プロポーズされたことがあります②(最終回)

プロポーズされたことがあります②(最終回)


o0149018211305573935.jpg
塾の宴会。一番奥にいるのが私です。

Yさんとは、仕事帰り、喫茶店に週に2回くらい行きました。
いっしょに歩くと、人の目があるので、
時間をずらしていきました。
話す内容は、相変わらず、心配な子の話です。
その時間がほとんどでした。
Yさんも、私も熱心な教師だなあと、ときどき思いました。

あるとき、Yさんは話題を変えて、
ご自分の300万円の慰謝料のことを私に話しました。
ずいぶん払ったので、あと150万円くらいだとのことでした。

私は、待てよ、まずいかもと思いました。
プライベートなことは、何一つ話さないYさんなのに。

「ぼくは、ずっと国語を教えたかったんだけど、
 ぼくと、ペアを組んでくれる算数の人がいませんでした。
 一度、ある人と組んで、散々怒らせてしまいました。
 それ以来、算数をぼくと組んでくれる人がいなくて、ぼくは、研究室にいました。
 それを、理事長が、ジュンちゃんに打診してくれて、
あっさりOKだったと言われました。
ぼくのこと何も知らない人だからOKをもらえたけど、
ぼくのことが分かって来ると、嫌われると思っていました。」

「ずっと、ウマがあってますよね。」と私。
なんだか、危機が迫っていると感じました。
「そう、ウマがあってますよね。
 そこでなんですが、ぼくの慰謝料の返済が終わったら、
 ぼくと、お付き合いしてくれませんか。」Yさんは言いました。

(これは、プロポーズと同じ。どうしようと思いました。)

「ジュンちゃんと組めるようになったとき、理事長は言うんです。
 Yさんは、惚れっぽいから言うんだけど、ジュンちゃんだけは、惚れちゃダメ。
 絶対にだめって。理由を聞いても、理事長は、絶対言いませんでした。」

私が、「好きな人がいるから。」と言えば、いっぺんで断ることができるでしょう。
しかし、私は、事実ではないことを言うのは、よしとしませんでした。

「理事長のいうとおり、私には事情があって、お付き合いはできないんです。」
私は、言いました。
「そうですか。理事長が言って、目の前でジュンちゃんが言うなら、
 そうなんでしょうね。わかりました。あきらめます。」
Yさんは、少しがっかりした風。逆にすっきりした風に言いました。

それから、2か月ほど経って、Yさんは、故郷にお見合いに行きました。
そして、にこにこして帰ってきました。
「Yさん、どうでした?」と私が聞くと、
「可愛い人なんですよ。この写真の人です。
 話、決めて来ました。」とYさんは、言いました。
写真に写っていたのは、小柄で細身の清楚な人でした。

Yさんを嫌っている人達も、このときばかりは、
写真を覗きに来ました。
「わあ、可愛いじゃない。」
「Yさん、やったね。」
とみんなが言いました。
「ええ、そうなんです。可愛い人なんですよ。」
とYさんは、にこにこ顔で言いました。

Yさんのフィアンセが東京に来て、
二人は、アパートの生活を始めました。
Yさんと私は、1年のコンビが終わって、
お別れになるころでした。
Yさんに言われました。
「家内が、ジュンちゃんに是非会いたいというんです。
 そして、よかったら、明日家に来てくれませんか。
 チラシ寿司を作るそうです。」
そう言われました。

翌日、仕事が終わって、私は、Yさんといっしょに、
Yさんのお宅にいきました。
奥様のT子さんは、写真通り、小柄で可愛い人でした。

丸いお膳を囲って、いただきました。
T子さんは、
「Yさんは、お見合いのデートのとき、全部話してくれました。
 慰謝料のことから、職場で嫌われていることまで。
 その中で、ジュンちゃんという女の先生だけは、ぼくを嫌わない。
 心からいい人なんだ、と何度もいうんです。
 これ、デートの最中にあんまり繰り返して言うことじゃないですよね。」
「そうですよね。」と私は、笑いました。
「それで、ジュンちゃん先生に一度お会いしたくて、今日来ていただいたんです。
 つまり、ジェラシーを解消するのが目的です。」

