに。花売り娘さんが好きだとか。」と母。
「何でわかるの?そのとおり。お店の女の子に、もうかなり参ってる。
 だけど、俺、何じゃない。それなのに、女の子好きになっていいのかなって。」

「女の子好きになれるように、男の子になったんでしょう。
 どんどんアタックに決まっているじゃない。」
「そう簡単にはいかないよ。俺には、男の一番大事なものがない。
 これ、すごい劣等感なんだからね。」

涼は、彩花と同じ、性同一性障害だった。
彩花と同じく、中1から、ホルモン療法を受けている。

「そうね。涼の気持ちは、よくわかるわ。
 でも、そういう時はさ、初デートのとき、真っ先にその子にカムアウトするのよ。
 二人の気持ちが深まってからじゃ、ますます言えなくなっちゃう。」
「実は、もう気持ち深まってるんだけど。
 ろくに話もしてないけど、あの子絶対いい子なんだ。」

「そう。じゃあ、早いとこ、遊園地にでも誘ったら。
 何もしなければ、何も発展しないわよ。」
衿子は、ビールを飲みながら言った。
「あのお店、日曜が休みだから、がんばって声掛けてみようかな。」
涼は、言った。



土曜日になった。
涼は、彩花に声をかける勇気がどうしても出なかった。
そこで、メモに書いて渡すことにした。
『あすの日曜日、よかったら遊園地でデートしない?
 俺の名前は、神崎涼。』
メモの下に、メールアドレスを書いた。

土曜の2時ごろ、涼は、いつものように200円分の花を買い、
おつりをもらうときに、4つに折ったメモを渡した。
そして、逃げるように、店を出た。

彩花は、メモを見て、胸がドキンとした。
彩花だって、涼のことが好きだったのだ。
その気持ちを今まで、胸の中に押し込んできた。

佳子は、彩花の様子に気が付いて、
後ろからやってきて、すっとメモを取った。
すばやく見て、
「彩花ちゃん、やったね。」と佳子は言う。
「あたし、どうしよう。」と彩花は言った。
「この前言ったでしょ。行動しなくちゃ、何も始まらない。」
佳子は、彩花の肩をポンとたたいた。

彩花は、お店の中で、メールを打った。
『さそってくれて、ありがとう。
 うれしかった。行きます。
 明日9時に、△△駅で待ってます。
       江口彩花(あやか)』

涼がメールを見て、「やったー!」と言っているのが目に見えるようだった。

その通り、涼は家に着いたばかりのとき、メールを見て、
「やったー!」と飛び上がった。
すぐ返事を出した。
『うれしい!やったね!
 今日、眠れるかな?
 時間と場所OKです。 涼 』


<つづく>


彩花は、父の孝雄に何でも話す。
夕食を食べながら、
「お父さん。デートに誘われちゃった。」と彩花。
「例の男の子にか?」
「うん。明日、遊園地。朝9時に駅で待ち合わせ。
 だから、明日一日、お父さん一人でやって。」
「OKだ。やったな。カッコイイ男の子か。」
「うん。そうとういい線だと思うよ。」

「そうか。わかってくれる子だといいな。」
「うん。ダメ元。」
「そう。気楽にカムアウト。それで、行け。」
「うん。」
「あ、名前は?」
「涼くん。」
「いい、名前だな。」
「うん。」

「お母さん。明日デートだ。」と涼。
「もう、実行したの?やるじゃない。」
「口では言えないからさ、メモ渡した。」
「そういう手があったか。で、OKもらったんだ。」
「うん。さそってくれて、うれしいって。」
「わあ~、やったね。なんて名前の子?」
「彩花。」
「まあ、すてき。」
「ああ、カムアウト辛いなあ。
 これだけは、メモじゃダメだしな。」
「メールでもだめよ。」
「わかってる。絶対口で言う。」

ベッドの中で、彩花は考えていた。
カムアウトは辛い。
カムアウトしたら、それっきりになるかも知れない。
1回延ばそうかな。
そうすれば、もう一回会える。
ああ、だめだめ。
そんなことしたら、ずるずる絶対言えなくなる。

彩花は、カムアウトの言葉をいろいろ考えていた。
『実は、あたし、生まれたときは、男の子だったんだ。』
『実は、あたし、性同一性障害なの。』
この言葉では、ピンと来ないかもしれない。

ああ、初デートっていうだけで、緊張するのに、
カムアウトもあるから、もう身が持たない。
それに、明日何着て行こう。
ちょっとくらいメイクしていった方がいいかな。
お店ではすっぴんだから、それでいいかな?
ああ、考えなくちゃいけないことが多すぎる。
彩花は、眠れない夜を過ごしていた。



朝食は、いつも母が作ってくれる。
「涼、顔に、眠れませんでしたって書いてあるわよ。」
母の衿子は言う。
「だって、初デートだってだけで緊張するのにさ、
 それに、カムアウトもあるんだぜ。
 超プレッシャーだよ。」

「じゃあ、行くのやめれば。
 それだけプレッシャーあっても、会いたいんでしょ。
 若いっていいわね。そのエネルギー。」
「からかわないでよ。髪型も決めないといけないし。」
「あら、涼は、ナチュラルがいいわよ。」
「多少、いじくらないと。」

彩花は、鏡の前で、丸1時間着て行くものに迷った。
寝不足とで、朝、すでに参っていた。
「女の子は、大変だなあ。」と父が言う。
「もう、疲れちゃった。お父さん、決めて。」
「よし。じゃあ、黄色と白のワンピース。
 髪は、普通にとかして、飾りの着いたピンで、前髪から額を少しのぞかせる。
 バッグは、肩からななめにかける白い小さめなもの。
 靴は、白いサンダル。これで、決まり。」
「うん。それ悪くない。それでいく。」
そう言って、彩花は、やっと朝食のテーブルについた。



彩花が駅に着くと、涼はすでに待っていた。
「涼君、寝不足?」彩花は聞いた。
「だって、彩花ちゃんと初デートだよ。眠れなかったよ。」
「実は、あたしも。でも、涼君にあったら、目がさめた。」
「俺も。今、すごく元気。」

「あ、今日は、メイクしてるんだ。すごく可愛い。」と涼。
(あ、気がついてくれた。)
「ありがとう。慣れてないから、へたくそなの。」
「そんなことないよ。」
涼は、さわやかな笑顔をみせた。

遊園地は、怖い乗り物系の多いところだった。
二人で、いろいろ怖いものにのった。
そのたび、彩花は、「キャー。」と叫び、涼につかまった。
涼は、それが、うれしくてたまらなかった。

涼は、カムアウトは、昼を食べながらする、と固く心に決めていた。
1回、カムアウトを伸ばせば、もう一度会えるのに。
こんなに可愛い彩花を失うことは、悲しかった。
しかし、一度決めたことだ。
絶対話す。涼は、心に誓いを立てた。

やがて、その決意の時がきた。
丸テーブルで、ハンバーガーを食べていた。
涼のプレッシャーは最高潮に達して、
話している彩花の言葉を半分しか聞いていなかった気がした。

『よし、カムアウトだ。』
「彩花(もう、『さん』なしで呼んでいた)さ、LGBTIって知ってる。」
彩花は、なぜ突然に涼からそんな言葉と思いドキンとした。
ひょっとして、自分のGIDがばれているのかと思った。
だから、自分がカムアウトしやすいように、
涼は、やんわり、話を振ってくれているのかとも思った。

「知ってるよ。」と彩花はドキドキしながら言った。
涼は、彩花の言葉がうれしかった。
そう言うことに無知ではない。
「俺ね、初めてのデートのとき、
 はっきり言うのがフェアーだと思うから言うね。」
「うん。」彩花の胸は高鳴っていた。

「俺、そのLGBTIの一つなんだ。」
「え?(涼のことなの?)」と彩花は驚いた。
なんの障害もなさそうな、さわやかな涼に、何があるのだろうか。
「当ててみて。」と涼は言った。
『Lのはずない。Gのはずは、もっとない。Bはありえる。
 でも、あるとしたらTかI。』
彩花は、戸惑っていた。
「Iの人はめったにいないから、Tなの?」
彩花はそっと聞いた。

涼は、彩花を見つめて言った。
「俺、生まれたときは、女の子だったんだ。」
「ほんと?」
彩花は大きなショックを受けた。
それは、悲しいショックではない。言わば、うれしいショックだった。

「涼。あたしも、初めてのデートのときに、打ち明けようと思っていたの。
 あたしもTなの。生まれたときは、男の子だった。」
「ほんと!」涼は瞳を大きく開いた。
「じゃあ、彩花は、俺の気持ちわかってくれる。」
「うん。あたし涼の悩みや辛さが、そのままわかる。」
「俺を、嫌いになったりしない?」
「逆よ。涼もGIDだと知って、あたしうれしい。
 あたし、劣等感なしで、涼とお友達になれる。」
「俺も同じ気持ち。俺、劣等感なしで、彩花と友達になれる。
 バンザーイ!」と涼は、椅子から立ち上がって、喜びを空に向けた。

