本物の女の子になりたい(アメリカ編⑭)

⑬話のつづきです。

私は以前に、私の心の7割が男、3割が女と書きましたが、それは正確ではありませんでした。
心とはもっと流動的で、あるとき私の心は9割が男、1割が女。その逆もありました。



《寮を出てアパート暮らしを始めた私のところへ、1週間も経たない内に、アシフが訪ねてきて、次のルームメイトとうまくいかず、私に帰って来てくれと言ってうなだれます。
私は、彼をソファーに座らせ、気持ちが落ち着くように、熱いコーヒーを淹れます。》



アシフは、コーヒーを飲んでも、うなだれたままだった。
そんな彼を見ると、私の心は、どんどん女になってしまう。
母性的本能が膨れ上がってくるのを感じた。
なんとかして、アシフを慰めたい。

「アシフ、私を抱いてもいいよ。」そう言った。
アシフは顔を上げて私を見た。
そんなアシフの首に、私は柔らかく腕を回した。
アシフの顔が私の胸にある。
アシフは私の体に腕を回して、しがみついてきた。
(私の胸が本物だったらな…。)ふとそう思った。
「ありがとう、ジュン。ジュンの体は柔らかい。」
「ごめんね。私が本物の女じゃなくて。」
「そんなことない。ジュンは女の子のいい匂いがするから。」
アシフはそう言った。
「キスしていい。」とアシフは言う。
「うん。」
私から、アシフの唇に唇を重ねた。
アシフの遠慮がちなキスだった。

それから、アシフはソファから降りて、
私にひざまずくようにして、私のスカートに顔をうずめた。
少しだけ、私のスカートをたくし上げて、
私の太股に口づけをした。
「ジュンは、どこもかしこも女の子みたいだ。」

私は、アシフが私の最後の下着も脱がせるのじゃないかと思った。
自分が本物の女の子だったら、アシフの願いに答えられるのに。
今この場でアシフに私の男の印しを見られることは、恥ずかしかった。

でも、アシフは最後のところで理性を出したのか、
すっと居直り、私を見上げた。
「ジュンの言葉だけで、今日は十分だよ。ありがとう。もう平気だ。」
そう言った。
「それは、よかった。今日ボクは本物の女の子じゃないことを、残念に思った。
 本物の女の子だったら、アシフをもっと慰めてあげられた。」
私は言った。
「それは、ちがうよ。ジュンはボクにとっては、本物の女の子と同じだ。
 男の気持ちを分かってくれる、最高の女の子だ。今日はありがとう。」
アシフはそう言って寮へ帰って行った。

夜、ベッドの上で天井を見ながら、私は思っていた。
本物の女の子になりたいな。
なっちゃおうかな…。

*

小学生のとき、男子の激しい遊びに入れず、
一人ぽつんとしていた。

そんな私を、女の子達が声をかけて、遊びに入れてくれた。
それを、男子からは、“男女”とからかわれた。
もし自分が女の子なら、そんな惨めな思いをしなくてすむのにと、
いつも思っていた。

私の中で、女装願望と共に、女性願望も育っていった。
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『ユー フロム  ロサンジェルス』 (アメリカ番外編・完結)

 週明けの月曜日。
 あの事務官の言葉によれば、私の裁判の日だ。
 私は朝から緊張と不安でいっぱいだった。
 朝食の後、房の人たちは、そんな私に、裁判に向けてのいろいろな励ましの言葉やアドバイスをくれた。
「絶対、大丈夫だ。
 ここは毎日メキシコからの不法侵入者で手一杯だ。
 お前みたいなトンマな罪のヤツを、何日も拘束しておく房は、
 とてもないからな。」
と、ボスは、保障してくれた。絶対、今日のうちに釈放だと。

 昼食後、3時頃だろうか、私は、看守に名を呼ばれた。
 その声がかかると、「グッド ラック!」、「ドン ウォーリイ!」など、みんな口々に言ってくれた。
 房の鉄格子を出ると、私は再び手錠を掛けられた。
 他の連からだろうか、5,6人の人がすでにいて、私達は、1列になって法廷へと連れて行かれた。

 法廷は、小体育館のようなところで、
正面に、裁判官の立派な机・椅子があり、私たちは、中央の床ではなく、ホールを巡っている1段高い、ギャラリーのようなところに座らされた。
 そこにはさらに先客がいて、私は10番目くらいだった。
 かなり待った。書記や検事らしき人が2人来た。でも、裁判官はなかなか現れず、私達を待たせた。
 床のところに、弁護士らしき男性が1人いた。

 やがて、とうとう裁判官が登場した。
 黒ずくめのマントで勇ましく身を包み、四角い学者帽子をかぶっている。頬にかかる一房の紐結び。
 誇り高く、裁判長は威張っている。
 そして、おごそかに小槌で机をトーンと叩き、朗々たる声で裁判の開始を宣言した。

 並んでいるほとんどの被告人は、メキシコからの不法入国者らしく、スペイン語しか話せない人が多いのか、通訳の女性が呼ばれた。
 裁判官は、次々と、時間の消エネとばかりに裁いていく。
 私は裁判官の英語がほとんど分からず、困っていた。
 そうするうち、いよいよ私の番になった。
 弁護士が、私のすぐ前に移動してきたので、私は、
「日本語の通訳の人を願えますか?」
と聞いた。が、答は「ノー。」だった。

 検事らしき人が私の罪状を読み上げ、裁判官は、私に一言問うた。
 でも、その英語がわからない。
 私は、困り果て、弁護士に助けを乞うた。すると、弁護士は裁判官に、
「彼は、日本の留学生で、英語に不慣れであります。
 やさしい英語でお話くだされば、幸いです。」
と言ってくれた。そこで、裁判官の言葉が変わった。今度は分かる。
 裁判官は言う。
「君は、自分の有罪を認めるか?」と。
 私は、返答に迷った。冷や汗が出る。
 罪を認めると言うと、有罪がきまりプリズンに行かされそうな気がした。ここは、逃亡の意志はなかったことを訴えるべきなのだろうか。でも、それでは裁判でずっと闘っていくことになる。その間ずっと拘留だ。そんなの無理だ。
 私は困り、そばの弁護士に小声で聞いた。
「イエス、ノー、どちらがベターですか?」
 すると弁護士は、「セイ イエス(「はい。」だ。)」と小声で教えてくれた。
「イエス!」
と、私は、裁判官に言った。

 で、それからの裁判官の判決は、不思議と完璧に理解できた。
「君の罪は、罰金500ドルに相当するが、3泊の拘留で、“自由”を捧げたことは、500ドルのつぐないに相当する。よって、罰金は帳消しとなり、釈放である。」と。
『わあ。』と私は、心で叫んだ。
 たった3日の拘留で、500ドルのお金を払ったことになるなんて。
「うそみたいだ。」と感激した。
 お金を払わず、裁判を選んでよかったと、つくづく思った。

 房舎に帰った私は、早速、中にいるみんなに報告した。みんな、「いいぞ!」、「よかったな!」、「おめでとう!」などと喜んでくれた。
 廊下の奥にボスがいたので、抱きついてしまった。
「ボスの言う通りだったよ。罰金の500ドルもチャラになった。」
「だから、言っただろう。」とボスは優しい顔をしていた。

 釈放は、すぐにではなかった。
 諸手続きがあるので、しばらく房の中で待つようにと言われた。
 房に入り待ったが、よい判決後の時間は、ものすごく長く感じられた。
 2時間は待ち、午後の6時ごろになっていた。
 やっと看守が来て、房の鍵を開けてくれた。
 いよいよだ。みんなともお別れだ。
 私は、みんなの房を一回りして「ありがとう!」をくり返した。
「元気でな!」という声をたくさんもらった。

 いざ、房舎を出るとき、廊下にいたのは、モップを持ったボス一人だった。
 彼は、私を出口の鉄格子の扉のところまで、見送ってくれた。
 私は立ち止り、
「ありがとう。ダンスパーティー、楽しかった。」
と、ボスの目をしっかり見て言った。
「礼を言うのはこっちだ。お前のおかげで楽しい週末だった。」
とボスは言う。

 私は、ここでの唯一つの荷物、手にタバコの入ったビニール袋を持っていた。
 私は、あることを言いたかった。でも、少しの勇気が必要だった。
 私は、ビニール袋を見せて、
「彼は、この袋を ボクにタダでくれたんだ・・。」
 続けた。
「その・・つまり・・彼は・・いい人だと思う・・だから・・。」
と言って、私は口ごもってしまった。
 ボスは、私に、
「お前の言いたいことは、わかった。」
そう言って、彼の大きな手で私の肩を叩き、
「ヤツは もう大丈夫だ。いじめやしねえ。約束だ。」
と、なんとも言えないいい笑顔を見せた。
 私は、うれしくて笑みを返した。