「そうですか。」と笑いながら、「ジェラシーは、解消されましたか?」と私。
「はい。解消されました。」とT子さん。
「ジュンちゃん先生には、特別なやさしさを感じます。
 そう人には、ジェラシーを感じません。」
「ああ、よかった。あたしも、Yさんのいいところを言いますね。」
「なんですか。」
「職場の中で、Yさんの陰口を言う人がいましたが、
 Yさんは、1年間、一度も人の陰口を言いませんでした。
 そして、仕事の愚痴も言いませんでした。
 私は、立派だなといつも思っていました。」
「わあ、そんな風に言われると、悪いことできないなあ。」とYさん。
「あたし、不器用でも、正直な人が好きです。」とTさん。
「わあ、お二人とも、大当たりですね。」と私が言って、みんなで笑いました。

翌年度、私は、塾の分室に行って、中年の方と2人で組みました。
Yさんは、元の研究室に戻りました。 
お互い、左遷ではありません。

<おわり>

※もし、ポチをくださる方。
アメブロの方で押してくださると、幸いです。




スポンサーサイト

スーパースターのジョー(書き直し)

一度過去に投稿したものを、書き直しました。
===========================

自叙伝「スーパースターのジョー」(書き直し)


私のアメリカの大学は、フットボール・チームはなかったが、
全米の学生バスケットボールではかなりいい線をいく「パイレーツ」というチームがあった。
そのパイレーツが、本大学の体育館で試合をするという。
めったにないことらしくて、学校中でかなり盛り上がっていた。
テレビ局からの放映もあるという。

試合の日、私はウォンと見に行った。
ギャラリーは超満員で、ミスター・キャンパスと、ミス・キャンパスが、
ティアラを頭に乗せて座っていた。

黒人選手がほとんどだった。
試合は勝った。その勝ち方がカッコよかった。
1点差で負けていて、パイレーツ・ボール。残り10秒。
パイレーツの2人がパスを互いに送りながら、時間稼ぎをしている。
あんなことしていて、いいのかなと思った。
時計の針が残り5秒となり、3秒となったとき、
2人は、猛然と敵ゾーンに突っ込んでいった。
残り時間、2秒、1秒というとき、シュートを放った。
わあーとすごい歓声があがった。ボールが宙をアーチ状に飛び、見事バスケットゴールへ。
入ったときに、試合終了の笛がなった。(このプレーは、名前があるらしい。)
逆転勝利だ。
すごい歓声だった。
「カッコイイ!」とウォンと二人で、最高に興奮してしまった。
ゴールを決めた、その黒人選手の顔をしっかり覚えていた。
彼は、ニグロで、色が完全に黒い。
どうやら、大学のスーパースターらしい。



私は、「児童文学」の授業を受けていた。
部屋に15,6人の学生。みんな女子だった。
キャシー先生は、40歳代の優しい女性。
私はこの授業が大好きだった。

その日、教室へ黒人の男子学生が、遅れて入ってきた。
キャシー先生は、
「まあ、珍しい、ジョーじゃないの。ジュンの隣が空いているわ。」と言った。
彼の顔を見て、私は、思わず「うそー!」と思った。
昨日のバスケットボールのスーパースターだ。
先生はジョーと呼んだ。
ジョーは私の隣の机椅子に座った。
座るとき、私を見て、ちょっと会釈のようなものをした。
私もちょっと笑顔を返した。

先生が、
「ジョー、いくらあなたがスーパースターだからと言って、
 授業をサボっていいってことはないのよ。もっと出て来なさい。」
ジョーは、何も言わずに、手をちょっと挙げて、頭を下げた。

ジョーと児童文学。どう考えたって結びつかない。
きっと単位の取りやすい科目を選んで履修しているにちがいない。
もちろん、スポーツ学生として優遇されているのだろう。