『これは、奇跡。神様が二人を合わせてくれた。』
彩花は、そう思った。


<つづく>


昼前の二人と、昼後の二人は、まるでちがっていた。
二人で、カムアウトするまでどんなに悩んだか。
今になっては、笑い話みたいに話した。

乗り物にも乗ったが、二人で話している方が楽しかった。
家事の苦労なんかも話した。
料理の話なんかも、楽しくて花が咲いた。
「じゃあ、もしかすると、涼には、お父さんがいないの?」
「うん。俺が小さい時、病気で死んじゃった。」
「あたしは、お母さんがいないの。
 涼と同じ。あたしが小さい時死んじゃった。」

「ね。彩花のお父さんと、俺の母さんと、恋人どうしにならないかな。」
と涼は言った。
「そうね。あたしたちGID同士が出会えたんだもの、奇跡ってあるものね。」
「彩花のお父さん、何歳?」
「42歳。」
「俺の母さんは、38歳。」
「お似合いね。」
「母さん38歳だけど、若く見えて美人だよ。」
「家の父さんは、背は中くらい。カッコイイっていうより、やさしいよ。」

「ね、今度、二人を会わせる計画立てよう。」
「うん。ダメ元よね。何が起きるかわからないもの。」
二人は、手をがっちり握って、ガッツポーズをした。

二人は、1つ計画を練った。



二人は、お互いがGIDだったことを親に知らせたくて、
早めに解散した。

彩花は、駅を出ると、働いている花屋によって、
佳子と五郎に、デートのことを話した。
「まあ、そんなことがあるの。彩花ちゃん、よかったね。
 きっと運命の女神が微笑んでくれたのよ。」
と佳子は言って、彩花を抱き締めてくれた。

彩花の父孝雄は言った。
「え?それドラマみたいじゃない。」
「うん、奇跡だと思ってる。夢にも思わなかった。」

涼の家でも、同じ会話があった。
「そんな夢みたいなことが、あるのね。」と衿子。
「うん。お互いGIDだってわかってから、話がはずんじゃって、
 乗り物なんか、ほとんど乗らなかった。」
「そうよねえ。涼の苦労を全部わかってくれる女の子だもんね。」
「それに、俺、劣等感を感じないで友達でいられる。」
涼は言った。



二人は、計画を実行した。
まずは、涼から。
「お母さん。次の金曜日、彩花とお父さん、夕食に招待していい?
 彩花は、お母さんがいないの。お父さんと二人暮らし。
 彩花のお父さんは、俺やお母さんに会いたいだろうし、
 お母さんだって、彩花やお父さんに会いたいでしょう。」
「うん。いいわね。金曜日なら、少し早く帰れる。」

こうして、金曜日の夕食会は、成立した。
彩花と涼のマンションは、近かった。
時間は、6時にした。
親二人は、仕事が終わって一目さんに帰ってきた。

彩花は、花屋さんを早退し、
料理を、涼と二人で作った。
アルコールの好みもわかっている。
用意ができたとき、彩花はいったん家に帰った。

6時にピンポーンと鳴った。
涼は飛んで行った。
衿子も玄関に来た。
彩花は、涼のお母さんをはじめてみた。
『わあ~、美人。』と思った。
涼も、彩花のお父さんを見て、『やさしそう。』と思った。

会は盛り上がった。
お互い、親一人、子一人で生活してきた苦労話などし、
たくさん共通点があって、いくらでも、話したいことがあった。

途中、涼が彩花に、「部屋を見においでよ。」と誘った。
彩花は「うん。」と言い、テーブルは大人だけになった。

涼の部屋で、
「どう?二人、気が合ってるかな?」と涼が言った。
「うん、父さん、かなりうれしそうだったよ。」
「母さんも、あんなに生き生きしてるの初めて見た。」

夕食会をお開きにしたのは、10時だった。
4時間もお話をした。
これは、大成功だったことを意味した。

その1週間後に、今度は、彩花の家で夕食会をもった。
このときも、10時まで話し、終わるのが惜しい思いでさよならをした。

それから、3日後のこと。
「彩花。俺、今日ちょっと会いたい人がいるから、
 夕食、俺の分いいから。ピザでも解凍して焼いて食べてよ。」
と孝雄がいう。
孝雄が、夜、家で食べなかったことなど、今までめったになかった。

「うん。安心して。あたし、楽にしてるから。」と彩花は言った。

その日の仕事が終わると、彩花は、涼にすぐメールを送った。
『父さん、今日遅いって言ってるんだけど、
 そちらはどう?』
涼から。
『家の母さんも遅くなるから、夕食はいらないって。』
『もしかして、もしかしてだね。』と彩花。
『かなり、もしかしてだよ。うひひ。』と涼から。
『今日、家に来ない?いっしょにピザ食べよう。』
『やったー!すぐ行く。』



孝雄が、彩花に、「父さんは、今夜遅いから、夕食いらないよ。」という日が、
週に1回になり、それが、週に2回になった。
その度に、彩花は、涼にメールを打つ。
すると、涼のお母さんも、遅くなるのだった。

二人で、これは間違いないという結論に達した。
彩花の家にピザを食べに来ている涼は、
「もう間違いないね。」と言った。
「うん。」と彩花は、うれしそうに応えた。

二人は、ソファーに移ってならんだ。
彩花は、
「二人はデートしている。大人のデート。お酒飲んでる。ステキだな。」と言った。
「きっとそうだね。」と涼は言った。
「こんなにうまく行くとは思わなかったね。」と彩花は言った。
「ほんと、絵に書いたようにうまくいったね。」と涼。

涼は、彩花を見て、まじめな顔をした。
「俺たちも、このくらいしても、よくない?」
彩花は、その意味がわかった。
「うん。」そう言って、目を閉じた。
唇に、涼の唇を感じた。

「やった。ファーストキス。」と彩花は言った。
「俺も、ファーストキス。」と涼は言って笑った。
二人は、まだ若く、セッ・クスまでは、考えなかった。



それから、3週間ほどたった日。
「彩花、今日俺と彩花と、涼君とお母さんの4人で、ちょっといいレストランで、
 ごいっしょしようということになったんだ。
 もちろん行くだろ。」
と彩花の父は言った。
「わあ、ちょっといいレストランなの。うれしい。」
と彩花は言った。

そこはホテルの展望階のレストランだった。
彩花は、めいっぱいおしゃれをしていった。

涼とお母さんはもう来ていた。
お母さんは、セミフォーマルな服を着ていて、
すばらしく綺麗だった。

涼とお母さんは面と向かっていたので、
涼のとなりに彩花が、衿子の隣に孝雄が座った。

彩花も涼も、何かあるねと期待していた。

食事を頼み、前菜も着て、乾杯の時が来た。

乾杯の前に、彩花の父孝雄が言った。
「えーと、涼君、彩花に承諾をもらわなくちゃいけないんだけど、
 俺は、隣にいる涼君のお母さんと、結婚したいと思ってる。
 涼君と彩花が、いいって言ってくれたら、決定なんだ。
 二人とも、いいかな?」

彩花と涼は顔を見合わせ、笑った。
涼が言った。
「いいも悪いも、彩花と俺で、そうなるように、
 作戦立ててきたことなんだよ。今ぼくは、やったー!って言う気持ち。
 彩花もそうだよね。」
「うん。それを、願ってたの。涼君のお母さんすごく素敵だし、
 家族になれたら、うれしいなあって、ずっと思ってたの。」
「よって、俺達は、承諾します。」と涼が言った。

「ありがとう。」と涼の母と、彩花の父は、うれしそうに言った。
そして、みんなで、乾杯した。

料理を食べながら、涼のお母さんが言った。
「それでね。あたしは、今のお仕事を在宅でやることにしたの。
 そうしたら、ある程度家事ができるから、二人には時間ができると思うの。
 そこで、提案なんだけど、彩花ちゃんは、高校に行ったらどうかと思うの。
 涼のいっている学校は、LGBTIの生徒にすごく理解のある学校で、
 クラスの4分の1くらいの子は、そういう子なんだって。
 彩花ちゃんは、中学のとき勉強ができたって聞いてるし、どうかしら。」

「そんな学校あるの?」と彩花は涼に聞いた。
「うん。おれのクラスは、GIDの生徒が3人もいる。
 彩花は、中学で辛い思いしたと思うけど、
 俺の学校来たら、考え変わるよ。大学みたいに広いし、
 意地悪な奴なんか、一人もいない。絶対いいよ。」

