燃やせなかった人形

燃やせなかった人形


母の葬儀が、一昨日行われました。
私は、火葬の前に、お棺に入れるものとして、
母が、いつも枕元に置いていた縫いぐるみの人形を持っていきました。
それから、もう一つ、「赤毛のアン」の人形を持って行きました。
この人形は、中学生のとき、私が「赤毛のアン」の小説を読み、
感銘を受けて作った人形です。

この人形を私は、大事にしていました。
しかし、いつの間にか、この人形にふり向かなくなり、
雛祭りのときだけ飾る人形の箱の中にありました。

それから、何年も経って、母は、この人形を、
本棚の大切なところに飾ってくれていました。
私は、うれしく思い、
「まだ、預かってくれていたの。」と聞くと、母は、
「この人形は、Jちゃんなんだよ。」と言いました。

そして、それから、何十年も経って、
痴呆になった母を、介護に来ました。
そのとき、枕元に、2つの人形がありました。
一つは、牛の抜いぐるみ。
もう一つは、私の「赤毛のアン」の人形でした。

アンの人形は、パンティストッキングに綿を詰めて作ったものです。
50年近くの年月を経て、色がすっかり日焼けしていました。
母は、この人形を私だと思って、枕元に置いてくれていたのでしょう。

葬儀の中で、いよいよ火葬の前のときが来ました。
みんな思い出の品をお棺に入れていました。
私は、牛の縫いぐるみと、アンの人形を置きました。
何十年と母が大事にしてくれた人形。
それを、母の道連れにと思ったのです。
二つを、母の顔の左右に置きました。

しかし、いざお棺に蓋をするとき、
人形を私と見て大事にしてくれた母の思いに、
私は、涙が溢れそうになり、
「待ってください。」
と言って、アンの人形をお棺から取り出しました。
燃やさないことにしたのです。
私にとっても愛着の深い人形です。
私は、燃やせませんでした。

妻が、
「どうして、心変わりをしたの?」
と聞きました。
「燃やせなかったんだ。母さんの形見だと思うことにする。」
私は、そう言いました。

今、私は、まだ母のマンションにいますが、
アンの人形をそばに置いています。

きっと、私は、死ぬまで持っています。
私の、最期のとき、一緒に燃やしてくれるよう、
家族に、言っておきたいと思います。
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ありがとうございました

この度の母の逝去に関しまして、たくさんのコメントや、
メッセージをいただきました。
ありがとうございました。
心より、お礼申し上げます。

本来ならお一人お一人にご返事を書くべきところですが、
ここに、代表して、ご感謝申し上げます。

母の介護の数日を通じて、そして、母が逝ってしまい
自分なりに、分かったことがあります。
それは、私の母の思い出は、ほとんど私の子供の頃のものであることです。
そして、年老いた母と過ごした、数日のこと、この2つなのです。

その間に、長く長く、母を顧みなかった自分がいたことに、
気が付きました。

この介護のわずかな時間ですが、母はよく言いました。
「私は、Jちゃんがいないと生きていけないね。」

3食の食事を出すとき。
トイレに行くとき。

私は、そう言われると、
「ぼくは、お母さんがいないと生まれて来られなかったよ。
 お母さんが、真夜中、ぼくを負ぶって、
 お医者さんに連れて行ってくれなければ、ぼくは、生きていないよ。」

どちらかがいないと、生きていけないとき、
双方にたくさんの思い出ができるのかなと、思いました。

子供のときの母の思い出と、
老いた母の世話をする思い出の、
両方の思い出を持てた私は、幸せです。

母の私への最後の言葉は、
うたた寝をしている母に、私が毛布を掛けたとき、
母が目を覚まし、うれしそうに言った
「ありがとう。」でした。

母が他界しました

母が、他界しました。

母の各種の数値がよくなり、
母とまた暮らせる日々を楽しみにしていました。

それが、今日の夜中の3時、病院から危篤の連絡が入りました。
姉兄に連絡をして、病院へ駆けつけました。
そのとき、母のベッドは別の場所に移され、
先生と3人の看護士さんがいました。

先生が最後の確認をし、
「ご臨終です。」
と、看護士さんと一緒に頭を下げられました。

忙しい一日でした。
次に葬儀の手配に駆けずり周りました。
悲しむ間もなく、帰宅したのは、夜の7時でした。

前に一度書きましたが、
母と私で暮らせた10日余りは、
神様がくださった10日だったと思います。
私は、この10日を、10年にも感じています。

10日間の「看護日誌」は、私には、涙なしでは読めず、
見ないようにしています。

今は、思い出すと悲しくなるばかりで、
心が、シャットアウトしています。

母は、今、天国の父と寄り添っていることでしょう。

「お前、やっと来たか。5年も待ったぞ。」
「お待たせしました。これから、二人で第2の人生を始めましょう。」

天国の二人は、若き青春のときの姿をしています。
二人は、手を取り合って、笑いながら、
雲の上を遠ざかって行きます。

私には、そう見えるのです。



介護をする私を、応援してくださり、ありがとうございました。 
もう、介護は終わりました。
プロフィール

ラック

Author:ラック
上は若いときの写真です。ISなので、体は、かなり女子に近く発育しました。でも、胸はぺったんこです。戸籍は男子。性自認も男子、そして女装子です。アメリカの大学で2年女として過ごしました。私の最も幸せな2年でした。そのときの自叙伝を書いています。また、創作女装小説を書いています。毎日ネタが浮かばず、四苦八苦しています。ほぼ、毎日更新しています。
どうぞ、お出でください。

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