「バイ!」と私が振り向こうとすると、ボスは、
「ユー フロム ロサンジェルス。」と言って、何か意味ありげに、ニヤリとお茶目な表情を見せた。
私は、とっさに意味を解せず、かすかな愛想笑いを返し、看守と一緒に鉄格子をくぐった。
歩を進めながら考えていた。
ロサンジェルス・・ロス・エンジェルズ・・天使の町・・お前は、天使の町から来た・・。
「あ!」
鉄格子の扉が、ガシリと閉まったとき、わかった。
私の胸に感激が走り、私は、思わず鉄格子に振り向いた。
ボスは、まだ格子の向こうで私を見送っていた。
私は彼に向かって大きく手を振った。
ボスは笑って、小さくモップを持ち上げると、早く行けという合図を見せた。



 着替えを終え、車のキーを返してもらい、ジェイルの外に出ると、日は暮れていた。
 空を見て、私は大きく息を吸い、“自由の身”をかみ締めた。
 ジェイルのそばの駐車場に私の車が運ばれているとのこと。
 私は、駐車場に向かい、走った。
                                    完  

房の中のダンス・パーティー(アメリカ番外編④)

 次の日の朝は日曜日。
 もう、お腹がすいている。
 私は、朝食タイムが待ちどうしくてならなかった。
 なんだかすっかり、留置所生活になじんでいる自分がわかった。

 やっと朝食。この2回目の朝食は、気分がまるでちがって、居心地がよく感じられた。昨日の、私の話が受けたので、みんなからフレンドリーに声をかけられ、
大学の寮みたいに和やかだった。
 で、朝食が終わったとき、またボスが椅子を持って私のところへ来た。
 昨日のように、椅子を反対にして、椅子の背の上に腕を乗せて、
「もう少し聞かせろ。」と言う。
「いいぞ、いいぞ。」と他の人まで、昨日のように集まってきた。
その中には、かのいじめられっこ青年もいたし、ブロンソンおじさんもいた。

「お前は、女にまちがわれるだろう・・!」とボスは私の顔をしげしげ見ながら言った。
「うん。しょっちゅう。この留置所でも、はじめは女子房に連れて行かれそうになったよ。」
と私が答えたのが話の口火となって、みんなから、女にまちがわれた話をもっとしろ、とどんどん言われて、私は、話し続けた。
 女子学生証をもらったはなし。
 男子トイレにも、女子トイレにも入れなくて困った話。
 ニューオーリンズで、カーチェイスをやった話、などなど。
(セックスの話はしなかった。)

 ほとんどの話が、ウケて、20分の自由時間がすぐに過ぎた。
 時間になると、みんなから口々に「サンクス」と、肩を叩かれたり、何人かから、またタバコをもらえた。昨日もらったのがたまって、もう手に余るほどだった。
 それを、胸のポケットにしまおうとしたときだった。
「これ、使いなよ。」
と、あのいじめられっこの金髪のラルフが、彼の作ったビニールの小袋を2つもくれようとする。彼が、その小袋をタバコと交換しているのを私は知っていたので、
私は、
「あ、煙草で払うよ。」
と言った。すると、ラルフは、
「いいんだ。」と小声で言って、私の耳元で、「キミのおかげで オレは 今 いじめられていないんだ。」とささやいた。
 私は、彼の顔を見た。彼は恥かしそうに私の目を見ていた。
「そうなんだ。それは、よかった・・。」
と、私も小声で言って、「サンクス。」と袋のお礼を言った。



 昼食が終わり、昼の自由タイムになった。
 もう、私には、話のネタがない。話せと言われたら困るところだった。
 でも、ボスは、さすが、それなりの男でアイデアマンだった。
 ボスは私のことをなぜか「JJ」と呼ぶ。
 昼の自由時間、ボスは、なんと、ダンスパーティーを企画した。
「JJは、明日釈放に決まってる。昼はこれがJJとの最後だ。だから、ダンスパーティーだ!」
そう言って、みんなに指示した。
 みんなは、テーブルを動かし、あっという間にダンス・スペースが出来た。
「JJ、ダンスの女役やれるか?」
と、ボスは私に聞いた。
「多分。」と答えた。
 すごく歌のうまい人がいて、彼はテーブルをたたきながら歌い始めた。
すると、みんな男同士で適当に組んで踊っている。
 私はダンスが大好きだったので、すごくうれしくなって、いろんな人と組んで踊った。
 流行りの歌あり、カントリー&ウエスタンあり。
「オクラホマ・ミキサー」まで登場した。

 そのうち、スローな歌になった。
 ホセ・フェルシアーノの「ケ・サラ」だったと思う。
 大好きな曲。
 みんなは、男同士でチークを始めた。
「JJ、俺とだ。」と誰かが私の手を引いて、私の背に手を回した。
私は彼の首に腕を掛ける。
「おい、交代だ。JJを独り占めする気か。」
と次の人が来て、私に腕を回した。
「もう、いいだろう。」と次の人。
 こうして、何人と交代しただろうか。
 中には、私の肩の上で、恋人の名を呼んで泣き出す人もいた。
 私は黙って抱かれていた。

 やがて、休憩時間が終わり、パーティーは終わりになった。
 テーブルが整頓された食堂で、
「JJ、どうだ。楽しめたか。」とボスは言った。
「ありがとう。楽しかったよ。」と私は答えた。

 食堂を出て、自分の房に戻っても、
 私の心の中で、「ケ・サラ」の歌が聞こえていた。



 夜は、日曜日なので、教会から牧師さんが来た。 
 年配の牧師さんが、はじめに、
「グッドゥ イブニング、ジェントルメン!」
と言ったのを、はっきり覚えている。

 牧師さんの説教を聞いて、みんなで賛美歌の大合唱をして、ジェイル3日目の夜も、平和に過ぎていった。


[予告]次回は、最終回です。私は裁判を受け、房の人達と別れを告げることになります。

『ミー、イーザー!』(ぼくも、しないよ!)(アメリカ番外編③)

 ジェイル(留置所)とは、まだ裁判が済んでない容疑者が、拘留される仮の宿舎。一方、囚人が入るところがプリズン(刑務所)。しかし、ジェイルも「牢屋」であることに変わりなく、
入り口はがっちりした鉄格子の扉でできていた。

 夜もふけていて、私達その夜の容疑者達は、「房」ではなく、その横の食堂のようなところに連れられ、「今夜はここで寝るように」と、毛布を2枚ずつ与えられた。
 ホールのすみには、トイレがあり、それは仕切りだけの完全オープントイレ。
 ホールには、テーブルや長椅子があり、私たちは、それぞれ、地べたや長いすを組み合わせてベッドにして寝た。

 私は、毛布の中で考えていた。
 房に入ることに、一抹の怖れがあった。
 女人禁制の中で、みんな女に飢えているはずだ。
 そこで、自分が「女」の代わりにされはしないかと。
 レイプは耐えられない。絶対に嫌だと思った。

 *

 看守が、「モーニング!」などと明るい声をふりまき、私たちは、それぞれ自分の「房」をあてがわれた。
一本の廊下の左側一列に房が並んでいる。
 ベッド2つの2人部屋。
 私のルームメイトは、幸いよさそうな男だった。
 読書家らしく、私の「ハイ!」に一言返事をしただけで、読書に専念していた。
 私は、ベッドにうつ伏せになり、ずっと廊下を見ていた。

 廊下では、2人の男がモップで床ふきをしている。
 それは、房にいるより自由だ。動けるという優遇措置を受けている。1人は、黙々と床を磨き、中年を過ぎた渋い人。チャールズ・ブロンソンに似ている。私は彼に「ブロンソン」とのあだ名を心で決めた。彼は多分、最古参なのだろう。
 もう一人は、ろくに仕事をしないで、ちゃらちゃらと各房の人へちょっかいを出しては笑っていた。多分、彼がここのボスだと私は確信した。いかにもガキ大将的。がっちりとした体格で、眼鏡をかけていた。
 
 そのボスが、うろうろしながら、とうとう私を見つけた。
「お!」という反応を見せ、次はニヤリとし、まるで面白いものを見るかのように、私の方へ近づいてきた。そして、私の顔のそばにしゃがんだ。
「なんで、お前みたいな善良そうな坊やが、ここにいるんだ?」
と私を見ながら言った。その表情に皮肉もからかいも感じられなかった。いわゆる素朴な疑問のたぐい。
「こんな所へ来るつもりじゃなかったんだ。」と、私は答えた。
すると、ボスは、ニヤッとし、
「ミー、イーザー!(俺だって、そうだよ!)」
と笑い、
「俺たち、みーんな、こんな所へくるつもりじゃなかったさ!」
そう言って、さもおかしそうに、各房の連中に、
「お前だってそうだろ。なあ、なあ。」などと言って回った。
 各房の人達は、みんな、「ミー、イーザー!」と、ボスの口真似をした。ボスは一声、わははは・・と大笑いをして、再び私のすぐそばに来た。
 そして、小声で、
「安心しろ。俺はレイプはしない。」と言った。
「ミー、イーザー!(ぼくだって、しないよ!)」と私は、さっきのボスの言葉をオーム返しにして、シャレた。このシャレは運良く通じて、ボスはまた上機嫌になり、みんなに、
「お前らもしないよな。な、な。」と笑いながら言って回った。
廊下中に、「ミー、イーザー。」の声がこだました。
 なんだか、悪いスタートじゃなみたいだと、私は心の中で胸をなで下ろした。