「うん。わかった。一度見学に行ってみようかな。」と彩花。
「うん。絶対気に入るよ。」と涼。

「でもさ。お父さん達結婚したら、涼とあたし兄弟になるのよね。
 兄弟で結婚できるの?」と彩花。
「ほんとだ。どうなんだろう。」と涼が言った。

「そんなこと、どうにでもなるから、心配しないでいいよ。
 まだ、先のことだろう。」
と孝雄が言った。

孝雄が言った。
「衿子さんと俺が結婚したら、今度は、4LDKの広いマンションに移ろうと思うんだ。」
「わあ、すごい。」と涼と彩花は言った。

その後、楽しい団欒が始まった。
彩花は、父と二人だけの暮らしが、一気に4人の賑やかな暮らしになることを思い、
それが、うれしくてならなかった。

「ほら、綺麗な夜景見なくちゃ。」と涼が言った。
「ほんとに綺麗。全部ダイアモンドに見えるね。」と彩花はいった。
「今日は、特別にそう見えるね。」と孝雄はいった。
「本当に。」と衿子は言った。

本当にそれは、ダイアモンドのようだった。
父と母の婚約。
彩花と涼はテーブルの下で、顔を見合わせ、
小さな声で、「やったね!」と、親指を出した。


<おわり>

再投稿「春果を包むやさしいクラス」全編

ある方が、私の過去の作品をずっと読んでくださっていて、
その方のおかげで、私も、過去の作品を見るようになりました。
その中で、こんなお話も書いていたのかあ…と思った作品があり、
再投稿いたします。

1話から3話まで、全編を一挙に投稿します。
読んでくださると、うれしいです。

============================

(このお話には、意地悪な人は一切出てきません。
安心してお読みいただけます。)


泉が丘中学校は、各学年1クラスしかない、小さな学校だった。
坂田晴美(男子)は、中学1年。
子供のときから、女装の趣味があった。
学校でも、ときどき女の子の真似をして、みんなを笑わせた。
背は低くて前から3番目。
髪の毛を伸ばして可愛い顔をしていたので、女の子に見えた。
成績はよくて、学年=クラス45人中でいつも1番を取っていた。
運動も好きで、昼休みは、必ず友達とサッカーをしていた。

そのクラスに、六月に転校生が来た。
たった1クラスしかない学年なので、
転校生が来ることは、大事件だった。
みんな、どんな子が来るか、心から楽しみにしていた。

朝、先生の後についてきたその転校生は、
顔立ちが女の子のようだった。
女の子なら、さぞ可愛いだろうと思われた。
長髪にしていて、髪がさらさらとしている。
顔立ちだけではなく、何となく身のこなしが女の子っぽい。
背は、高い方だった。

先生が紹介して、その子立原春果(男の子)は、挨拶をした。
「立原春果です。女の子みたいな名前ですが、男です。
 どうか、よろしくお願いします。」
そういう、春果の声は、変声期は過ぎたと思われるのに、
女の子のような声だった。
みんなが、拍手をした。
そのとき、春果は、特別温かい眼差しで、
自分を見ている生徒の存在を感じていた。

立原春果は、本当に女の子のようだったのである。
座っている姿勢がよく、動作、仕草の一つ一つが、女の子なのだった。

初めは男子達が、昼休みに、サッカーに誘った。
春果はついていったが、行くだけで、自分は、そばの木にもたれて見ていた。
「見てるだけじゃ、つまんねえだろう。やろうぜ。」
とAが声をかけたが、いえいえと手をふって、辞退していた。
そのときも、春果は、自分を温かく見ている眼差しをどこかに感じた。

男子は、3日、昼休みに春果を誘ったが、春果はいつも見ているだけだったので、
悪いと思って、もう誘わなくなった。

それから、昼休みや、中休み、春果は、いつも教室に残って、
本を読んだり、絵を描いていたりした。
そのとき、春果は、温かい眼差しの本人が分かった。
一人いる教室に、髪の長い女の子のような男子が、同じように教室にいた。
その子は、春果と目が合うと、にこっと笑った。

春果のそばに、
ときどき女の子が、集まり、絵を見て、
「うまーい。」
などと騒いだりすることがあった。
しかし、春果は無口で、にこっとするだけだった。

そのころから、男子、女子が集まり、
「春果、女の子説」というのがささやかれた。

みんながあつまり、小声で、言い合っていた。
「春果は、訳があってさ、女の子なんだけど男の格好してるんだよ。」
「なんのために?」
「それは、わからねえ。だって、春果はどう見ても女の子だぜ。」
「トイレも、立ってしてるのみたことねえ。
 必ず、個室入る。」
「え?そうなの。でも、春果まだ胸出てないわよ。」
「お前だって出てねえじゃん。」
「ま、失礼ねえ。」
「あは、ごめんごめん。」

「春果の仕草とか、動作は、完全に女だよな。」
「それは、同感。」
「春果の声は、変性期前の少年の声じゃない。
 お前らと同じ、変性期後の女の声だ。」
「するどいな、その分析は。」
「そんな、感じがする。」
「だから、春果は、ほとんどしゃべらないのよ。声で、女ってバレる。」
「そうかあ、そうに決まってる。」

「ズボンだって、男のふくらみがないと思わねえか。」
「そうだ。体育のジャージも、女の子みたいに、あそこが膨らんでねえ。」
「あたし、字も見たの。春果の字は、女の子文字だよ。」
「可哀相にな。何か事情があってさ、女の姿ができねんだ。」
「これからさ。春果は女の子だと思って、無理させるのはなしだ。」
「言葉に、気をつけろよ。傷つけるような言葉は、なしだ。」
「わかった。」
みんながうなずいた。

(春果は、いつも自分の男の証がいやで、それを股の後ろに回し、
 きつめのショーツを履き、その上からトランクスを履いていた。
 だから、ジャージを履いても、女の子のように見えたのだった。)

ここで話したことは、クラスの春果以外の全生徒に密かに伝えられた。

こんなふうに、泉が丘中1年の45人は、男女とも、
希に見るような、やさしい生徒の集まりだったのである。

掃除当番で、春果が重たい水の入ったバケツを運んでいるとき、
力持ちの男子が来て、
「俺が持つ。」
と言って、すっと春果のバケツをもっていく。

黒板消しを、はたいていて、
制服が粉だらけになっているとき、
「オレに任せろ。」と言って男子が代わってくれる。

女の子達は、自然に「春果」と呼び捨てにする。

ある昼休みのこと。
一人でいる春果のそばに5人の女子が来て、
「あたしたち、今、好きな男の子を、絶対内緒で、言い合ってたの。」
「久美子はさ、森泉くん。瑠奈は、大川君。」
 みんなその度、キャーキャー言っていた。
紗枝が好きな男子を、みんなに教えた。
「きゃー、ほんと!うそー。」などと言っている。

「じゃあ、次、春果よ。」とB子がさりげなく言う。
「あたし?」と春果は、両手で自分の胸に手を当てた。
そのとき、女子達は、バチバチっと目を合わせた。
『春果が、自分のこと「あたし」って言った。』
『やっぱり女の子。証拠をつかんだ。』
目のバチバチは、その意味だった。
だが、5人は、何食わぬ顔である。

「そう、春果も言うの。」
「うーんとね、あたしは、坂田晴美君」と春果は言った。
「おおおお。」と5人は言い、
「まだ、なんとなくよ。話ししたこともないし。」と春果は言った。

「どうして、坂田なの。そりゃ、アイツ可愛いけど、とっぽいよ。」
「あたし、女の子みたいな男の子、なんとなく好きなの。」と春果。

春果は、自分が、「あたし」と自分を呼んでいることに、少しも気がついてなかった。
それに、これは、女の子同士の話であることも気がついてなかった。

「うん、坂田は、女の子みたいではあるね。」

そんな風に、春果は、その休み時間、
5人の女の子たちと、ガールズ・トークをしてしまったのだ。
5人は、何事もなかったように、
「じゃあ、またね。」と解散した。

その後で、春果は気がついた。
あのとき、自分の心は、完全に女の子になっていて、
自分をつい「あたし」と言ってしまったこと。
好きな男の子まで、言ってしまったこと。
気がついて恥ずかしくなり、うつむいて真っ赤になっていた。

自分を「あたし」と呼ぶ男子を、あの人達はどう思っただろう。
でも、その5人が後で、からかいにきたり、
男子に言いふらしたりすることは、なかった。

『ひょっとして、ここは、ものすごくいいクラスなんじゃないだろうか。』
と、春果は思った。

つづく(次は、「神様がくれたクラス」)

==========(ここまで、第1話)====

その日の帰り道、春果は、ガールズトークが出来た喜びで、
久しぶりに、るんるんした気持ちで、家に向かっていた。
そこを、ポンと春果の肩を叩いた人がいる。
見ると、坂田晴美だった。
「いっしょに帰ろう。」と晴美は、さも、自然に言う。
「う、うん。」
春果は、坂田晴美が好きだと言ったことが、知られたのかと思った。
男子なのに、男子が好きだなんて。