ジョーは、無口で、早く授業が終わらないかと、そればかり考えているようだった。
授業が終ったとき、驚いたことに、ジョーが私に手を出して、
「俺は、ジョー。よろしくな。」と言った。
私はジョーと握手をして、
「私は、ジュン。よろしく。」と言った。
「コーヒーでも飲みにいかねーか。」とジョーが言った。
「あ、いいわよ。」と言ったものの内心ものすごく驚いていた。
仮にも、大学のスーパースターだ。

廊下をいっしょに歩きながら、
「どうして、私を誘ってくれたの?」と聞いた。
「君は、スカート履いてる。俺はスカートの子が好きだ。」
「それだけ?スカートはいてれば、誰だっていいの?」
と私は意地悪く聞いてみた。
「まいったな。負けたよ。君が、」
「ジュンよ。」
「ごめん。ジュンが、可愛かったからだよ。」
「あはっ。無理に言わせちゃった。ごめんなさい。」
「ジュンは変わってるな。」ジョーが首を振りながらそう言った。



校舎のホールのコーヒー店で、コーヒーを飲みながら。

「ジュンは、俺が誰だかわかっているのか?」とジョーが言った。
「昨日、試合見たわ。」
「なんだ。だったら、俺といることにもっと感激してくれよ。」
「感激してるわ。」(私は、男子だから、どんな男子でも平気。)
「そうは見えない。」
「してるわよ。今日は、スーパースターのジョーとコーヒーを飲んだって、
 友達中に言いふらすわ。」
「ほんとかよ。」
「ほんとよ。」
「あやしいなあ…。」とジョーは、にやっと白い歯を見せた。

そのあと、20分ほどジョーと話した。
不思議なほど話がはずんだ。(その訳が今でも分からない。)

黒人の男子とゆっくり話をしたのは、初めてだった。
しかも相手は、スーパースターのジョー。
ウソみたい。
友達みんなに言いふらす…は嘘。
ウォンにだけは自慢したい。
いえ、ウォンにも黙っていようかな。
どうしようかなと考えながら、
私はうきうきとして、校舎を出た。


※もし、ポチをくださる方。
アメブロの方で押してくださると、幸いです。



自叙伝・アメリカに来たもう一人の女の子

自叙伝・アメリカに来たもう一人の女の子


私が、アメリカの大学で、卒業までの単位を全部終えたころでした。
毎日優雅に過ごしていました。
そこに、外国人留学生担当のドクター・ベティから電話がかかりました。
「聡子さんていう留学生が来てるの。
 日本人は、ジュンだけだし、少しの間、世話をしてあげられる。」
「わかりました。」
わたしは、待合の寮に車まで行きました。

すると、ロビーの丸テーブルに聡子さんはいました。
眼鏡をかけて、長い髪をぴっちり後ろに結んでいます。
『眼鏡をとって、前髪を作れば、ずっと印象が違うのに。』
そんな事を思いながら、聡子さんのところへ行きました。
「あれ、純は女性なの。男性だと聞いて来たのに。」
「詳しいことは、車の中で説明するね。」

私は、車の中で、女の格好をしているいきさつを説明し、聡子さんのことを聞きました。
そして、レレイというガールフレンドがいることも言いました。
「あたし、ほんとは、南部の大学に来てはいけないの。」
「どうして。」
「キングズ・イングリッシュを覚えて来るように言われているの。」
『あれ、この人は、少し高ピーかな。』と思いました。

私のアパートで、ラーメンをご馳走しました。
彼女は、おいしいと言って食べながら、その間中、ずっとおしゃべりをしていました。
私に、しゃべる隙をあたえません。
私が、少しの隙間に、何か話すと、彼女は、うつむき、
まるで、自分が次に話すことを考えているようでした。
もちろん、私の話に、彼女が相槌を打つこともありません。