 朝食のときが来た。
 房の各扉が開き、昨夜寝た小ホールにみんな集まった。
壁には、テレビが1つある。
食事は、独特の臭いがした。お腹はすいていたが、私は、口をつける気がせず、ためらっていた。
「ダメなら、半分くれよ。」ととなりの兄ちゃんが言う。
私は、半分あげて、残りを無理矢理食べた。
ティーが付いていたが、とても紅茶と呼べる代物ではなく、ただ色が付いている匂いつきの飲み物だった。

 朝食の後は、ホールで20分の休憩タイム。
私は、早速、いじめられっ子を見つけた。金髪の青年が、ことあるごとに、さっきのボスに小突かれ、からかわれている。ラルフという名の背の高いハンサムボーイだった。
 しかし、ボスの嫌がらせが度を越しそうになると、あの「ブロンソン」おじさんが、「もう、いいだろう。」と制止する。低い声で。するとボスは、いじめをやめるのだった。
「渋い!かっこいい。やっぱり、いい人だ!」と私は感激していた。

 私は煙草は吸わない。でも、吸えないこともない。こんな房の中では、1本吸いたい気分だった。そのとき「ほい。」と私に紙巻タバコをくれた人がいた。隣の席の朝食の半分をあげた人だった。
「メシのお礼だ。」と彼は言い、薄い四角の紙と、タバコの中身を少しくれた。紙巻き煙草は初めてで戸惑っていると、彼は作り方を教えてくれた。

 いじめられっ子の金髪のラルフは、おもしろいことやっていた。
 大きなゴミ用のビニール袋を、適度な長方形に切り、それを2つに折って、本に挟む。そして、本から少しはみ出しているビニールの2つの辺を、煙草の火であぶりながら接着し、ビニールの小袋を作っていた。彼は、その小袋1つとタバコ1本を交換して、タバコを吸うのが目的だった。

 昼食。私は、不思議と全部食べることができた。変な臭いも感じられない。それは、私がその臭いに染まっていたからだろう。(にんにくを食べた者同士は臭わないのと同じように。)

 昼食の後の休憩は少し長くあった。
 昼食を全部食べた私は、今度はタバコをもらえないと思っていた。ところが、
「ヘイ!」と、あのボスが、本物のタバコを私に差し出す。
 私が、「なぜ?」というような表情をすると、
「その代わりに、お前みたいのが何をしてここにきたのか、詳しく話せ。」と言う。
「OK.」と私は言い、例の14分間の逃亡劇を語り始めた。すると、40人くらいの、房内の人たちが、ほぼ全員イスやテーブルにかまえて、私の話を聞いている。つまり彼らは、毎日が退屈の極みで、私のそんな話でも大いに聞く気ありなのだった。例のブロンソンおじさんまでも、壁にもたれて聞いてくれている。

 私の話を聞きながら、みんながゲラゲラと笑ったり、ニヤニヤとおもしろがっているのがわかり話し甲斐があった。私は、身振り手振りの限りをつくして一応の話を終えた。
「お前、パトの赤い円盤をなんだと思ったんだ。」と誰かが言った。
「それは、…旅は道連れ、後ろを守ってあげるよ、のサインかと思った。」
そう言うと、皆は爆笑した。
「なんて、トンマなんだ。」と誰かが言い、みんなが笑う。
ボスが、
「日本人は、頭がいいはずだろう?」
と言う。私は、すかさず、
「ミー トゥー!(ぼくだって、いいさ!)」
と大声で言い、朝の「ミー イーザー」をシャレたので、もう完璧に爆笑をかい、話しのオチになった。
 解散のとき、「また、聞かせろよ。」とか、「楽しめたぜ。」とか言われて、煙草を何本かもらった。

 夜は、夕食後、みんなで食堂のテレビで、「ヒッチコック劇場」を楽しみ、ジェイル第2日目の夜は、平和に過ぎていった。

とうとうジェイルに入るはめに(アメリカ番外編②)

たどり着いたジェイルは、大きな建物だった。
長い廊下を通り曲がると、そこは受付事務所みたいなところだった。
すでに、何人か先客がいた。
私は、やっとそこで手錠をはずされ、順番を待った。

私の番が来たとき、私は、事務官に懸命に説明した。
日本では、スピード違反のとき、
白バイやパトカーが、違反の車を追い越し、
前から警告をされるのが、普通であること。
私は、車の中で、カーステレオを大きくかけていたので、サイレンや警告は聞こえなかったことなどなど。
「残念ながら、ここは、アメリカだったんだよ。」
と事務官は同情的に言った。
「パトカーの赤い警告表示が目に入らなかったのかね?」とも言われた。
「見ましたが、私は、ゆっくり走っていたので、
 私への警告のマークだとは思いませんでした。」と私。
 奥の事務官達は、笑うのを懸命にこらえている様子だった。

 身分や住所、ロスで何をしていたのかなど聞かれた。
 パスポートや学生証を求められたが、なにしろライフルで狙われ、道路に出たのは体一つ、ズボンのポケットに、わずかなコインとティッシュがあるだけだった。私を捕まえたシェリフは、手錠の後で、それらを取りに行かせるべきだったのだろうと後で思った。
 事務官は言った。
「君は、スピード違反をして、パトカーの警告に従わず、14分間も走り続け、州外へ逃亡の容疑がかかっています。措置を我々が決めるまで、控え室で待ちなさい。」

 控え室は、事務所の一角のガラス張りの、何の面白みのない狭い部屋だった。
 すでに3人くらいの人がいた。
 私達は挨拶も交わさずにいた。
 延々と2時間は待った。時刻は夜の9時を過ぎていた。
 やっとのことで呼ばれて、ああ、助かるかも・・と思っていた。
「罰金として500ドル払えば、釈放できます。」
と事務官は言う。
 500ドル!とんでもない。
 当時の日本円で10万円。私の留学のために親、兄弟が餞別としてくれた貴重なお金を、こんなことに使うわけにはいかない。
 実際、私は100ドルしかそのとき持っていなかった。
「払えません。」
と言った。
「近くに身寄りがいないのかな?立て替えてもらっては…。」
「ロスにはいません。」と答えた。
 事務官は、「気の毒に・・」とも意味のとれる首振りをして、私の目を見て言った。
「では、今日は金曜日。あいにく今日の法廷は終わっています。
 あなたは月曜日までここに拘留され、裁判を受けることになります。」と。
 まさか!拘留されるの?私は心の中で叫んだ。
 しかも、月曜日まで最低3泊。まさか、まさか。
 私は、再度、自分には、逃亡の意志などなかったことをくり返し訴えた。
「裁きを下すのは、法廷であり、私たちではありません。」
と同情を込めた表情で事務官は言った。

 私は、その後、容疑者の常である両横顔と正面の顔写真、
そして、10本の指全部の指紋印をとられた。
ああ、身が堕ちていく・・という感覚。絶望的だ。

そのうち、黒人の女性の監視官のような人が来て、私は連れて行かれた。
女性の監視官が来たことに、少し不安がよぎった。
パトカーのシェリフには言ったが、事務官からは性別を聞かれなかった。
身分証明はなかったし。
もしかして・・。

監視官は、柵のない房に私を連れて行き、
黄色いつなぎの囚人服を私に渡す。
「下着をすべて脱いで、真っ裸になりこの服を着なさい。」
と無駄のない言葉で命じる。
 私は、まずTシャツをぬいで上半身を見せた。
 このとき、彼女の瞳に一瞬の驚きが走った。
「待って、男の子なのね?」
「はい。そうです。」と私。
「ごめんなさい。上着を着直して、いらっしゃい。」
と彼女は、私の手を引いて、もう一度あの受付事務所に連れていった。
 事務官達と彼女との会話。事務官達のそのときの表情。私は見ないでいた。
 やがて、男の監視官がやってきた。
「我々のミスです。気を悪くさせましたね。申し訳ない。」
と、彼はナイスな言葉遣いで言った。
「いえ。」
と私はかすかな笑を返した。

 それにしても、パトの保安官がフレンドリーであったこと、私から事情を聞く事務官が丁寧で同情的であったこと、そして、監視官の誠意ある言葉づかい。このアメリカの留置所の職員の態度に、私は少なからず感心していた。
 アメリカにも横柄で、威張っている警察や看守がいることは、映画などで知っている。しかし、少なくても、このロサンゼルス郊外の留置所の職員達、保安官達は、人権尊重の姿勢を通していた。
 私は、これから拘留されるという身の上をひととき忘れ、彼らの振る舞いに、アメリカの良き一面を見た思いで、感に入っていた。


[予告]次回はいよいよ房に入ります。いろんな人がいました。

ジェイル(拘置所)へ行くの?(アメリカ番外編①)

(アメリカ編)を13話まで書きましたが、ここで気分を変えて、(アメリカ番外編)を5話くらい書いてみたく思います。これも、この私に起こった実話です。この自叙伝も楽しんでくだされば幸いです。
*    *    *    *    *    *

私はニューオーリンズで1年を過ごし
夏休みの3ヶ月は、あこがれのロサンゼルスで過ごした。
そこの州立校へ、3ヶ月間だけの入学をして、
生活は、リトル・トウキョウでたっぷり日本食を食べて過ごした。

そのロスでの生活も終わり、いざホームタウン「ニューオーリンズ」へ。
車で5日間をかけての大陸横断だ。
女の子の一人旅は危ないので、
私は、だぶだぶのカーキーのズボンに、太いベルト。
ゆったりしたTシャツとランニングの重ね着。
そして、サングラスというスタイルで旅立った。
私の最大限の男服だった。

ロスの下町を出て、100マイル位のところだったろうか、
州境に近づいていた。
私は、乗りのいいロックの曲を最大限のボリュームで聞きながら、
ルンルン気分で、時速90マイル(140kmくらい)ほどのスピードを出していた。

ふと見ると、パトカーが後ろに来ている。
あ、まずいと私は、車のスピードを制限の50マイルに落とした。
間に合ったみたいだった。
なぜなら、パトカーもゆっくり私の車の後ろを走っている。
その間もロックの曲はガンガン鳴っていた。
もし、スピード違反なら、
日本のように白バイが来て、車の脇について止まるよう命ずるはず。
私は、後ろのパトカーがそれをしないので、
てっきり、私と行き先が同じ車なのだと思っていた。

その内、ロックのカセットテープが終わり、車の中が静寂になった。
と同時に、「ウウウーー」というけたたましいパトカーの音を聞いた。
みると、赤い大きな丸いサインを出している。
そればかりか、後ろに応援のジープが来ていて、
ジープの上で三脚を立て、そこにライフルを設置して、
一人の警官が私にねらいを定めている。

私は、心臓が凍るような思いで、急いで、車を脇に止めた。
すると、拡声機の声がした。
何を言っているのかわからない。
早くしないとライフルで撃たれてしまうと、
私は生きた心地がしない。
でも、「キー」という言葉と「スロー。」という言葉が聞き取れて、
私は車のキーを窓から投げ捨てた。
「車から出て、四つんばいになれ!」
という声も聞き取れた。
私がそうすると、どかどかと警官が来て、私に手錠をかけた。

ジープは去り、私は一人の警官にパトの助手席に座らされ、
どこへやら連れて行かれる。
外は、もう薄暗くなっていた。
やっぱりスピード違反がバレていたのかあ…などと私はのん気に考えていた。
運転をしている警官の胸を見ると、大きな星のバッチだ。
あ、彼は警官ではなくて、保安官なのかあと思った。
ワイアット・アープの名がすぐに思いついた。
「アーユー・シェリフ?」と聞いた。
「イエア。」と彼。
「かっこいいなあ。」などと私は軽口をたたいていた。
私は、保安官が連れていくところへ行って、私が音楽を大きな音でかけていたから、
パトカーのサイレンが聞こえなかったと、そう真実を話せば、笑い話で許してくれるものと思っていた。

保安官が、
「女の子が、90マイルか。とんだおてんばだぜ。」と言った。
「男です。」と私。
「お、これは、失礼。」と彼は礼儀正しい。
「ぼくは、どこへ行くんですか。」と聞いた。
「ジェイルさ。」と彼は軽く言う。
私は胸がドキンとした。
「スピード違反だけで、ジェイルですか?」
「君は、スピード違反、そして、州外へ10分間の逃亡の罪さ。」

私は、彼のその言葉を聞いてなお、
自分が申し開きをすれば、笑って許してくれるものと思っていた。
だから、生まれて初めてパトカーに乗れたことに、
うきうきと夜の景色を眺めていた。

アパート暮らし、そしてアシフのこと(アメリカ編⑬)

夜中にベッドの中で、ぽつんと考えていた。
アシフは公認会計士を目指す大学院生だ。
試験に受かったらいいバイトができて、お金持ちになれる。
そうすると彼女がきっとできる。
そのとき私は必要ない。
ウォンは、レイプされて、男にトラウマを持っている。
でも、私とセックスを重ねるうち、
きっとトラウマを乗り越える。
そうしたら、きっともっと男らしい彼を見つける。

そう考えながら、私はたまらない孤独感に堕ちていた。
アパートに移ろうと考えたのは、そのときだった。
一人暮らしをして、自分を考えたかった。

10月を過ぎた頃。
私はたくさんアパートを探した。
そして、とうとう平屋のアパート群といえるところを見つけた。
全部家具付き。
そこは、女子学生専門のところだった。
大家さんと面接したとき、身分証を求められた。
こんなとき、大学の「女子学生証」が役に立った。
パスポートを求められるとアウトだった。
でも、学生証で十分だった。
「ああ、○○大学の学生さんね。あそこはいい大学だね。」
と二つ返事で、OKが出た。

あと2週間で、故郷に帰る女子学生の部屋が空くから、
そこに入りなさいと言われた。
部屋に彼女がいるときに部屋を見せてもらった。
そこにいたのは、ナンシーという名の白人の女の子だった。
ナンシーは部屋をとっても綺麗にしていて、
一目で女の子の部屋とわかるようなファンシーな作りにしていた。
私は、「ステキな部屋だね。」と言って、
故郷に帰るなら、置いていけるものは全部置いていってと頼んだ。
ステキなカーテン。ピンク系のジュウタン。その他いろいろ。
ナンシーは、渡りに船と喜んで、
「実は、カーテンとかジュウタンをどうしようかと困っていたの。」
と言った。

こうして、私は2週間後に、ナンシーの住んでいたアパートに入ることになった。
ナンシーは、ほとんどの物を全部置いていってくれた。
カーテン、ジュウタン、ベッドカバー。
窓辺に並べる小物。ランプシェイド。
クロゼットを明けると、洋服までいくつか置いていってくれている。
「サイズが合うものを着てください。」
と置手紙があった。
嬉しいのは、冬物がたくさんあることだった。



 アシフとの別れがあった。
「ごめんね。一人で出ていっちゃって。」と私。
「OK。いつでも遊びに行けるし、ジュンも寮に遊びに来いよ。」とアシフ。
「そうだね。車で近くだし。」
そんな会話をして、アシフと別れた。

こうして、私の一人暮らしが始まった。
日本にいたときから憧れていた、アメリカでの一人暮らしだ。
広い部屋。大きなベッド。
何もかもが、夢見たものだった。
おまけに、女の子の部屋。言うことなしだ。



寮を出て1週間もしない内に、アシフがアパートを訪ねてきた。
アシフは、私の顔を見るなり言った。
「ジュン。俺は君がいなくなって、君がどれだけいいヤツだったか思い知った。
 ジュンは、俺が夜中中タイプを打っていても文句をいわなかった。
 俺が油のついた手で、ドアのノブをさわっても、何も言わなかった。
 俺は、指で食べるからね。
 何よりもジュン。君がいなくなって俺は淋しい。」
「今度のルームメイトとうまくいってないんだね。」
「ああ。嫌なヤツだ。ちがう、嫌なヤツなのは俺なんだ。
 俺と暮らしてくれたのは、ジュン、君くらいなものなんだ。
 ジュン、戻って来てくれ。」

私は困り果てた。
とにかくアシフをソファーに座らせ、熱いコーヒーを淹れた。
アシフは、うっすら泣いているようにも見えた。

初めてのネイティブの女友達(アメリカ編⑫)

大学のカフェテラスで、ウォンと朝食にハンバーガーを食べていた。
私は、ウォンにアシフとときどきセックスをしていることを打ち明けた。
「許してくれる?」と言った。するとウォンは、
「平気よ。ジュンとアシフなら。男の子同士だもの。
 もしジュンが他の女の子とセックスしたのなら、
 私、ものすごく嫉妬する。」
そう言った。
 そんなものかなと思った。でも、考えると、私はウォンが女の子とセックスするのなら、平気な気がした。ウォンが他の男子とセックスしたのなら、すごくショックを受けると思った。
 そうか、そんなものなのだと納得した。

「アシフがね。ぼくは、女の子のいい匂いがするって言うんだ。」と私は言った。
「私は女だからわからない。でも、ジュンは男の子の匂いがしない。
 だから、ジュンは女の子の中にいても、男だって絶対バレない。」とウォン。
「複雑な気持ちがする。」と私は言った。



その日は、数学の授業があった。
私が、アメリカの大学で唯一劣等感を抱かずに受けられる授業だった。
先生はインドの人で、なまりがアシフに似ているので、とっても聞きやすかった。
クラスに生徒は15人くらい。
その中に、スージーという名の赤毛でそばかすのある女の子がいた。
スージーは数学がとてもできるらしく、授業が終った後、みんながスージーのところに集まって、
「スージー。今日の講義わかった?」と聞く。
そして、スージーからいろいろ教わって帰って行く。

そのころ数学は日本の方が進んでいたとみえて、
私にはものすごく簡単だった。
日本では中学でやる連立方程式をやっていた。
ある日、先生がテストを返してくれた。
クラスのみんなは、30点、40点だった。
その中で、スージーは80点で、点を発表されて、皆の歓声が上がった。
「でも、スージーは2番目。」先生はそう言って、
「一番よかったのは、ジャパニーズ・ガールのジュンです。彼女は100点です。」
と、私へ皆の視線を誘った。
「うそー!」とみんなは叫んだ。

アメリカの大学数学は、日本と違って一気に難しくなる。
連立方程式から、日本の高3で少しだけやる「行列」に移った。
むずかしい。私は必死で授業を聞いた。
授業のあと、今度はスージーが私のところに来て、
「ジュン。今日のわかった?」と聞く。
「多分、わかったと思う。」私がそういうと、スージーは、「うそー!」と驚き、教えて欲しいと言う。

そんなことから、数学の授業が終る度、スージーと二人で、勉強するようになった。
とっても楽しかった。
スージーと友達になれた。私にとっては初めてのネイティブの女友達だった。
スージーとは純粋な女友達でいたかったから、ウォンのときのように、
「ぼくは男だよ。」とは打ち明けなかった。

わからなくなった自分の心(アメリカ編⑪)

私の外見は女の子でしたが、心の中の7割は男、残りの3割は女だったと思います。
7割の男の心は、ウォンを愛していました。そして、残りの3割は、男の子を求めていました。
強い力で、ぎゅっと抱きしめられたいと思ったり、自分の体で男の子をイかせてあげたいと思ったりしていました。でも、そんな自分の心の中のことは、あの当時はわかりませんでした。



私は寮の部屋でもワンピースやスカートでいた。そして寝るときは、ミニのネグリジェを着て毛布にもぐった。そんな私がそばにいることを、ルーム・メイトのアシフは、たまらなく思っていたかも知れない。
私は、アシフが夜中にこっそり毛布の中で、マ■タべー■ョンをしていることを知っていた。

ある晩、私はとても性的欲求が強くなってしまっていた。
ウォンと■ックスをする機会はあったが、それでは足らなかった。
私は毛布の中で、悶々としていた。
「アシフ、寝てる?」と私は彼に声を掛けた。
アシフも、毛布の中にいた。
「寝てないけど。」とアシフ。
「なんだか、アシフに抱かれたい気がする。」と私。
「ほんと?」とアシフは起き上がってきた。
そして、私のベッドのそばに来た。
そして、いきなり私の毛布をはがして、私の上に身を乗せてきた。
アシフは、強い力で、私を抱きしめた。
私は喜びに体が震えた。
「アシフ、ぼくは男かな、女かな。」私は言った。
「そんなことは、どうでもいい。
 君の体は柔らかい。女の子のように柔らかいよ。」
「もっと、きつく抱いて。」と私は言った。
もう我慢ができなくなっていた。
アシフは下着を脱ぎ、そして、私のショーツを脱がせた。
「恥かしいよ、アシフ。」と私。
私のお腹とアシフのお腹の間で、2つの熱くなったものが擦れ合った。
アシフの荒い息遣い。私は、女の子の声を上げ、アシフを強く抱いたまま果てた。

二人の息が収まったとき、
「ありがとう、アシフ。」と私は言った。
「お礼を言うのはこっちだよ。」とアシフ。
「ウォンに悪いことをしたかな。」
「ジュンには、男の心と女の心があるんだ。自分に正直になればいいよ。」
「うん。」そう言いながら、私は自分の心のことを考えていた。
アシフはこんなことを言った。
「ジュンは気がついてないと思うけど、君は、女の子のいい匂いがする。」
「シャワーを浴びたから、石鹸のにおいだよ。」
「そんなものとは違うんだ。これは女の子に共通するいい匂いなんだ。」
「ぼくが?」
「ああ。」

ウォンとセックスをしたとき、ウォンはいい匂いがした。
ウォンのそばにいるときもする。
そんな女の子の匂いを私ももっているのだろうか。

二人で交代で、もう一度シャワーを浴びた。
アシフの後で私が入った。
出てきたとき、私はバスタオルを体に巻いていた。女の子がするように。
そんな私を見て、アシフはやさしく笑って言った。
「ジュンは、胸がないのに胸を隠すの?」
「ちがうよ。胸がなくて恥かしいから隠すんだよ。」
二人で、あははと笑った。

スーパーボウルが町にやってきた(アメリカ編⑩)

町に「スーパーボウル」が来た。
「スーパーボウル」というのは、
アメリカンフットボールのアメリカ最大級のシリーズで、
アメリカ全土からお客が集まってくる。町にはものすごい経済効果がもたらされ、
もう始まる何ヶ月前から宣伝が始まる。
その「スーパーボウル」が二ユーオーリンズにやってくるというのだ。

ゲームのある1週間前から、町の人口はどんどん増え続け、
ホテルは片端から埋まっていく。

そのスーパーボールの前夜、
町の歓楽街バーボン通りは、おもしろいことになっていて、
通りの南側のホテルはみんなAチームファン。
北側はBチームファン。そして通りを挟んで、やいのやいの罵り合いをする。
そして、下の通りは踊りあり喧嘩あり、真っ裸になって走り出す人もいる。

そんな噂をきいて、ウォンと私は行ってみようよということになった。
「おもしろいね。」ということになって、
二人して、チャイナ・ドレスを着て、念入りにメイクをして行った。
中国人に見えるように二人して、ロングのかつらをかぶって行った。

バーボン通りのあるフレンチ・クオーターに近づくと、
天然水のポリ袋でサッカーをやっている連中あり、
踊り狂う連中あり、
町は異様な雰囲気だった。

ウォンと私は、やっと通りから外れたところに車を止めて、
バーボン通りへ向かおうとした。
だか、車からおりてすぐに、自分達の計画が、
いかに無謀だったかを思い知らされた。

車から降りるや否や、
酔っ払って、気もおかしくなっているような男たちが10人ほど寄ってきて、
私達に卑猥な言葉を浴びせ、体を触りに来る。
私はウォンをすぐに車にもどし、私もドアを閉めた。
その車のガラスにも、男達の顔が貼り付いている。
「そうよね。私達バカだったわよね。」
「完全に女の子二人だもんね。しかも化粧なんかして。」
「逃げよう。」
ウォンのことばで、私達は男をかき分けるように車を出した。
これで安心と思ったら、男達の何人かが車で追ってくるではないか。

「ジュン。追ってくるわ。どうしよう。」とウォン。
「逃げるしかないよ。」

それから、私達と男達でカーチェイスみたいなことをやって、
やっと、高速に逃げ込んだ。
もう安心だ。

私はウォンのハウスにウォンを送った。
車の中で、ウォンは、
「怖かったけど、おもしろかったね。」
と言った。
「冗談じゃない。ウォンにもしものことがあったら、ぼくは生きていけない。」
「ジュンがあんなに運転が上手だなんて思わなかった。」
「命がけだったもの。」

そのあと私はハウスに招かれ、ハウスのみんなが集まってきた。
ウォンは、どんなにおもしろかったか、雄弁に話していたが、
その横で、私は小さくなっていた。
みんなおもしろがってくれたが、ハウスのママに、こっぴどく叱られた。
ママの言うとおり。
私達は子供みたいにしょげたままだった。

二人の克服(アメリカ編⑨)

検閲によりアクセスを禁止されましたので、一部の文字を伏せ字にしました。



日曜日の午前10時ごろ、ウォンから電話がかかった。
ハウスのみんなはピクニックに言って、
ウォンは風邪を引いて、一人お留守番だとういう。
退屈だから、来てほしいと。

私は急いで駆けつけた。
何かお昼を作ってあげなければと思って、冷凍のピザを買って行った。
ハウスに着いて、中に入ると、ウォンは、シャワーのあとの髪を拭いている。
「ウォン、風邪なのに、シャワーなんか浴びてのいいの。」私はそう言った。
「ごめんなさい。ジュンと2人きりになりたかったから、嘘をついたの。」
ってウォンは言う。

ウォンは、可愛い部屋着を着ていた。
少し濡れた髪が、いつものウォンと違うように見えた。
ウォンは、私をウォンの部屋に案内した。
ピンク系のいかにも女の子という部屋。
いいなあ、こんな部屋に住みたいなあと思った。

ウォンは私をベッドに座らせ、私の横にぴったりと座った。
ウォンは何かたくらんでいる。
私は、少し心臓が高鳴った。
ウォンはおもむろに言った。
「ジュンといっしょにいると、みんな私をレズビアンだというの。」
「ごめんね。」
「ううん。私、戦争のとき、敵の兵士にレイプされたの。
 そのときから、男の人は恐くなって、セックスができなくなった。
 だから、女の子とのセックスしか知らない。」
「そうだったの。知らなかった…。」ボクは、うつむいてしまった。

「ジュンは。」ウォンが明るい声で言った。
「え?ボクは女装した男の子とは、何回かセックスしたけど、
 女の子とは、したことがない。一度お金を払って試してみたけどダメだった。」
「じゃあ、私達は似たものどうしね。」ウォンはそう言った。
「でも、ジュンとだったらできるかも知れない。そう思って・・・。」
「ボクもウォンとだったら、できるかもしれない。」

私達はいつしか唇を重ね、お互いの服を脱がせた。
二人ともスリップだけの姿になって、ベッドに横たわった。
恥かしいので、毛布をかぶって、部屋の明かりを暗くした。

ウォンの荒い息が聞こえる。私も同じだった。
ウォンの■■を触って見た。
信じられないくらい柔らかかった。
「これでいいの?」私は聞いた。
「■■の先をすってほしいの。」ウォンは言った。
私がそうすると、ウォンの声はさらに荒くなってきて、
体が小刻みに震えているのがわかった。
ウォンは、私の手を、ショーツの中に導いた。
そこは、■れていた。
「ウォン、■れてる。」私は驚いて言った。
「女の子は感じると■れるの。」
ウォンは、さらに、女の子のいちばん敏感なところへ、
私の指を誘った。
私が触ったとき、あっと言って、ウォンがのけぞった。
ここ、ここなんだねと私は思って、やさしくなでてあげた。
ウォンは、声を出して、私にしがみついてきた。
私は、そのころたくさんの感動を経て、自分のアソ■がはちきれそうになっていた。
「ジュン、入■■、お願い、早く。」
私は自分の大きくなったものを、ウォンに導かれるまま、挿入した。
ウォンと一体になっているという感動にまた包まれた。
私は本脳にまかされて、体を動かした。

やがて、ウォンの体がブルブルと震え、ウォンは硬直した。
私はウォンの中でイッてはいけないと思って思わず体を離した。
ウォンのお腹のあたりに発射した。

激しいときが去って、私達は再び、毛布に包まれていた。
そして、感動していた。
「うれしい。ジュンは男の子だけど、ちっとも怖くなかった。」
とウォンは言った。
「ぼくもだよ。好きな女の子となら、できるんだってわかった。」

随分長い時間が経ったようで、まだお昼になっていなかった。
その後、私達は、ウォンの服を着替えっこしたりして遊んだ。
まるで、子供みたいに。

偉大な河のほとりで(アメリカ編⑧)

書き遅れているが、私がアメリカでいたのは、
アメリカ南部のニューオーリンズとう町だ。
ここはアメリカのサンフランシスコと1、2を競う観光の町だ。
中でも、フレンチ・クオーターという区画があって、
そこの中心を通るバーボン・ストリートに観光客は集まる。
そこは、デキシーランドの通り。
飲食店とストリップ劇場とジャスホールが一軒おきに並んでいる。
ジャスホールは、みんな入り口の扉を開けているので、
ストリートはジャズの音であふれている。(すごいサービス精神だ。)
だから、ホールになんかに入らなくても、
みんなストリートからジャスを聞いて、
路上でステップを踏んで踊っている。
子供も大人も老人も。



ウォンは、とっても変わった女の子だった。
底抜けにお茶目と言ってもいい。
大学のキャンパスでいっしょに歩くとき、
ウォンは私と手をつないで歩いていたし、
時には、私の腕を抱いて肩に頭をもたげて歩いていた。
そんな私達は、外目には女友達の域を越えて見えた。
(本当は男女なんだから、普通なんだけど。)
ウォンは、友達からレズビアンだと思われていた。
でも、彼女は全くそういう噂を気にしなかった。

ある日、ウォンは言った。
「ジュンと全く同じ格好をして、双子みたいになって遊びに行きたい。」
私もおもしろいなと思った。
まず、かつら屋さんにいって、私のロングのストレート・ボブと同じのを買って、
二人で、洋装店に行って、お揃いのワンピースを買った。
そして、靴。彼女は私より3センチ背が低いので、
私より3センチ高いヒールのサンダルを買った。

お互いに着替えを済まして、メイクをして、鏡に並んで写して見たとき、
二人して笑った。
「これ、東洋人じゃない人が見れば、絶対双子だね。」
「東洋人だって、双子だと思うよ。」と私。

二人で、町1番の繁華街フレンチ・クオーターに出かけた。
すごくうれしい気分だった。
二人で手をつないで歩くと、すれ違う人がほとんど私達を見て行った。
双子がおもしろいのか、ウォンが可愛いからか。

二人で、ジャスの店から流れて来る音楽に合わせて踊った。
そえから、小さい黒人の男の子から、新しいステップを習った。
男の子は言った。
「お姉ちゃん達、双子?」
「そう、双子。」ウォンが答えた。
ウォンと私は、顔を見合わせて笑った。
男の子も、白い歯を見せて、ニッと笑った。

楽しいときが、過ぎて行った。

夕方になり、私達は、ドーナツとコーヒーを買って、
ミシシッピー河の見える堤防のベンチに座って川を見ながら、食べた。
二人とも河をみていた。
ドーナツを食べ終わって、コーヒーも飲んでしまった頃。
ウォンが突然に聞いてきた。
「ね。ジュンの心は男の子、それとも女の子?」
「どうして、そんなこと聞くの?」
と私はためらって聞いた。
「もし、ジュンの心が男なら、いままで随分苦労してきただろうなって。
 ジュンは、声も見かけもあまりにも女の子だから。」
私はウォンの言葉で、自分の小学校のころ、中学校の頃、高校の頃、
女みたいだと言われ続けたことを思い出した。
子供のころ、友達の家に遊びに行って、
その家のお母さんから、言われたこともある。
「あなた、もっと男らしい話し方をなさい。
 おばさん、頭が痛くなるわ。」って。
大きな屈辱だった。ボクの声はこんなんだし、それ以外の声で話せないよ。
中学では、女、女と呼ばれた。高校でも。
いろんな辛かったことが、心に思い起こされてきて、
私は、うつむいてしまい、涙をポロリといくつか、頬に流した。

ウォンはそんな私を見ていて、
「ごめんね、ジュンに辛いことを聞いてしまったわ。
 ごめんね。ごめん。」
ウォンはそう言って、私の肩を強く抱きしめた。
「私は戦争で辛かったけど、ジュンはジュンで、辛かったんだね。」
私は、わずかにうなずいた。

それから、二人で、河をずっと見ていた。
川面に夕日が照って美しかった。
河は偉大だ。
過去のことが、みんな溶けてしまうようだった。

女子学生証をゲット(アメリカ編⑦)

新学期が始まって、
その日は、学生証を作る日だった。
私は、ウォンといっしょに行きたかったが、
ウォンはあいにく留守だった。
ウォンは、そのころベトナム難民が共同生活しているハウスにいた。

しかたなく、私は学生会館へ一人でいった。
私は髪が少し伸びて、肩のあたりまであった。
毛の先を少し外巻きにして、前髪はゆるく7・3に分けていた。

学生証を作る日だから、メイクなんかだめだろうなと思い、
素顔で行った。
もちろんワンピースは着ずに、サマーセーターにパンタロンを履いて行った。
ブラなんか当然ダメ。

学生会館は、学生が大勢集まっていた。
はじめに用紙をくれて、
フルネイム、生年月日、性別を書き込む。
性別は、もちろんM(male=男性)に丸をつけた。

それをもって、机に座っている係の学生に次々見せて行く。
初めの学生は、学生証カードに名前をタイプする。
次の学生は生年月日を。
そして、最後の学生は、性別を。
そこまで、タイプしてもらって、
写真のブースへ行く。
私は、真面目な顔でカメラの前に立った。
見ると、けっこうポーズを取っている女子学生もいて、
私も、ポーズを取ればよかったと、少し残念に思った。

最後は、できた写真を学生証に貼って、
それを、パウチしてできあがり。

考えてみるとこれはすごくアバウトだった。
本人証明に免許証やパスポートを求められるわけでもなく、
初めに記入する用紙の内容が全てだ。

でも、私は内容を偽る気持ちはさらさらなかった。
学生証は出来上がって、渡された。
その学生証を見て、私は、あっと驚いた。
性別が、F(female=女性)になっている。
これは、性別の係の学生が、ろくに用紙を見ないで
私を見て女だと思い、”F”とタイプしたのだ。
まいったなあと思った。
写っている写真も、女に見える。
だが、いいや、私はちゃんと用紙にMと記入したんだから。
正直、なんとなくおもしろかった。
女子学生の学生証をもらったことを、笑い話として、
ウォンやアシフに見せたかった。

学生証は、ほとんど使われないものだった。
例えば、学外で映画館に入るとき、学割になる。
私が知っている用途はそれだけだ。
うふふと思った。
女子トイレに入って、もし疑われたら、
この学生証を見せよう。
「ね、私は女でしょう。」って。
もちろん、そんな事態はごめんだけど。

ガールフレンド・ウォン(アメリカ編⑥)

9月になった。
アメリカでは、9月が新年度の始まりだ。
朝の眩しい日差し。
私は学生がやっているハンバーバーショップでコーヒーを買って、
野外のテラスで、朝のひとときを過ごすのが何よりの楽しみだった。

その朝も同じようにコーヒーを持って、
テラスのテーブルを探していた。
そのとき、一人のすばらしく可愛い東洋人の女の子を見つけた。
真っ直ぐな黒髪をキャミソールの背にかけている。
今まで見かけたことがない。
きっとこの9月からやってきた子だ。
私はすっかり心を奪われてしまい、
その子のいるテーブルに行った。
「座っていい?」と聞いた。
私はそのときノースリーブのワンピースにロングボブのウィッグをかぶっていた。
「ええ、もちろん。」とその子は言った。
私より少し小柄。正面から見ると益々可愛い子だった。
同時に私はその子の首から肩にかけて大きな火傷の痕があるのを認めた。
その火傷を見て、わずかに動揺した私をその子は見逃さなかった。
「醜いでしょ。」とその子は火傷に手を当てて言った。
少し意地悪そうに。
私は「う~ん。」と言って、真剣にその子と火傷を見比べて、
「トータルに見て、あなたは可愛い。チャーミング。」そう言った。
私の言葉にその子は少し笑って、
「私はウォンよ。ベトナム難民。」と手を伸ばしてきた。
「私はジュン。日本人。」
私も名乗って、握手をした。

私はウォンに一目惚れだった。
そんな相手には、早く正直に話した方がいいと思った。
「ウォンは、火傷を隠していないけど、私は1つ隠していることがある。」
「なあに?」とウォンは身を乗り出してきた。
「ウォンは、私が女の子だと思った?」と私。
「もちろん。」とウォン。
「実は、私は男なんだ。」
「うそ!」とウォンは叫んだ。
「女装していなくても、女の子に見られるんだ。」と私。
「声だって、女の子じゃない。」
「ウォンの火傷とどっちが深刻かな。」
今度は、ウォンの方が真剣に悩んだ。
「男の子でも、女の子でも、あなたは魅力的。チャーミングよ。」
ウォンはそう言って笑った。
私はその言葉がうれしかった。
「友達になってもらえる?」と私は言った。
「ええ、多分私はジュンのことが好き。」
「ボクも。」

4月にアメリカに来て半年、私にやっとガール・フレンドができた。

私のアメリカでの女装法について

今日は、少し疲れていますので、ストーリーから少し離れて、
私のアメリカでの女装法を書きます。



私は私の女声に見られるように、
普通の男子より、少し男性ホルモンが少ない体質であったようです。
喉仏もありませんでした。

髭ですが、頬やアゴの下には産毛しかなくて、
鼻の下には、まばらに太目の髭が、数えられるくらいしかありませんでした。
それらは、毛抜きで抜きました。
抜いた後、女性ホルモン入りのクリームを毎日塗ると、
一ヶ月くらいは髭が生えませんでした。

それでも、やがて、髭が伸びて、皮膚のしたぎりぎりに伸びてくると、
そこらが青く見えるので、ファンデーションを濃い目に塗って、ごまかしました。

髭を抜くのには、髭が2ミリくらい伸びないと抜けません。
そこで伸びてくるまでの3日間くらいは、生理だと思って外に出ませんでした。
どうしても、外出の必要があるときは、マスクをして出かけました。

すね毛ですが、少し濃い目の女の子くらい膝下に生えていました。
これは、ワックスで一気に取り去っていました。
そのあと、例の女性ホルモン入りクリームを毎日塗ると、
1ヶ月は生えてきませんでした。
ビキニラインですが、これは普通の女の子のように、毛抜きで処理をしました。
脇の下も女の子と同様に、剃ったり、ワックスで一気に抜いたりしていました。

胸ですが、ブラの中に、私はゴム風船に水を入れたものをストッキングで包んで
胸とバッドの間に入れていました。
水入りのゴム風船は、重みがありますので、走ったりすると、胸がゆさゆさして、
ちょっとリアルな胸に思えたりしました。

さて、重要なオチ○チンのことです。日本の女装クラブで教わりました。
まず、タマタマは、恥骨のところに左右くぼみがあるので、そこに入れてしまい、
オチ○チンは、股の下に回して隠してしまいます。
そこにきつめのショーツを履くと、女の子のような股間に見えます。でも、私はいつもその上にガードルを履いてさらにガードしていました。

女の子のウエストは、男子より高い位置にあるので、
ヒップパッドを2枚使っていました。
パッドはだんだんずれて下がってきますので、
ルーズソックスを留めるような、粘着クリームを塗って、
高い位置にヒップパッドを止めていました。
こうすると、ウエストが肋骨の少し下に来て、
ウエストが太くなってしまいます。
私の男のときのウエストは58センチでしたが、
高い位置のウエストのところでは、64センチになりました。
私の背は159センチ。それで、ウエスト実寸64センチなら、まあOKでした。
細いウエストより、高いウエストを優先しました。

これが、アメリカでしていた私の女装です。

湖のほとりで(アメリカ編⑤)

震災のあまりにもの惨状に、この投稿を消去しようと思いましたが、こんなときこそ、
一時でも震災から心が離れることを願って、投稿をそのままにすることにしました。
*   *   *   *   *   *   *   *   *

映画が終ったとき、
「ちょっとドライブして帰ろう。」とアシフは言った。
「いいね。」と私も応えた。

アシフは車をどんどん走らせて、やがて大きな湖のほとりで車を止めた。
回りに人影も車もなくて、少し離れたところにある街灯が、
唯一の灯りだった。
私はふと不安になって、
「どうして、こんなところに止めるの?」と聞いた。
そのとき、アシフはとても真面目な顔になっていて、
ハンドルに上体を預けながら言った。
「ジュン。ぼくは一日5ドルで暮らしているんだ。
 たった、5ドルなんだよ。
 例えガールフレンドができたって、どこにも行けないし、
 食事にさそうことすらできない。
 だから、ガールフレンドなんか、ずっといなかった。」
アシフは、ふと遠くを見るようにして言った。
「ジュン、お願いがあるんだ。」
「何?」
「君を抱いてもいいかな。」
私はためらった。
「ぼくは、男だよ。」
「知ってるけど、ぼくには君が女の子に思える。一生のお願いだ。」
私はアシフの心情がわかり、
「いいよ。」と応えた。
アシフは一瞬うれしそうにし、車の座席を引いて、私の方に身を乗り出してきた。
そして、怖いものに触れるように、
おそるおそる私に手を掛けてきた。
私はじっとしていた。
「ジュン。」そう言って、アシフは手に力を込めてきた。
「ちょっと苦しい。」私が言うと、
「ごめん。」と手を引いた。
それから、「キスしてもいいかな。」と聞いてきた。
「う、うん。」と私は、首を振ってイエスをした。

はじめそっとキスをして、それからアシフは、激しく唇を求めてきた。
そして、私の体を強く抱きしめてきた。
アシフの荒い息が耳元でした。
やがて、アシフは我慢ができなくなったのか、自分で、ズボンのファスナーを下げようとしていた。
そして、自分のアソコを懸命に押さえている。
アシフは、自分でイッてしまうつもりだ。

「ま、まって。」と私は、彼を少し離し、自分のバックから、タオル地の小さなハンカチを出した。
それで、アシフのアソコをそっとくるんで、静かにマッサージをした。
アシフは、やがてビクンと体を反らし、果てて行った。

やっと呼吸が落ち着いたとき、
「ジュン、ありがとう。」とアシフは言った。
「今日だけだよ。」とわたし。
「うん、わかってる。君は、女の子が好きなんだものね。」
「こんな格好してるけど、そうなんだ。」

車は、ゆっくりと下がり、夜の湖を後に発進した。

アシフと映画を見にいく(アメリカ編④)

私は、「かつらフェチ」だ。
車で街道を走っていたら、かつらの専門店を見つけたのですぐ立ち寄った。
みんな韓国製のかつらで、20ドルくらいの値段だ。
私は、前髪のあるロングのストレート・ボブを買った。
髪の素材が軽いのか、かぶるとふんわりしたボブへヤーになる。
長い髪は、やはり女らしさを強調する。
私はかつらをかぶったまま、店の外へ出た。

大学のキャンパスにいる女の子達は、ほとんど、ジーンズか、ショートパンツだった。
スカートを履いている子はほとんどいない。
そんな中、私はあえて毎日スカートかワンピースを着て行った。
男なんだから、精一杯女らしくしたかった。

ある日、ルームメイトのアシフが、頼みがあると私に言う。
「見たい映画があるんだけど、つきあってくれないか。」って。
「男一人じゃ、カッコ悪いから。」
アメリカでは、たいてい男女のカップルで遊びに行く。
男一人では、なんだか惨めだ。ましてや女の子一人で外へ出るのは危険だ。
私も映画が好きだったので、OKした。

私はお気に入りのロング・ボブのかつらをかぶり、
ワンピースを着て、少しメイクを施して用意をした。
それを見てアシフは、
「まいったなあ。君を抱きしめたくなるよ。」
と言った。

アシフは、貧しい学生だった。
そんなアシフは、劣等感を持っていて、ガールフレンドがいなかった。
「ジュンがいてくれて助かったよ。」
と、アシフは言った。
「ぼくもだよ。」

二人で、世界の映画をやっている名画座へ行った。
劇場は、映画好きの学生達で、すごく混んでいた。
2本立て。
1本目が終ったとき、まずいことになった。
トイレに行きたくなってしまった。
私は、女子トイレに入ることに、未だに罪悪感をもっていた。
それに、バレたら大変だ。
「アシフ、困った。トイレに行きたい。」と私は言った。
「女子トイレに入ればいい。」とアシフ。
「入れないよ。男だもの。」
「君は、どこから見ても女の子だ。ぜったいバレないよ。」
アシフの言葉に支えられて、私は女子トイレの列に並んだ。
いいのかなあと思いながら。

トイレは混んでいて長い列ができていた。
前にいた人が、「時間かかるわね。」と私に声をかけてきた。
「ほんとに。」と私は答えた。
どうやらバレていない。
トイレに入ったら、みんなが私を見るかと心配だった。
でも、そんなことはなかった。
私は女子トイレの風景の中に溶け込んでいたみたいだ。
でも、心では言っていた。
「ああ、神様、ごめんなさい。」

ルームメイト・アシフ(アメリカ編③)

この度の地震で、被災地付近の方々のご無事と、

被害に遭われた方々の一日も早い復興をお祈りいたします。

*   *   *   *   *   *

洋装店を出た私は、スーパーによって、

女としての生活に必要な最低限のものを買った。

下着、洋服の替え、靴、バッグ、簡単は化粧品、カミソリなどなど。

私はそれまで、日本の女装クラブで5年くらいの経験があったので、

迷うことはあまりなかった。

車の中で上から下まで全て女物に着替えた。

足元を見ると、ワンピースの裾とパンプスが見えた。

「本気で、女で行くつもりなのかなあ。」

と自分の決意が揺らいだりもした。

不思議なことが一つあった。

日本で女装をしたとき、私はいつも性的な興奮を伴った。

でも今、こうして必要としての女装をしてみると、

その興奮がなかった。

それよりも、オール・デイ・ロングの女装でいることに、

大きなプレッシャーを感じてならなかった。



私は勇気をだして、寮に帰った。

寮の玄関ホールには、男子用のエレベーターと女子用のそれが、並んでいる。

男女の行き来にはうるさくないところだった。

私は男子用のエレベーターに乗り、ルームメイトのいる我が部屋へ入った。

ルームメイトはパキスタン人でアシフという名前だった。

ワンピース姿の私を見て、アシフは、しばらくきょとんとしていた。

「ユー、ジュン?」

と私の名を呼んだ。

「うん。どう?」

と私は言って、スカートの裾をつまんで見せた。

「うお~。完璧に女の子じゃないか。」

「見える?」

「見えるどころか、かわいいよ。」

アシフは何度も私の全身を眺めてそう言った。

私はそこで、女の格好をしているいきさつをアシフに話した。

これからも、一年中女でいるつもりであることも。

「そうかあ。君は女の子に見えるからなあ。
 
 いっそ、その方がいいよ。」

とアシフは言った。

「でもなあ。」とアシフは言葉を続けて、

「なんか女の子と同棲してるみたいで、俺、変な気分になるぜ。」

「変な気分になったって、いいよ。」と私は笑ってみせた。



その日から、アシフは外から帰って来て、私が着替えなんかしていると、

「エクスキューズ・ミー。」

と言って、あわててドアを閉めることもあった。

男子寮の中でも、私は平気で女の格好でいた。

私が女装をしていると見る寮メイトは少なくて、むしろ、

「どうして今まで男装していたんだ。」と聞かれた。

助かったことに、男子寮に女子がいることを訴えるものいなかった。

おもしろいから、ジュンのことは、内緒にしておこうとみんなは言ってくれた。

こうして、寮の問題はクリアした。



これが私のありのままなのだから(アメリカ編②)

女装で外出してパスをするというのは、うれしいものだ。

でも、女装しているつもりじゃないのに、女に見られるというのは、

さほどうれしいものではない。

例えば、トイレ。

男だから当然男子用に入る訳だが、

中にいた人達に、

「おっと、ここは男子だよ。」と笑われる。

「エクスキューズ ミー。」と言って私は逃げ出す。

じゃあと言って、女子用に入るわけにもいかない。

私は、しかたなく研究室の男女共用のトイレまで行って、用を足すことがしばしばだった。



そのうち、日々のこんな思いにウンザリしてきて、

女に見えるなら、いっそ女で行こうと開き直った。

まず、美容院へ行った。

(床屋に行くと、その頃の東洋人は、みんなブルース・リーの髪型にされたのでした。そんなのまっぴら。)

美容院へ行って、髪をステキなショートカットにしてもらった。

柔らかいウエーブをかけてもらい、少し色を抜いてもらった。

ついでに眉も整えてもらった。

私の顔で、唯一私を男に見せてくれていたのが、太目の眉だった。

その眉を、女性のラインにしてもらうだけで、

私の顔は恥かしいほど女顔になった。

それから、洋装店に行って、ヒップパッドを2枚とブラを買った。

女店員は、私を女と少しも疑っていないようだった。

その勢いで、私はワンピースを買い、

「試着をしていいですか?」

と、これは清水の舞台から飛び降りる勇気を出して言ってみた。

「どうぞ、こちらです。」

と、女店員は言った。

わあ、OKなの?と私は思った。

試着ルームには、下着姿の女性達が幾人もいた。

日本では、絶対ここまでパスはできない。

アメリカならではのことだ。



その日の夜。

私は秘かに決意した。

明日から私は女だ。

世間がそう見てくれるなら、それにならおう。

これが、私のありのままなんだから。

私は女の子に見えるそうだ。(アメリカ編)

これまで、記事にYou Tubeや他の方のブログの写真ばかり使わせていただいてきたので、

これからは、自分のことを少し書いていこうと思います。

ああ、でもランキングは下がるだろうな。(ええい、気にいするな!)



私は、若いときアメリカに2年ほどいました。

大学の寮にルームメイトといましたが、

ルームメイトと初めて会ったとき、

「わお、女の子が入ってきたと思った。」といいました。

私は、背が159cmです。

日本でも電話の声が女の子と間違われるくらいでした。

そんな私が英語をしゃべろうとすると、キーがさらに高くなり、

まず、女の子の声に聞こえてしまうようでした。



私は、カフェテラスなどで、食べるものを頼むと、

カウンターの子達から、「サンキュー・マーン」とよく言われました。

「マーン」ってなんだろう。

私は何度も思っていました。

「だからさ」の「さ」のような意味で「man」という言葉をつけることがあります。

その「man」だと思っていました。

でも、ある日、ルームメイトに聞きました。

彼は笑って、「それは、ma'am」だよ、と。

「つまり君は、女の子に間違えられているんだよ。」

と言いました。

私は髪をビートルズくらいに伸ばしていました。

でも、髭は、一応生えます。

だのに、ぱっと見女の子なんだろうか。

日本では、男子で通っていたのに、

この国では、女の子に見えるのだろうか。

はあ~、なんだか面倒くさくなりそうだなと、

私は、深いため息をつきました。
プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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