「坂田君、あたしの言ったこと聞いた?」
春果は、また「あたし」と言ってしまったことに気がついた。
楽しかったガールズ・トークの気分に浸っていたからだ。
晴美は、春果の「あたし」を少しも気に留めなかった。
「春果ちゃんが、ぼくのこと何か言ったの。」
「ううん。なんでもない。忘れて。」
「今日、ボクの家に遊びに来ない?」
と晴美はいった。

そうか、男同士として、気軽に誘ってくれたのだと思った。
しかし、春果は、人の家にいくのは苦手だった。

「あの、ぼく、人の家行くの苦手だから、ぼくの家に来て。」春果は言った。
「いいの?すごくうれしい。ぼく、春果ちゃん、好きだもの。」
と晴美は、天真爛漫に言った。
「その、好きって、どういう意味で?いろいろあるでしょ。」
「愛してるってこと。アイ・ラブ・ユウのラブ。」
晴美は、平気な顔で言う。
春果は赤くなった。自分は、一応男子なのに、複雑な気持ちがした。

春果の家は、2階建ての新しい家だった。
春果の後に入っていくと、お母さんが目を丸くして、
「あら、春果、もうお友達ができたの?」と喜んだ。
「坂田晴美です。晴美だけど、男子です。」
と晴美は言って、お母さんを笑わせた。

春果のお母さんは、春果に似て、とても美人だった。
奥がアトリエになっているらしくて、
お父さんがいた。
晴美は、アトリエに入っていき、お父さんにも挨拶した。
「やあ、いらっしゃい。」とお父さんは言った。
お父さんは、デザイナー風で、長髪で若若しかった。

春果の部屋に入った。
8畳くらいの洋間だった。
晴美が思った通り、女の子のファンシーな部屋だった。
「あの、坂田くん。まるで女の子の部屋だと思った?」
と、春果は聞いた。

「うん。思った。でも、ぼくもこういう部屋好きだよ。」と晴美は言った。
春果は、晴美なら分かってくれるという気がしていた。
とても不思議だ。晴美は、何もかもわかっているように思えた。
「坂田君。あのね。ぼく、家に帰ったら女の子の服着るの。
 笑わないでくれる。」
どうして?と晴美は言わなかった。
「うん。笑わないよ。」
「着替えたいから、後ろ向いていてくれる。」
春果は、言った。
「いいよ。」と晴美は、2分くらいまった。
「いいわ。」と春果の声がした。

振り向いて見ると、赤いワンピースを着た春果がいた。
春果は、ショートの髪の耳を出していた。
それが、ものすごく可愛かった。
春果は照れていた。
「春果ちゃん、可愛いっていうより美形だね。すごい美人。」
晴美はうれしそうに言った。
「今からぼく、女の子みたいにしてもいい?」と春果は言った。
「うん、いいよ。その方が似合うよ。」と晴美。
「自分のこと、あたしって呼んでも笑わない?」
「笑わないよ。」
「女言葉使っても、変だと思わない?」
「思わないよ。」晴美は、迷いもなくそう言った。

春果は、晴美の前で、どうしてこんなに自分が出せるのだろうかと思った。
自分の女の心が、晴美を好いているからだろうか。
春果は、晴美に、何でも受け入れてくれそうな、心の広さを感じていた。

二人で、ジュータンの上で、ベッドに持たれて並んで座った。
「あたし、帰り道、晴美君の前で、何度も『あたし』って言っちゃった。
 だけど、晴美君、なんとも言わなかった。
 今日も、女の子達とお話したの。
 あたし、つい何度も『あたし』って言っちゃったの。
 でも、それを笑う人いなかった。
 なんでだろう…。」

「あのクラスは、特別に、みんないい人なんだよ。これ、奇跡。
 それにね。クラスのみんな、春果ちゃんは、本当は女の子なのに、
 なにかの事情で、男子の制服着ているんだって思ってるの。
 今日の女の子達、春果ちゃんが、『あたし』って呼ぶたび、
 『女の子の証拠つかんだ!』って思って喜んでたんだよ。」
「え?じゃあ、晴美君、全部聞いていたの?」
「ううん、ちょっとだけ。通りがかりにね。」と晴美は答えた。

「そうか。だから、男の子たち、みんなやさしくしてくれたんだ。
 重いバケツもってくれたり、汚れる仕事代わってくれたり。
 女子もなんとなく、あたしを女の子と見てくれてたんだ。」

そのとき、ドアがノックされ、
春果の母佳子が、果物を持ってきた。
佳子は、春果のワンピース姿を見て、
「あら、もうわかってくれるお友達できたの?」と言った。
「うん。今度のクラス、みんないい人なの。」
春果が言うと、お母さんは、
「まあ、よかったわね。」と笑顔を浮かべて、晴美に会釈をしてさがっていった。

果物を食べながら、春果は言った。
「晴美くんも、みんなと同じに、あたしのこと女の子だと思ってるの?」
「ちがうよ。みんなと同じに思っていない。」
「どんな風に、思ってるの。」
「春果ちゃんは、男の子として生まれたけど、心は女の子。」
「そ、その通りなの。どうしてわかるの?」
「ぼくね、女の子の服着るの好きなんだよ。
 春果ちゃんとは少し違うけど。ぼくは、女装子。
 春果ちゃんは、GIDでしょう。」

「わあ、GIDなんて言葉知ってる人に初めてあった。
 晴美君は、始めから全部わかってくれていたのね。」
「うん。」と晴美は言った。

「あたしね。転校してきたそのときから、
 誰かの温かい眼差しを感じていたの。
 ピンチときは、いつでも助けてあげるっていう。
 外にいても、教室にいても、守られてる気がしてた。
 それ、やっぱり、晴美君だったのね。」

「うん。多分ぼくかな。
 だって、ぼく春果ちゃんのこと好きだっていったでしょう。」
「ありがとう。
 あたし、もうクリニックで診断も下りてるの。
 だから、女子の制服で行けるんだけど、
 そういうのわかってくれないクラスかも知れないでしょう。
 だから、始めは、男子の制服で行ったの。」
「そうだったんだ。
 ぼく達のクラスの人達、絶対わかってくれるよ。」
「うん。今は、安心してる。みんなすごくいい人達だもの。」

「今まで、辛い思いして来たでしょう。」と晴美は言った。
「いじめられて、3回も転校した。
 でも、どこでもいじめられたの。
 それはそうよね。男なのに、女みたいなんだもの。
 たくさんたくさん辛い思いした。」
そういうと、春果は、涙を流し、
膝小僧に乗せた腕に顔をうずめて泣いた。
「たくさん泣くといいよ。それしか、ないもの。」
晴美は言った。
「うん。」
そう言って、春果は、晴美の肩にすがりついて泣いた。
さめざめと泣いた。
晴美は春果の背中をそっと抱いた。
「もう、大丈夫だよ。
 春果の中学時代は、バラ色になるよ。
 あのクラスに来たことは、神様の贈り物だよ。」
「うん、うん。」とうなずきながら、春果は泣き続けた。


つづく(次は、「春果、女の子デビュー」最終回)

============ここまで、第2話====

翌日。
授業をまつ5分間のこと。
春果を囲む3人の男達が、大きい声で話しをしていて、
それが、下ネタになって来てしまった。
一人が、あわてて、「春果が聞いてるぞ!」とジェスチャーをして、
話を止めさそうとした。
一人が、そうか、という顔をして、わざとらしく、
「そういえば、今日は夕方雨になるらしいぞ。」
とまったく脈絡のない健全なことを言った。
春果は、そのごまかし方が、全く見え見えで、おかしく、
「ふ。」と噴いた。
それから、我慢できなくて、
「うふふふ、あはははは。」と大笑いをした。
みんなが、春果を見た。
みんなにとって、春果が笑ったのを見るのは、初めてだった。
春果は、そのとき、なぜか笑いが止まらなくて、
顔に手を当てて笑ったり、
机に腕を置いて、それに顔を伏せて笑ったりしていた。

やっと、春果が笑った。
クラスのみんなは、うれしかった。
何人かの男子は、春果の笑う顔が可愛くて、胸にぐっときてしまったりしていた。

春果は、机に置いた腕に顔を伏して笑ううち、その笑いを終えた。
そして、しばらく動かなかった。
春果は、ハンカチを取り出して、それを目に当て、今度は泣き出した。

みんなは、心配した。
周りの男子が、何か悪いことを言ったかと、あわてた。
「春果、俺達、なんか、悪いこと言ったか?」
と誰かが言った。
春果は首を横に振った。
春果は、ハンカチをとり、涙の目で言った。
「あたし、学校で、笑ったの、4年ぶりなの。
 ずっと、ずっといじめられてきたから。
 でも、このクラスの人はみんなすごく優しくて、
 あたし、毎日毎日、心の傷が治っていったの。
 そして、今、やっと笑えるようになった。
 みなさん、ありがとう。」
春果がそう言って、またハンカチを目に当てた。
女子の大勢が泣いていた。