彼女は、寮暮らしで、車もありませんでした。
彼女は、この調子じゃ、友達ができない。
私は、レレイに話して、当分聡子を助けたいからと言っておきました。

そんな、私は、土、日の二日間、
隣町のバトンリュージュに行かねばならなくなりました。
私の性別に関する、大切な検査でした。

寮のカフェテリアは、土、日はお休みです。
何か食べたければ、30分歩いて、ケンタッキーかバーバーキングに行くしかありません。
私は、実際そうしていたのですが、聡子さんにそれをさすのは酷です。
そこで、私は、レレイに頼んで、2日間の6食分を持ってきてくれるように頼みました。

聡子さんは、レレイにすごく感謝したそうでした。

レレイも、聡子さんに接して同じことをいいました。
「聡子は、もう少し、人の話を聞くべきだと思う。」
『ああ、レレイにまで、連続おしゃべりをしてしまったのか。』
私は冷や汗をかきました。

忠告は、嫌われるだけだけど、聡子さんの欠点を聡子に言おう。
そう、決心しました。
私は、次の日聡子さんを、アパートに、日本食をご馳走しました。
食べる前に言いました。
「聡子さん。自分の話をするのと、人の話を聞くのと、どっちが楽しい。」
「それは、自分の話をする方。」
「相手だって多分そうだよ。」
「自分のする話を、周りの人が、ほとんど聞いてくれないと悲しい?」
「悲しい。」
「聡子さん、相手のする話聞いてる。」
聡子さんは、うつむいて考えていました。
「うん。中学のときから、あたしのそばに人が来てくれなかった。
 高校も同じ。忠告してくれたの、ジュンがはじめて。
 ありがとう。
 もっとも、あたしが自分で気が付くべきだった。」
「よかった。じゃあ、ご褒美に、あしたから、車の運転教えてあげる。」
「ほんと!うれしい。」

アメリカには、教習所のようなところはなくて、
ペーパーテストに受かれば、即、路上運転が許されます。
教える方は、自分の車を使うので、めったにそんな役を引き受けません。
教えるなら、家族だけです。

次の日から、夕暮れのキャンパスで、運転の練習をはじめました。
間もなく、「やっちゃったー。」とばかり、車を街灯の柱にぶつけました。
べっこり、車の鼻がへこみました。
「ああ、ショック。今日はもうやめよう。」と私はいいました。
「あたし、まだ平気よ。」と聡子さんは言います。
「ショックなのは、君じゃないの。ぼくなの。」
「あ、そうね。」

聡子さんの、この果敢な挑戦で、聡子さんは、2週間ほどで、運転をマスターしました。
そして、実地のテスト会場にいきました。
出て来た聡子さんは、にこにこして、
「ジュンちゃん、あたしやった!
 これで、車があれば、運転できる。」
「よかったねー。早速車を買いに行こう。」

新聞を見て、日本人の奥様が、丁寧に乗った車を500ドルで買いました。
手続きも、その奥様がやってくれました。

「車があると、独立できる。やっと、この国が天国に思える。
 ジュンは、車が、べこべこになっても、教えてくれた。
 ジュンみたいないい人この世にいない。」
聡子は、そう言って、涙を流しました。

私は、出版社にお世話になって、4か月後に、帰国しました。

あるとき、賑やかな声が玄関に聞こえました。
アメリカでは、上品な英語と日本語を話していた、聡子さんが、
顔を見せ、
「純ちゃん。会いたかったんよ。あたし、結婚したん。これが、旦那。」
白人の、細身の優しそうな青年がいた。
「わあ、おめでとう。聡子さん。なまりがあるよ。」
「そうなんよ。アメリカおったら、標準語と広島弁わからんようになってしもて。」

みんなで、アハハと笑いました。


※もし、ポチをくださる方。
アメブロの方で押してくださると、幸いです。




プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

リンク
最新記事
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブロとも一覧

自己女性化愛好症

御中根 蕗菜 です

女装子動画 Japanese crossdresser porn

enma’s blog

毎日が日曜日

女装子&ニューハーフのペニクリ&アナルマンコ

MadameM【秘密の手帳】

川*´v`*川し

復讐の芽 ***藤林長門守***

橙の電車
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム