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リナ、誕生!(新宿編7 前編)

今回は、典型的な女装マンガのようになってしまいましたが、実話なんですよ!

可愛い可愛いリナちゃんが誕生します。

===============================

水曜日。
着替えようと思ったらドレスが2つある。
「ママ、ナナはどっちですか?」
「花柄の方よ。」
「白いのは誰にですか?」
「後で話すわ。」
とママ。誰にだろう?

着替えの終わった私。
今日は、花柄のワンピース。七分袖。
ショートヘアー。
胸には、金属のネックレス。
脚をくすぐるスカートの感触がたまらなくいい。
憧れの花柄。
ああ、幸せって思った。



お店の準備をしながらママに聞いた。
「ママは、おねえ言葉を使いませんね。どうして?」
「おねえ言葉ねえ。」とママは考える。
「ここでは、使わないわ。その必要がないもの。」
「どうして?」
「うーん。ここは、しんみりやっているからかな。
 大きい店だと、お客さんを笑わせて、がんがん盛り上げる必要があるでしょう?
 そういうとき、おねえ言葉は最高よ。
 それにね。おねえ言葉って、年上の人にも年下の人にも使える便利な言葉なの。」

「ママ、おねえ言葉使えますか?」
「そりゃね。」
「使ってみせてくださーい。」私はうきうきジャンプしながら言った。
「あら、や~ねぇ。アタシったらすぐ調子にのせられて、ホントおたんこだわ。」
ママはしなを作りながらそう言って、エプロンの端を加えた。

「あはははは。ママ上手!」と私は男笑いをしてしまった。
「ナナったら、今一瞬、男だったわよ。」とママ。
「あらん、やだわ。ナナったら、ホントおたんこ。」ってやってみた。
ママは、笑って、
「上手、上手。ナナ、これからおねえ言葉でいく?」
「そうしようかな。」
ママと二人で笑った。



「あ、そうだ、今日はかわいいお客様が来るの。」
「誰ですか?」
「近藤さん知ってるでしょう。
 あの方が、女装に関するコラムをお書きになったの。
 そしたら、高校生の男の子から、真剣なお手紙が来たらしいの。
 その子は、女装したいのに、することができなくて、
 一生に一度でいいから、心いくまで女装がしたい。
 女装ができたら、死んでもかまわない…みたいなことが書いてあったんだって。

 で、近藤さんは、その子の願いを叶えてあげたくて、
 編集室に呼んで話を聞き、昨日、二人でここに見えたの。
 あたし準備がなかったし、そういうのは、ナナの方がいいと思って、
 今日来てもらうようにしたの。水曜はお店暇だし。」
そう、ママが言う。

「あ、それで、紙袋と二人分の衣装とかつらがあったんですね。
 コートとバッグも2人分ありましたよ。」
「ナナと二人で、散歩させてあげるためよ。」
「わあ、それ喜ぶでしょうね。ママって、気が利くし、優しいなあ。」
「もうすぐ来るかも知れないわ。ナナよろしくね。
「ね。どんな子でした?」
「ナナと同じ人種の子ってとこかな?」
「どういう意味ですか?」
「会えばわかるわ。」
「同じ人種??でも楽しみ!早く会いたいなあ。」
私の心は躍った。



わかるなあ…と私は思った。
中学生のとき、洋服店に行って、欲しい下着や洋服のリストを紙に書いて、
誰か女のお客さんに、
「一生のお願いですから、ここに書いてあるものをボクの代わりに買ってきてください。」
そう言ってお金を渡して頼むことを、何度心に描いただろうか。
2万円でいいかな…なんて金額まで考えてた。

マネキンがかぶっているかつらを、どれだけ欲しと思ったことか。
もし、世界中の時間が止まったら、私はデパートに行って、好きな洋服を着て
マネキンのかつらをかぶる。
そうならないかなあ…と真剣に考えたりした。

私は、どれも実行できなかったし、実現しなかった。
でも、もうすぐ来る子は、別の形で実行したんだ。
えらいな。
精一杯、接してあげよう。そう思った。



私はドキドキして、その子を待った。
やがて、近藤さんが一人の高校生を連れてきた。
ぱっと見て、「かわいい。」そう思った。女の子顔だ。
私は、胸がキュンとなった。
私より小柄。身長は155cmくらい。
髪は長く伸ばしていなくて、少年ヘアーだった。

「じゃあ、お願いね。」
とママに言われ、私は、その子に近づいた。
はっと思った。女の子の匂いがした。(ママが言った同じ人種って、このことかな?)

その子を部屋に案内した。
小部屋には、ママが必要なものを紙袋にまとめてある。
近藤さんは、ママと飲んでいる。

私はその子に言った。
「あたしは、ナナといいます。今日あなたのお世話をさせていただきます。」
「お願いします。」とその子は言った。(あ、女声の子だ。私と同じ。)

(きっとこの子も、男として私と同じ苦労をしてきた…。)

私はストールに掛けてくれるように言った。
その子は、気の毒なくらい緊張していた。
当然だ。

「あの、あなたをお呼びする名前を決めてください。」
「ぼ、ぼくのですか?」
「はい。かわいい女の子の名前を考えてください。」
「じゃ、じゃあ、リナ…がいいです。」
「えっと。リナさん、リナちゃん、それともナナの妹になって、リナって呼び捨てがいいですか?」

ちょっと考えていた。
「ええと、ナナさんの妹がいいです。」とその子は、顔を少し赤らめて言った。
私は微笑んで、
「じゃあ、ナナもお姉さんとして、言葉を変えますね。」と言った。



「じゃあ、いいこと?リナはこれから女性の下着に着替えるの。
 ナナは目をつむっていてあげるから、裸になって、
 このショーツとパンティストッキングを履くのよ。」
そういって、白いショーツとパンティーストッキングを渡した。

リナは苦心しているようだった。
きっと震えているんだろうなと思った。

「履きました。」リナは言った。

リナの脚が目に入った。(私と同じ。すね毛らしいものがない。)

リナを鏡に向かわせた。(メイクの過程を覚えて欲しかった。)

ママは、みんな白で統一したようだった。
初めての子は、白が似合う。私もそれに賛成!

リナに白いブラをつけ、中に詰め物をして、
上から白いスリップをかぶせた。

次はメイク。
眉は私より淡い。(ステキ!)

ファンデーション、パフ。アイライン。シャドウ。
全部薄く。付けまつげは止めた。その代わり、マスカラ。
頬紅。そして、ピンクのリップ。

すごく可愛い女の子に仕上がっていった。
私はうれしくてたまらなかった。リナはもっとだろうと思った。

「リナ、ウィッグをかぶるわ。」
ママが用意していたのは、前髪のある、肩までのセミロングのかつら。

それをかぶせ、ヘアブラシで整えると、一気に女の子が誕生した。
可愛い。



「リナ。可愛いわ。どこから見ても女の子よ。」

リナは、うつむいてしまった。
「リナ、どうしたの?」

「感激してるんです。なんか、泣いてしまいそう…。」リナが言う。
「泣くのは、お洋服を着てからでいいわ。さ、立って。」

ママが用意してあったのは、白いサテンの厚地のワンピース。
長袖。

ストールを寄せて、ワンピースを着させた。
背中のファスナーを上げて、ウエストのリボンを後ろで結ぶ。
白い靴を履く。そして、出来上がり。

「リナ、女の子になったわ。」私は言った。
ほんとに可愛い。私は感激していた。

リナは、鏡を見て、そして、うつむいて、涙をこぼし始めた。
私はリナの気持ちがわかり、思わずリナを抱いた。

リナは泣きながら言った。
「お母さんの下着を…こっそり…着たことがあったけど、
 こんなにちゃんと…してもらったの…初めてだから…うれしくて…。ナナさん…ありがとう…。」


つづく
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小野さんのアパートへ行った(新宿編6 1話完結)

土曜日。
明け方までの勤務だ。

今日の衣装は、赤と黒のストライプが斜めに入った、すごくステキなドレス。
七部袖。胸が開いているので、ママはペンダントを貸してくれた。
ウィッグは、最近お気に入りのショート。

私は、銀のトレーを見つけたので、
ママにちょっと曲芸を見せた。

「ほら、ママ。ナナ上手でしょう。」
そういいながら、銀盆の上に水の入ったコップを乗せて、
それを自由自在に動かした。
コップの水は一滴もこぼさない。

「ナナ、喫茶店のウエイトレスの仕事は、本当だったの?」とママ。
「喫茶店じゃないです。キャバレーのボーイです。」と私。
「キャバレー?どこの?」とママは少し驚き顔。
「歌舞伎町の、○○観光ビルの二階です。すごく広いところでした。」
「ああ、あそこね。あそこでボーイしていたの?」
「3ヶ月やりました。ホステスさん。毎日50人くらいいましたよ。」
「でしょうね。」
「知らなかったわ。ナナは、何でもやったのね。」
「夜の世界を知りたかったんです。」
「で、どうだった?」
「お店が終わったとき、毎日3人ぐらいのホステスさんが泣いてました。」
「私の六本木時代と同じだわ。毎日誰かが泣いていた。」
「それを、黒服のマネージャさんが、慰めていました。」
「それも同じだわ。」
「ママも泣いた?」
「そりゃね。ショーの踊りの練習が厳しかったし、
 ヘルパーさん、やらせてくれなかったり。」
「あ、わかります。ヘルパーさんて、人気のホステスさんに付く人ですよね。」
「そう。その人に嫌われると、もう付けてもらえなかった。」
「そういうとき、どうしたんですか。」
「お店に早く行くの。ご指名のないお客さんが来たときは、
 早く来た順で、お客さんに付けてもらえたから。」
「ああ、だから2時間も早く来ていたホステスさんがいたんですね。」
「どこも同じだと思うけど。」



「ナナは、どうしてそこを辞めたの?」
「だって、1日6時間毎日働いて、月給は2万円ちょっとだったんですよ。」
「それは、あんまりね。ホステスさんの方がいいと思った?」
「いいえ。給料が安くてもボーイの方が気楽だと思いました。
 ホステスさんは、大変です。」
「ナナ、今そのホステスさんなのよ。」ママが笑いながら言った。

そうかあ…っと思って、不思議な感慨があった。
いつの間にか、私は、ゴールデン街のホステスだった。
そのことを、はっきり意識したことがなかった。
「女」として、男性客の気を惹く立場にいる。
まだ、ピンと来ないなあと思った。



お店の看板に火を点すために、ドアの外に出た。
そのとき、私を呼ぶ声を聞いた。

「ナナさん。」

女性の可愛い声。
驚いて振り向くと、小野さんが立っていた。
びっくりした。

「小野さん!どうしてここに?」
「ナナさんともう一度お話がしたくて。」
「お店で?」
「ううん。ナナさんの時間が空いているとき、ゆっくりと。」
「でも、こんな時間に、女の子が一人でここにいては、ダメです。
 今、ゴールデン街の外まで、送ります。」

私はママに事情を話して、小野さんを、大通りまで送ることにした。

私は、小道の酔っぱらいや、立ちん坊の女性(?)から小野さんを守りながら歩いた。

「どうしてナナと?」そう聞いた。
「私、自分がわからなくなったの。ナナさんとお話すれば、はっきりする気がして。」
小野さんは、そう言った。

小野さんは、早稲田のアパートに来て欲しいという。
私は、喫茶店が月曜日は休みということにして、
月曜日の昼の2時に、高田馬場駅で待ち合わせることにした。



約束の月曜日。
小野さんと約束したものの、さて困った。
私は、家族と暮らしている。家から女装で出るわけに行かなかった。
それに、外出用の女物があまりない。
バッグ、靴。

しかたがないので、いつもの詩を売っている格好で行くことにした。
黒いとっくりのセーター。上着はコールテンのロングコート。元々女物だ。
下着だけは、女物を身に付けて行った。
どこかで、胸に詰め物を入れる。髪は1本に結ぶ。両耳の横に1房ずつ髪を垂らす。
ピンクの口紅を薄く引く。
一応、これで女の子に見えるかなと思った。(ほんとは、スカートにしたかったけど妥協した。)



駅で、小野さんは私を見るなり、
「わ!ナナさんの素顔もステキだわ。」
と言ってくれた。
(小野さんこそ可愛い。)

小野さんのアパートは、4畳半で、真ん中に小さなコタツがあった。
回りは、本棚で、本がたくさんある。

小野さんは、あの日のママと同じことを言った。
敬語を使わないで。私のことを「久美」って呼んで。
だから、私も言った。ナナって呼んでって。



「ナナ、コーヒーを淹れるわ。」
そう言って小野さんは、半畳ほどの台所に立った。

「久美。本を見せてもらっていい?」
「どうぞ。」

難しそうな本ばかり並んでいた。

コーヒーを淹れてもらい、コタツに小野さんと向かい合って座った。

「久美は、これらの本、全部読んだの?」私。
「まさか。飾っているだけ。」と小野さん。(でも、読んでるんだろうなと思った。)
「ナナが、久美のお役に立つの?」と聞いた。
「あたし、こうしてナナといっしょにいたかっただけかも知れない。」
小野さんはそう言う。
「どういうこと?」私は聞いた。
「ナナが、『水子』って知っていたでしょう。
 あのときから、ナナに惹かれてしまった。
 女同士なのに、ナナにちょっと恋をしてしまった。」

(どうしよう…と私は思った。私が可愛いと思っている人に、すごいこと言われてしまった。)

「隣にいってもいい?」と小野さん。
「え、ええ。いいけど。」私。(ほんとに、どうしよう…。)

小野さんは、小さなコタツの私の隣に来て、私にもたれた。
小野さんの髪のリンスのいい匂いがした。
「女の子にこんな感情持ったの初めて。」
「……。」
「女の子同士だからかな、こんなに素直になれるの。」

「お店に立ってるナナは、すごく素敵だった。
 でも、こうして素顔でいるナナもすごく素敵。」

私は、可愛い小野さんを抱きしめたくなったけれど、それを懸命に我慢していた。

小野さんは、目をつぶっているみたいだった。

小野さんの柔らかそうな唇。キスをしたくなる。



そのうち、小野さんは、パチッと目をあけて身を立て直した。

「ごめんね、ナナ。ナナにちょっと甘えたかったの。」

「ううん。うれしかった。」と私は正直に言った。

「コーヒのお替わりいれるね。」

小野さんは立って、コーヒーをもって、今度は私の正面に座った。



私は、小野さんの本棚から、1冊の詩集を抜いた。

「見ていい?」と私。

「金子光晴、好きなの?」私の取り出した本を見て、小野さんが言った。

「一番好き。久美の本棚にあったからうれしかった。」

「そう。ナナは不思議少女だから、もう驚かない。」

私は、詩の一説を、口に出して読んだ。

『忘れろ。忘れろ。人間のすることなど
 忘れればきれいなものだ。蚤虱ものこらない。
 おおかたのことは、大小となく
 世界が忘れてきたように。』

「あたしは、辛いことがあると、この言葉を唱えて、忘れてきたの。」私は言った。

小野さんは、じっと私を見つめていた。

「私、その詩集まだ読んでいなかったの。
 ナナは、私のために、わざわざそこを探して、聞かせてくれたのね。
 今のフレーズを聞いて、私、何か自分を吹っ切れそうな気がする。ありがとう、ナナ。」



高田馬場駅で、小野さんと別れた。
駅の改札は込んでいた。
人並みに見えなくなる小野さんへ、私は大きく手を振った。

商売上のウソ(新宿編5 後編)

ラーメンを一つずつ運んだ。

学生さん達は、しばらくはお話を止めて、ラーメンを食べていた。

ママがエプロンをはずして、私の横に来た。
学生さん達に、

「今日は、大勢で来てくださって、うれしいわ。
 ごゆっくりなさってね。」そう言った。
そして、私に。
「ナナはこちらについてね。一人で出来るわね。」と言った。



ラーメンを食べ終わったみなさんは、お話で盛り上がっていった。

私は飲みもののお代わりだけを聞いて、後は、黙って立っていた。

みなさんが、水割りを何倍かお代わりをしたとき、お話は映画のことになっていった。
そして、「新宿泥棒日記」のお話になったとき、私はうれしくて心が躍った。

さらに、話題が唐十郎の話になったとき、
私は、思わず身を乗り出してしまいそうだった。
(出しゃばっちゃダメ!)自分に言い聞かせた。

お一人が、唐十郎の劇中歌を口にした。(チムチムチェリーの替え歌。)

♪朝は海の中、昼は丘、夜は川の中 それは誰?
 ベロベロベ ベロベロベ 子供さん ここはアリババ謎の町

最後は、みなさんで合唱していた。



「これは、スフィンクスのパロディよね。」と宇井さんが言った。

「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足…ってやつ?」遠藤さん。
「あれ、答えは、確か『人間』だよね。」井上さん。
みなさんが、そうそうと言う。

「じゃあ、唐十郎の歌の答えは何?」安藤さん。

♪朝は海の中 昼は丘 夜は川の中…それは誰?

う~ん。とみなさん考えていた。
みなさん、真剣に考えている。
ひとときの静寂が訪れた。

「あの、それは、『水子』です。」私は、言ってしまった。

みなさんが、一斉に私を見た。

私は、言ってしまった口を両手で塞いで、思わず下がった。(出しゃばってしまった。)

「ナナさん。水子って、堕胎児のことだよね。」井上さん。

「ナナさん。どうして、水子なの?教えて?」小野さんが言った。

私は困って、ママを見た。ママはうなずいて、OKサインをしている。

「あの、海はお母さんの羊水のことで、
 丘は、取り出された外界。
 そして、その夜には、川に捨てられる。」
そう言った。

「ナナさん。すごい!きっとその通りだわ。どうしてわかったの?」小野さん。
みなさんも、そうかあという顔をしていた。

「すごくないです。戯曲「アリババ」を読んでいただけです。」と私。

「戯曲「アリババ」を読んでいたあ?!」とみなさんは驚いたように一声に言った。

そのとき、ママがにこにこしながらやって来て、私の肩に手を掛けた。

「えへん、みなさん。」とママは言って、
「ナナは、不思議な子だから、驚かないでくださいね。
 それよりもっと驚いて欲しいことがあるわ。」
「何です?!」とみなさん。
「先日、唐十郎さんと鈴木忠志さんが、お店に来て、2時間半も話していかれました。」とママ。
「ええ?!」とみなさん一声に言った。
「唐十郎が!鈴木忠志も!」
「そうでーす!」ママは得意そう。

「この店は、一体何なんですか!
 ラーメン食べられるし、ナナさんみたいな不思議な人がいるし、
 あんなすごい人達も来るし。」安藤さんが言った。

「ただの、ラーメン酒場よ。」とママは言って笑った。



その後、みなさんは、また話に盛り上がっていった。
小野さんだけが、少し落ち込んでいるように、静かだった。

みなさんは、11時に腰を上げた。

私は、玄関まで見送った。

そのとき、小野さんが、私の手を取って言った。

「ナナさん。私あなたに失礼なこと言ったわ。ごめんなさい。」

「何のことだか、わかりません。」と私は正直に言った。

小野さんは、
「中学を出て働いているあなたを立派だと思いながら、
 同時に私、あなたを憐れんでしまったの。
 だから、上からの目線で、励ましたりしてしまった。
 傲慢だったわ。反省してるの。ごめんなさい。」
と言った。

(小野さん。謝るのはぼくの方だよ。ウソを言ってしまってごめんなさい。)

「小野さんのお言葉、うれしかったです。
 謝っていただくことなんて、何もないです。」

私は心で謝りながら、そう言った。



みなさんは、ドアの向こうに行ってしまった。

ドアの前で立ちすくんでいる私のそばに、ママが来て、私の肩に手を添えた。

「ナナ、あの子が反省したことは、正しいわ。いい子ね。
 今日も言ったけど、ナナのウソは商売上の作戦だから、罪じゃないわ。」ママは言った。

私は、少し安心した。でも、小野さんの方が、ずっと自分に正直だと思った。


お店の中は、祭りの後の淋しさが残っていた。

私のプロフィール(新宿編5 前編)

ママの店に、私は、月、水、土の週3日出るようになった。
アメリカ留学が早く実現するように、
少しでもお金を貯めなさいというママの言葉だった。
深夜までやるのは、土曜日だけ。あとは12時まで。

月曜日、ママと二人で開店の準備をしていた。

私は、客席側の床を掃きながら、言った。

「ママ。毎回お洋服を只で借りるのは申し訳ないです。
 少し、洋服代を取ってください。」

「だって、初めのとき約束したじゃない。
 毎日、只でお洋服を貸してあげるって。」とママ。

「でも、なんだかママに甘えているようで、気が咎めます。」私。

「それは、ないわ。」ママがカウンターから真顔で私を見て言った。

「だって、あたし、ナナの移り香のあるドレスをいつも抱いて寝るんだもの。」
「また!ママったら!」私は箒を振りあげて、「め!」をした。
「ナナの香り、だ~い好き。」ママは笑って、カウンターの陰に入った。



変身タイムになった。
着替え部屋に入ったら、鏡の横に、ショートヘアーのウィッグがあった。
柔らかいウエーブがあって、耳が少し隠れるくらいの長さ。
前髪が6:4くらいに斜めに別れている。
わあ、ステキだなあと思った。
今日は、水色のドレス。サテン地のミニのワンピース。

メイクを済ませ、ドレスを着たとき、ママが来て、
ショートのかつらを上手にかぶせてくれた。

「ナナ、可愛いから、ショートもすごく似合うわ。」
そう言って、ママは、私の両ミミに、白いボタンのような、
大きなイアリングを付けてくれた。
「ね。ショートだとイアリングが映えるでしょう。」ママがうれしそうに言った。

ママは一体どれだけドレスを持っているんだろう。



9時。
一番のお客さんが入ってきたとき、私はドキン!
2人連れの黒人。
基地の人かな?