その日、春果は、職員室へ、担任の山崎忠男を訪ねた。
山崎は、30歳の国語の先生だった。
春果は、女の子デビューをしようと思う気持ちを山崎に伝えた。
「大丈夫だと思うよ。あのクラスは、特別に理解のある子がそろってる。」
山崎はそう言った。

春果は、クリニックに相談するために、明日は休むと言った。
「じゃあ、明日、君のいないときに、みんなに君の説明をしておこう。」
と山崎は言った。
「よろしくお願いします。」
と春果は、言って、礼をして、職員室を後にした。

翌日、クラスの生徒たちは、担任山崎から、
性同一性障害の説明を聞いた。
「先生、それ、めちゃくちゃ大変なことじゃないですか。」
とある生徒が言った。
「そう、大変な障害だよ。みんな、朝起きたら、
 自分とは性の違う体になっていたらと考えると、それがわかるよね。」
と山崎は言った。
「春果さんは、今までずっとそれに耐えてきたんだ。
 おまけに、みんなにいじめられても来た。
 これ、2倍つらいことですよね。」
とある女子が言った。
「じゃあ、このクラスは3年間変わらないわけだから、
 3年間は、大丈夫だよ。俺達、今日理解したから。」
と別の生徒。
山崎が、
「特別なことはいらないよ。女の子として、普通に接してくれればいい。」
と言った。
「明日は、春果ちゃんの女の子デビューを祝って、
 1時間目は、お祝いをしよう。
 先生、いいですよね。一時間目、先生の授業だから。」
と誰かが言った。
「うん、かまわないよ。」と山崎は答えた。

春果は、クリニックで、主治医に女の子デビューをすると言った。
「今度のクラスは、いいみたいだね。」と先生。
「はい、みんないい人です。めったにないクラスだと思います。」
春果はそう答えた。

春果は、その日、美容院へ行って、
女らしいステキなショート・ヘアーにしてもらった。

翌日の朝。
春果は、夏服の女子の制服を着た。
白いブラウスに、チェックのスカート。ややミニ。
胸に、大きなリボン。

「春果は、初めて女の子になって、学校へ行くんだなあ。」
と父の健二が感慨深げに言った。
「うん、今度のクラスは、絶対大丈夫。」と春果は言った。
母の佳子は、学校へ付いて行くことになっていた。

学校へ、30分早く行くと、担任の山崎が、すでに靴箱のところで待っていた。
そのまま、山崎といっしょに校長室へ行った。
校長が、
「春果さんという名は、女性名でもあるし、名前を変える必要はありませんな。」
と言った。
「はい。女の子のような名前をつけてしまって、失敗だったかなと思いましたが、
 今になって、かえってよかったと思っています。」
そう母の佳子は言った。

そのうち、クラスの女子が一人、
「山崎先生、OKです。」と言いに来た。
「じゃあ、クラスに行きましょうか。」と山崎は言った。

佳子と3人で、教室に向かった。
教室への階段を上がったとき、
さっきの女生徒が、廊下に出ていて、
春果たちの姿を見ると、急いで教室に入った。

山崎が教室を開けた。
その後に春果が入ると、すごい声援と拍手があり、
頭の上から、紙吹雪が落ちてきた。
正面をみると、窓の端から端までの、大きな横断幕があり、
そこに、
『春果さん。女の子デビュー、おめでとう!』
と書かれてあった。

母の佳子は、中に入らず、廊下から見ていた。

春果は、感激して、泣いてしまいそうだった。

司会の女子が一人いて、
「これから、春果さんの女の子デビューのお祝いをします。
 では、江藤さん、お祝いの言葉をお願いします。」

江藤亜紀というクラスで一番しっかりした女子が立った。
春果は、山崎といっしょに、教壇の前に立っていた。

江藤亜紀は、紙を見ながら、お祝いの言葉を読み始めた。
「立原春果さん、女の子デビューおめでとうございます。
 私達は、昨日、山崎先生から、あなたのことを聞きました。
 春果さんが、生まれて今まで、どんな辛い思いをしてきたか、
 私達は、理解しました。
 春果さんの身になって考えてみて、私は、涙が止まりませんでした。
 女子のほとんどが泣いていました。

 春果さんは、ご自分の体のことだけでも辛い思いがあると思います。
 でも、クラスのみんなのことは安心してください。
 このクラスには、あなたを辛くするようなことをいう人はいません。
 もしいたら、私が、ハイキックをして、懲らしめます。
 (クラスちょっと笑い。)
 このことでは、完全に安心してください。

 心の性が女の子なら、その人は、女の子です。
 私達は、それを完全に理解しています。
 これから、春果さんに特別やさしくするというのではありません。
 ふつうに、自然に、同じクラスの仲間として接します。
 私達は、それを誓います。

 昨日、私達は、男子に人気投票をさせました。
 好きな女の子は誰か?
 小さな紙に無記名で、好きな女の子の名前を書かせました。

 その結果、私が、5票で2位でした。
 何を間違ったか、坂田晴美くんに2票入っていました。
 (クラス、かなり笑い。晴美自慢げに笑顔を振りまく。)

 そして、1位に輝いたのは、12票とった立原春果さんでした。
 春果さんは、モテます。(クラス笑い。)
 これから、女の子として、絶対の自信をもってくださいね。

 なお、横断幕は、昨日私達が、必死で作ったものです。
 これが、私達の春果さんに対するお祝いの気持ちです。

 春果さんの女の子デビュー、おめでとうございます。
 これで、お祝いの言葉を終わります。
  
                 江藤亜紀。」
大きな拍手が起こった。

春果は、涙ながらに聞いた。
心から、感激した。

廊下で、母の佳子は、ずっとハンカチを目に当てていた。

司会が、
「春果さん、お言葉がありますか。」
と言った。

春果は、目にハンカチを当てていた。
やがて、そのハンカチをとり、みんなの方を見た。

「みなさん、ありがとうございます。
 あたしは、学校で、こんな風に祝ってもらったこともないし、
 あんなに温かいお祝いの言葉をいただいたのも、初めてです。
 そして、あたしのために作ってくださった横断幕を、
 あたしは、一生忘れません。

 前、クラスで、大笑いをしてしまって、そのときも言いましたが、
 あたしは、小学校の3年生頃から、学校で泣くことはあっても、
 笑うことはありませんでした。
 自分は、このまま一生笑わない子になるのかなあと思っていました。
 それが、このクラスに来て、1ヶ月もたたないのに、
 笑えるようになりました。

 このクラスのある人が、私に言ってくれました。
 「このクラスは、春果への、神様の贈り物だよ。」って。
 私は、心からそう思いました。
 今まで、たくさん悲しいことがありましたが、
 私は、この神様の贈り物の中で、元気で、明るく、
 よく笑う女の子になれたらうれしいです。

 みなさん、本当にありがとうございます。
 女の子としての春果をよろしくお願いします。」
そう言って、春果は頭を下げた。
みんなから、すごい拍手が起こった。

会は、それから、司会が変わって、
いろいろゲームを始めた。

山崎は、教室を出て、母の佳子に、
「後は、子供達のお楽しみ会ですから。」
と佳子を、玄関まで誘った。
佳子は、泣きはらしていた。
「いいクラスですね。
 わたし、代表の方の言葉を聞いて、
 涙が出てなりませんでした。
 本当に、神様の贈り物だと思います。」
佳子はそう言った。

「そうなんです。あれだけ優しい子がそろったクラスも珍しいです。
 1クラスだから、3年間同じメンバーです。
 春果さんは、これまでの心の痛手から、きっと回復なさると思います。」
「はい。ありがたいことです。」

階段を下りるまで、クラスからは楽しげな笑い声が聞こえていた。

生徒の靴箱に、明るい光が差し込んでいた。
佳子は、学校がこんなに明るいところだと初めて思った。
きちんとそろって並んでいる靴の一つ一つを、
佳子は、幸せな気持ちで眺めた。


<おわり>

星野ヶ丘高校野球部<第2部>「決勝戦終わる」⑤最終回・後編

<第5話> 「地区予選決勝戦終わる」最終回・後編


県代表を賭けた決勝である。
1塁側、星野ヶ丘高校。
3塁側、霞台高校。
15000人収容の県営球場は、満員だった。

3塁側応援席は、即席の応援団と、即席のチア。そして、ブラス。
霞台が勝ち進み、準々決勝となったとき、学校は慌てた。
甲子園に行けるかも知れないのに、応援団もチアガールもいない。
そこで、運動系の部の男子で、応援団を作り、
女子でチアを作り、吹奏楽部に演奏を頼んだ。
チアガール達の服装が間に合わず、彼女たちは、夏の学校制服で、
ぼんぼんを持ってきた。だが、それが、かえって高校生らしく、
好感を呼んだ。

地区予選でも決勝ともなると、広域にテレビ放送された。
アナも解説者もありである。

アナ「去年は全く無名であった霞台高校の躍進劇は、素晴らしいものですね。」
解説「ええ、これには、美談がありましてね。
   予選1回戦敗退を続けてきた霞台の大木監督は、
   2軍でもいい、試合をしたいと、星野ヶ丘に申し込んだんですよ。
   それを、星野ヶ丘高校は、レギュラーで応じました。
   そのとき、主将の小林君は、わざわざ駅まで、迎えに行き、
   道案内をしたそうです。」
アナ「主将がですか。」
解説「そうです。そして、試合の後交流をして、霞台の高山君の球を
   全て捕れずに、悩んでいた木村君に、星野ヶ丘で合同練習をしないかと
   持ち掛けました。
   そこで、木村君は、特訓を受け、見事高山君の剛速球を捕れるようになりました。
   こうして、名キャッチャー木村君の今があるわけなんです。」
アナ「それは、いいお話ですね。
   では、両校は、友情で結ばれているのですね。」
解説「両校は、今、お互い感無量でいることでしょう。」

解説者の言う通り、星野ヶ丘、霞台の両校のスタメンは、
バッターボックスから、横に向かい合い、
お互いを見合って、感無量の思いでいた。

礼をして、それぞれのベンチに行ったとき、
応援団と吹奏楽の応援が、高らかに響いた。

攻撃は、星野ヶ丘から。
1番、菅原が出た。
このとき、星野ヶ丘と霞台の応援の音がピタリと止んだ。
両校とも話し合って、プレイ中の応援は止めにしたのだ。

アナ「これは。両校約束していたのでしょうか。」
解説「そうでしょうね。応援団もプレイを見たいし、
   選手も集中できます。こういうのもいいですね。」

高山、第1球。木村は、内角低目140キロのサイン。
球は、投げられた。
カチーンとバットの音。
しかし、内野安打。
がっちり霞台に捕られて、ファーストでアウト。

菅原は、首を傾げて帰って来た。
2番の上野は、「どうだ?」と聞いた。
「球が、えらく重い。ヒットは、むずかしいぞ。」
菅原は言った。
次の上野も、ホームラン級の当たりを見せたが、
一歩届かず、レフトに捕られた。

菅原は、ベンチでみんなに言った。

「小林、わかるか?」と川村が言った。
「ほんとだったら、すごいことだけど、
 ボールの回転を半分に抑えてる。
 それでいて、フォークのように、すとんと落ちない。」
小林が言った。
「うへー。それたまんねーな。」と川村。
「倉田コーチ、どう見ます。」吉川が聞いた。
「小林君の言う通りです。回転が半分です。正確には、3分の2です。」洋子は言った。

回転の少ないボールは重い。
高山は、血の出る様な努力をして、決勝に間に合わせた。

星野ヶ丘の選手は、強打者の集まりだったが、
打球が1歩伸びず、すべてアウトに捕られていた。

チェンジ。
小林はさすがに、霞台の小振りの打者を、変化球ですべて抑えた。

5回の表である。両校0対0。
「ここは、杉山、新田で行くしかないな。」
監督は、ベンチを出て、まず、選手交代で、代打杉山を出した。
「杉山、お前しかいない。何が何でも塁に出てくれ。」
監督は言った。
杉山にとって、「お前しかいない。」と言われたのは初めてだった。
杉山は、うれしかった。
「はい。塁に出て見せます!」と声を弾ませた。

杉山は、バッターボックスに立った。
木村は思案した。
どんなスピードボールも、杉山はバントする。
高山は、まだ未完成であったが、木村は、フォークのサインを出した。
高山は、うなずいて、振りかぶった。
杉山はバントの構え。

140クラスのボールが来た。
「落ちる。」杉山は思った。
落ちた。
杉山は、顔を地面につける程にかがみ、
ボールにバットを当てた。
ボールは、3塁線にうまく転がった。
左利きの杉山が、猛ダッシュして、
霞台の十八番であるヘッドスライディングをした。

3塁がボールを捕ったが、間に合わず、セーフとなった。
うおおおおと応援団が、声を上げ、会場は総立ちになった。

「やったな。よし、もう一発だ。」
監督は、ベンチを出て、選手交代を告げた。
代打、新田。
なんとバント専門の選手の2段構えだ。
そして、次は、4番の強打者、山崎だ。
2番3番に変えての杉山、新田の代打だった。

「新田。杉山をセカンドに行かせてくれ。
 そして、新田もセーフを狙え。」
吉川は、言った。
新田はうれしかった。
何がなんでも、バントを成功させたかった。

新田がバッターボックスに入った。
すでに、バントの構え。
二人の代打に、木村も思案していた。
フォークでも打たれた。
小林のボールに慣れている限り、160のボールでも、当てられる。
ただ、160なら、ボールが強く跳ね返る。
それに賭けるしかない。
木村は、高山に、今試合初めての160のサインを出した。
高山がうなずいた。

「倉田コーチ、何で来ると思います。」
「初めての160が来ます。
 問題は、新田君が、スピードを殺せるかです。
 でも、高山君のボールは重い。これが、新田君を有利にします。」
洋子は言った。
『新田、頼むぞ。』ベンチのみんなは祈った。

高山の唸るようなボールが来た。
『ボールを、吸い込むように打つんだ。』
新田は、自分に言い聞かせた。
新田も左利きだ。
コン。
新田はボールを当てた。
1塁線にボールは転がった。
キャッチャー木村が追いかけたが、ボールは微妙に速い。
やっと拾い、1塁に送球。
新田が、飛び込んだ。
間一髪、「セーフ」の声。
その間、杉山は2塁へ。
ノーアウト1、2塁だ。

星野ヶ丘の応援席は、声援が沸騰した。
やったー。
新田は、目を潤ませた。ベンチを見た。
チームのみんなが、飛び上がらんばかりに、ガッツポーズを送っていた。

次は、4番山崎だ。
「山崎。バットを短く持て。
 あくまで、コースをついて、強烈なゴロだ。高山のボールに負けるな。」
吉川は言った。
「はい。命がけでやります。」
山崎が言った。

アナ「星野ヶ丘は、この5回が山と見ていますね。」
解説「2番、3番を引っ込めてのバントです。
   霞台から1点を取るのがどのくらい難しいかわかっているのでしょう。」
アナ「山崎君の敬遠は、ありますか。」
解説「さあ。私が、監督なら高山君のためにも、勝負ですね。」

洋子「監督、木村君、勝負に来ますか?」
監督「勝負さ。うちは山崎の他にも、強打者がずらりといる。
   一人でも片付けておきたい。」

小林「川村、初球は何だ?」
川村「お前に出すならフォークだ。」
小林「高山に出すなら何だ。」
川村「高山のボールは重い。内角低め130のボールだ。
   うまく行けば、ぼてぼてのゴロで、ゲッツーだ。」
小林「なるほどな。」

山崎がバッターボックスに入った。
バットを短く構えている。
木村は、内角低め、遅いボールとサインを出した。
高山は、一度でうなずいた。

山崎は、初球にすべてを賭けていた。
高山が投げた。
内角低めに来た。
「これだ!」
山崎は、目を開いた。
カーンといい音がした。
ボールは、ライト線に低く飛び、ワンバウンドをした。
杉山と新田は走った。
3塁側ベースコーチが、腕を振り回していた。
杉山は、3塁を蹴り、ホームへ向かった。
ボールが帰って来たが、楽々とホームを踏んだ。
新田は3塁。山崎は1塁に止まった。

すごい声援と、ブラスの音がしていた。

杉山は、涙を浮かべながら、ベンチに戻ってきた。
みんなが、杉山をもみくちゃにした。
「杉山、ご苦労。やはりお前を出したのは、正解だったな。」
吉川がうれしそうに言った。
「はい、うれしいです。」
杉山は涙を拭いた。

この回は、この1点だった。
あとの3人は、木村、高山に打ち取られた。
だが、帰って来た新田と山崎も、みんなから祝福された。
「新田、ホームは踏めなかったが、最高のバントだった。
 山崎は、さすがだな。ふつう、あのラインは打てない。」
吉川は、2人にも、ねぎらった。

5回にとった星野ヶ丘の1点は重かった。
両チーム、ピッチャーのよさに、どうしても点が取れない。
そのまま、9回の裏、霞台となった。
両校の応援は、最高潮になった。
打順は、5番高山から、7番に木村がいた。

高山は、バッターボックスで、1万5千人の観客を眺めた。
気持ちが、とても静かになった。
幸せだった。

高山は、小林のフォークに打ち取られた。
次に6番の小川が出た。
小川も、三振に打ち取られた。
ツーアウト。
打てなければ最後の打者となる。
木村は、バッターボックスに入った。
これだけの人が応援してくれる大会に出られた。
今まで、辛かったことが蘇ってきた。
それよりも、うれしかったときのことが、思われた。
初めて、高山のボールを何でも捕れるようになったとき。
大木監督の優しい励まし。

木村は、ふいに涙をこぼした。
拭いても拭いても後から出て来る。
『これでは、前が見えない・・。』
涙で、景色がゆがむ中、バットを構えた。
3回振り、試合終了の声を聞いた。

バッターボックスの前に整列した。
「礼!」
これで終わりだ。

小林と高山は握手した。
「来年、俺はいない。高山君のライバルを育てておくよ。」
「うれしいです。いろいろありがとうございました。」
川村と木村も握手した。
「木村君の采配、最高だったよ。」と川村。
「すべて川村さんのおかげです。」
「君の努力さ。」
二人は笑った。

応援席の前に並び、お礼の言葉を言い、礼をした。
すごい、拍手をもらった。

「倉田コーチ、来年もいてくれるんでしょう。」と吉川監督。
「来年のことより、本大会が、先ですよ。
 全学校のデータ、もうここに入ってますからね。」
洋子は、そう言って頭を指さした。
「いつもながら、頼もしいですな。」と吉川は笑った。

安藤が顔を出した。
「いい試合でしたね。」
「安藤先生も水臭い。ベンチ登録しましたものを。」と吉川。
「安藤先生は、忍者のごとく試合をご覧になるのが、お好きですから。」
「それほどでも、ありませんよ。」
3人は、あははと笑った。

霞台の選手が、全員こちらに走って来た。
「おかげさまで、こんな大きな試合に出ることができました。
 星野ヶ丘さんからいただいた精神は、一生忘れません。」
大木監督が言った。
「また、来年があります。お互い、がんばりましょう。」
吉川は言った。



甲子園本大会で、星野ヶ丘は初の優勝を遂げた。
試合後の記者会見で、小林は聞かれた。
「これまでで、一番苦しかった試合は、どの試合ですか。」
小林は、ためらわず言った。
「地区予選の決勝で戦った、霞台高校です。」

それを、学校の教室で、みんなで見ていた霞台の野球部は、
「やっほー!」と飛び上がった。

<おわり>

■次回予告■

最終回を書いて、力尽きました。
まだ、アイデアがありません。
何か浮かびましたら、書きます。

星野ヶ丘野球部

星野ヶ丘野球部<第2部>④「霞ヶ丘・予選第1試合」

最終回ですが、1話で書けませんでした。
次の後編では、書きたいと思います。

============================ 

<第4話> 「高山160キロ披露」最終回・前編

8月中旬の甲子園本大会に向けて、地区予選が始まった。
試合は、市営球場で行われた。
霞台高校は、県の8強に入る白金高校との第1回戦である。
白金は、多人数の男子応援団と、チアガールを抱えていたが、
試合に来たのは、3人の応援団だけだった。
一方、霞台は、応援団もチアガールもいなかったが、
学校から、100人の応援が来ていた。
そして、その100人に紛れて、星野ヶ丘の野球部が全員来ていた。

「応援団が3人か。白金をぎゃふんと言わせてもらいたいな。」
川村が、隣の小林に言った。
「高山が、初めから160をぶっ放すとは、思えない。
 高山が、いつそれを見せるかだな。」
小林は、いった。

白金は、No.2のピッチャーを出していた。

試合は、進んだ。
高山は、140キロほどの球を、絶妙なコントロールを使い分け、
キャッチャーの木村の指示の通り、ドンピシャと投げる。

「木村のリードは、いいな。」吉川監督が言った。
「打たして捕る。ピッチャーの負担を軽くしてます。
 見事ですね。」洋子は言った。
「ああ。決勝で会いたいものだ。」吉川は言った。

霞台の守備は、確実だった。

霞台に強打者はいない。
みんな小柄の選手で、彼らはバットを短く持ち、
ゴロしか打たない。
ゴロも、数打てば、安打になり、次にすかさずバント。
そのバントに打者は、ヘッドスライディングでセーフを取りに行く。
その結果、6回にやっと1点を取った。
白金は、未だ0点だった。

白金の選手たちは言っていた。
「向こうは、なりふり構わずだな。」
「ああ、強打者はいない。ピッチャーは、直球だけ。
 楽勝だな。」
「だが、不思議と打てねえ。」
「キャッチャーが、いいんだろうよ。
 だが、それも限界だ。そろそろ、本気出すか。」

本気を出して臨んだ7回も、白金無得点。
8回の表。
白金の攻撃。それも、無得点。

8回の裏である。霞台の攻撃。
ここで、追加点を許せば、白金は窮地に追い込まれる。
白金の監督はやっと立ち上がって、ピッチャーの交代を告げた。
エース・ピッチャーの登場だ。

「遅いんだよ。」と見ていた川村は、言った。
「木村は、やるなあ。」と小林が言った。

白金のエースピッチャーは、簡単に霞台を3者凡退にした。

いよいよ、9回。白金の攻撃。
ここで、1点取れなければ、白金の負けである。

打順は2番からと、絶好である。
「いいか、お前達。1回で敗退するつもりか。
 ピッチャーの球は、速くない。
 よく見て、必ず塁へ出ろ。」
白金の監督は、ここで、やっと危機感を持ったのだろうか。
初めての喝を与えた。
「はい!」と3人の選手は言った。

2番打者が、バッターボックスに入った。

「ここで、160を放るかな。」小林がいった。
「いや、俺なら、150だ。
 140で投げて来たんだ。150で、十分速い。」
川村は言った。

木村は、ど真ん中150のサインを出した。
高山は振りかぶった。
投げた。
2番打者・江口は、目を見張った。
後半、球が、ギューンと伸びた。
『ウソだろ。』
見送り。
第2球目。
ど真ん中150のサイン。
150の球が来た。
江口は振ったが、完全に振り遅れ。
3球目。ボールにかすりもせず三振。

霞台の応援の100人は、湧いた。

「おい、球が速くなった。150は、あるぞ。」
江口は、次の佐伯に告げた。
「ほんとかよ。」佐伯は言った。
140の球に見慣れて来た佐伯も、150の前にあえなく三振に終わった。
白金の連中は、この時となり、やっと緊張で、固まった。
4番の神田が、打てなければ、負ける。

「おい、相手は霞台だぞ。どうしてこんなことになったんだ。」
選手の一人が言った。
「霞台を甘く見過ぎたんだ。霞台なら、いつでも、2点3点を取れると思っていた。
 俺たちも監督もだ。」
「それが、ずるずる9回の表に、やっと気が付いたのか。」
「8回のピッチャー交代なんか、何にもならねえ。」
「神田がホームラン打てば、振り出しだ。」
「そう簡単にホームランが出るかよ。」

チーム全員、『神田、打ってくれ。』と祈っていた。

「160、出るかな。」と小林。
「俺なら、出さない。最後の1球だけだ。」と川村。

木村のサインに、高山は、うなづいた。

神田は、思っていた。
『150の球を、6球見た。俺には、それで、十分だ。』

高山は、振りかぶった。
内角低目、150のサイン。
球が、その通りに飛んで行った。
カーン。
わあーという声。
高く上がったが、ファウルラインの外だった。

「川村どうする?」と小林。
「同じサインだ。」と川村。
「フライを打たれたぞ。」小林。
「だから、なおさらだ。」川村。

木村は、同じサインを出した。
4番バッター神田は、外角高めを予想していた。
フライを打たれて、同じところに投げる度胸はあるまい。

しかし、次のボールも同じ内角低めに来た。
「何!」
予想を外れ、神田は、思わず見送った。
ツーストライク。

霞台の応援は、息を殺して、見ていた。

神田は、次こそは、ど真ん中と踏んだ。

木村のサイン。高山が、うなづく。
高山が、振りかぶった。
投げた。
『よし!予想通り。ど真ん中なら打てる。』
神田は、ボールを見た。そして、
『まさか!』と心で叫んだ。
神田の見たボールは、途中から信じがたい伸びを見せ飛んで来たのだ。
神田は、振ったが、完全に振り遅れ、ボールはキャッチャーのミットに収まった。

「ストライク!バッターアウト。試合終了!」の審判の声が響いた。

うおおおおとナインが集まって来た。
応援の100人が総立ちをして抱き合っていた。
星野ヶ丘の全員が立って、拍手をした。

「地区予選決勝は、霞台とですね。」洋子は言った。
「今日は、木村君が、光ったね。」吉川は言った。

「霞台と当たれるよう、俺たちも頑張らなきゃな。」と小林。
「ああ、俺は、打倒木村だ。」川村は言った。

二人は、霞台のベンチの前で、喜びを分かち合う部員達を、
同じ喜びの笑顔で、見ていた。



■次回予告■

最終回後編です。
いよいよ予選決勝、星野ヶ丘と霞台の試合を、
書きたいと思います。
読んでくださると、うれしいです。

星野ヶ丘高校野球部<第2部>③「木村感激のキャッチ」

翌月曜、洋子は、安藤に頼んだ。
「廃棄用の体育館マットがあったら、
 その厚みで、キャッチャーの胸のプロテクターを作ってくださいますか。
 それから、もう一つ。
 長方形の金網のようなものを、縦40cm、横60cm。
 金網のようなものを、針金ではなく、
径が8mm位の鉄筋の棒で作っていただきたいんです。
 さらに、その鉄の網の左右に、木の取っ手を付けて、
 両手で持って、顔の前にかざせる様にしてほしいんです。」
「あはは。また、何かを考えていますね。
 私は、溶接も免許を持っていますから、お茶の子です。
 霞台の木村君の特訓に使うんですね。」
安藤は言った。

「あら、霞台との練習試合を見てらっしゃったんですか?」
「あはは。他所の学校の選手のために。
 我が校の野球部も、お人好し集団になりましたね。」
「作ってくださいますか?」
「もちろんです。職員会議をサボってでも、作りますよ。」
と、安藤は、高らかに笑った。

安藤は、キャッチャー木村のための特別プロテクターを、
3日で作ってくれた。
監督の吉川は、またも、安藤に何度も何度も頭を下げた。

やがて、土曜日、霞台の高山と木村がやってきた。
高山は、小林と川村に誘われて、3人で練習を始めた。

洋子は、杉山と新田をサポートに頼み、
木村を、ピッチング練習コーナーに連れて行った。
木村に、マットの厚みのあるプロテクターを付けた。
「俺のために作ってくださったんですか?」
と木村は感激していた。
「もう一つすごいのがあるのよ。」
と洋子は、安藤の作ってくれた、鉄筋の金網を見せた。

「左右に持つところがあるでしょ。
 これを、顔の前に持つの。
 どんな速い球が来ても、この金網を持っていれば大丈夫。
 ボールが来たら、この金網を前に押して、ボールを押し返すの。
 押し返さないと、金網がボールに押されて、顔にあたるから。いい?」
「はい。完全防備ですね。」
「じゃあ、投げるわよ。160kmのボール。顔面に来るわよ。」

洋子は160のボールを投げた。
ボールは、木村の目のあたりにドンピシャ飛んで来た。
「恐い!」
と木村は、目をつぶった。
「目をつぶっちゃダメ。顔面には当たらないんだから、
 鉄網を信用して、最後まで、ボールを見るの。」
洋子は、160のボールを、木村の目をめがけて、どんどん投げた。
こぼれたボールを、杉山と新田拾い、カゴに入れる。

100球を過ぎたころ、木村は目をつぶらなくなった。
そして、金網で、ボールを前に押すことが出来るようになった。

洋子は、170kmのボールにレベル・アップした。
「うわっ。」
木村は、目をつぶった。
ものすごい速さだ。
だが、それも、100球ほど受けると、目をつぶらなくなった。

洋子は、ボールを180kmにした。
恐ろしい速さだ。
だが、鋼鉄の金網は、びくともしない。
木村は、金網を信頼して、だんだんボールを見られるようになった。
180を100球投げた。

「あ、見えます。ボールが見えます。」
と、あるとき、木村は叫んだ。
新田と杉山は、おおおおと飛び上がり、拍手をした。

「じゃあ、160kmを投げるわよ。」
洋子は、投げた。
「ボールが遅いです。楽勝です。」と木村。
「じゃあ、金網なしで、ミットで捕ってみる?
 160のボールよ。顔面に来るボールよ。」
洋子は言った。
「はい。投げてください。」と木村。
普通のマスクのプロテクターはしている。
「じゃあ、行くわよ。」
洋子は、木村の目にめがけて、160のボールを投げた。
木村は、見事にキャッチした。
「わあー!やったー!」
と、杉山と新田と木村で喜んだ。

「じゃあ、木村君。170kmが取れないと安心できないの。
 もう一度、網を構えて。」と洋子。
木村は、網を前に持って、170を目をつぶらずに見ることが出来ていた。
次に、180を20本やった。
そして、網を外して、170に挑戦することになった。
みんな、ドキドキしていた。
「大丈夫です。投げてください。」
木村は言った。
「じゃあ、顔のど真ん中、行くわよ。」
洋子は、木村の鼻のあたりに、170の剛速球を投げた。
ズバーン!
球は、木村のミットに収まっていた。
「コーチ、俺、目をつぶりませんでした。
 完全に捕りました。」
木村は、うれしくて立ち上がった。
うおおおおおと、杉山と新田が寄って来た。
「木村君、すごいよ、すごい。まだ、初日だよ。」
「うん、ありがとう。」木村は言った。
「これ、2時間のプログラムだったんだけど、1時間で仕上がっちゃったね。」
と洋子は言った。

顔面のボールが怖くなければ、体に来るボールは、少しも恐くない。
「じゃあ、マットのプロテクターで、体に来るボール行ってみようか。」
と洋子は言った。
「俺、多分、マットのプロテクターいりません。
 170を捕れると思います。」木村は言った。
「そう、じゃあ、低目行くわよ。」
木村は、身を低くして、低目に顔とミットを持って来た。
170が来る。
木村は、見事にミットに収めた。
うおおおおと、杉山と新田が声援する。
いろんな部分で投げた。
木村は、全部捕る。

「じゃあ、次は、150から170までを、混ぜて行くわよ。
 これ、むずかしいからね。」
洋子は言った。
直球においては、170より遅いボールに合わせるのは、難しくない。
木村はそう思った。
そして、150から170までのボールを見事に捕った。

「木村君。剛速球に対するキャッチは、全部できる。
 あとは、変化球の練習を今度やろう。
 ボールが、見えさえすれば、変化球はなんでもないからね。
 今日は、100点満点です。」
洋子は言った。
「ありがとうございます。俺、うれしいです。」
木村は、プロテクターのマスクを取って、涙をふいた。

「高山くんのボール、受けてみたらどうかなあ。」と杉山が言った。
「ああ、そうね。」洋子が言った。
そして、グランドの隅で、ピッチング練習をしている
高山、小林、川村のところへ行った。

「みんな、木村君、予定よりずっと早く仕上がったの。
 直球なら、もうどこでも捕れると思うんだけど。
 高山君、木村君に投げてみて。」
洋子がそう言った。
「ほんと?」と高山が言った。
「多分だけど。」木村が言った。

木村が、ミットを構えて座った。
まずは、ど真ん中。
高山は、振りかぶった。
『あ、前と違う。木村が堂々として見える。』
高山は、渾身の球を、ど真ん中に投げた。
ズバーンと音がして、木村のミットにボールがあった。

「高山。次はここだ。」
木村は、足を右に出して、体を低目に構えた。
低目ギリギリのストライクコースだ。
今までの木村が取れなかったコースだ。
高山は、振りかぶった。
そして、差すような鋭い直球を投げた。
木村はミットに顔を近づけて、確実に捕った。

「よし、俺が、バッターに入ってみる。ずっと捕りにくいからな。」
川村がバッターに入った。
木村は、顔の横、高めアウトコースにミットを構えた。
これも、今まで木村が取れないボールだった。
高山は構えた。
祈る気持ちで、全力の球を投げた。
川村は振った。
しかし、ズバーンと音がして、ボールは、木村のミットの中にあった。
木村はいつも、ミットに顔を寄せて、確実に捕っていた。

「木村!お前!」と高山は、涙を浮かべた。
「俺、捕れるんだ。変化球はまだだけど、直球なら何でも捕れる。」
「そうか。」と言って高山が走って来た。
木村も涙を浮かべて、高山のところへ走って行った。
二人は抱き合った。
小林と川村は、もらい泣きをしていた。
みんなが、集まって来た。
「よかったな。まだ、1日じゃね。」
「すごいよ。よかったな。」
みんなで、わいわいと言った。

洋子は、少し離れたところにいた。
横に杉山と新田がいて、
「コーチとしては、最高の喜びですね。」と言った。
「安藤先生のお蔭もあるんですけどね。」
と洋子は言った。
洋子は、安藤を見つけた。

監督が、ちょうど木のそばにいる安藤に近づいていき、
帽子をとって頭をさげていた。


■次回予告■

次回、最終回です。
高山と木村という強力なバッテリーの誕生で、
霞台高校野球部は、予選を勝ち抜き、
とうとう緑ヶ丘高校と甲子園出場をかけて戦います。
(時間がなく、明日投稿できないかも知れません。)
プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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