そのお客の一人がママに、必死で日本語を話している。
「・・・・・ラーメン・・ある?OK?」

そのとき、ママは、ぺらぺらぺらっと英語で答えた。
すると、二人は、すごく安心した顔をして、
こなれた英語でママに話した。
ママが、すべて見事に英語で答えて、二人を笑わせている。

私は、ママに近づき、小声で、
「ママ、すごーい!英語ぺらぺら。」と言った。
「何よ。もと商社マンだって言ったでしょう。」
「そうっか。でも、尊敬!」



黒人のお客が、ママに聞いたらしい。
「アンナ若イ子、オ店デ働カセテイイノ?」
「彼女、何歳ニ見ミエマスカ?」とママ。
黒人のAさんは、私を見て、
「ウ~ン、12サイ?13サイ?」と言う。
ママは笑って私に言った。
「ナナ、新記録よ。12歳だって。」
12歳ったら、小学6年生。まいるなあ~いくらなんでも。私は思った。

ママはAさんに、
「安心シテクダサイ。ナナハ16歳デスカラ。」
「ホントウ?日本ノ女性ハ、ミンナ若ク見エテ、歳ガワカラナイ。」
と言って、首を振った。



2人のお客が帰った後、ママが言った。
「ナナ。ナナのプロフィール決めておこうか。」
そして、
「ナナは16歳。中学を出て、働き口を探しに、新宿に来た。
 実家は、とても貧しくて、ナナは仕送りをしている。
 昼は、喫茶店でウエイトレスやっている。
 成子坂の安アパートに一人で暮らしてる。
 12時までのお客様には、女の子。
 土曜日の12時からは、女装の子にしよう。
 いわば、薄幸で健気な女の子または、女装の子。」
そうママが言った。

「そんな、ウソのプロフィールでいいんですか?」と私は聞いた。
「いいの。お客様は、ここの辺で働く子に、そんなイメージを持っているから。
 お客様は、そんなイメージの子を可愛いって思うわ。
 ここは、虚構の世界だから、お客様は、それを承知で楽しみ来るの。」
そう、ママは言って、されに、
「だって、例えば、ナナが東大の学生ですなんて言ったら、お客様、みんな引いてしまうでしょう。」
と言った。
「東大なんかじゃないです。」
「だから、例えばの話よ。」
私は、なんとかわかった気がした。



ドアの外で賑やかなお客の声がした。

「ここだよ。ラーメン500円。ほんとに食べれるって。」
「本当?」
「マジかよ。」

そんな声がして、入って来たのは、先日の学生さん。
今日は、5人。
お店は、満杯になった。

「ママ、約束通り、仲間連れてきたよ。」安藤さんがそう言った。

男性が3人。女性が2人。女性2人は、男性に挟まれて座った。

お店はほぼ満杯に成り、一気に賑やかになった。

私はおしぼりを、
安藤さん、井上さん、宇井さん(女性)の名前を呼びながら渡した。

「おお、ナナさん。名前覚えていてくれたの?」と安藤さんが言った。
「ええ。」と私は笑顔で。

それから、初めての、女性と男性に、
「ナナです。よろしくお願いします。」と言っておしぼりを渡した。
「遠藤です。(男性)」
「小野です。(女性)」
と初めての二人は言った。(私はインプット。)

みなさんの注文は、全部ラーメンだった。
(ママ、大変だ。)

「な、みんな。ナナさん、可愛いだろう。」と安藤さん。
初めての人もうなずいてくれた。
「ナナさん。ショートにしたの?すごい似合ってる。」と井上さん。
「あ、これ、かつらです。」と私。
「あ、そうかあ。」と井上さん。

私は、私の正面の小野さんが、可愛いなあと思っていた。(話しかけてくれないかな?)

安藤さんが、私の紹介をした。
「ナナさんはね。昼間は、喫茶店で働いてるの。
 昼も夜も働いて、俺達学生より、ずっとえらいんだからな。」

「ナナさん。お幾つ?」小野さんが聞いてくれた。(やったあ!)
「16歳です。」と答えた。
「じゃあ、高校へ行かずに働いてらっしゃるの?」と小野さん。
「はい。中学を出てから働いています。」
「何か目標があって、働いてらっしゃるの?」
「いえ。実家がちょっと苦しいから、私が働かないと…。」

小野さんの視線が、少しうつむき加減になった。

私は、答えた後で、真剣に聞いてくれている小野さんに対して、ものすごく気が咎めた。
ママは、ああ言っていたけど…。

小野さんは、また私を見た。

「一人で暮らしてらっしゃるのね?」小野さん。
「ええ。アパートに…。」(ああ、辛い。)
「大変でしょう?夜のお仕事って。」と小野さん。
「いえ。ここはいいお店ですから…。」私。
「じゃあ、よかった。がんばってね。」と小野さん。
「ありがとうございます。」と私は頭を下げた。

中年や熟年のお客にならともかく、
学生である純粋な小野さんの、真っ直ぐな視線が、何度も胸に突き刺さった。
本当にこれでいいのかな…。私は大きな良心の呵責に苛まれていた。


つづく

ママの身の上話(新宿編4 後編)

ママは、少しうつむき加減で、語り始めた。

「あのね。私子供のときから、ずっと女の子になりたかった。
 学校でステキな女の子にいつも憧れていた。
 あんな女の子になりたいって。

 女の心をずっと押し殺して、中学、高校。
 そして、大学を出て、会社に勤めた。
 でも、そこで限界だったの。

 もう女としてしか生きていけないと思って、
 会社を辞めて、ゲイボーイになった。

 六本木のお店で働いて、ホルモン打って、去勢して、
 だんだん女の体に近づいてきた。
 そして、26歳のとき、性転換手術を受けたの。



 私、男の人に抱かれるのが好きだった。
 私は男の人が好きなんだと自分で思ってた。
 でも、それは、錯覚だったの。

 男の人に抱かれているときは、
 自分が女でいるっていう気持ちが強くするでしょう。
 あたし、その気持ちに満足していただけなの。
 男の人が好きだったわけではなかったの。
 悪く言えば、男なら誰でもよかったの。

 私の心はずっと女だったと思うけど、
 ふとしたときに、やっとわかったの。
 私が好きなのは、実は女性だって。
 子供の頃のステキな女の子への憧れは、
 実は、恋だったということが、わかったの。

 私は、女として女性を愛したかった。
 つまり、私はレズビアンだったの。
 私はレズビアンの女になるために、性転換手術を受けたのだって、
 後になって、それがわかった。遅いわよね…。」



「レスビアンの夢は叶った?」
私は聞いた。

「ある女の子に恋をしたわ。
 セックスもした。でも、ちがっていたの。
 私が夢に描いてきたレズビアンの世界じゃなかった。
 私は失望して、それから、男も女も愛せなくなった…。」

ママは、少し泣いているみたいだった。



「典子、そんな大事なお話を、なぜ聞かせてくれたの?」
私は聞いた。

ママは、私を見た。

それから、私の体に腕を回して抱きついてきた。

ママの胸の膨らみを感じた。

私は、私の胸に頬をあてているママの背中に、そっと手を置いた。



「ナナが初めてお店に来たとき、女の子だと思った。
 見かけだけじゃなかったの。

 あたしは、ナナに女の子を感じた。
 ナナには、男の子の匂いがしなかった。
 女の子の匂いがしたわ。
 不思議だった。

 それ以来、ナナのことが好きになった。
 私のドレスをナナが着てくれていることが、うれしかった。
 可愛いドレスを着て立っているナナのことが好きでたまらなくなった。
 誰も愛せないと思っていたのに、あたしは、ナナを愛してしまった。
 誰かを愛せた自分がうれしかった。
 だから、ナナはあたしにとって特別。あたしの宝物…。」

ママは、そう言って、私にしがみついてきた。

私は、ママの髪に頬をあてて、
ママを強く抱きしめた。

私はゆっくりと言った。

「ナナは、女の人が好き。だから、女性である典子ももちろん好き。
 綺麗だし、ステキだし、優しいし。ナナも典子が好き。」



しばらくして、私はママを抱く腕を解いた。
私を見上げるママに言った。

「典子…、キスしよう…。」

ママがうなずく。

目を閉じるママに、私はそっと唇を重ねた。


ママと私は抱き合い、絡み合い、キスを重ねて、
甘いレズビアンの陶酔の中に、身を沈めていった。


===========================

〈エピローグ〉

大きなベッドの上、一つの毛布の中で下着姿のママと私。
時が終わって、私に背を向けて眠っているようなママ。

私は、ガバと起きた。
『もしかして…。』

「ママ!もしかして、あれ全部お芝居でしょう!」
「あれって?」とママ。
「長いママのお話。あれウソでしょう!」
「どうして気がついたの?」とママ。
「わあ~ん、バカバカバカバカ。」
私はママの顔に枕をかぶせて、たたいた。
「ごめんなさい。ゆるして。お願い。」
ママは起き上がって、笑いながら、
「あたし、男だあ~い好き。」             
「何よお。全部信じちゃったじゃない。ああ、損した。」
「気分出たでしょう。ナナ、2回も果てたくせに。」
「それ言わないで!もう、ママのこと絶対信用しない!」
「ね、来週またやろう?今度のシナリオはナナが考えて?
 ナナ、得意でしょう?」
「絶対、知らない!」
「さあ、お昼にしよう。お料理あたしプロだから。ね。」


〈そのまたエピローグ〉

「帰りは一人で帰れます。」
そう言って、ママとマンションのドアでさよならをした。
ママは、4階のベランダから私が見えなくなるまで見送ってくれた。


夕方の成子坂を登りながら、ふと考えた。

あれは本当よというウソは、ウソつき。
あれはウソよというウソは、正直。

私は心の中で、くすっと笑った。

『多分だけど…、ママは正直。』



後編 終わり。

アメリカの女の子にしてあげる(新宿編4 前編)

今回もまた長くなりました。だらだらと書いてしまいました。ほとんど物語性ないです。

ああ、こうやって言い訳するのが、習慣になってきています。反省……。

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木曜日は、お店の定休日だった。
典子ママが、マンションに遊びにいらっしゃいと言ってくれた。
約束の午前10時に、私は新宿駅の西口で待っていた。

季節は12月に入り、前を通る人たちは、みんなオーバーに身を包んでいた。

しばらくして、ママが来てくれた。
ママは、白いミニのスカートにブーツ。
そして、黒い長めのコートを着ていた。
抜群のスタイルだ。

「あら、今日は男の子の格好ね。」とママは、私を見て言った。
私は、ジャンパーに野球帽をかぶっていた。(いつもと同じなんだけど。)

ママと二人で、西口から成子坂を下って行った。
右手には、古めかしいアパートがずらり並んでいる。

「新宿のホステスの卵は、みんなあの辺に住んでいるのよ。」
「ぼくも住みたいです。」
「月に8000円くらいね。北側だと6000円で住めるわ。」
「安いですね。」
「でも、日は当たらないし、畳はでこぼこよ。」

「ここよ。」とママが見あげた。
「わあ、ステキなマンションですね。」

私はママの部屋が見たくて、うずうずしていた。
4階。鉄のドアを入ると、明るい光があふれていた。

20畳もあるかと思える広い部屋。
大きなテーブルのある台所。
ベッドルーム。まだ部屋がありそう。

「お茶を入れるわ。」ママに言われ、私は大きなクリーム色のソファーに腰掛けた。
余分なものがほとんどない整頓された部屋だった。

ママが紅茶を入れてくれ、二人で飲んだ。

「お茶が終ったら、シャワー浴びる?」
「あ、家で朝浴びてきました。」
「じゃあ、お茶が済んだら、早速女の子にしてあげるね。」
私は、ドキン。
『女の子にしてあげる。』いつ聞いても心が躍る言葉。

「ナナは、アメリカに行きたいって言ってたわよね。」
「はい。」
「じゃあ、今日はアメリカの女の子みたいにしてあげるわ。」

(もう、ドキドキしてきてしまった。ある場所が大きくなってくる…。)

お茶が終わった。

大きなリビングの他に、化粧部屋があった。
大きなドレッサー。化粧品が並んだ、テーブル。
棚に並んだ、ウィッグの入った丸い筒の箱箱。
(多分)下着の入ったタンス。

「今日は、私の下着を着けるのよ。」(ドキッ!また大きくなって来る…。)

「今日は、全部ピンクでいこうか。」

「じゃあ、全部脱いで、このショーツだけになって。」

ピンクのショーツを渡された。

「ママ、ダメです。そのう、大きくなってしまって…。」
「じゃあ、このガードルをとりあえず履いて。」

渡されたガードルを着けた。

「女の子のウエストを作ってあげるね。」

ママが取り出した下着。憧れのコルセットだ。

「知ってるでしょう。これ。」
「はい。写真で見たことあります。」

ブラ付きのピンクのロング・コルセット。
「ウエストの位置を女の子の位置に合わせるの。」
前のホックを掛けていく。そして、背中の紐をぎゅーっと引っ張る。
ウエストだけじゃなく、肋骨までが締まってくる感じ。

「苦しい?」
「いえ、まだ平気です。」

肋骨がさらにしまる。すごく細くなった。
ちょっと苦しくなった。
「ママ、そのくらい。」
ママは紐を引っ張るのを辞め、紐を後ろで結んだ。

「どうお?立ってごらんなさい。」

姿身で見た。すごい。ウエストが女の子の位置で、すごく細くなってる。
同時に、ヒップがあるように見える。
コルセットのブラの部分が膨らんで、もう女の子のシルエットになっている。
(ガードルの中で、私の部分が感激でまた大きくなっている。)

「今、あなたのウエストは、55センチになっているはず。すごいスタイルよ。」

「ナナは、身長の割りに、足が長いのね。すごく素敵よ。」

それから白いストッキングを履いた。両方。

「ここで、ガードルを脱がなきゃだめ。
 目をつぶっててあげるから、ガードルを脱いで、
 コルセットのストッキング止めで4箇所とめるの。」
「はい。」

「留めました。」
「じゃあ、ショーツを履くの。ストッキング留めの上から履くのよ。
 そうしないと、おトイレの度に大変でしょ。」

そのとき私の部分は、奇跡的に興奮が収まった。

「ママ、履けました。」

ママは、振り向いた。収まったといえあそこは膨らんでいる。

「女の子に見えるショーツの履き方、教えてあげるわ。」

ママはそれから、魔法を使った。
私の丸い物を体内に収めた。収まる場所がすぐそばにあることを知った。
そして、私の長い物を、後ろに回し、そして、ショーツを履く。
すると私の股間は、まるで女の子のようになった。

「ね、ほら。女の子でしょう。
 後ろに回せば、今度はあまり大きくならないで済むのよ。」

「ナナの脚が、こんなに長くて、きれいだとは知らなかった。
 小さいときから、胡坐とかかかないで、女の子座りばっかりしていたでしょう。」
「はい。一人のときは。女の子でいたかったから。」

「じゃあ、いよいよ、アメリカの女の子になるのよ。」

ママは、私をストールに座らせて、メイクをしてくれた。

「お店じゃないから、ナチュラルにするわ。
 ファンデは極うすく。パフも少し。シャドウはピンク。
 まつ毛をカーラーで反らせて、
 付けまつげは、短めのを、目の半分だけ。上向きにつけると、目を明けると二重になるわ。
 マスカラで、合体して、チークはピンク。最後にリップもピンクだわ。」

「じゃあ、仕上げよ。ブロンドのかつら。前髪のある、外巻き。肩にかからないくらい。
 で、ピンクのカチューシャ。幅広の布巻きのもの。
 後頭部を膨らませて、出来上がり。」

「ドレスは、これよ。ナナは脚が綺麗だとわかったから、ミニのピンクのワンピースにするわ。」

私は着させてもたった。スカートの中にペチコートが付いていて、
着ただけで、ふわっとしたスカートになる。
(ウエストが細くて、感激。)

「靴を履いて。」
それは、ピンクの靴。
「部屋の中でもいいんですか?」
「いいの。靴を履いていた方が、可愛いわ。」

私は靴を履いた。

「ほら、鏡を見て。アメリカのハイティーンの女の子よ。」

私は鏡を見た。ステキだった。
我ながら、すごく可愛いと思った。
アメリカの女の子になっている。
胸がドキドキしてくる。

私は、ママにすがった。

「ママ、どうしたらいいですか。
 心臓がどきどきするし、我慢できません。」

ママは、私を離し、私の顔を見ながら言った。

「ナナ、いいこと。今日のナナは、お店と違って、あたしのお友達。
 あたしに対して、敬語使っちゃだめ。ていねい語もだめ。
 お友達言葉を使うの。いい、わかった。」

「はい。わかりました。」
「ちがうわ。」
「あ、ええ、わかったわ。」
ママは、にっこりした。
「あたしのこと、典子って呼んで。」
「いいわ。典子。」

「座ろう。」とママが言った。
「ええ。」と私。

二人でソファーに並んですわった。

「ナナ、あたしのアルバム見てくれる。」
「あ、見たいわ。」

ママのアルバムを、二人で肩を寄せ合ってみた。
「わあ、これ典子の若いとき?」
「そうよ。23歳のとき。」
「典子、すごく綺麗。あ、今も綺麗だけど。」
「フォローしてくれなくてもいいわ。」ママは笑った。
「わあ、これステキ。全部ステキ。」
「ありがとう。ナナにそう言ってもらうと幸せ。」



「ナナ、私の肩を抱いて?」
「いいわ。」
「あたしね。バカなの。」
「どうして?」
「身の上話 してもいい?」

ママの声が、少し憂いを帯びた。


つづく。

唐十郎が来た!(新宿編3 後編)

〈ちょっと一言〉

最近では、タレントや著名人にも「さん」をつけて呼ぶようですが、40年ほど前は、有名人を「さん」付けで呼ぶことは、ありませんでした。有名人は呼び捨てが普通でした。ここは、昔を舞台にしていますので、昔風に、さん付けなしで書いています。

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12時を少し過ぎたときだった。
あわただしく2人の女の子が店に入って来た。
「ああ、12時過ぎちゃった。」
「ママ、お願い、チャージ無しで、ラーメン2つ、だめ?」
と言う。
「しかたないわね。いいわ。」と言って、ママはラーメンにかかる。

私はその二人を見て、内心驚いていた。
どうみたって、素人の女の子。
高校生くらい。
流行遅れのワンピースを着て、
ほとんどスッピン。
それに、髪型も、内巻きのおかっぱ。
昨日、故郷から新宿へ出てきたような、
アカ抜けない女の子二人だった。

こんな12時を過ぎたゴールデン街に来るような女の子とはとても思えない。

だのに、いかにも場馴れしている。

私はおしぼりを用意して、もって行こうとすると、
ママが私を止めて、
「あの子達にはいらないわ。」と言った。

その二人がラーメンを急いですすって去って行ったとき、
私はママに聞いた。
「あの人たちは何ですか?」
「どう見たって、今日東京へ出て来たような、娘でしょう。」とママは言った。
「ええ、このゴールデン街にいそうもない感じでした。」と私。
「新宿は恐いところよ。あの子達は、ぼったくりバーの、客引き。」
「ええ?!」と私。
「あの子達は、新宿駅のあたりで、ボストンバッグ下げて、迷子の振りしてうろうろしてるのよ。
 いかにも見かけ地方の子じゃない。いいおじさんがナンパしてくるのを待ってるの。
 で、声を掛けると、ナンパされた振りして、ぼったくりバーにうまく連れて行くのね。
 で、客にさんざんアルコール飲ませて、あの子たちはトンズラ。
 客は、だいたい10万円は請求されるわね。なけりゃ、有り金とられて、
 放り出される。
 10万円の内、あの子達の取り分は、まず4万円。店は6万円。
 大体1日に2人連れてくれば、OKって訳。」

「わあ、恐いですね。ナンパなんてするもんじゃありませんね。」
「そうよ。恐いんだから。とくに新宿わね。」
「ママのここは、すごく良心的ですよね。」
「まあね。ラーメン500円だし。」
「こういうお店もあるのになあ。」



あの女の子達は、疫病神のように、このお店の景気まで持っていってしまったのか、
その後、しばらくお客が来なかった。

やがて、やっと2人の人影があり、男性2人が店に入って来た。
私は、その男性の内の一人を見たとき、
心臓が止まるほど驚き、棒立ちになってしまった。

私の余りの様子に、ママが心配して、
「ナナ、どうしたの。早くおしぼり持って行って。」と言った。

おしぼりを用意する手が震えた。
『唐十郎だ。もう一人は「早稲田小劇場」の鈴木忠志だ…。』

私はそのころ、唐十郎に心酔していて、
著書をいつも布のバックに入れて、時あるごとに読んでいた。夢にまで見た人だ。
その人が私の目の前にいる。

私はおしぼりをもって、気を正し、唐十郎の前に、
「おしぼりをどうぞ。」と渡そうとした。
でも、その手が震えた。
ママが来た。お客様の前で手があまりに震えるのは失礼だ。

ママが、私に代わった。
「すみません。お気を悪くなさいましたか。」
ママは、そう謝り、陰に私を連れて行き、
「ナナちゃん、どうしたの。」と聞いた。
私はママに小さな声で、
「唐十郎なんです。」と言った。
「ナナちゃん、唐十郎のファンなの?」とママが小声で聞いた。
「ファンなんてもんじゃないです。」と私は言った。
「わかったわ。でも、知らんふりするのよ。
 お客様が名乗れば別だけど。できる?
 そばに付かせてあげるから。」とママは言った。
「うれしいです。がんばります。」と私は答えた。

「あの、ご注文を伺えますか?」と聞いた。
「あ、水割りとラーメン、鈴木さんは?」
「同じ。」
「かしこまりました。」ママに注文を告げた。
(間違いない。もう一人は、鈴木忠志だ。)

その内、別のお客が2人来た。
私は、いそいでおしぼりの用意をしたとき、
ママが、
「ナナ、いいわよ。ずっと付いていなさい。そうしたいでしょ?」と言ってくれた。
「すいません。」と私は言って、唐、鈴木両先生の前に立っていた。

何か話しかけてくれないかなあ、とずっと期待していた。
今日のドレスはステキだし、ポニーテイルにしているのに…。
しかし、二人は、お話に夢中で、私のことなんか見向きもしてくれなかった。
二人のお話を聞きたかったけれど、むずかしくて少しもわからなかった。

「お待たせしました。」
と私はラーメンと水割りを二人に渡した。(チャンス!)
手はもう震えなかった。両先生は、
「あ、どうも。」と言った切り、また二人で話し始めた。

結局、二人は、2時間半いて、
私の顔もろくに見てくれなかった。
私は2時間半ずっと立ったままで、
水割りのおかわりをしただけだった。
一言も話しかけてもらえなかった。

3時ごろ、二人はやっと席を立った。
「お勘定。」と言われて、私はママのそばに行き、
お客様からお金をもらって、おつりを渡した。

二人が帰って行く。

「ナナ。」と小声でママに呼ばれた。
「追いかけて行きなさい。一言でもお話がしたいでしょ。」
「いいんですか。」
「店の外ならいいわよ。」
「サインもらっていいですか。」
「いいわよ。」ママからそう言われ、
私は、小部屋の私の布バッグの中から本とぺんを取り出して、
それを胸に抱いて、二人を追いかけた。

「あの、あの。」と言った。
二人は止まって、振り返った。
「あの、唐十郎先生のファンなんです。サインをいただけますか。」
「なんだ、私のこと知っていたの。」
「この本にサインしてくださいますか。」
唐十郎は、本を手に取り、
「『ジョンシルバー』じゃないの!この本、持ってる人は珍しいのに。」
そう言って、初めて私をまともに見てくれた。
「私が一番好きな唐先生の作品です。」
「ふうん。これが、私の1番だと思うの。」
「はい。」
「唐さん、喜んでるよ。」と鈴木忠志が、私を見ながら笑って言った。(どういう意味かな?)

唐十郎は本を取り、表紙を開いて、自分のペンでサインを書いてくれた。
「ええっと、あなたは、ナナさんって呼ばれていたね。」
「あ、私の名前を書いてくださるのですか。なら『純』でお願いします。」そう言った。
「『純』?ひょっとして君、私に戯曲を書いて送った?」
「はい。1ヶ月くらい前ですが。」
「『高屋町一丁目』?」
「そうです!」私は感激して飛び上がってしまった。
「返事が来ましたか?」
「いえ、まだいただいていません。」
「それは、すまないことをしました。
 あの作品は、スウィートな面はとてもよく書けているんですよ。だけど、
 人間はもっとどろどろした存在でしょ。だから、それを盛り込むとよくなりますね。」
唐十郎はそう言った。
「はい。ありがとうございました。」
「そうですか。ゴールデン街にいるあなたのようなお若い女性が書いたのですか。想像もしませんでした。」
唐十郎はそう言って鈴木忠志と共に去って行った。

私は、しばらくお店のことも忘れて、
本を抱きしめ、夢心地で見送っていた。

2回目の土曜日(新宿編3 前編)

前編なのに、すごく長くなってしまいました。
もっと短くまとめたかったのに、できませんでした。
このまま載せます。長文すみません。

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今日は、土曜日。
明け方までのお仕事だ。

私は、夜の8時に気合を入れて、お店に入った。

「ナナ、着替える前に、お店のお掃除してくれない。」
とママに言われて、箒を持った。

ママと二人だけの、この時間が私は好きだった。

「ナナ、あなた昼間はどうしてるの?」
ママに聞かれた。
「午前中は、喫茶店で、本を読んだり、書きものしてます。
 夕方は、駅で詩を売ってます。」そう言った。

「え、詩を売ってるの?あなたの詩?新宿駅の構内で!」
「はい。ガリ版印刷で作った薄っぺらい詩集です。1部100円。」
「そんなことやってたの!その詩集見せてくれない?」

私はいつも肩から下げて入る、布のバッグの中から詩集を1部取り出してママに見せた。
ママは、さっと目を通して、
「ふーん。悪くないと思うわ。」と言ってくれた。
「一度、あなたが売っているところ見てみたいわ。」
「いろんな人が来て、楽しいです。」
「例えば?」
「ヒッピーとか、学生運動やってる人とか。宗教活動やってる人とか?」
「買ってくれるの?」
「彼らは、まず買ってくれません。話しに来るだけ。」
「少しは売れるの?」
「今日は、20冊売れました。」
「そんなに!悪くないじゃない。」
「はい。悪くないです。」
私はにっこり笑った。



変身タイムになった。
部屋にかかっていたのは、ピンクに大きな赤い水玉模様の入ったドレス。
ああ、うれいしなあと思った。
子供のころテレビの歌手が着ていたようなカクテル・ドレスだ。
今日のは、ぐっとミニだった。

ママが途中で部屋に来て、
「このドレスは、ポニーテールが似合うの。
 今日はナナの自毛でいきましょう。」

ママはそう言って、ホット・カーラーで毛先にウエーブをつけて、
私の髪を可愛いポニーテイルにしてくれた。
そして、ポニーテイルの根元に、赤いリボンをつけてくれた。

「いいわあ。ナナ、めちゃくちゃキュートよ。」ママが言ってくれた。
私は、うれしくてたまらなかった。

「あなた、今日から自分のこと『あたし』じゃなくて、『ナナ』って呼びなさい。」
「あ、それ恥かしいけど、なんか感じてしまいます。」と私。ほんとに感じてしまっていた。
「慣れるわよ。あなたは、お店では、15、6歳くらいの女の子に見えているの。
 ちょっとぶりっ子だけど、あなたなら、可愛く聞こえるわ。」とママ。
「はい。ナナそうしてみます。」(言ったあ!)
「そう、その調子よ。」とママは笑った。



9時の開店の少しあとで、1番のお客さまが来た。
小川さんだ。
「ナナ、あなのお客様よ。お相手をして。」とママに言われた。

「いらっしゃいませ。小川さん。」
そう言っておしぼりを渡した。
「ああ、ナナさんがいて、うれしいなあ。
 ぼくの名前覚えていてくれたんですか。」と小川さん。
「もちろんです。ナナが初めての日に、来てくださいました。」
(自分のことをナナと呼んだ。ドキン。ああ、感じてしまう。)

「ナナさん。今日は髪型が違うね。とっても素敵だ。」と小川さん。
小川さんは、前回よりもずっと落ち着いている。それは、私もだった。
「ありがとうございます。ナナうれしいです。」
(私は、あえてナナを言ってみる。その度、キューン。)
「今日は水割りを。」
「はい。」

「昼間は、どうしてるの?」小川さん。
(ああ、よく聞かれる質問。)
「喫茶店で働いています。」私。
「ウエイトレスしてるの?女の子として。」
(前のお客にはカウンターだと言った。
 でも、小川さんの前では、なぜか、可愛くいきたかった。)
「はい。」
「ナナさんのウエイトレス姿、見てみたいな。」

そのとき、ママに呼ばれた。
「大失敗。レモンが切れちゃってた。
 ナナ、悪いけど、八百屋さんまで行って買ってきてくれない。」
「あ、八百屋さんなら分かります。」
私はそう言って引き受けた。

「寒いから、私のコート着て行って」
ママから黒いコートを借りた。
そのとき、小川さんが、
「女の子一人じゃ危ないから、俺付いていきます。」
そう言った。
「お客様に、悪いわ。」とママが言う。
「全然OKです。」と小川さんは席を立った。



小川さんと私はランデブーすることになった。
私はコートを着ているものの、化粧の具合や靴、髪型。
どうみても、水商売の女だった。
でも、「水商売の女」という響に、何かゾクゾク嬉しさを感じていた。
通りすがりの男達が私を見ていく。(悪くない。いい気分。)

「ナナさんとこうして歩けるなんて、夢のようだ。」
「小川さんは、女装の人がお好きなの。」
「ほんとは、自分が女装したいんだけど、あきらめた。俺はナナさんみたいになれない。」
「女性は?」
「嫌いじゃない。でも、女装の人には、もっと燃えちゃう。」
「じゃあ、ナナみたいな?」
「そう。」
私は、次第に言葉を替えて行った。
「ナナさんは?」と聞かれた。(ドキン。)
「ナ、ナナのなあに?」と私。
「男の人が好きとか。」小川さん。
「あ、ナナは、自分のことまだよくわからない…。」そう言って逃げた。

歌舞伎町のはずれの八百屋さんで、レモンを5つ買った。

「ナナさんの年を聞いてもいい?」と小川さん。
「16歳。」(ああ、またウソをついた。)
「じゃあ、中学出て、働いているんだ。
 俺みたいな学生より、ずっと偉いよ。」
(ウソだから感心しないで、と思った。)

純粋な小川さんにたくさんウソを付いた。
そのことで、私はかなり自己嫌悪だった。
だから、言った。うつ向き加減で。
「あのう、小川さん。水商売の子の言うことだから、
 ナナのこと、あんまり信じないでください。」
小川さんは、一瞬だまってしまった。

「あ、うん。と、当然だよね。だのに、俺ったら…。」小川さんは、そう言った。
小川さんを落ち込ませちゃった。
辛いな…と私は思った。

店に帰ると、お客さんの数が増えていた。
「おお、ナナちゃん。帰って来たか。」
「ほいほい。こっち来いよ。」
といろいろなお客さんに言われた。

小川さんは、
「また来るから。」そう言って帰ろうとしている。
「え、もう?」と私は言った。
「ナナさんといっしょに歩けたし。満足。」
大勢のお客の中にいるのは苦手みたいだった。

それから12時まで、私はこま鼠のように働いた。
12時で、お客さんの山が、一通り去ってしまった。
いわゆる、終電族だ。

「ナナ、少し腰を下ろしていていいわ。」とママに言われた。
「深夜族のお客さんが来るまで、少し間があるから。」
「今日、小川さんにナナのこといろいろ聞かれて、
 たくさんウソを付きました。あたしすごく気が咎めました。」と私は言った。
「ほんとのことなんていいのよ。ここは夢を売る商売なんだから。
 許されるわよ。ナナったら、いい子ねえ。」
ママはそう言って、そっと私の肩を抱いてくれた。


つづく

ヘイジュード(新宿編2・後編)

お客さんの中には陽気な人もいれば、静かな人もいる。
当然だけど。

その日、偶然なのか、静かなお客さんが3人来た。
みんなさんそれぞれ、お一人で、ばらばらに。

その3人の男性が、そろったのは、10時を過ぎた頃だった。
みなさん、40歳の中ごろだった。
そして、黙々と飲んでいた。

ふとAさんが、ママと映画の話をした。
すると、Bさんが話しかけてきた。
それから、お二人で話をしている。

「最近、一番いいのは、『男はつらいよ』の山田洋次でしょう。」
「いや、大島渚の『新宿泥棒日記』じゃないかな。」
などと。
そして、Cさんも映画好きのようで、お話に加わり、
3人で、話がはずんでいった。

ママさんも私も眼中にない様子。

私はママに小声で、
「こんな時もあるんですね。」と言った。
「たまにね。お客さん同士で話してくれると助かるの。
 でも、お話は、聞いているのよ。」
とママは小声で教えてくれた。

3人の男性は、話しながら、水割りをどんどん飲んで行った。

映画のお話は、ずっと続いていた。

やがて、洋画に移り、ヒッチコックとかジョン・フォードとか。
アメリカの男優で一番の男は、ジョン・ウェインだとか。
カーク・ダグラスは、男っぽいと言われているけど、
ジョン・ウェインの半分も男じゃないとか。

11時を過ぎた頃、3人の男性は少しウィスキーが回り、
お話はどう巡ってか、ご家庭のことになっていた。

その内、Aさんは、ご自分のことを語り始めた。

「私はねえ、一人娘が5歳のとき離婚しましてね。
 私の浮気です。
 娘はもう成人になっているけど、どうもいい暮らししてないみたいなんですよ。
 私は今も仕送りしていますが、それじゃ足りないみたいで。
 それに母親は病気をしました。
 それで娘は、中学を出たら働き始めました。
 辛いこともあるだろうなあと思って…。」

Aさんは、ウィスキーで感傷的になったのだろうか、泣き始めた。

ママも私もあとの2人のお客さんも、だまって、Aさんの次の言葉を待っていた。

Aさんは、やがて続けた。
「私は、あの子の5歳まで、たっぷり可愛がったつもりです。
 でも、それっきりです。
 可愛がってやりたくても、私は帰れる立場じゃないですから。
 あの子は、私のこと覚えていてくれるのかなあ。
 これから先、大丈夫なのかなあってねえ、いつも思っています。」

Bさんが、Aさんの肩をたたいて、
「大丈夫だよ。心配しなくたって…。」と言った。

「あたしも、大丈夫だと思います。」私は言った。

私が急にしゃべり始めたので、ママも3人のお客さんも、
驚いて、私を見た。

「私の母は、私生児として生まれました。
 でも、5歳まで、父親にも母親にもすごく可愛がってもらいました。
 それから事情があって、
 祖母に当たる人に育てられました。
 祖母はお嬢様育ちで、働く人ではありませんでした。
 だから、ずーと苦しい生活で、貧しくて、
 小学校を出てから母が働いて、祖母と二人暮らしで来ました。
 辛かったと思います。でも、母は言っていました。
 人は、人生の中で思いきり可愛がられた時があれば、
 後は、一生やって行けるって。
 楽しかったその日のことを思い出して、明るくがんばれるって…。
 5歳まで自分を思いきり可愛がってくれた両親のことは、絶対忘れないって…。
 母は今、とても幸せでいます。」

私はそのとき、自分の頬に涙が流れているのを感じた。

Aさんは、じっと私を見て、
「そうかい。ナナちゃんのお母さんはそう言ったのかい。
 じゃあ、あの子も大丈夫かな。」

ママが、
「Aさん。ナナちゃんが大丈夫って言ってるんだから、大丈夫よ。」と言った。

「ちょっと音楽かけようかな。」とママは言い、
あるレコードをセットした。

流れて来たのは、ビートルズの新曲だった。

みんな、黙って曲に耳を傾けていた。

 ♪Hey Jude, don't make it bad 
   Take a sad song and make it better …

(いいかい ジュード しょぼくれるなよ
        悲しい歌でも 慰めにはなるさ)


そのときのお店は、時を越え、思いが流れて、
私は、Aさんのグラスをじっと見つめていた。

お店に来た3人の学生(新宿編2前編)

水曜日。

大学は、学生運動で門は閉鎖され、授業は全く行われていなかった。

私は時間を持て余していた。

夕方になり典子ママのお店に出たくなって、お店に電話をしてみた。

「あ、ナナです。」
「どうしたの。」
「今日、お店に出させていただけませんか。
 お金は要りません。」
「払うわよ。女の子になりたいのね。」
「え、まあ。12時まででいいですか。」
「いいわよ。水曜は、けっこう暇よ。いい?」
「はい。」

私は、8時にお店に行った。
ちゃんと下着だけは着けていった。

「今日は、自分でできるわね。」とママに言われ、
「はい。」と返事をした。
「あ、今日は黄色いドレスにしておいたから、リップはオレンジがいいわ。」
ママに言われて、小部屋に入った。
吊るされている黄色いドレスを見て、心がときめいてしまった。

姿見の前の棚に、化粧品が並んでいる。
付けまつげを何とか自分でつけて、リップを引き、
ウィッグをかぶった。
そして、黄色いドレス。
ドレスを着るとき、いつも興奮で手が震える。
今日のドレスは、ウエストが白い幅広の帯になっていて後ろで結ぶ。
背中に大きなリボンが出来て、すごく乙女チックでうれしかった。

女装が終わり出て行ったとき、
「あら、いいわ。うんと可愛いわ。でもね、」
と言って、ママは、櫛をとり、
「覚えておくといいわ。
 女の子は、後頭部が高いの。だから、後頭部の髪をふんわり高くすると、
 より女の子のヘアーになるのよ。」
そう言って、ママは、後頭部の髪を膨らませてくれた。
ほんとだ。昔の絵本の少女のようになったと思った。



ママが言うように、水曜日のお店は、お客が少なかった。
ママと、いろんなお話ができた。

「ママは、どうしてラーメンをやってるんですか?」と聞いた。
「学生の頃、ラーメン屋でバイトしてたのよ。そこで覚えたの。」
「ママは、学生だったんですか?」
「一応ね。卒業して商社に入ったんだけど、女になる夢は捨てられなかった。
 そこで、脱サラ。女装のお店に勤めて、お金をためて、手術もして、今はこうなっているのね。」

「でも、このお店、変わっています。ノーチャージでラーメンが食べられるって。すごいです。」
「なんか売りを作らないとね。ここじゃ、あれだけお店があるんだから。」

「ナナには、何か夢があるの?」とママに聞かれた。
「あたしは、アメリカに行きたいんです。だから、お金貯めてます。」
「そうだったの。あたしは、てっきり手術して完全な女の子になりたいんだと思ってた。」

そのとき、店のドアの外で、数人の声がした。
「ここか?」
「そうだよ。ほら紙にラーメンって書いてあるだろ。」
「ラーメンだけ食べられるのかしら」(女性もいる。)
「ま、入ってみようぜ。」

入って来たのは、学生風の3人だった。
「あの、ラーメンだけ食べて帰ってもいいんすか。」と一人が言った。
「そうですよ。ノーチャージです。12時からは、チャージをいただくけど。」とママさん。

おお、やっぱりほんとだ。よかったなあ。
と学生さんは、言い合っている。

3人は丸椅子に座った。

一人がママさんに聞いた。

「俺達、女装のバーへ行ってみたいんですが、それ、どうやって探せばいいんすか。」

「そうねえ、緑色の看板出しているところは、だいたい女装バーね。」とママ。
「へーえ、全然知らなかったっす。」
「ここ、緑の看板じゃなかった?」と女の学生さん。
「お、そうだった。じゃママさん、ここはどうなんですか。」
「例外じゃないわ。女装バーよ。」とママ。
「12時からですか。」と一人。
「今もよ。」とママさんは、おかしそうに。
「じゃあ、ママさん、その…元男性?」
「そうよ。」とママ。
「こっちの人は?」

私が指差された。

「あ、この子は、女の子。12時までしかいないの。」ママ。

私は、え?と思ってママを見た。どうしてそんなこと言うんだろう…。

「だろうと思った。こんな人が女装の人だったら、俺、気絶しますよ。」と一人が言った。
「こいつ、女装の人が好きなんですよ。」ともう一人の人。

「ナナと言います。よろしくお願いします。」
私は挨拶した。なんだか心がぽかぽかっと温まる。

あ、どうも、と言って、3人は名前を名乗った。
安藤さん、井上さん、宇井さん(女性)。
しっかりお顔とお名前をインプット。(お客様の名前は一度で覚えること。ママの教え。)

ラーメンができた。
三人はとてもおいしそうに食べていた。

食べ終わって。
「いやあ、ゴールデン街でラーメンが食べられるなんて、感激っすよ。」
「友達に、ここのこと、滅茶苦茶宣伝しちゃいますから。」

「よろしくね。」と笑顔のママさん。

3人は、にこにこと帰っていった。

その後、ママに聞いた。
「どうして、私のこと女の子って言ったんですか。」
ママはちょっと笑って、
「あたしにだって、いたずら心があるわよ。
 昼(12時まで)は、ナナを女の子にしておく方が、おもしろい。」

ママは、もしかしたら、私に女の子の気分を味わわせてくれたんだと思った。

ママのさり気ない優しさに触れ、私は益々ママが好きになってしまった。


つづく。

ゴールデン街の500円のラーメン〈後編〉(新宿編2)

約束の土曜日になった。
私は朝から緊張していた。
不安が半分、期待が半分。
心臓のドキドキがずっと続いている。

お店の名前は、「典子」といった。
そのまま、ママの名前だった。

私は約束の1時間前に行った。
女装は初めてではなかったので、
下着だけは、自分のものを身に着けていった。
ショーツとブラスリップ。そして、パンティーストッキング。
その上にセーターを着て、靴下を履いてジーンズで行った。

季節は11月になっていたけれど、
女性の下着というのは、(男にとって)驚くほど暖かい。

典子の店に入ると、ママがお料理の下準備をしていた。
「あ、ちゃんと来たわね。」
とママは言って、私をお店の奥の1畳くらいの部屋へ案内してくれた。
そこには、ちゃんと赤いドレスが吊るされていて、靴、かつらと下着が用意されていた。

「自分でメイクと女装ができる?」と聞かれた。
私はそれほど、慣れていなかったので、ママにやってもらうことにした。
(やってもらう方が、うれしい。)
部屋の正面の壁は、大きな姿見になっている。

私は下着姿になって鏡に向かって丸椅子に座った。
ママのメイクは速い。
「あなたは若いから、薄化粧の方がいいわ。」
そう言いながらも、ママは、私に付けまつげをつけ、真っ赤な口紅を差した。
私の髪をまとめ、ネットで押さえて、ウィッグをかぶせた。
それは、前髪のある肩までのストレート・ボブ。肩の辺りが外巻きになっている。
私は長髪だったけれど、ヘアスタイルが女の子のものはやっぱり違う。

「いいわ。これを着て。」
と赤いドレスを渡された。
それは、目にも鮮やかなスカーレット色。
膝上までのミニのワンピース。スカートにフリルがたくさん付いている。

背中のファスナーを上げると、上半身がきゅうっと体にフィットして、
一気に女の子のシルエットを作ってくれる。
「可愛いわ。予想以上だわ。」ママがそう言う。
私は鏡の中で女の子に仕上がっていく自分を見て、
ものすごく幸せな気持ちになっていた。
長い付けまつ毛と赤い唇で、お人形のような顔になっていた。

赤い靴を履く。それで出来上がり。

1つ困った。体の一部が興奮してしまっている。
「ママ、あのう…。」と事情を話した。
「バカねえ。お店のあるときは、前もって自己処理してくるものよ。」
ママはそう言いながら、私にガードルを貸してくれた。
「これ履いて、抑えておきなさい。」
「はい。」と私は言ってママのガードルを履いた。
それが、美人のママのものだと思うと、余計に興奮してきそうだった。



いよいよ開店だ。

ママに聞かれた。
「忘れてた。あなたの名前何にする。」
「ナナがいいです。」と私は即答した。
それは、私の憧れの名前だったから。

お店に来る人は、ラーメンだけかと思ったら、
ほとんどの人は、お酒を飲みに来ていた。
私を見ると、「おっ!」という表情をして、ママに小声で聞く。
親指?小指?と指を出して聞く。
ママは、親指を出す。
「へーえ!」とみんな私を見ながら小声で言う。

お客は、ママに気を使ってか、私にあまり話しかけない。
それでも、ときどきいろいろ質問された。
例えば、
「昼間は、何してるの?」
「喫茶店で、バイトしてます。」
「どっちで?」(男で?女で?という意味。)
「ウエイトレスです。」(もちろんウソ。)
「おお、やるなあ。」とお客さん。

こんな風に、私は聞かれたことに答えるだけ。
そして、おしぼりを渡したり、氷を運んだり、ママに命じられたことをする。

喫茶店のバイト経験は、本当だった。但し、カウンター側だったけれど。
だから、裏方の手際をママが誉めてくれた。

11時になった。
「ナナちゃん、時間よ。」とママが言った。
私は、
「最後までいていいですか。」と聞いた。
なんだか、いろんなお客さんに見られるのが楽しい。
カウンターから正面の壁に、大鏡があって、自分の姿がいつも見える。
そこに、赤い服を着た女の子が写っている。
ちらちらっと自分を見る度、(ああ、女で働いていると思い)うれしかった。

「何時になるかわからないわよ。早くて3時。大丈夫?」
ママに、そう言われた。
私は「大丈夫です。」と答えた。



12時を過ぎると、お店の照明が変わった。
ちょっと赤くなる。
赤い色は、いろいろなアラを隠すのだろうか。
ママが一層美人に見えた。二十歳代に見える。
そして、ママが私の唇を真っ赤に塗った訳もわかった。赤くないと目立たない。

私は必死でなんとかやっていた。

1時を過ぎた頃だったろうか。
店に学生風の男の子が入って来た。
いかにも場馴れしていない感じで、カウンターの一番奥に座った。
そのときママが小声で言った。
「ナナ。あのお客様に付いて。初めての方だから大切にするの。」

私は言われたとおり、そのお客さんの前に立った。
「あの、おしぼりをどうぞ。」そう言った。声が震えてしまった。
それを受取る彼の手も、少し震えているように思った。
彼は、小声で言った。
「あの、初めてなんです。こういうお店来るの。」
「あたしもこういうお店に立つの、今日が初めてなんです。」私はかすかな笑顔を作りそう言った。
すると彼は、ちょっと顔を上げて、「ほんと?」と少し穏やかな顔になった。
「お金が、8千円しかないんです。その金額になったら教えてください。」
「あ、8千円なら絶対大丈夫です。このお店高くないです。」

「ナナといいます。よろしくお願いします。」と私はお辞儀をした。
「ぼくは、小川です。まだ学生です。」と小川さんは言った。
「あの、本名をおっしゃらなくてもいいんですよ。」と私は言った。
「あ、そうか。本名言っちゃった。」と小川さんは頭をかいていた。
 二人でちょっと笑った。

「あの、調べて女装のお店に来たつもりだけど、女性がいるとは思わなくて…。」
「あ、あたし、男です。」
小川さんは、びくんと顔を上げて、
「え?うそ…。」と言った。
「ほんとです。」私はちょっと笑った。
彼は、まじまじと私を見た。
「…綺麗というか、可愛いですよ。いやー、びっくりだなあ。」と彼はうれしそうに言った。小川さんの頬がちょっと赤らんだように見えて、私はそれがとてもうれしかった。

小川さんの相手を私は30分くらいした。
その間、他のお客さんから声がかかったときだけ、そこへ行った。

小川さんは、帰るとき、
「ナナさんは、毎日ここにいる?」と聞いた。
「まだ、決めていないんです。いるとしたら土曜日です。
 12時前だと、このお店チャージがないから安いです。」
私はそう言った。
「じゃあ、早い時間にまた来ます。土曜ですね。」
そう言って小川さんは帰って行った。



私は、お店が終る明け方の4時過ぎまでいた。

最後のお客が帰ると、私はへとへとで、しゃがみこんでしまった。

「ナナ、よくがんばったわね。」とママが言った。
「疲れて死にそうです。」と私。
「今日、ナナがいるから、お客さんがんがん飲んでくれて、収入倍増よ。」とママ。

「はい、これ。」とママから封筒をもらった。
中を見ると1万円札が入っていた。びっくり。
「時給千円と思ったけど、大入りで入れといたわ。」とママ。

1万円は私の小遣いの2倍だった。たった1日で。
すごいって嬉しさがこみ上げてきた。

「次ぎの土曜日、来ない?」とママに言われた。

「あ、来ます!よろしくお願いします!」と言った。



赤いドレスを脱ぐのは悲しかったけれど、
男に戻り、私は、店を出て、明け方の新宿の空気を吸った。

もらった1万円がうれしくて、私はそれを天にかざした。

ゴールデン街の500円のラーメン(新宿編1)

私が学生になったとき、幼い頃からの夢だった女装が叶った。
女装サロンがあって、何回か女装しに行った。
でも、1回の料金が高いので、そう頻繁には行けなかった。

その頃の私は、小田実の「何でも見てやろう」という言葉に触発されて、
賑やかな新宿の夜の姿を知りたいと思っていた。

夜の町を冒険をするのに、私にはハンデがあった。
女声であったこと。
女顔だったこと。
若く見られ、学生なのに、ともすると中学生に見られたことだった。

だのに、私は単独行動が好きだった。

学生だった私は、親から月5千円の小遣いをもらっていた。
夜の世界を冒険するには、少し貧し過ぎた。



新宿の「ゴールデン街」と呼ばれるところは、
間口1間くらいのバーやスナックが、凝縮して並んでいる迷路のような地帯だ。
私は、そのゴールデン街に、ラーメンが食べられる店があると聞いて、
是非そこに行きたいと、冒険心を燃やしていた。

そこで、まず昼間のゴールデン街を下見にいった。
店々は、夜からの営業なので、昼間は、誰も人がいない。
どこへでも、安全に行き放題。
そして、ついに「ラーメン500円、食べられます。」と小さな貼り紙を出している店を見つけた。
店は、9時開店と書いてあった。

そこへの道順を頭に入れて、私は気合を入れて家に帰った。



夜の9時を過ぎた頃に、ゴールデン街へ入って行った。

辻々に怪しげな女の人が立っている。
そばに行くと声を掛けられる。
声で、男性だとわかる。
私は逃げるようにして、目的のお店に行った。

私は女の子に見られるのが、ハンデだと思っていたくせに、
髪は、肩まで伸ばしていた。
そして、いつも大きめの野球帽をかぶり、顔を半分隠していた。
その帽子で、女っぽい顔立ちを隠しているつもりだった。

目的の店に来た。
店を前に、私は深呼吸をして、勇気を奮ってドアをあけた。

中にいたのは、2人のお客と、
30代半ばの綺麗なママさん。
二人のお客はラーメンを食べながらお酒も飲んでいた。

私はドアから首だけ出して、
「あのう、ここは500円でラーメンが食べられるんですか。」そう聞いた。
「ええ、そうよ。」とママさんは言う。
「テーブルチャージなんか無しで食べられるんですか?」と私。
「そうよ。安心してお入りなさい。500円きりよ。」ママさんはそう言って、私に手招きをした。
私は恐る恐る店に入り、カウンターの丸椅子に座った。
私は、こんなバーのようなスナックのような店に来ること自体初めてだった。

二人のお客から、ジロジロ見られた。

「あなた、どこの店の子?」とママさんから聞かれた。
「ぼくですか?」と私が言ったとき、ママさんはちょっと目を見開いた。
「あら、あなた男の子?」
「い、一応そうです。」
「女装バーで働いてるの?」
「いえ、学生です。」そう言うとママさんが、また目を見開いた。
「ちょっと、帽子をとって、ちゃんとお顔を見せて。」
私は言われる通りにした。
ママさんは、私の前髪をパラリと払って、
「眉が少し太いけど、前髪で隠せばいいか。」
と何か考えているようにつぶやいた。

やがて、ラーメンが来た。
かなりおいしい。
夢中になって食べていると、ママさんが、話しかけてきた。

「あなた、うちで働かない?女装がしたいんでしょう?」
「どうしてわかるんですか?」
私はラーメンを食べるのを忘れて聞いた。
「顔見りゃわかるわよ。ここでなら、赤い可愛いお洋服着て、お化粧して、立たせてあげるわ。」
とママさんが言う。
 赤い可愛い服。お化粧。なんだか子供の頃から憧れた、たまらなく私をくすぐるキーワードだった。

「ぼ、ぼくは、働くんじゃなくて、お客として女装のお店に行きたいんです。」
と、私はやっとの思いで言った。
ママさんが、くすっと笑った。
「もう、来てるじゃない。」とママさん。
「……。」
「あたしは男よ。女に見えた?」
「え?」私は驚いた。脳の奥の方を打ち砕かれた気がした。
奥のお客が笑っていた。

「あなた知らないで来たのね。かわいいわ。」ママはくすっと笑いながら言った。
「絶対女の人に見えます。」私は言った。
「ありがとう。12時までは、食堂。それから、バーになるの。
 あなたが、働いてくれるなら、もっと流行るんだけどな。
 お洋服やかつらは、全部只で貸してあげる。土曜の夜だけでもいいわ。」

小田実の「何でも見てやろう。」のフレーズが頭に浮かんだ。
私にとって、夜の世界を知ることは、『大人になること』を意味した。
何でも、社会勉強だと思った。

「あの、お客さんから、変なことされたりしませんか?」と私は聞いた。
「あたしがさせやしないわよ。じゃあ、9時から11時までの食堂タイムだけでいいわ。」
「まず、1日だけでもいいですか。」
「いいわよ。」とママさん。

決まった。
それだけで、心臓がドキドキしてしまった。
いよいよゴールデン街の一員になるのかと、ある感慨で胸がいっぱいになった。


つづく

クリスマス・パーティー〈後編〉(アメリカ編36)

後編は、少し長くなってしまいました。
アメリカ編は、<番外編>を含めて40話を越えました。この後編をもって、アメリカ編第一部の「完」としたいと思います。
第二部も、すぐに書いていきたいと思います。これまで読んでくださり、ありがとうございました。

===============================

予定したパーティーは12月22日。
2日後だった。
ウォンと二人で、準備に忙しかったが、そういうのって楽しい。

クリスに電話したら、クリスは大喜びだった。
メンバーはみんな、東洋系の人なんだけどいい?って聞いたら、
ジュンだって東洋の人だから、みんなに会いたいと言っていた。
当日はご両親でクリスを連れて来てくれて、
パーティーの間、ご両親は、お二人でニューオーリンズをデイトしたいとのことだった。

アシフ、リリOK。ミミ、アンディOK。
ウォンのハウスの人たちは、ママを除いてみんな来ると言っていた。
もちろん、トイとユンも来る。
ウォンが、ブロンドの青い目のすごい可愛い女の子が来るのよと言ったらしく、
それが、効いたらしい。

相等な人数になるかもしれないので、
私は、アパートの両隣、向かいの連の人達に、招待状を一応渡しておいた。
これで、部屋から人があふれても、きっと許してくれる。

会費2ドルなので、プレゼントなんてなし。
ウォンと私は、ちゃんとうまく行くと確信していた。



時間が来て、ほぼみんなそろった。
みんなの気持ちは、多分一つだった。
“クリスに会いたい。”

やがて、ピンポンとチャイムがなったとき、
みんな、しーんとなってしまった。
ドアが開いて、クリスとご両親が顔を見せたとき、
みんなは、「わおー!」と言いながら拍手をした。
そして、数人がクラッカーを鳴らした。
クリスは照れながらも、とてもうれしそうだった。

コートを脱いだ、クリスは特別に可愛かった。
白いスカートに白いふかふかのセーター。
胸のネックレス。
男の子たちは、みんなクリスに見とれていた。

ご両親が、大きなクリスマスケーキを持って来てくれた。
みんなで歓声をあげた。

ご両親が「じゃあ。」と言ってドアの向こうに行ったとき、
私とウォンは、追いかけて挨拶をした。
「ウォンです。ジュンの親友です。」とウォンが言い、
私は小さい声で、
「クリスのことは、私とウォンだけが知っています。
 あとのみんなは、何も知りません。」と言った。
「はい。」とお二人はうなずいて、
「ウォン。可愛い方だわ。」とお母さんが言った。
「よろしくお願いします。」とお二人は言って、行ってしまった。

部屋に入ると、ソファーに座っているクリスの回りに人だかりができていた。
みんなから質問攻めにされていた。
クリスは、もう完全にヒロインだった。

アシフやリリなどの大人達は、遠くでおもしろそうに見ていた。

ウォンと私は、クリスが楽しそうにしていることが、嬉しくてならなかった。

おしゃべりが続き、クリスの回りの人だかりがだんだん少なくなり、
いつもウォンのパートナーをしていた、トイだけがクリスを独占していた。
二人ですごく話が合っているようだった。

トイは、いつも静かに笑っているような、寛大で優しい好青年だ。
背は、ハウスで一番高くて、それにとびきりのハンサム。
なんかすごくクリスと二人、お似合いだった。
相手が人格者のトイだから、みんな邪魔をしてはいけないと思っていたようだ。



ダンスのうまいミミが、
「みんな、踊るわよおー!」と私のベッドルームで声を掛けた。
ミミはダンスが上手で、「サタデー・ナイト・フィーバー」の集団ダンスが踊れる。
みんなは、ベッドルームへ行った。
リリが、アシフに「行こう。」と誘っていた。
アシフも腰を上げた。
ミミがベッドに上がり見本を見せ、
みんな、「ナイト・フィーバー」の曲に合わせて、下手な人からうまい人まで、一緒に踊った。
踊りながらも、クリスとトイはいつもそばにいた。

ダンスが終って、また飲んだり食べたり。

クリスとトイがいなくなっていることに気がついたのは、
ウォンと私だけだったろうか。

二人は、コートを着て、外の空気を吸いに行ったみたいだ。



(そのときの二人が何を話したか。後でウォンがトイから聞き出したことを、想像を加え、ここに再現します。)

二人は、ベンチに座った。

「クリス。君と今日初めて会ったばかりだけど、ぼくは君を好きになってしまったみたいだ。」トイ。
「え?あの…。どうしよう。あたしもトイのこと好きだけど…、あたしは…あたしは…。」クリス。
「他に誰か、好きな人がいるの?」
「そ、そんなんじゃないの。そんなんじゃなくて、トイがどんなに優しい人でも、聞いたらきっと私を嫌いになると思う。」
「そんなことあり得ないよ。約束する。ぜったい嫌いになったりしない。」

クリスはしばらく何も言わず、うつむいては、顔を上げ、それを何度もくり返した。

「…あたしは、心は女の子だけど…、心は女の子だけど…、身体は…男なの。」クリスはそう言ったとたん泣き出してしまった。
「ほんと?」とトイ。
クリスは、首を縦に振った。
トイは、クリスを思わず抱きしめた。そして言った。
「そうだったの。辛いことを言わせてしまって、ごめん。
 でも、約束しただろう。そんなことで、君を嫌いになったりしない。
 クリスが、今までどんな辛い思いをしてきたか、ぼくにはわかる。クリス、辛かったね。」
そう言った。
クリスはトイにしがみついて、声を上げて泣いた。

「ぼくはベトナム人で、戦争があったから、身体にも傷を負ったし、心にも傷を負った。
 あそこで騒いでいる連中もみんなそうなんだ。
 クリスの心の傷ほどではないかも知れないけど、だから、わかるんだ。
 クリスの心の痛みがわかるよ。」

クリスは顔を上げて、トイを見つめた。
「約束しただろう。嫌いになんかならないって。ぼくは君が好きだ。」
「あたしも。」
トイとクリスはそう言って、唇を合わせた。



私はそのとき、玄関に出て、遠くのベンチにいる二人を見ていた。
ウォンがそばに来た。
「あ。」ウォンが言った。
「クリスは言ったんだね。」と私。
「トイなら、受け止めるわ。トイなら大丈夫。」ウォンは言った。
「よかったね。」
「うん。」



パーティーの終る9時になった。
クリスのご両親が、クリスを向かえに来た。
車から降りてお二人が来たとき、
クリスとトイは、二人で、ご両親の前に立った。
クリスはご両親に、小さい声で何かを伝えた。
そして、トイの横に戻った。
ご両親は、驚きの表情をトイに向けた。
トイは改まって、ご両親に言った。
「クリスさんが好きです。お付き合いを許してくださいますか。」
クリスがトイの横で、ご両親にイエスを促すジェスチャーをした。
お父さんは、両手でトイの手を取った。
そして、目にいっぱいの涙をうかべて、
「もちろんです。こんなにうれしいことはありません。」そう言った。
「クリス。」とお母さんは両手を差し伸べて、クリスを呼んだ。
「お母さん。」とクリス。
「よかったわね。」とお母さんは、泣きながらクリスを抱きしめた。

イエ~イ!とみんなのすごい歓声が上がった。
みんなドアの外に出て来て、見ていた。
大きな拍手と声援が起こった。



部屋は、みんなが片付けてくれた。
ウォンと私は、ジュータンの小テーブルに向かい合って、
頬杖をつき、
「はあ~あ。」と二人でため息をついた。
「よかったね。」とウォンが言った。
「うん、よかった。」私は言った。

「じゃあ、私達もラブしようか。」とウォンが言う。
「え?疲れたよ。」と私。
「女の子にしてあげるから。」ウォン。
「ウォンは、ウソつきだもん。」私。

カーテンを閉めようとした窓に、
きれいな満月が出ていた。

二人でしばらく月を眺めていた。



第一部 完

クリスマス・パーティー(アメリカ編35)

※昨日は、長い記事を書いて、少しバテテしまいましたので、今日は、ほんの短い記事です。
 明日、この続きを書きますので、それも読んでくださると、うれしいです。

=============================

アルバイトのないとき、
ウォンは、たいてい私のアパートにいた。

クリスに会った次の日、私はたくさん、報告することがあった。
ウォンは、「ドクターの所見」を見て、
しみじみと、
「さすが、専門機関ね。もうほとんどジュンのこと当たってる。」
「ぼくもびっくりした。」
「ジュンは、基本的に女の子が好きなんだ。」
「みたいだよ。」
「あああ、これは、少し違うぞ。」とウォンは言う。
「どこ?何が?」
「ジュンの異性装による性的興奮は、消失しているっていうところ。」
「そんなことないよ。興奮しないよ。」
「だって、私がジュンを、女の子にしてあげると、ジュン燃えるもの。」
「あ、そうかあ。でも、それ「異性装による」って書いてあるから、いいんじゃない?」

 私はそれより、新しい胸パッドを見せたかった。
「ウォン。後ろから、ぼくの胸をさわってみて?」
 ウォンは、触って、
「どうしたの?すごい。本物と変わらない。」と言った。
「でしょう。ドクターからもらった。医療用だって。」
「すごいね、これ。」
ウォンは、いつまでも、触っている。
「もう、離して。」



私は、ウォンにクリスのことを話した。
「じゃあ毎日クリスは家にいるの?」とウォン。
「そうなんだ。」
「可哀相だわ。」とウォンは言った。

「ジュン?クリスマスパーティーをジュンのアパートでやるの。
 それに、クリスを招待する。どう?」とウォンは言った。
「あ、それは、いいね。ハウスのみんなも呼ぼう。
 アシフもリリも。ミミとアンディも呼ぶの。
 クリスきっとモテモテだよ。可愛いもの。」

私達は、早速日にちと時間だけ決めた。
会費は、一人2ドル。
クリスはお家の人に連れて来てもらう。
食べ物飲み物の差しいれ大歓迎。
これなら、ハウスの高校生の子も来れると思う。」

「この前のパーティーのテーマは、アシフとリリが友達になることだったけど、
 今度のはなあに?」
「クリスに楽しいときを過ごしてもらうこと。」
「よし。これで決まり!」
ウォンと私は、腕をからませ、ガッツポーズを決めた。
                           
                           つづく

鏡の国のアリス(アメリカ編34)

今回の投稿は、短くまとめることができませんでした。一端「前編・後編」に分けましたが、一挙に投稿することにしました。文中の「前・後編」の言葉は、無視なさってください。

==============================

<前編>

診察室で、クリスに別れるとき、
私は、私の電話番号を渡した。
渡しておいてよかった。

2日後の土曜日の夜、電話があった。
「ハロー、クリスです。ジュンですか?」
少し、おどおどした声だった。
「クリス?まあ、うれしいわ。」
と私は答えた。
「ジュンにまた会いたくて、死にそうなの。」
受話器の向こうで、クリスは涙ぐんでいるようだった。
「何かあったの?」
「何もないけど、ジュンに会いたいの。」とクリス。
もうクリスは泣いていた。

 クリスは私に会いに、明日バスでニューオーリンズまで来るという。
 バスなら3時間はかかる。
 女の子にそんな長旅はさせられないと思った。
 そこで、私がバトン・ルージュに行くと言った。

「なら、私の家に来てくださる?
 両親もジュンにすごく会いたがってるの。」
「わかったわ。明日の11時に行くわ。」

 そう言って、住所を聞いた。

 次の日、私は、クリス何かにプレゼントをと思って、
 あるもの一式を袋に入れて、バトンルージュに向かった。
(それは、大学の「舞台衣装」のコースで私が自作したものだった。)

 アメリカは、ストリートに全部名前がついていて、
 家々にも、通し番号がついている。
 奇数か偶数かで、右左がわかる。
 実に、家を探しやすい。

 バトンルージュの町は、ニューオーリンズとちがって、
 どこもかも、整然としている。

 クリスの家は、クリーム色のとても大きな家だった。
 長いエンタランスを歩いて、ドアのベルを鳴らした。
 すると、すぐに返事があって、
 クリスとそのご両親が、私を出迎えたくれた。

 大きなソファーで紅茶をいただきながら、
 クリスとご両親とで、お話をした。

「いやあ、娘から聞いていましたが、ジュンさんは本当に女性に見えます。でも、娘と同じなのでしょうか?」
とお父さん。
「ジュンと呼んでください。」と私は言って、
「はい、身体的には男性です。女性に見えるという点では、クリスさんは私よりもっともっとです。」
そう言って、私は少し笑った。

「クリス、言ってもいいよね。」とお父さんは、クリスの許可をとり、話し始めた。

「クリスは、高校に9月に入学して、実は、2週間で学校へ行けなくなりました。
 中学までは、男の子としてなんとか学校へ通いました。
 その間、性同一性障害の診断が出たので、私達は、だれもクリスを知らない高校を探し、学校の諒解を得て、女子生徒として通うことが実現しました。ところが、風のうわさで、クリスが身体的には男子だということを知られてしまいました。

 先生方の理解はありましたが、生徒達からは理解を得られませんでした。
 女子トイレに入ろうとすると、他の女子たちが、『男なのに、どうして女子を使うの?』と冷たく言われ、かといって、男子トイレには入れませんでした。
 学校の先生方は、性同一性障害への理解を生徒達に求めましたが、生徒達は理解しませんでした。
 その日から、クリスは学校へ行けなくなりました。」
 言いながら、お父さんは涙を浮かべていた。横でお母さんも。そして、クリスも。
 私も、泣いてしまった。

 お父さんは、さらに、
「クリスは、お姉さんが欲しいと、子供のころから言っていました。
 それが、一昨日、ジュンにお会いして、自分が求めていたお姉さんを得たように思ったらしいのです。
 しかも、ジュンも、クリスと同じ境遇だとのこと。神様がクリスをあなたに会わせてくださったものという気がしています。」と言った。

 私は言った。
「私は、おとといクリスさんを初めて見たとき、『不思議の国のアリス』のようだと思いました。
 アリスには、妹思いのやさしいお姉さんがいます。私は、クリスちゃんのお姉さんになった気がしました。それは、私にとって、とてもうれしいことでした。」

お父さんは、
「ニューオーリンズとバトンルージュでは、かなり離れていますが、クリスと親しくしてくださると、親として、こんなにうれしいことはありません。」と言った。

「私も、クリスちゃんのお友達になりたいと思っています。」
私はそう言った。

 ご両親はとてもうれしいそうな顔をした。



「ジュン、私の部屋に来て。」とクリスが言った。
「ええ。クリスの部屋を見てみたいわ。」と私。

 クリスの部屋は、完全に女の子の部屋だった。
 男優の大きなポスターがいくつか貼ってあった。
 人気のある女性グループのポスターも。
 ぬいぐるみの人形。カーテン、ベッドカバーの色。
 男の子のかけらがどこにもない部屋だった。

 姿見やドレッサーもあって、化粧クリームや化粧品が並んでいた。

「今日は、クリスをアリスにしてあげるね。」と私は言った。
「どういうこと?」とクリス。
「ドレッサーの前に座って。」
そう言って、私は、クリスに娘らしい明るいメイクをして、
首の後ろから、白いリボンを回して、頭の上で大きな蝶々結びを作った。
クリスはとても喜んでいた。
「クリス、これを着て。」と私は、白いアリスのワンピースを渡した。
肩に膨らみのある、半袖のもの。
クリスが着替えたとき、私は、持って来たペチコートをクリスに履かせた。
スカートが、パラシュートのように膨らんだ。
前髪を、真ん中なら分けると、不思議の国のアリスのできあがり。

ものすごく可愛いくて妖精のようだった。

たくさん写真を撮った。

パパとママにも見せたいというので、
二人で階下へ行った。
ご両親は、それを見て、笑って喜んでいた。

クリスはうれしそうに、生き生きしていた。
                
                       つづく

<後編>

私はクリスに聞いた。
「昨日、電話で、クリスは死にそうだって言ったでしょう。
 あれは、どういうこと?」
「ほんとに死にそうだったの。男の子からキスされて、思いきり抱きしめられたい気持ちがして、我慢ができなくて、気が狂いそうだったの。」
「それで、どうやって我慢したの?」
「ジュンが来ることがわかって、どうにか我慢できたの。」
「そんな日が度々あるの?」
「ええ、月に1度くらいあるわ。」
「それを、どう乗り越えているの」
「不思議なことに、次の日にたいていステキな夢をみるの。
 例えば、好きな男の子に抱かれて、キスされて、私は本物の女の子になっていて、最高に幸せな夢。でも、朝起きたら、決まって下着を汚しているの。恥かしいから、こっそり自分で洗ってる。」

 私は悟った。クリスは、マ■タべー■ョンを知らない…。
 教えてあげなくては…。

「クリス。」
「なあに。」
「あなたは、マ■タべー■ョンって知ってる。」
「言葉では、知ってる。でも、どうやっていいのか分からない。」
「人が、健全に生きていくために、是非必要な行為よ。
 昨日みたいに、死にたいなんて気持ちにならないために。」
「じゃあ、教えてくださる?」
「今、この部屋は、プライバシーがある?」
「パパとママは下にいるし、ここは鍵がかかるから、平気だと思う。」

 私は、クリスとベッドに並んで腰を掛けた。
「クリスは、私とキスができる?私を男の子だと思って。」
「ジュンが、女の人としても、できると思う。」
「じゃあ、始めはそっとね。」
私はそう言って、そっとクリスと唇を重ねた。
「もう少し、強く。」
クリスに強く唇を当てた。
クリスが、わずかに震えている。

唇を離したとき、クリスは恥かしそうに、下を向いていた。

「ペチコートの中の、下着を脱いでも恥かしくない?
 ペチコートが隠してくれるから、平気だと思うんだけど。」私は言った。
クリスは、少し臆していたが、やがて、意を決したように、
「ええ。平気。」といって、下着をとった。

私は、自分のバッグの中から、コ■ド■ムを取り出して、封を切った。
「恥かしかったら、言って。」
私は、そう言って、クリスのペチコートの中に手を入れ、
クリスの熱くなったものに、それをかぶせた。

「ここは、クリスの家だから、あまり声を出してはだめよ。」
「ええ、いいわ。」
「今日は、私がやってあげる。次からは、自分でできると思うの。」
「はい。」クリスは可愛い声で、そう答えた。

私は、手をそっとやさしく上下していった。

「ジュン、あたしなにか変な気持ちになる。」
クリスはそう言って、私に抱きついてきた。
「好きな男の子に、抱かれていることを想像するといいわ。」
「はい。」クリスは目を閉じて言った。

そのうち「あ。」とクリスは顔をゆがめ、私にむしゃぶりついてきた。
「ジュン、なんだか変、あたし、おかしくなっていく。」
私を抱く力が強くなった。

クリスの身体が震えてきた。
「ジュン、あたし何かを出してしまいそう。お漏らししてしまいそう。」
「我慢して。声を出してはだめ。」私はそう言って、上下運動を続けた。
「ああ、我慢できない。」とクリスは、声を押し殺し、うめくように言った。

「ジュン、ダメ、声が出ちゃう…。もう、ダメ。」
そう言ったとき、クリスは身体を激しく震わせた。



クリスはぐったりベッドに横になってしまった。
私は使ったものの処理をして、ティッシュにまとめて、バッグの中に入れた。
そして、クリスの隣に横になった。

「あの夢で見た幸せな気持ちと同じだったわ。」
「そうなのよ。たまらなくなったら、こうやって自分で自分を慰めるの。」
「でも、あたしにできるかなあ。あそこを見るのも触るのもいやだから。」
「暗くすれば、見なくて済むわ。」

「ジュン、もう一度抱いて。」とクリス。
 私はクリスを抱きしめた。
「ありがとう、ジュン。誰も教えてくれなかった。
 ジュンが本当の女性だったら、教えてくれなかったと思う。」
「そうね。私達、似たもの同士だから。」私。



クリスの家で、昼をご馳走になった。
とてもおいしかった。
クリスはアリスの衣装がよほど気に入ったのか、ずっと着たままだった。
クリスは、とても生き生きとしていた。
一つ、あるものが吹っ切れたような。

 帰りがけに、クリスに言った。
「私には、とても信頼のできる女の子の友達がいるの。
 その子にだけは、クリスのこととクリスの秘密を話していい?」
「ジュンが信頼できる人ならいいわ。」
クリスはそう答えた。

1ヶ月に1度は、会う約束をした。
電話は毎日掛けてもいいと言った。

アリスの衣装は、クリスにプレゼントした。

私は、クリスとご両親に見送られながら、
発車した。

バックミラーに、クリスの姿がまだ映っている。
私は、あはっと思った。

「鏡の国のアリス」だ。


ドクターの所見(アメリカ編33)

※今回は、ドクターの言葉を書きましたので、字がすごく多くなってしまい、読みづらいと思います。
 
 また、「ドクターの所見」に関しては、もう40年も前のものであり、公開してもいいかなと判断して、載せました。(性のアイデンティティーをつかむ上で、参考になれば幸いです。)

============================

クリスが、診察に入ってから、40分ほど待った。
私の名前が呼ばれて、診察室へ入った。
入って少しびっくりした。
そこは、とても診察室のイメージとは違っていて、
先生は普段着で、白衣なんて来ていない。
部屋には、観葉植物がたくさんあって、
先生と患者のために、ゆったり座れるソファーがある。
二つのソファーは、斜めに向き合えるようになっている。
そこで、ゆっくりドクターとお話ができる雰囲気だった。

ドクターは、私の推薦状と大学内のドクターの所見に目を通しながら、
日常会話のように話をなさる。
先生との面談は、20分くらいで終わり、
その後、私は、種々の検査を受けに、内科、婦人科、などに行った。

最後に、もう一度、精神科のドクターの所へ行った。
ドクターは、おもむろに言った。

「今日は、あなたの診断書ではなく、私の『所見』というのをお渡しします。
 あなたはこれをご覧になって、大学内のドクター及び、カウンセラーに見せてください。
 あなたの意志によって、見せないことも可能です。

 結論ですが、あなたは、性同一性障害の診断項目の3分の2を満たしていますが、残り3分の1は、満たしていません。そこで、今のところ性同一性障害とは、診断されません。しかし同時に、3分の2を満たしているということは、無視できないことです。

 次に、あなたは、社会的に女性として過ごしていて、高い水準で適応しています。そのため女子トイレあるいは女子更衣室の使用は、社会的さらに法的になんの問題もありません。というより男子トイレを使うべきではありません。

 あなたは女子トイレの使用に、罪悪感を覚えたとおっしゃっていましたね。もしその罪悪感がどうしても吹ききれないのであれば、許可証のようなものを作ることができます。しかし、あなたの場合、おそらく100人が見て100人が女性と認めます。許可証を作っても、それを使用する場面は、まず考えられません。女子トイレを男子が使っても、トイレ内の平穏を乱さなければ、違法ではないのです。」

 ドクターはさらに言った。
「あなたは、幼児期から青年期にかけて、服装倒錯があったと述べていますね。
 服装倒錯の特徴は、異性装をしたとき性的興奮を伴うことです。
 これは、あまり気にする必要はありません。社会的にフルタイムで異性としての生活が実現しているとき、この性的興奮は消失する、あるいは弱まるのが普通です。今のあなたの場合そうではありませんか?
 
 性的興奮が伴うことに、罪悪感や自己嫌悪を抱く必要は全くありません。これは、性の嗜好に属するものであり、人それぞれの性のあり様の一つに過ぎません。よって障害でも病気でもなく心の不健康でもありません。社会や家族生活に支障をきたさない限り、肯定的に考えてよいことです。」

 この先生の言葉は、私の気持ちをとても楽にて、安心させてくれた。

 最後にドクターは、ステキなプレゼントをくださった。
 ドクターは、一組の胸用のパッドを見せてくれた。
「これは、女性が臨時の豊胸に使うシリコンパッドとは、少し違うんですよ。」
とちょっと愉快そうに言って、バッドの裏を見せてくれた。
「ほら、平らになっているでしょう。女性用は、乳房に合わせくぼんでいるんです。
 しかし、これは、乳がんで乳房を摘出した女性用のもので、底が平らです。
 胸に当てると吸着して、ブラをつければ、走っても大丈夫です。
 感触も、重みも、限りなく女性のものに近いです。病院でしか手に入らないものなんですよ。」

私は、ちょっと指で触ってみた。あ、すごいと思った。膨らみの先端にかわいい突起まである。
ドクターは「試供品」だからと言って、只でくれた。

「保存のしかたは、説明書がありますから、よく読んでくださいね。」
ドクターは、そう言った。



家に帰って、早速その特殊パッドを胸に着けてみた。
「わあ、すごい!」
ぴたっと肌に吸着して、まるで自分の体の一部のよう。
重力で少し下にたるむ。これもすごい。
感触が最高。少し冷たいけど、本物と同じくらい柔らかくて、弾力もある。
ブラをつけると、理想的なフィット感だ。
なんだか、自分が本物の乳房を得たようでうれしかった。

大きさは、Bカップくらい。今までの私より、少しグラマーになった。

ああ、早くウォンに見せたい。いえ、触ってもらいたい。
ウォンの驚く顔を思い描いて、私は嬉々とした。


==========================================
※ 参考として、所見を記します。(40年前のものであり、今の医学の診断形式とは、大きくちがっていると思います。)
 

『所見』

1.身体的性   男性(健康) ※半陰陽の疑いなし。
         但し、第二次性徴期において、男性ホルモンが不活発であったと推測される。

2.社会的性   女性(キャリア=8ヶ月)
         ※ 極めて高水準で適応している。

3.性自認    男性。(但し、場面において女性)

4.性指向    女性。(但し、場面において男性)

5.障害の有無  性同一性障害は認められない。(但し、その範疇ではある。)

6.ホルモン治療  性自認が不確定であるため、勧められない。

7.外科的治療   同上。

8.脳のタイプ  言語性(論理性、抽象能力)、判断力では、高い男性性を示す。
         一方、母性性が、一般の男子に比べ、極めて高い。

「特記事項」
 患者は、幼年期から青年期にかけて、服装倒錯があったことを認めているが、
 現在、女性としての社会生活で異性装が実現しているため、異性装による性的興奮は消失している。
 (よって、女子トイレ、女子更衣室などの使用は、なんら問題を見出し得ない。)

「総合所見」
 現在、患者は、社会生活において女性として安定的に生活を営んでおり、情緒も安定している。
 また、自分の身体への違和感、嫌悪は場面的なものに留まっており、深刻かつ危機的なものではない。
 社会生活において、種々の不便があるが、工夫やある程度の妥協によって、克服可能である。
 よって、性同一性障害における治療の必要は、今のところ認められない。
(但し、完全な女性としての社会生活が営まれているわけではなく、定期的なカウンセリングは成されるべきである。)

待合室の「不思議の国のアリス」(アメリカ編32)

 期末試験も終わり、大学は冬休みに入った。
 私は車で、ニューオーリンズのとなり町、バトンルージュに向かった。
 片道50マイル。ハイウェイを使って2時間の旅。

 その町に性医学の専門クリニックがあるというので、
 マリア先生から一度行くように勧められていた。

 クリニックは思ったよりずっと大きな建物で、
 入り口を見ると、精神科の他に、産婦人科、外科、内科などもあり、ちょっとした総合病院だった。
 きっと、いろんな検査ができるんだろうなと思った。

 私は精神科に予約をしていて、そのドアを開けた。
 待合室には、一人の女の子が順番を待って、長椅子に座っていた。
 中学生くらい。とても可愛い子で、真っ直ぐなブロンドの髪を肩に垂らして、前髪の上にカチューシャをしていた。そして、白いふわふわのスカートに、ハイ・ソックス、桜色のセーターを着ていた。
 
(スカートの子はめずらしい。)

 私の姿を見ると、その子は、「ハイ!」とかすかに笑顔を見せた。
 可愛い声だった。
「ハイ!」と私も挨拶を返した。
 
 その子のとなりに座った。

 同じクリニックに来た者同士、私はその女の子に、話しかけたくなった。
「私は、ジュン、よろしく。」と手を出した。
「あたしは、クリス、よろしく。」とその子も手を出し、握手をした。
「中学生?」と聞いた。
「いえ、16歳です。高校生。」
「ごめんなさい。お若く見えたの。」
「かまいません。みんなにそう言われます。」
「私もよ。幾つに見える?」
「18歳?」
「ありがとう。23歳なの。」
「ぜんぜん見えません。」
 二人でちょっと笑った。

「私は、性同一性障害の疑いなの。」と私は言った。
「私は、はっきり性同一性障害です。」とクリス。
「あのう…、じゃあ、まさか、男の子になりたいの?」私は言った。
「ちがいます!女の子になりたいんです。」クリスはおかしそうに笑った。
「あ、ごめんなさい。じゃあ、あなたは、今、男の子…?」
「身体は、そうです。」
「そうなの。あなたはどう見ても女の子よ。」
 そう言って、私は、その子、クリスを思わずまじまじと見てしまった。
 声、容姿、仕草、表情どこをとっても女の子だった。
「お姉さんは?」そう聞かれた。
「あなたと同じ。私も男なの。」
「え?」クリスは驚いたようにして、
「絶対女の人だと思いました。」そう言った。
「じゃあ、私たち、似た者同士ね。」
「そうですね。」クリスは、初めてとてもうれしそうな顔をした。

 クリスの子供のときの苦労話をたくさん聞いた。
 それは、みんな私も経験したことだった。
 そのときのことを思い出して、二人でちょっと泣いてしまったり、
 それから、一人で女の子ごっこをして、楽しんだことも同じで、笑ってしまったり。

 クリスは、今は性同一性障害の診断が出て、学校では正式に女子として扱われているとのことだった。
 女子トイレ、更衣室の使用。体育の授業も女子として受けている。
 でも、例えアメリカでも、(今から40年前のことだ。)いろいろな偏見があって、
 クリスは今も辛い思いをたくさんしているとのことだった。
 当然だ。好きな男の子がいても、キスまでしかできない。

 30分も話をしたときだったろうか、
 クリスは意外なことを言った。
 
「あのう、ジュンの腕を抱いてもいい?」と。
「もちろん、いいわ。」と私は言った。
 すると、クリスは、私の腕に手を回して、頭を私の肩に預けてきた。
 どうしてこんなことするのかなと、私は思いながらだまっていた。

「あたしは、一人っ子で、ずっとお姉さんが欲しかったの。
 お姉さんがいたら、あたしの気持ちを分かってくれるのにって。
 そう、何度も思っていたわ。
 お姉さんがいたら、あたしを女の子にしてくれるのにって。
 あたしにメイクを教えてくれて、あたしを外に連れて行ってくれるのにって。
 そんなお姉さんを、ずっと心に描いてきたの。だから…。」
 
 クリスはそう言った。

「…そうなの…。」

 私はつぶやくように言った。


 そのうち、クリスの身体がズシッと重くなった。

 眠っている…。


《アリスは、大好きなお姉さんの膝の上で、いつの間にかうとうとと眠ってしまいました…。》

 そのときのクリスは「不思議の国のアリス」のようで、私はたまらまく愛おしく思っていた。

「心理学」のテスト(アメリカ編31)

 心理学のテストの当日がやって来た。
 午前9時から。
 私は、大学で心理学を専攻していた。
 そのために、このテストだけは、「B」以上を取る必要があった。
 8割以上。それは、すごいプレッシャーだった。
 
 教科書を胸に抱いて教室に入ると、生徒は200人くらいいる。
 私は自分の定位置、一番前のど真ん中に座った。
 おしゃべりをしている人もいれば、
 私のようにギリギリまで、教科書にかじりついている人もいた。

 先生が来て、やがて問題用紙とマークシートが配られた。
 4択問題が100問。
 時間は90分。あっという間に過ぎた。

 *

 ああ、ダメだった、と私は背筋を伸ばしながら、宙を見た。
 出来ない問題がかなりあった。

 成績は、今日の午後2時に貼り紙で発表されるとのことだった。
 マークシートなので、処理が早い。



 私は、アパートに一端帰った。
 ウォンが、いつものようにジュウタンに寝転がって、教科書を見ていた。
「よくそんな格好で勉強できるね。」と私は言った。
「だって、ジュンの部屋のジュウタンふかふかで気持ちいいんだもん。」
「そういう理由?」
「子供のころから、ずっとこれでやってきたから。」とウォン。

 私は知っていた。ウォンは、才女だ。
 高校のときにアメリカに来たので、英語は私よりはるかにできる。
 ころがっていても、知識がどんどん頭の中に入っていってるんだろうなと思った。
「いいなあ。」と私は心でつぶやいた。

 私は、やはり食事テーブルの椅子にきちんと座らないとだめ。
 次の「児童文学」のレポートに移った。
 テストではなく、レポートで成績がつく。
 課題は、オスカー・ワイルドの「幸福の王子」について述べよ。
 私は、宙を見て構想を練っていた。



ウォンがジュウタンに寝転がって、
チラチラと私を見ているのがわかった。
なんか、気になる視線。
「ウォン、ぼくのどこを見てるの。」そう聞いた。
「感心してるのよ。」ウォンはそう言う。
「何を?」
「ジュンの膝。」
「え?見えてた?」私は、思わず膝を固く閉じた。
「ちがう。おとといから見てるけど、ジュンはめったに膝を開かないで足を閉じてる。
 それで、ときどき足を斜めに流してる。
 すごい淑女なんだもん。私には出来ない。」ウォンはそう言う。
「だって、どこのクラスでもスカートはぼくだけなんだよ。
 なんとなく男子の視線がぼくのスカートに集まってる気がして、絶対開けない。」
「ふーん。男の子の目が気になるのね。」
「うん。」
「家で一人でいるときは。」
「できるだけ、足を閉じてる。」
「ジュータンに座るときは?」
「ああ…と、女の子座り。」
「一人なのに。」
「だって、スカートはいてるから…。」

ウォンは、私の後ろに来て、私の肩をきつく抱いて、
「この!女の子め!」と私の背中で言った。
「だって、女の子でいる方が楽しいよ。」と私。
ウォンは、もう何も言いませんというような表情で、
首を振りながら、ジュウタンに戻って行った。
「ジュンへの認識を、少し変えなくちゃ。」とポツリと言った。



2時が近くなった。
もうすぐ心理学の成績が、教室廊下に掲示される。
私は胸がどきどきして、ウォンに一緒に来てくれるように頼んだ。

教室近くに来ると、廊下は、200人の受講生にあふれていた。
これでは、なかなか近くに行けない。
がっかりして帰って来る学生。
うきうきして帰ってくる学生。

その内、学生の山が少なくなった。
私は心臓がドキドキして、まるで、入学試験の発表を見るようだった。
「私が、見てきてあげようか。」ウォンが言った。
「あ、うん。見てきて。」と私は頼んだ。

人だかりをくぐって、ウォンは入って行った。
そして、真顔で帰って来た。
「ジュン、自分で見てきた方がいいわ。」
私の中で、何かが崩れていった。
『ビリだったのかなあ。』と思った。

私も人だかりをくぐって、貼り紙をみた。
AからFまで、区切られている。
FとDを見た。名前がない。ほっとした。
C。名前がない。ちょっと安心した。
Bからは、点数も記載されていた。
下から見ていった。なかなかない。
私は青くなった。見落としたかな…。
でも、その上のAの中に一人。
その名前をみたとき、私はぽっかり空く口を両手で覆った。
「うそ…。」
ジュン・■■、93点とあった。
…A、しかも200人の中のただ一人。
ウォンが、やってきた。
「ジュン、すごい!感動!」と言って、私を抱きしめてくれた。
ウォンが私の名を口に出したので、
回りにいた人たちが、
「君が、ジュン?すごいよ君!」
そういって、みんなが拍手をしてくれた。

夢のようだった。
今日、日本の両親に電話しようと思った。



その学期に取った4教科は、みんなAだった。
「ストレートA」。
ウォンも「ストレートA」を取った。

その夜、ウォンとお祝いをした。
乾杯の言葉は、「ストレートA!」。
「なんかポーカーみたいだね。」
と二人で笑った。

ウォンの思いやり(アメリカ編30)

12月に入った。
冬のニューオーリンズは、一気に寒くなる。

大学は期末試験に入り、チャンパスを歩く学生の数が少なくなった。
みんな図書館とか研究室に入って勉強をしている。

ウォンは、アルバイトのレストランを1週間休んで、
私のアパートに泊まりきりだった。
二人で勉強合宿、そんな名目だった。

私は、食事テーブルにきちんと座って勉強する。
ウォンは、ジュウタンに寝転がって勉強するのが好きみたいだ。

私は家の中のこんなプライベートなときも、ちゃんとワンピースを着ていたかった。
だから、ウォンにもワンピースでいてくれるよう頼んだ。

私は必死に心理学の教科書をおさらいしていた。
するとウォンがいつの間にか私の後ろに来ていて、
私の首に腕を回し、
「ジュン。勉強飽きちゃった。ちょっと運動しよう。」
運動とは、ベッドの上でのこと。
「だめだよ。まだ早いよ。」と私は言った。



 マリア先生との面談の話をウォンにしたとき、
 ウォンは、少し考えながら言った。
「ジュンは自分では自分の姿が見えないと思うの。
 でも、私からはジュンの全身が見える。
 それは、一人の女の子。
 その女の子が男言葉を使うのはナチュラルじゃないわ。
 これから、言葉も仕草も表情も全部、女の子でいいわ。
 つまり、私の前でも女の子でいて欲しいの。」

 ウォンの言葉は、私への思いやりだと思った。
 私の心が女の子になりかかっているなら、思う存分ならせてくれようとしている。
 ウォンのやさしさが、とてもうれしかった。
 でも、私は言った。

「ウォン。ありがとう。ウォンはやさしいな。
 でも、ウォンといるときだけは、ぼくは男の心でいたい。
 同じことが、ぼくからも言えるよ。
 ぼくは、いつもウォンの全身が見えてる。
 それは、可愛い一人の女の子。
 ウォンを見ているとき、ぼくは自分の姿を忘れてる。
 そんなとき、ぼくは女の心になれないよ。
 だから、ウォンと二人だけのときは、男の心でいさせてほしい。」

 ウォンは、それを聞いて、私の目をじっと見た。
 その表情は、少しうれしそうにも見えた。

「うん。わかったわ。ありがとう。ジュンは私よりやさしい。
 でも、ときどきは、ジュンを女の子として愛してあげるね。
 ご褒美として。」
「わあ!それは、うれしい。」
「ほら、本音が出た。」

 二人で笑った。


 ウォンは、私の肩に体重をかけて言った。
「今日のジュンは、いい匂いがする。なあに?」
「あ、薔薇の香り入りの洗剤使ったから。わかる?」
「ジュン、そんなことしたの。どんどん女の子になっていくじゃない。」
「言わないでくれる。ちょっと恥かしいと思いながらしたことなんだから。」
「いいのよ。そういうジュンはとっても可愛い。」

ウォンはそう言いながら、私のワンピースの背中のファスナーをすうっと下げた。
「ああ、だめだよ。ぼくそれに弱い。」
背中ファスナーのワンピースは、私の子供のころからの憧れだった。

「今日は、ジュンを女の子にしてあげる。」
ウォンが耳元でささやく。
「ほ、ほんと?」と私。

心理学の教科書が、一気に遠ざかって行く。
同時に私の男の心も飛んで行く。

結局、二人でベッドに行ってしまった。

ウォンの言葉はウソだった。
私が女の子になるより先に、
ウォンが女の子になってしまった。

マリア先生との面接(アメリカ編29)

※ 今回は少し長くなりました。2回に分けようと思いましたが、一挙に投稿します。
 尚、会話文がたくさん出てきますが、元は英語です。男言葉や女言葉、また自分の呼び方は、日本語風にアレンジしてあります。ご諒解ください。

============================

昼過ぎ、私はたまたまアパートにいた。
そのとき電話があった。
「ジュン君ですか?」
「あ、はい、そうです。」
「マリアです。お久しぶり。うまくやっていますか?」
あ、マリア先生だ、と気がついた。
マリア先生は、大学の留学生担当の先生だ。
日本にいるときから、手紙でずっとお世話になってきた先生。
そう言えば、先生は、私が男子であると知っている。
私は、
「はい、なんとかやっています。」と答えた。

先生が言うには、アフリカから2人の留学生が来て、
勉強、とくに数学で困っているから、
私に面倒を見て上げて欲しいとのこと。
「ジュン君は数学が得意でしょう?」と先生。
「はい。わかりました。」と言って私は電話を切った。



二人は、アンソニーとベンという名前。
大学寮にいる。
私は、3時ごろ、2人を訪ねに寮へ行った。
2人の男の子のところへ、女一人が訪ねていく。ありかなあ…と思ったけど、
マリア先生にはまだ女の姿を見せていないので、「あり」だった。

私は二人の部屋に来て、ドアをノックした。
「ダレデスカ?」
「ジュンです。」
「オオ、カムイン。」
そう言われて私は、ドアを開けた。
すると、2人の黒人の男の子が、トランクス1枚の裸姿で、立っていた。
「キャー!」と思わず私は黄色い声を上げて、両手で目を覆い、横を向いた。

そのとき、私は、自分のその行動に我ながらびっくりしていた。
何てことだろう…。
驚いて女の子みたいに、「キャー!」などど言うなんて。
両手で顔を覆うなんて。顔をそらすなんて。
8ヶ月も女子として生活してきた。
その結果、反射行動まで、女の子になってしまったのだろうか。
まいったなあ…と私はそのことをかなり深刻に考えた。

ベンとアンソニーは、急いで服を着たのか、ちぐはくな格好で、
「ゴメンナサイ。ジュンハ、男ノ子ダト思ッテイタカラ…。」と言った。
二人は何度も謝っている。礼儀はすごく正しそうだった。

二人との勉強は、1時間で私がバテテしまった。
私が数式を解くたびに、
「オー!ミラクル!」とか「ユーアー マジシャン!」
と感動してくれる。
それは嬉しかったけど、全然分かってくれない。
私は宿題だけ答えをあげて、二人にさよならをした。

ベンとアンソニーのことより、自分のことが問題だった。
私は、マリア先生を訪ねることにした。
先生に今の姿を見せて、事情を話そうと思った。
先生は、臨床心理学の博士号を持っていて、
1級のカウンセラーでもあった。



先生のオフィスのドアをノックすると、
幸い先生がいらした。
「誰?」
「ジュンです。」
「どうぞ。」と言われて入った。
入って来た私を見て、先生は首をかしげた?
「ジュン君?」
「はい。」私は言った。
「なぜ?私の前に立っているのは、一人の女の子よ。」

 先生からそう言われ、私は、これまでのいきさつを話した。

「そうだったの。私が初めてあなたを見たとき、女の子だと思ってしまったもの。
 無理もないわ。」
先生はうなずきながら言った。

それから先生は、デスクから立って、
ソファーに私を座らせ、その横に座った。

「あなたが、女性の姿で授業を受けることには、なんの問題もないわ。
 先生方の名簿には、学生の性別が書いてあります。
 でも、初めは間違えても、2度目からは、あなたの姿を見て、ミスターと呼ぶ勇気のある先生はいないわ。名簿のミスか、あなたが性同一性障害の学生と見て配慮するはず。」
とマリア先生は言った。

そうだったんだ…と私は思った。
先生方は、私を男性だとわかっていて、それをおくびにも出さないでいてくれたのだと思った。

「トイレはどうしているの?」と先生は聞かれた。
「男女共用の研究室のトイレを使っています。」と私。
「それは、不便だわ。一個人がトイレのことで、そんな不便をこうむることは、人権上許されることではないわ。」
「しかたなく女子トイレに入ったことはあります。
 でも、大きな罪悪感を持ちました。」
「あなたの心が女性ならば、その必要はないの。
 これから私はカウンセラーとして、少し立ち入った質問をするけどいいかしら?」
先生はそう言って少し姿勢を正した。
「はい。」私は答えた。
「ジュンは、女性に対して、異性を感じる?」
「はい。」
「では、男性に対して異性を感じたことがある?」
「それは…。」
私はそこで言葉に詰まってしまった。
アシフやユンのことが思われた。
男の子の匂いにクラクラとしてしまったこと。
ユンを思いきり抱きしめたいと思ったこと。
そのときの私の気持ちは、男ではなかった。
アシフやユンは異性だった。
答えはイエスだった。
でも、それをなかなか口に出せなかった。
出せば、私は違う世界へ行ってしまいそうだったから。

「ジュン、イエスなのね。」
私はうなずいた。と同時に、なぜか目が潤んでしまった。

「自分を認めるということは、勇気がいるものよ。」

「大事な質問をするわ。」と、先生はその後、
「人は、心でいつもしゃべっているの。
 いい?ジュン。あなたが心でしゃべっている言葉は、男言葉、女言葉?」と言った。
私はドキッとしてしまった。
そんなこと考えたこともなかった。
「ほら、今、あなたが思った言葉よ。どちらで思った?」と先生は続けて言われた。

私は、『え?わからないわ。』と、とっさにそう言っていた。
答えは女言葉だった。
そう気がついたとき、なぜか、日本にいる両親のことが思われた。
アメリカで、女の格好をして、心まで女になりかかっている。
涙がぽろぽろと出てしまった。

そんな私をマリア先生は、抱きしめてくれた。

「ジュン、心はいろいろに変化するの。1年後のあなたは、また違うかもしれない。
 でも、少なくても、今のあなたは、女の子の心をたくさん持っているわ。
 自分に正直になってもいいのよ。さもないと苦しくなるだけ。」
先生はそう言ってくれた。

 それから先生は、私が大学内の女子トイレに堂々と入れるように、
 ある許可書が出るよう、大学側に掛け合ってくださると言った。
 それは、多分、性同一性障害の可能性があり検査中であること、
 結果が出るまで、臨時に女子トイレ及び女子更衣室の使用を許可すること、
 そんな許可書だということだった。

 1週間後に、精神科のドクターと面接をした。
 その1週間後に、許可証がもらえた。
 それは、学生証くらいの小さなカードだった。

私は、その許可証を宝物のように胸に抱きしめた。

 女子トイレのミラーで、ゆっくりと化粧直しをしたい。
 その夢が、やっと叶う!

ニューオーリンズは、こんな町でした

今日は、物語の合間に、私やウォンがいニューオーリンズの町をご紹介します。

$60歳のチャレンジ・女装


デキシーランドジャズを伝える骨董品的ホール・「プリザベーション・ホール」です。入場たった1ドルという超良心的ホール。
奥の看板に「the Saints」とありますが、「聖者の行進」のことです。ニューオーリンズのスペシャルの曲で、リクエストは、この曲だけ5ドルです。誰かがこの曲をリクエストすると、ホールの中は完全に盛り上がります。私は、こんな写真をみて、ニューオーリンズへ行くことを決めました。

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フレンチ・クオーターの典型的町並み。鉄の飾りベランダ(アイアン・シルク・レースといいます。)が特徴。ディズニーランドにいくと、このニューオーリンズの建物街があります。

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フレンチ・クオータの隣にこんなステキな区画があります。ジェファソン・スクエアーといいます。
広場の周りには、ストリート・ミュージシャンや似顔絵書きの芸術家の卵が大勢います。

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こんな馬車にのって、ニューオリンズめぐりができます。首を垂れた黒人のおじさんは、昼寝をしているのかな。

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バーボン通りのジャズホールのお店。オーナーらしき女主人が演奏を聞いている。私は、なんとなく、
「ルイジアナ・ママ」と呼びたくなってしまいました。

$60歳のチャレンジ・女装


タップダンスを、老齢になっても続けているおじさん。ショーマン魂がしみ込んでいる感じでした。

$60歳のチャレンジ・女装


こんなステキなところで、ウォンとオイスターを食べたり、ジャンバラヤを食べたりしたんですよ。

以上です。まだまだステキなところがあったのですが、もう写真がありません。
ああ、たくさんの写真、捨ててしまいました。(残念無念です。)

アシフの発熱(アメリカ編28)

夕方、リリから電話があった。
リリからの電話は初めてだった。
「ジュン?」
「そうよ。」
「私リリ。」
「どうしたの?」
「アシフが熱を出したの。
 私、車がないから、何にもしてあげられない。助けて。」
「わかった。いちばん困っていることは何?」
「アシフは、寮の食堂のものは食べられないの。
 私は何にも作ってあげられないから、食べるものがないの。」

寮を知っている私はすべて了解した。
寮の部屋には、料理ができる設備が一切ない。
料理は、共有のキッチンが一階に一部屋あるだけ。
それは、部屋というよりコーナー。狭くて、使えたものではない。
小さな冷蔵庫はレンタルできるが、アシフは倹約して使っていない。

食堂での料理は、評判が悪い割りに高かった。
夕食は3ドル近くかかる。
1日5ドルのアシフは、自分でパンを買ってジャムをつけて食べたり、
本当に質素にやっていた。

アシフのルームメイトは今はいなくて、アシフは一人で部屋を使えていた。
今日、それは、都合のいいことだった。

「リリ、わかったわ。まかせて。」
私はそう言って、電話を切った。

私は、家を出るとき、電気コンロとプロ仕様の大きめの筒鍋と、
おたま、皿などを持ち、すぐに車に乗った。
まず、風邪薬を買って、それから、スーパーマーケットに行った。
野菜と鶏肉、それから、いくつかの調味料を買って、寮へと急いだ。

アシフの部屋へ行くと、リリがアシフの額に当てた濡れタオルを取り替えていた。
「あ、ジュン。ありがとう。」
リリが言った。
アシフは苦しんでいた。
「アシフにこれを呑ませて。」とリリに風邪薬を渡した。
その間に、私は料理の用意をした。

留学して一人ぼっちのときの病気は辛い。
私がこの寮に来たばかりのとき、まだ車がなかった。
熱を出してしまい、下の食堂の料理は一切身体が受け付けなかった。
give & takeの国で、誰かに何もしてあげられない私は、誰にも何も頼めなかった。
だから、何も食べないでいた。辛くて泣きたくなっていたとき、
アシフが鍋に料理を作って持ってきてくれた。
野菜のたくさん入った、カレー味のスープだった。
スープはおいしかった。
アシフがつつましく暮らしていることを知っていた私は、
ありがたくて、涙が出た。

作りながら、あの日のことを思い出して、
私は少し涙ぐんでいた。

「ジュン、泣いてる?」とリリに聞かれた。
「うん。ちょっと思い出してた。」と私はうなずいた。

下のキッチンで、リリと二人で野菜を切り、
鶏肉を入れ、コンソメと塩を入れ、することはそれだけ。
後は、部屋でゆっくりと煮る。
それから、カレーの香辛料を3種入れれば、
あの時のスープになるはず。

誰かに、何かを作るとき、
自分がいちばんおいしいと思うものを、作るはずだ。
だから、アシフが私に作ってくれたスープは、
アシフも大好きなはず。

香辛料も入れ終わり、
私がかつて寝ていたベッドに、リリと二人並んで座った。
後は、スープが煮えるのを待つだけ。多分、3日分の量がある。
アシフは寝ていた。

リリと二人でガールズ・トークをたくさんした。

リリから、「PJB」というのを教わった。
Pは、ピーナツバター。Jはイチゴジャム。Bはブレッド=食パン。
2枚のパンの一方にPを塗り、もう片方にJを塗り、それを合わせたサンドイッチ。
貧しい学生の最強の味方だって。

「おいしそうね。」
「おいしいのよ。」
と二人で笑った。

スープが煮えた頃、アシフが目を覚ました。
風邪薬で熱が下がったようだ。

「おお、いい匂いだ。」とアシフは言った。
「ジュン、来てくれてたのか。」
「うん。リリと二人で作ったのよ。」と私。

3人分のお皿も用意してきた。
スープをついで、スプーンを持って、
さあ、というとき、リリと私はシンクロした。

「アシフ、手で食べてもいいわよ。」

3人で笑った。

スーパースターのジョー(アメリカ編27)

私の大学は、フットボール・チームはなかったが、
全米の学生バスケットボールでかなりいい線をいく「パイレーツ」というチームがあった。
そのパイレーツが、本大学の体育館で試合をするという。
めったにないことらしくて、学校中でかなり盛り上がっていた。
テレビ局からの撮影もあるという。

試合の日、私はウォンと見に行った。
ギャラリーは超満員で、ミスター・キャンパスと、ミス・キャンパスも来ていた。

黒人選手がほとんどだった。
試合は勝った。その勝ち方がカッコよかった。
1点で負けていて、パイレーツ・ボール。残り15秒。
パイレーツの2人がパスを互いに送りながら、時間稼ぎをしている。
あんなことしていて、いいのかなと思った。
時計の針が残り5秒となり、3秒となったとき、
2人は、突然敵ゾーンに迫っていた。
残り時間、2秒、1秒というとき、シュートを打った。
わあーとすごい歓声があがった。ボールが宙をアーチ状に飛び、見事バスケットゴールへ。
入ったときに、試合終了の笛がなった。
逆転勝利だ。
わあーとすごい歓声があがった。
「カッコイイ!」とウォンと二人で、最高に興奮してしまった。
ゴールを決めた、その黒人選手の顔をしっかり覚えていた。
どうやら、彼は、大学のスーパースターらしい。



私は、「児童文学」の授業を受けていた。
部屋に15,6人の学生。みんな女子だった。
キャシー先生は、40歳代の優しい女性。
私はこの授業が大好きだった。

その日、教室へ黒人の男子学生が、遅れて入ってきた。
キャシー先生は、
「まあ、珍しい、ジョーじゃないの。ジュンの隣が空いているわ。」と言った。
彼の顔を見て、私は、思わず「うそー!」と思った。
昨日のバスケットボールのスーパースターだ。
先生はジョーと呼んだ。
ジョーは私の隣の机椅子に座った。
座るとき、私を見て、ちょっと会釈のようなものをした。
私もちょっと笑顔を返した。

先生が、
「ジョー、いくらあなたがスーパースターだからと言って、
 授業をサボっていいってことはないのよ。もっと出て来なさい。」
ジョーは、何も言わずに、手をちょっと挙げて、頭を下げた。

ジョーと児童文学。どう考えたって結びつかない。
きっと単位の取りやすい科目を選んで履修しているにちがいない。
もちろん、スポーツ選手学生として優遇されているのだろう。

ジョーは、無口で、早く授業が終わらないかと、そればかり考えているようだった。
授業が終ったとき、驚いたことに、ジョーが私に手を出して、
「俺は、ジョー。よろしくな。」と言った。
私はジョーと握手をして、
「私は、ジュン。よろしく。」と言った。
「コーヒーでも飲みにいかねーか。」とジョーが言った。
「あ、いいわよ。」と言ったものの内心ものすごく驚いていた。

廊下をいっしょに歩きながら、
「どうして、私を誘ってくれたの?」と聞いた。
「君は、スカートはいてる。俺はスカートの子が好きだ。」
「それだけ?スカートはいてれば、誰だっていいの?」
と私は意地悪く聞いてみた。
「まいったな。負けたよ。君が、」
「ジュンよ。」
「ごめん。ジュンが、可愛かったからだよ。」
「あはっ。無理に言わせちゃった。ごめんなさい。」
「ジュンは変わってるな。」ジョーが首を振りながらそう言った。



校舎のホールのコーヒー店で、コーヒーを飲みながら。

「ジュンは、俺が誰だか知ってるのか?」とジョーが言った。
「昨日、試合見たわ。」
「なんだ。だったら、俺といることにもっと感激してくれよ。」
「感激してるわ。」
「そうは見えない。」
「してるわよ。今日は、スーパースターのジョーとコーヒーを飲んだって、
 友達中に言いふらすわ。」
「ほんとかよ。」
「ほんとよ。」
「あやしいなあ…。」とジョーは笑った。

そのあと、20分ほどジョーと話した。
不思議なほど話がはずんだ。(その訳がいまでも分からない。)

黒人の男の子とゆっくり話をしたのは、初めてだった。
しかも相手は、スーパースターのジョー。
ウソみたい。
友達みんなに言いふらす…は嘘。
ウォンにだけは自慢したい。
いえ、ウォンにも黙っていようかな。
どうしようかなと考えながら、
私はうきうきとして、校舎を出た。

ウォンの思いやり(アメリカ編25)

パーティーの明くる朝、
私はカフェテラスで、遠くの木々を見ていた。
木々を番で飛び移る小鳥達。

「ヘイ、ジュン。ぼーとしてるぞ。」
見ればウォンが、男言葉で話しかけて来ている。
ウォンは、時々いたずらにそうする。
男言葉に、私は反射的に女言葉が出てしまう。
「な、なんでもないわ。」
「アシフ、 カムバック トゥー ミーって顔に書いてあるぞ。」
「そ、そんなことないわ。アシフ、よかったなって思ってる。」
「あはっ。分かったよ、ジュン。今日お休みだから、デイトしよう。
 ジュンを慰めてあげる。」
「どんな風に?」
「今は言わない。夜、フレンチ・クオーターに行こう。」
ウォンはそう言った。



その日の夕方、私はアパートで、少しオシャレをして待っていた。
約束の5時にやって来たウォンを見て、
驚いてしまった。
上下のジーンズにトップが平らなアーミー帽をかぶっている。
長い髪を帽子の中に入れている。
背が私より高い。ジーンズの中に、かかとの高いブーツを履いているんだ。
「ジュン。このジーンズ、ユンのだよ。毎日着てるの借りてきた。
 もう、男の匂いぷんぷん。」
ウォンはそう言って、私の顔を胸に押し付けた。
「ほんとだ。男の子の匂い。それに、ウォン、胸がない。」
「うふん。ちょっとマジックを使ったんだ。」

「これから、ぼくのことを、ユンって呼ぶんだよ。
 ジュンは、女の子。言葉や仕草に気をつけてね。」
私はなにかうれしくなってしまった。
「わかったわ。」とウォンを見て、可愛らしく言った。

ウォンの車で、ウォンの運転で、フレンチ・クオーターの、
「フレンチ・マーケット」に言った。
マーケットは、野菜が中心だけど、古着の洋服なんかも売っている。
すごく安い。ワンピースが、1着1ドルだ。
私はうれしくなって、ワンピースを選んでいた。
ウォンはそれを見ていた。
店のおじさんがウォンに、
「ぼくちゃんは、いいのかい。」と言った。
ウォンが女の子だということは、バレバレだ。ウォンは平気で、
「ぼくは興味ないから。この子、ワンピースしか着ないんだよ。」と言った。
「そうかい。そりゃ女らしくていいやね。」とおじさんは笑って言った。

私は、可愛いワンピースを5着も買った。
「ありがとよ。ベイビー。」とおじさんは私に言った。

それから、私達は、バーボン通りでジャズを聞きながら、
ストリート・ダンスをして、
オイスター・バーで、たっぷり生牡蠣を食べて、
ジャンバラヤも食べて、フレンチ・コーヒーを飲んで。
ウォンが、全部私をエスコートしてくれた。

ミシシッピー河の見える堤防のベンチに座って河を見ていた。
ウォンは私の肩に腕を回し、
私は、ウォンにもたれていた。
気分は、100パーセント女の子だった。
このまま、ずっと女の子でいたいなあと思っていた。

「ジュン、愛してる。」とウォンは言って、
身を私にかぶせて、キスをしてきた。
ユンの男の子の匂い。
くらくらっとする。

ロングキスを何度もした。

前を通る男の子たちが、
「お熱いぜ。」とからかっていたが、
私達はかまわず、キスをしていた。

私の体の中で、変化が起きていた。
私の女の子でない部分が、熱くなって苦しんでる。
「ユン。困ったわ。熱くなってしまった。」
「ぼくも困ってる。車にもどろうか。」
「うん。」

車を止めたのは、人のいない通りだった。
私達は、車に入ると、キスの続きをした。
人が見ていないので、さらに激しくキスをした。
「ジュン、下着を脱いで。」
「ここで?恥かしいわ。」
「暗いし、誰も見てない。」
私は、下着を膝まで降ろした。
幸い長めのスカートがそれを隠してくれている。
ウォンは、私のスカートの中に手を入れて、
私の熱いものに、あるものをかぶせた。
そして、やわらかく上下に…。
スカートで外からは、わからない。

一日女の子として扱ってもらった喜びと、
ユンの男の子の匂いに包まれて、
私の幸福感は頂点に達していく。
私は、ウォンに抱きつき、体を震わせて、
ある言葉を何度も口走った。



「ウォン、ありがとう。」
気持ちが静まり、身を整えて、私は言った。
「ウォンは、平気なの?」
「平気なはずない。これから、ジュンの部屋に行って、
 あたしを思い切り女の子にして。」
ウォンは、私に抱きついて、そう言った。
「うん。そうだね。」
私はそう言って、ウォンと運転を変り、
ハイウェイへとスピードを上げた。

アシフの恋(アメリカ編23)

夜、アシフから電話があった。
「ジュン、助けてくれ!」とアシフの声。
「どうしたの!」と私。
「ある女の子を好きになった。」
「ほんと!」
「今から行っていいかな。」
「わかった。ピザがあるから、いっしょに食べよう。」
「助かるよ。じゃあ。」

助けてといいながら、アシフの声は明るかった。

アシフは、10分で来た。
ドアを開け、アシフの姿を見るなり、
私は、アシフに抱きついて、
「アシフ、浮気しちゃイヤ。」とふざけた。
「ジュン、本気なんだ。許してくれ。」とアシフは真顔。
私は、アシフを離して、
「ごめん。ちょっとからかいたくなった。」と笑った。
「やめてくれよ。一瞬本気かと思った。」とアシフ。



ピザを食べながら、ゆっくり話を聞いた。
アシフは同じ寮にいる台湾からの留学生麗麗(リリ)に恋をした。
リリは、アシフと同じ公認会計士を目指す大学院生。
一目見たときから好きだったが、もう我慢できないとのこと。

アシフの相談というのは、
1日5ドル(約1000円)の生活をしているのに、
リリをガールフレンドにできるか、ということだった。
「ぼくが、女の子だったら、お金は関係ないと思う。好きな人となら、
 いっしょに勉強したり、お話をするだけで、幸せだよ。」と私は言った。
「そうなんだ。彼女は質素で、そういうの分かってくれそうな子なんだ。
 だから、よけい好きになってしまった。」とアシフ。
「はじめに言えばいいんだよ。ぼくは、貧しいから遊びには行けないって。
 でも、君が好きだって。」
「ジュンの場合どうした?ウォンのとき。」
「真っ先に言った。ぼくは男だって。真っ先に言わないと苦しくなる。」
「きっかけがないんだ。彼女と話す。」
私は少し考えた。そして、
「アシフの親友として、ぼくに任せて。」と胸を叩いた。



翌日、私は、朝一番にウォンに相談した。
「台湾からきた、リリを知っている子いない?」
「いる!私のレストランでバイトしているミミって子は、台湾の子だから、知ってると思う。」
「じゃあ、決まった。ぼくの部屋でホームパーティをしよう。
 で、アシフとリリをカップルにする。どう?」
「いいわね。協力する。」



話は、びっくりするほど、とんとん拍子に進んだ。
ミミがリリに言ったら、行くって言う。
そして、リリは同じクラスにいるアシフを知ってると言う。
ミミはアンディという香港の友達と。
ウォンはトイを、私にはユンを。
そうすれば、リリとアシフはくっつくしかない。
パーティーにあつまるみんなは、みんなパーティーの目的を伝えられた。
リリとアシフを除いて。

ウォンのレストランの週休日にパーティーを開いた。
朝から、ウォンと二人で準備した。
みんな車で来る。
リリは車を持っていないので、アシフが連れてくるようにした。
二人で来たときには、二人はカップルに決定だ。

リリもアシフもダンスは苦手だから、ダンスはしない。
たっぷりなおしゃべりの時間と、
二人で組んでやるようなゲームを少しした。

アシフとリリは、すごく楽しそうに話をしていた。
それを他のみんながチラチラと見て、お互い目でOKサインを出し合っていた。

リリは、細身で背が少し高め。笑顔がとてもステキだ。
アシフも細いけど、骨格がよくて、セーターがとてもよく似合う。

二人の様子を見て、私はうれしくてたまらなかった。



パーティーを終える時刻が来た。
ミミとアンディが帰って行った。
二人と友達になれた。
そして、アシフとリリ。
アシフは何とも言えないいい笑顔で私とウォンにさよならを言った。

ハウスのみんなが後片付けに残ってくれた。
みんなニコニコしていた。

しばらくして、アシフから電話がかかって来た。
アシフは少し上気していたのか早口にお礼を言ってきた。
「リリと毎日いっしょに勉強することになった。
 リリの買い物は、オレの車でいっしょに行くことになった。
 ジュン、そしてウォンに伝えてくれ。
 君達は、最高のキューピットだ。ありがとう。」

アシフの電話の内容をみんなに伝えた。
やったー!みんなでお祝いのガッツポーズをとった。

ずぶ濡れのユン(アメリカ編22)

ピクニックに行ってから、3日目の夜だった。
ウォンはもう大丈夫だと考えて、
私はレストランに行くのを止めていた。

私は夜をもてあましていた。

外は雨が降っていた。

私は、楽しかったピクニックのことを思い出して、
ギターを持って、あの日の歌を歌っていた。
ユンのことが、何度も心に浮かんだ。



ドアを激しくノックする音がした。
「ジュン、ぼくだよ。ユンだよ。」
そう叫ぶ声がする。
私は急いでドアを開けた。
すると、ずぶ濡れになったユンが、荒い息をして立っていた。
「どうしたの!まさか、ハウスから走ってきたの?」私は叫んだ。
「うん。ぼくは…ぼくは…。」ユンが真剣な目で私を見ていた。
ユンが何を言いたいのか、すぐにわかった。
「待って。まず入って。今タオルを持ってくるから。」
私はそう言って、バスタオルを2枚もって、
1枚をユンに差出し、もう一枚でユンの濡れた服を拭いた。
拭きながら、思っていた。

どうしよう…困った…。

「今、替えの服を探してくるから、座っていて。」
そう言って、ユンをソファーに座らせた。

私は、旅行用に買っておいた男物の迷彩色の服の上下を持って、ユンに渡した。
「これしかないけど、バスルームで着替えてきて。」私は言った。

バスルームから着替えて戻ってきたユンは、少し落ち着きを取戻していた。
「これ、ジュンの服?」とユンは言った。
「うん。旅行用なの。男の子の服の方が安全だから。」
それから、私は、
「夕食まだでしょう。私もなの。今作るから食べていって。」
そう言った。

私は、途方にくれていた。
ユンがどんな気持ちでここに来たのか、痛いほどわかっていた。
どうしたらいいか、考える時間が欲しかった。

たった1回だけのピクニックだと思っていた。
だから、オシャレをして、香水までつけて、
ユンの手を取り、頬にキスまでしてしまった。
でも、あのときは、純粋なユンが愛おしくて、
悪気があってしたことではなかった。
いい思い出にして欲しかったから…。
(言い訳かな…。)
自己嫌悪と後悔の念が胸を埋めていく。

でも、もう遅い。
ユンになんて言おう。
ユンを傷つけたくない。
自分が男であることを打ち明けてしまおうか。
でも、それでは、ウォンと私でユンをもてあそんだことになる。
ユンを深く傷つけてしまう。
それだけは、絶対できない。

それよりも今、ユンが愛おしくてならない。
私の女の心が、私を占領していく。
遠くから雨の中を走って会いに来てくれた。その喜び。
今すぐユンのところへいって、抱きしめたい。
抱きしめてもらいたい。唇を合わせたい。
でも、それはできない。私は女じゃない。
苦しい。
苦しくて、涙が出そうだ。

やっとの思いで、ステーキを焼いて、
野菜をつけて、ソファーのあるテーブルに運んだ。

「わあ、すごい!」とユンはうれしそうに言った。
ユンはふと私を見て、
「…泣いてる?」そう言った。
「ううん。泣いてない。」
私はそう言ったとたん、涙がぽろぽろ出てきて、
もうたまらなくなって、声に出して泣いてしまった。
心の中で、叫んでいた。
…女になりたい。女になりたい…。

ユンはすぐに私のところへ来て、私の背中をなでてくれた。
「ぼくのせいだね。ごめんね。ごめんね…。」
とユンは何度も言った。私は首を振って、
「ユンのせいじゃない。私のこと。ユンのせいじないの。」とくり返した。
そして、ユンの腕にすがって、ひとしきり泣いた。



涙がやっと収まって、ユンと向かい合わせになった。

ステーキが少し冷めてしまった。
「ユンの前で、二回も泣いちゃったね。」
「そうだね。」ユンはかすかに笑って言った。
「今日は、遠くから雨の中を走ってまで来てくれて、ありがとう。」
私はそう言った。
「ぼくこそごめん。ウォンに1回だけのピクニックって言われていたのに。
 ジュンに会いたくて。たまらなくなってしまって、来てしまった。
 ぼくの我が侭だった。ジュンを困らせてしまった。」

「…私は、ウォンがどうしても好きだから…。」私は言った。
「うん。わかってる。ごめんね。」
「みんなで、友達として、またあんなピクニックをしよう。」私は言った。
「そうだね。友達としてならいいよね。」
ユンは、笑顔を見せた。私は安堵した。

夕食の後、ジュウタンの上で、二人で歌を歌った。

「ジュンがピクニックのとき歌った日本の歌を覚えたい。」とユンは言う。
「『浜辺の歌』のこと?」
「そうそれ。すごくいい歌だった。」

紙にアルファベットで歌詞を書いて、ユンにあげた。
一緒に何度も歌った。



ドライアーに入れておいたユンの服が乾くころだった。

元の服に着替えたユンを車で送って行った。
雨は上がっていた。

ユンは、ハウスの少し前で車から降ろして欲しいと言った。
理由はすぐにわかった。

ユンが車を降りる前に、私は言った。
「“友情”の約束として、一度だけキスをして。」
「うん。」ユンは笑顔で言い、私に長めの甘いキスをしてくれた。
「わすれない。ありがとう。」ユンは言った。
「私も。」
ユンは、ニコッと笑って、ハウスに向かい走っていった。
小さくなっていくユンを、私はずっと見送っていた。

雨上がりの道路が、街灯に照らされて、輝いていた。

4人でピクニック(アメリカ編21)

11月になった。
アメリカ南部のニューオーリンズでは、一番いい季節だ。
木々の葉が赤味を帯びて、チャンパスは美しく彩られる。

朝、いつものカフェテラスで、ウォンが言う。
「ジュン、ハウスの男の子2人が、ジュンと私とで、ピクニックに行こうっていうの。」
「4人で。それってグループ交際?」
「ユンが、ジュンのこと好きみたいなの。
 もう一人、トイが私のパートナーとして来てくれる。」
私は、ハウスの人はみんな知っていた。
ユンは、小柄でとてもやさしい男の子だ。顔立ちはハンサムと言うより可愛い。
「ウォンとボクがレズビアンだってこと、みんな知っているの?」
「知ってる。ママ以外は。」
「ユンは、それでもいいって?」
「かまわないって。」
「ユンから、キスされたら、どうすればいいの?」
「ユンは内気だから、それはないと思う。でも、されたらしてあげて。」

私はこれは高校生くらいの子がやる、健全なグループ交際だと判断した。
「わかった。ピクニックなら、ギター持っていくね。」
「あ、名案。」
こうして、ピクニックは決定した。



当日、私は、なんだか心がうきうきしてしまっていた。
私の心の中の女の部分が、男の子とのデイトを喜んでいる。
ユンのことがずっと心にある。
私は朝からシャワーを浴びて、白いワンピースを選び、
少し明るいメイクをして、両耳にリングをつけた。
そして、香水を首筋につける。
ああ、これって完全に女の子してる…と我ながら照れてしまった。

もうすぐ3人が車で迎えに来てくれる。
私は、白いメッシュのツバのある帽子と、ギターと、お弁当一式を持って待っていた。
立って見ると誰かに似ている。
あ、「サウンド・オブ・ミュージック」のマリアだ、と思った。

やがて、3人が乗った車が来た。
私が出て行くと、ウォンが、
「わあ、可愛い。ジュン、おめかししたわね。」とうれしそうに言った。
「だって、一応デイトだと思うから。」と私は少し赤くなって言った。

私は、後部座席にユンと並んで座った。
「いい香りがする。」とユンが遠慮がちに言った。
「ありがとう。」私も遠慮がちに言った。



ピクニックの場所は、湖の見える、芝生の公園だった。
とても綺麗な場所なのに、人がほとんどいない。
車を降りて、目的地に向かうとき、ユンが、
「荷物持つよ。」と言って、私のお弁当箱一式を持ってくれた。
ユンの左手と私の右手が空いたので、私からユンの手を取った。
私はときどきユンを見た。
目が合ったとき、少し恥かしい気持ちがした。
なんだか、私の心は、完全に女の子になってしまっていた。

シートを敷いたその上で、
みんなで、お弁当箱を開いて、お弁当の交換をした。
「ジュンのは、日本食?」とトイが聞いた。
「そうよ。お・む・す・びっていうの。食べてみて?」
みんなおいしいって食べてくれた。
私はベトナムの春巻きをいただいた。

食事が終わって、みんなで歌おうということになった。
ギターを持って来た私に、みんなは何か歌ってと言う。
私は「じゃあ。」と言って、「花はどこへ行った」を歌い始めた。

♪Where have all the flowers gone …

「あ、知ってる。」とみんなは言って、みんなで歌った。
みんな、中学生のとき流行った歌だと言った。

それから、ボブ・ディランの「風に吹かれて」。

♪How many roads must a man walk down …

これもみんなが知っていて、みんなで歌った。
私の高校のときの歌だった。
みんなで高校生にもどったみたいで、すごく嬉しかった。

ユンが、「ぼく、日本の歌1つ歌えるよ。ロサンジェルスで教わったんだ。」と言った。
そこで、ギターを、ユンに渡した。
ユンは、ポロンポロンと前奏を弾いて、
「ジュンに捧げるね。」そう言って歌い始めた。

♪き・み・の・ゆ・く・み・ち・は・

あ、「若者たち」だと思った。思いがけない歌だった。
高校生のとき、私はあまり楽しい毎日ではなかった。
女みたいだと言われ、自分の居場所がなかった。
そんなとき、家でよくこの歌を歌った。
歌っていると、とても励まされた。
そう思い出していると、胸に何かがこみ上げてきて、
突然のように、涙があふれてきた。
私が、両手で顔を覆って急に泣き出してしまったのを見て、
ユンはあわてて、
「ジュン。どうしたの?ジュンにとって悲しい歌だった?」
そう聞いた。私は首を振りながら、
「違うの。あんまり懐かしい歌だったから、つい。
 大好きな歌だから、もっと聞かせて。」
そう言った。

『君の行く道は、果てしなく遠い 
 だのになぜ 何を探して 君は行くのか そんなにしてまで』

歌の余韻が心から消えなかった。



それから、ウォンと私で「白い色は恋人の色」を披露したり、
ベトナムの歌を聞いたり、歌ったり。

最後に日本の歌を紹介して、と言われて、
私は、「浜辺の歌」を歌った。
みんな、しーんとして聞いてくれて、美しい歌だと言ってくれた。

歌の後は、みんなでフリスビーをして、
ウォンのアルバイトの時間に間に合うように、公園を出た。

「今日はありがとう。ボクが無理にジュンを誘ったんだ。」
と車の中で、ユンは言った。
「お礼を言うのは、こっちよ。すごく楽しかった。ありがとう。」
私はそう答えた。

車が私のアパートについて、私が降りるとき、
ユンが先に降りて、私の荷物を降ろしてくれた。
私はユンに握手をして、そして、ユンの頬にキスをした。

車の中から私達を囃す声が聞こえた。

みんなは行ってしまった。
私はしばらく佇んでいた。
心の中に、「若者たち」のメロディが流れていた。

フラッシュバック(アメリカ編⑳)

ウォンが二人の男に襲われそうになってから、
また、奴らがやって来ないかという心配と、
ウォンの心の心配とで、
私は、毎日レストランに行った。

ウォンは戦争の恐怖と、レイプをされた恐怖を抱いている。
それが、フラッシュバックされないかと案じていた。

ウォンのステージは、7時から30分。
8時からの30分の2回だった。
その空いた時間は、ウォンもウエイトレスの仕事をしていた。

私はいつも8時のウォンのステージに間に合うように行った。
お店のマスターは、便宜を計ってくれて、
私に、ウォンの正面の一番奥の小さなテーブルを私のために空けてくれた。

ウォンのステージはステキだった。
いつも光沢のあるチャイナ・ドレスを着ていた。
横にピアノの人がいて、ウォンの歌にぴったりと合わせてくれていた。
ウォンの声は、ステキだった。
ウォンは中国語が少しできる。
レストランでは、主に中国語の歌を歌っていた。
ステージに立ってのウォンは、全力を出して歌っていて、
惚れ惚れするくらい上手だった。

私は毎日、ウォンのステージを堪能していたので、
1時間早く来ることが、少しも苦ではなかった。



二人の男に襲われた4日後だった。
歌っていたウォンは、急に歌を止めてしまい、
恐怖に引きつった顔をして、床にくずれてしまった。
そして、何かを払いのけるようにもがき始めた。
声が出ていない。
何事だ…ということで、近くの客が、ウォンの回りを取り囲んでいた。
私は、席を立って、人をかき分け、ウォンのそばに飛んで行った。
ウォンは、滝の汗をかいていて、宙をもがきながら、
かすかな声で叫んでいた。
「やめて、やめて、いや、いや、やめて…。」
恐怖で声がでないんだと私は思った。
私はウォンの背中をなで、
「もう、大丈夫。もう大丈夫。ジュンが来たから大丈夫。」
と何度も言った。
そして、木の床を、拳でコンコン叩いて、
「ウォンは、ここにいる。ウォンは、ニューオリンズにいる。
 ウォンは、ここにジュンといる。だから、もう大丈夫。」
そう何度もくり返した。
やがて、ウォンの動作がとまって、両手を床についた。
「私はここにジュンといる。」
ウォンはそう言って、私の顔をみると、私に抱きついて泣きはじめた。
私は、ウォンの背中を、ポンポンと叩いて、「もう大丈夫。」と静かな声で言った。

ウォンは過呼吸を起こしていた。
マスターに頼んだ。
「狭くて涼しい部屋はありますか。それと、紙袋があったらください。」

ウォンと私は更衣室に案内された。
私はウォンの口に紙袋をあてて、過呼吸を沈めた。

30分ほどして、ウォンは完全に落ち着いた。



ウォンは、早退して、私のアパートにいた。
ソファーの上で、私はウォンの肩を抱いていた。
「また、ジュンが私を助けてくれた。
 私はベトナムで3人の男達にレイプされてた。
 遠くからジュンの声がした。
 そして、ジュンが3人の男を次々に投げ飛ばしてくれた。
 それから、ジュンが、ここはニューオリンズだって言う。
 何度も言う。
 気がついたら、その通りだった。
 私はレストランにいた。
 ジュンに抱かれたまま。」

「恐かっただろうね。」と私は言った。
「うん、恐かった。でも、もう平気。」とウォン。

「ジュンは、私の助け方を知っていたの?」
とウォンが聞いた。
「うん。こんなことがあるかも知れないから、臨床心理の先生に聞いておいたんだ。」私。
「そうなんだ。ありがとう。」とウォンは私を抱きしめた。

その夜、ウォンは、私のアパートに泊まった。
ウォンをそっと寝かそうと、私は我慢していたけれど、
ウォンの方から、強くキスをされた。
「いいの?」と聞いた。
「うん。あんな夢忘れたいから、思い切り抱いて。」
とウォンは言う。
私は、いつもより強くウォンを抱いた。
ウォンも強く私に抱きついてきた。
ウォンは少し泣いているみたいだった。

ウォンに言うことを一つ忘れていた。心理の先生の言葉。明日伝えよう。

『過去は、絶対に現在に追いつけない。だから、
 過去は、もう君のそばに来て、君を脅かすことができない。』

私達はセブン・ティーン(アメリカ編⑲)

そのころ流行っていた映画は、「未知との遭遇」、「スターウォーズ」そして「サタデイ・ナイト・フィーバー」の3つだった。ウォンと私はそれらを何度も見にいった。
そして、今度は「スーパーマン」が来るという。
それを二人ですごく楽しみにしていて、とうとう「スーパーマン」がやって来た。

アメリカの映画館は、映画を週日は夜の7時からの1回しかやらない。
でも、週末は、昼にも1回やる。
ウォンは夜のレストランの仕事があるので、私達は、昼の部を見に行った。

映画館に着くと、ウォンが、
「わあ、お祭りみたい。」と言った。
その通り、ポップコーンやコーク、アイスクリーム、それに子供の遊ぶオモチャも売っていた。
大人も子供もポップコーンを食べている。
私達も1つずつ買った。
何だか、うれしい気持ちで、ポップコーンを
頬張りながら、開場になるのを待った。

そうしていると、私の後ろで、
「エクスキューズミー・ミス」という可愛い声がした。
私は、はっとうれしくなった。
「ミス」と呼ばれたのは、初めてな気がする。
ウォンに小声で、「ミスって呼ばれちゃった。」と言った。
ウォンが笑っていた。
小さい子の澄んだ目で見て、私は「ミス」なんだと思ってうれしかった。
「イエス。」と言って振り向くと、
10歳くらいの女の子が、メモ用紙を持って立っている。
「アンケートをしているんです。」
「はい。どうぞ。」
「最近見た映画で、一番おもしろかったのは、何ですか?」
「『スター・ウォーズ』です。」
「何回もみましたか?」
「はい、5回見ました。」
それから、女の子は、いくつか質問し、最後に。
「お年を聞いてもいいですか。」と言った。
「幾つにみえますか?」
私は、そう言って、ウォンと二人でならんだ。
「私達、同じ年です。」
女の子は考えて、
「17歳に見えます。」
そう言ったので、ウォンと二人で笑ってしまって
「当たりです。私達は、セブン・ティーンです。」そう答えた。

女の子が行ったあと、
「ぼく達は、17歳に見えてるんだね。」と私は言った。
「ジュン、うれしい?」とウォンが聞く。
「複雑な心境。」と私。



スーパーマンが終って、ウォンと私は、大満足をして出てきた。

すると出口のあたりで、高校生くらいの男の子が二人やってきた。
「あのさ、君達は女の子2人。オレ達は男2人。ちょうどいいと思わない?」
って言う。
わあ、ナンパだあと私は思った。かなり焦った。
すると、ウォンが、
「ごめんね。私達男の子は、だめなの。」
そう言って、私の肩を抱いた。
「ちぇ!○○かよ。」
と男の子たちは、レズビアンの子を侮辱する言葉を吐いて去って行った。

私は、ウォンに、
「そうかあ。そう言えばよかったんだね。ぼくかなり焦ったよ。」と言った。
ウォンは、笑っていた。



私達は、アパートのベッドの中にいた。
二人とも下着姿で。
「ウォンが、17歳に見えてきた。」と私。
「私も、ジュンが17歳に見えてきた。」とウォン。
「早過ぎるよね。」
「そう、早過ぎるわね。」
そう言って二人で笑いながら、甘いキスを交わした。

白い色は恋人の色(アメリカ編⑱)

大学の4限目が終って、
ウォンと私は、映画研究会へ行ってみることにした。
大学のビルの1画に、小さい部屋が集合しているところがある。
いろんな貼り紙や、落書きもあって、
なんだか楽しそうなところ。
「わあ、こんなところがあったのね。」
と、ウォンが嬉しそうに行った。
「ボクも知らなかった。もう1年近くいるのに。」と私。
私達はなんだかうきうきしてしまった。

その中に、マリリン・モンローのスカートが翻る、
あの有名な写真が、大きく貼られているドアが会った。
「ここに決まってる。」
と私は行って、ウォンといっしょにドアを開けた。
中は、あのときの4人が揃っていた。

「わお~!来てくれたの。」と眼鏡のダニエルが言った。
部屋は、大きなテーブルが1つと、回りは本棚に囲まれていた。
そこには、映画のパンフレットがいっぱいあった。

私がウォンを紹介すると、みんなニコニコと手を差し伸べて、
握手を交わした。
みんなは、ベンチ席を詰めてくれて、私達は座った。

「ウォンは、歌がとても上手なの。」と私は言った。
すると髭を伸ばしている長身のボブさんが、
「それは、いいな。ぼく達は映画音楽も大好きだから。」
「ね、何か歌ってよ。」とハンサムなアンディさんが言った。
「あ、ギターもあるわよ。ジュンは弾ける?」
と知的なシンディさんが、ギターを差し伸べてくれた。
ウォンはすごく照れていたけど、
「じゃ。」と言って、立ち上がり、
「ジュン、『虹の彼方に』、いい?」と言った。
私は、ギターを構えてOKサインを出す。

ウォンは歌い始めた。ウォンは本当に歌が上手。
みんな、シーンとなって聞いていた。

ウォンが歌い終わったとき、みんなは、一つため息をついて、
そして、大きく拍手した。
「すごい。いい声だなあ。」とボブさん。
「ジュディー・ガーランドだよね。」とダニエル。
「『オズの魔法使い』の中で歌うのよね。」とシンディが言った。
「もうちょっと聞きたい。」と誰かが言って、
それから、いろんな人が歌い初めて、
映画研の個室は、いつしかカラオケルームみたいになってしまった。

2時間くらいがあっという間に過ぎて、
私達は、映画研の部屋を後にした。
ウォンはすっかりヒロインだった。
私はそれがうれしかった。

「ジュン、ありがとう。すごく楽しかった。」ウォンは言った。
ウォンはハウスにいるので、ネイティブの人達の友達が少ない。
それは、私も同じだった。
だから、2人にとって、いい日だった。

今日は、水曜日。ウォンの仕事のない日。
ウォンはいつも私のアパートに泊まっていく。
ハウスのママは、私が女の子だと思っているので、
泊まっていくと言っても、なんなくOKだった。

「ウォン、今日はボクがお料理を作るね。」
「ほんと!なに!」
「餃子。」
「むずかしいじゃない。作れるの。」
「上手だよ。ジャパニーズ風だけど。」

その夜、ウォンは私の餃子を誉めてくれた。

食後は、居間のジュウタンの上に座って、
音楽会の続きをやった。
私はウォンに、日本の曲を教えた。
「白い色は恋人の色」。
ウォンはすぐ覚えた。
「いい曲ねえ。」とウォンが言った。
私はアルトができるので、
二人で、ハーモニーを作って歌った。
すごく楽しかった。
ウォンもベトナムの曲をいくつか歌ってくれた。
美しい歌ばかりだった。

ベッドタイムまでは、まだ時間があった。

ウォンと私で、もう少し夜が更けるまで、
二人だけの静かなコンサートを続けた。
プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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